失墜 -2-







 有り得ない―――――──有り得ない事だし有ってはならない事だと、リュシオンは叫びたかった。

 ラグズであり鳥翼族である者が、・・・・同胞である自分をニンゲンに売るなんて事は。
 まして、幼い頃に自分の手を引き何くれと面倒を看てくれていた彼が・・・・可愛がってくれていた彼が、―――――───自分をニンゲンに売るなどという事は。
 彼は、リュシオンのニンゲン達に対する恨みを知っている。リュシオンがどんな想いを抱いているのか理解してくれているだろう彼が、自分をニンゲンに売るなどという事は有り得ない・・・・筈だった。

 けれども、彼によって連れ出され彼の言うままにニンゲンの屋敷に入り、翌朝目覚めた時には―――――───彼の姿は無かった。
 替わりに部屋を訪れたのは・・・・・・醜いニンゲン達。








―――――───これが私のものになったと思えば、キルヴァス王に支払った大金も惜しくないというもの



―――――───!? ネサラが・・・私を・・・・・・・・・・・おまえに売った・・・!?







 有り得ない。

 有ってはならない事だ・・・そうリュシオンは心の中で繰り返す。
 ニンゲンの言葉を、そのまま鵜呑みにする訳にはいかない―――――─認めたくない。

 それがもし『事実』であるのなら、それはリュシオンの精神の根底を揺るがすモノに他ならないのだから。
 ある筈の無い、現状。

 認める訳にはいかず混乱した頭のまま、とっくに姿をくらましてしまった『彼』を追いかけ屋敷を逃げ出し闇雲に飛んで―――――─飛びまくって―――――───。

 すっかり疲弊し、倒れ込むようにして蹲った森の中、自分の腕を誰かの手が掴んだ。




―――――───・・・・・?




 肩口をサラサラと流れる黒絹の髪、藍緑色の双眸・・・・・・見たことのない、顔だった。

 そう思ったのが、最後。



















「・・・・・?」

 目覚めてみれば、何処か見知らぬ造りの寝台の上だった。

「ここは・・・?」

 寝台の両脇の燭台以外に何も明かりが無い為、鳥翼族であるリュシオンには周囲の様子は伺えない。―――――───けれど、何かとても・・・肌がザワザワと総毛立つような緊迫した空気を感じ取ったリュシオンは、そのまま寝ている気にはなれなかった。
 先日といい今といい・・・・眠るのが怖くなりそうなくらい、目覚めの展開が良くない。

「・・・・・・」

 見えないながらも手探りで状況を探ろうと、身を起こしながら寝台を覆っている天蓋からの薄カーテンにそっと手を伸ばし掛け―――――─途端ジャラリ、と重く響いた金属音にギョッとする。首が、重かった。

「・・・・・・、」

 鈍色に輝く無骨な鎖が、リュシオンの首と寝台脇の支柱を結んでいる。慌てて首に手をやってみれば、何やら皮製の輪・・・・ペットにする首輪のようなモノが填められていた。






 それは所有の証。ラグズをラグズとして扱わず、半獣として蔑むニンゲンどもの忌まわしき慣習―――――───。






「この私に・・・!」

 先ほどからの恐怖も忘れ、リュシオンの顔が屈辱に朱く染まる。
 爪を剥がすような勢いで首輪を外そうと躍起になるが、丁度ベルトを外す金具部分に何かシリンダー製の鍵みたいなものが付いていてままならない。

「・・・・・・!!」

 リュシオンがいくら頑張っても首輪は外せず、また首輪に付いた鎖も外せそうになかった。仕方なく、鎖のもう一方が括り付けられている支柱の方へ目をやったが、そちらはそちらでとても外せそうに無いような大仰な鍵が取り付けられていた。
 リュシオンの力では首輪や鎖を引き千切る事など到底不可能であったし、かといって鷺に変身して首輪を外すという事は―――――何度か試してみたものの、何故か出来なかった。

「・・・・・・・・・・・・」

 屈辱に熱くなっていた身体が徐々に冷えてきて、冷たい汗が背を伝う。
 この場所は、危険。そう本能が訴えているのに、逃げることは出来ない。





―――――───ここは危険だ・・・・・・!





 けして、寒さからでは無くリュシオンは身を震わせた。
 そのリュシオンの背後で、ユラリと何かの気配が動く。

「!」

 反射的に振り返ったリュシオンの瞳の中に、黒髪に藍緑色の瞳をした男が妖しく微笑むのが映った。








―――――──お目覚めですね、わたしの可愛い『小鳥』。


―――――──ここが貴方の新しい籠ですよ―――――───




 気に入りましたか・・・? にこやかにそう聞いてくる男の白い貌を、リュシオンは身を竦ませたまま呆然と見上げていた・・・・。