Imperial Jade -3-






 セリノスの森が失われた日。

 フェニキス王ティバーンは抗う術を持たぬ鷺の民を守るべく、森へと急いだ。
 鷺の民と格別親しくしていた訳では無いが、同じ鳥翼族として同胞の危機に駆け付けるのは当然と考えていたからである。
 そして焼け落ちた森から現セリノス王とその息子を救出し、行く宛てを失った王族である彼らをそのままフェニキスへと連れてきたのも、同胞として当たり前の行為だと思ったからだ。




 それらの行動に、何ら別の感情が入り交じった訳では決して無かった―――――───筈だった。



















 鷺の民は総じて美しい姿と声をしている。
 戦う術を持たぬ代わりに、彼らは他の追随を許さぬ容姿と声の美しさを擁しているのだ。
 まして、これがセリノス王族ともなれば―――――───真っ白な翼と淡く光り輝く金色の髪を持つ、夢のような美しさを持っている。

「・・・・・・・・」

 淡く光り輝く髪は、肩に掛かるくらい。
 髪の色より幾分濃い金色の長い睫毛に縁取られた瞳は、一対の大きな緑の宝石のよう。
 肌は透けるように白く滑らかそうで、細い手足に華奢な身体つきの子供は大きな身体を持つティバーンにしてみれば小動物のように小さく、精巧に作られた人形のように鷹王の目には映った。

「お前、・・・」

 目の前に現れた子供に、ティバーンは声を詰まらせた。


 白い翼に、煌めくような金色の髪。
 先ほど救出してきたセリノス王ロライゼと同じ、翼と髪の色。瞳まで同じ色である。
 子供は、炎に巻かれ大分煤けた状態でフェニキスに連れてきた為に髪の色や肌の色、そもそも羽の色だって定かでは無く。
 綺麗にしてやってくれと配下の者に押しつけてしまったから、子供の容姿などハッキリ確認してはいなかった。
 大体に置いて、この子はセリノスの城から大分離れた場所・・・で発見した。城から救出出来たのはロライゼ王ただ1人であり、セリノス王族の生き残りはもはや王唯一人―――――──だと思わざるを得ない状況だったのだ。
 意識を失ったセリノス王を抱え、もはやこの森はこれまで―――――──そう見切りを付けてフェニキスへと戻ろうかと思ったティバーンの目に、倒れ伏した子供の姿が映ったのは全くの偶然である。

 近寄ってみれば、まだ息があった為そのまま王と共に連れてきたのだ・・・・たった2人だけの、セリノスの生き残りとして。

「・・・・お前、・・・・セリノス王族だよな・・・・?」

 淡い色の金髪に白い翼を持つのは、紛れもなく『セリノスの王族』でしか有り得ない。
 それに、子供の顔はロライゼ王やその息子と娘達―――――─王子と姫達に良く似通っていた。話だけに聞いていた、末の王子、なのだろう。
 今は可愛らしいと形容した方が相応しいが、長ずれば兄や姉達に負けず劣らず、いやそれ以上の美しさになるだろうと思わせる容貌の子供である・・・・血が繋がっているのは間違いない。

「・・・・・・・・?」

 だが、子供は困ったような表情を浮かべて黙ったまま。
 小首を傾げる様は大層可愛らしいが、どうやらティバーンの言っている意味が分からないようである。

「名前は、何ていうんだ?」

 だからティバーンは殊更ゆっくり、優しく・・・幼児に接する時のように話しかけてみた。

「・・・・・・・・」

 しかし子供は相変わらず押し黙ったままである。言葉も理解出来ない程には、幼くは無い筈であるのに。

「・・・おーい?」

 ティバーンは軽く眉を寄せた。
 怖いのだろうか? 鷺の民は繊細な種族である・・・初めて出逢ったのかもしれない鷹の民である自分は、この小さい子供にとって怯えの対象でしか無いのだろうか?

「・・・・・、」

 ようやく子供が何か言い足そうに口を開き、小さく息を吸う。

「・・・・・Who are you?」

「?!」

 今度はティバーンが押し黙る番であった。

「Where is here? Where is His Majesty・・・・・?」

 子供が口にする言葉は、ティバーンにはさっぱり分からなかったのである。

「あー・・・・と。こりゃ古代語だな・・・・参ったな・・・・」

 セリノスの王族同士は、古代語で会話すると何かで聞いたことがある。
 もちろん、外交の意味でティバーンがセリノスを訪れる時はロライゼ達はきちんと現代語を使って話していたから、困る事は無かったのだが。

 この幼い王子にはまだ、現代語を理解するのは無理なのだろう。
 此方からの言葉も通じないし、此方も古代語は話せない。意思の疎通は、かなり難航しそうである。
 一番良い方法は同族であるロライゼに任せる事であろう。彼ならば古代語も駆使できる筈だし、そもそも恐らく彼らは親子なのである・・・それが一番だ。
 しかし、ロライゼは森を焼かれた衝撃からか、さして外傷は無いものの未だ意識も戻らないという状態にあり、この幼い王子と会話出来るような状況に至っていない。






 と、言うことは・・・・・・。







「・・・・・・・・・」

 ティバーンは、暫し逡巡し―――――───徐に椅子から立ち上がり子供の方へと近づいた。

「!?」

 子供が僅かに表情を引きつらせて、ビクリと身を引く。

「あー・・・怖くない。大丈夫だから、な・・・?」

 ティバーンはその華奢で小さな身体に素早く腕を回し、抵抗する隙を与えぬまま抱え上げた。

「What do you want!?」

 子供は相変わらずティバーンには意味を成さない古代語で叫ぶが、それには構わず居室を後にしてロライゼの眠る一室へと向かう。

「What? What is it!?」

 さっぱり意味は分からないが子供がロライゼの末の王子だとすれば、子供が一番知りたがっている事は、親や兄弟の事だろう。
 そして、そのロライゼの意識が未だ戻らず、誰も子供の言葉を理解出来る者が居ない以上―――――─話せないのなら、態度で分からせてやるしか無いのである。

「よしよし。今、連れて行ってやるからな・・・」

 抵抗にもならない弱い力で暴れる子供を難なく抱きしめ、ティバーンは大股に歩いてセリノス王の眠る部屋へと急いだ。










「Papa!!」

 天蓋付のベッドに横たわる淡い金髪の人物を目にした途端、子供の大きなエメラルドみたいな目が一杯に見開かれ、何事かを短く叫んだ。

「Papa!Papa!!」

 ティバーンが腕をゆるめて子供を下ろしてやると、小さな白い羽をバタつかせながら幼い鷺の民は一目散に寝台の方へと走り寄る。やはり、間違いなくこの子供はロライゼの子らしい。

「Papa・・・!Please help!・・ Everything is not understood! It is scary・・・・!!」

 子供はまた何かを口早に古代語で話しかけ、ロライゼを軽く揺する。
 だが、昏睡状態にあるセリノス王はぴくりとも動かない。

「・・・・・What went wrong? Why do you remain sleeping・・・?」

 揺する手を止め、子供は途方にくれた様子で後ろに居るティバーンを振り返った。
 どうやら、父親が目覚めない事に新たな不安を覚えたらしい。言っている内容は全く分からないが、恐らく父親の状態の説明を求めているのだろう。

「あー・・・と、お前の父さん・・・いや、ロライゼ様は、大丈夫だ。ただ、寝てるだけだ」

「・・・・? ろらいぜ・・・・Roraize is my father's name!」

 ゆっくりと話しかければ、子供はロライゼという名前に反応した。どうやら、ロライゼ王の名前だけは通じたらしい。
 そこでティバーンは、

「ロ・ラ・イ・ゼ」

 と短く区切って発音し、目を閉じて軽く寝息を立てるジェスチャーをして見せた。そして、安心させるように出来るだけ優しい笑顔を浮かべてやる。

「・・・・・・」

 子供はキョトンとしてティバーンの顔を見つめていたが、やがてコクリと頷き初めて笑った。
 笑うと、大きな目が僅かに細められ長い金色の睫毛が煙るように、エメラルド色の瞳に僅かな影を落とす。

「―――――───、」

 一瞬、ティバーンが息を詰めてしまう程、可愛らしく・・・・かつ美しい笑顔だった。

 鷺の民の特徴は、その容姿と声の美しさ。それだけの事で、実際戦う力も持たず何の能力も無い脆弱な民だと言われているが・・・・・それを補って余りある『特徴』なのだとティバーンは初めて思い知った。
 まだほんの子供に過ぎない、鷺の民の中でも小さくて弱々しいだろう末の王子。それでも、ティバーンの目を吸い付けて離さない程の純然たる美しさを持っている・・・・。
 ずっと引き結んだままだった唇が僅かに綻んだだけの微かな笑みではあったが、元より大層綺麗な顔立ちをしている鷺の王子の笑顔は、ティバーンの胸に保護欲を掻き立てるに充分値するものであった。

「・・・・・・・・・・」

 この鷺親子をこのままずっと、保護してやろう―――――───そういう気にアッサリとなったのは、多分この子の笑顔を見たからに違いない。
 セリノスの森は、残念ながらもはや復興できるような状態では無いし。第一、セリノスに住んでいた鷺の民は、王族2人を残して全て死んでしまった。
 末の王子とロライゼ王は、住む場所を失い・・・・・どこか新たに住むべき場所を探さねばならない状況にあるのだ。・・・・ならば、自分が―――――─フェニキスが、その面倒を看よう。

 森は無いが、城内の居室に木を植えテラスを庭に変えよう。2人が何不自由なく暮らせるように心を砕こう・・・・フェニキスならば、それは可能なのだから。

「そうだよな・・・うん、よし、そうするかっ!」

 そう1人ごちて、ティバーンは上機嫌になった。
 逢ったばかりの、この小さな王子と一緒に暮らせるのだと思うとそれだけで何やら毎日が楽しくなるような気がしてくる。
 浮き立つ気持ちのまま、ティバーンは子供の目線に合わせる為に腰を屈めた。
 そして、己の胸をトントンと叩いてゆっくりと自分の名を口にする。

「ティ・バー・ン」

「・・・・?」

「ティバーン」

 首を傾げる子供の前で、ティバーンは何度も自分の名を繰り返した。
 すると、子供がおずおずといった口調で、

「てぃばー・・・ん?」

 その仕草が大層可愛らしくて、ティバーンは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

「ティバーン」

「てぃばーん・・・ティバーン・・」

 ジッと見つめながら、子供がティバーンの名を繰り返す。ティバーンはそれに殊更強く己の胸を指さし、何度も頷いてみせた。

「・・・・Is your name てぃばーん? Tibarn?」

 子供がボソボソといった口調で何事かを話す。言葉の中にティバーンの名前が出てきたから、ようやく、ティバーンが『名前』なのだと分かったのだろうか。
 そこでティバーンはやっと第2段階に進む。

「ティバーン」

 自分の名を呼びながら、己を指し示し。それから子供の方へと指先を向ける。

「・・・Rushion・・・・My name is Rushion.」

 小さな声で子供が答えた。

「・・・・Rushion・・・・リュシオン・・・?」

「It is so. My name is Rushion! 」

 聞き取った通りに声に出してみれば、それが正解!とでも言いたげに子供がニッコリと笑った。名前は『リュシオン』で正解らしい。

「そうか、お前の名前はリュシオンっていうのか」

 言いながらティバーンは再び子供・・・リュシオンを抱き上げた。
 そして、ぐりぐりと頭を撫でてやり安心させるように額と額をくっつけて、此方を見上げる大きな瞳と目線を合わせる。

「よしよし、大丈夫だからな! お前の面倒は俺が看てやる! 何も怖いことないから安心して全部任せておけばいいからな・・・リュシオン」

「・・・・・・・・・?」

 恐らく、リュシオンには己の名を呼ばれたことくらいしか分からないだろう。
 己の国がどうなったのかも、父親以外の家族がどうなったかも、これから自分がどうなるのかも分からないままである。
 心の中は不安で一杯だろう・・・・・けれども、それを伝える術が現在は無く、例え伝える手段があった所で、何ら事実を告げても救いは何も無いのである。
 だから、取りあえずは現実から遠ざけておこう―――――───そうティバーンは思った。
 幼い子供に突きつけるには、余りにも惨い『事実』だから。
 出来うるならば、一生触れない過去であって欲しい・・・・そう、思ったから。














 単なる、保護欲の筈だった。
 夢のように美しく、儚い生き物である白鷺。
 そのか弱い身体と同じく、繊細だろう心を守る為だけに、全ての汚れたモノから遠ざけていたつもりだった。
 決して、それ以外の感情では無かったのだと―――――───自分では思っていた。



 けれども。



 もしかすると、最初に出逢ったその時に、もう捕らわれていたのかも知れない。
 自分だけに、その笑顔を向けていて欲しいと。
 籠に囲い、傷付かぬよう全てのモノから隔絶し、大切にたいせつに慈しんでいたい―――――──その、心は・・・・・決して保護欲からだけじゃなく。
 自分だけが目にして慈しみ・・・・触れることが出来る存在にしたかったから。
 保護欲と、その感情から生まれる行為は、とてもとても似通っていて。
 けれど、全く別のモノ。





 その名は、『独占欲』。













「・・・・・・・・・」

 初めての出逢いから、二十年経った現在、ティバーンは思う。



 最初の接し方が悪かったのだろうか? と。




 年が離れていた事と、末の王子以外の全てを失ったことからくる心痛のせいで父王ロライゼの病状がずっとはかばかしくない事もあって、常にティバーンはリュシオンに対して父親のように振る舞ってきた。
 それが功を奏したのだろう。後見となり面倒を看てくれている存在ということで感謝し遠慮しているのか、多少他人行儀な面は見受けられたが、リュシオンはティバーンに良く懐き絶対的な信頼をおくようになった。

 だが、それはあくまでも『保護者』に対する親愛の情である。
 懐いてくるリュシオンは可愛いし、今のままの関係が決して不満な訳では無い。

 が、―――――───そろそろこの『擬似的親子ごっこ』を終わらせたい・・・というのも本音である。

 最初は本当に、他意は無かった。
 同胞を助けるという気持ちに偽りは欠片も無かった。

 リュシオンを拾ってきたのだって、王子だなどとその時点では思わなかったし薄汚れ煤けすぎていて、顔の綺麗さどころか肌や髪の色だって判別出来なかった程だったのだから、純粋に鷺の民を助ける、という以外に邪な気持ちなど全く無かったのだ。

 けれども、そうは言っても年月が経つ内に・・・・・・鷺の民の特性なのかどんどんと美しさを増していくリュシオンの容姿やら、その外見に似合わぬ気の強さやら、思考回路が意外と幼くて何事も一生懸命取りかかる割には失敗ばかり繰り返している可愛い様を見ている内に・・・・・それがいつしか別の感情に変わってしまうのも無理からぬ事だろう。

 綺麗で、気が強くて、色々と可愛いというのがそもそもティバーンの好みに思いっきりマッチしてしまっているのだから、仕方がない。



「・・・本来なら、こんな悩まなくて良かった筈なんだがなぁ・・・」

 居室で1人、寝台に腰掛けながらティバーンは呟く。
 元より、セリノスの王族は子沢山だ。その理由は跡継ぎ候補を残して、フェニキスなりキルヴァスなりゴルドアなり・・・・望まれれば同盟の証として他のラグズの王に嫁ぐからである。
 セリノスの民は、自らの国を守る術を持たない。だから、他のラグズの国を頼るしか術は無く・・・・・その御礼が、その代の王の子供達であったのだ。
 美しい姿と歌声を持つセリノスの王子や姫達は、傍に寄り添っていてくれるだけでも絵になる。
 リュシオンはセリノス王族の末の王子。身分的に跡継ぎでは有り得なく、将来的には何処かのラグズの国へと迎えられる筈だっただろう。
 つまり、そういった意味でティバーンがリュシオンを望める立場に居たのである―――――───セリノスが、ベグニオンによって滅ぼされたりしなければ。

 もっとも、リュシオンが己のそういった立場を理解出来るほどには当時大人では無かったし、そもそも実際にはセリノスが既に無いのだから、今更詮無いことではあるのだが。

「・・・・どうしたもんか・・・・・」

 ブツブツと一人ごちる。
 この二十年間で、しっかりと根付いてしまった親子のような関係。それを崩すのは相当の勇気とタイミングと、運が必要である。
 リュシオンを傷つけず、ショックを受けないように、かつ自然にティバーンを父親としてではなく恋人として位置づけさせる為にはどうしたらいいのだろう。
 それに、あまりゆっくりもしていられない―――――───リュシオンは全く気付いていないようだが、キルヴァス王ネサラも、隙あらばといった感じで鷺の王子を狙っている節がある。
 そもそも2人は幼なじみだったという話であるし、ティバーンがあれほど苦労した古代語をあの烏王は子供の頃に既にマスターしていたらしい。
 古代語は、ハッキリ言って呪歌を歌える種族である鷺の民以外には必要の無い言語である。それなのに幼い時分から古代語が自在に話せるほどだったいうのなら、それは自らが進んで覚えたからに他ならない。
 つまり、リュシオンと話す為に―――――───だ。
 会議などで顔を合わす都度、つっかかってくる態度や目つきを見るまでも無く、彼は未だにリュシオンに執心しているだろう。
 隙を見せればフェニキスの領土内ですら海賊行為を繰り返している烏の民である彼の事だ―――――───油断すれば、いつリュシオンをかっさらわれてしまうか分かったものではない。

「・・・・・・・・」

 ただ浚われるだけなら、まだマシだ。奪い返せばいいのだから。
 だがそれがもし、『心』まで奪われてしまったのなら―――――──そう思うとティバーンの胸中に危機感を伴う焦りが生まれる。
 リュシオンは森を焼かれた自分への裏切りとも取れる、ニンゲン達と取引を続けるネサラに腹を立てている。しかしそれは、ネサラへのそれなりの感情があるからこその腹立ちのように、ティバーンには見えた。
 憎からず思う相手だからこそ、許容出来ない裏切り行為。それは何かの拍子に裏返ってしまえばそのまま、愛情へと変わっていってしまいそうな。

「・・・どうしたもんかな・・・・?」

 もう一度、1人ごちる。


 最初の接し方を間違ったのだろうか。


 けれど、言葉も通じず寝たきりの父親以外全てを失ってしまって不安だらけだろう幼い子供に、あれ以外の態度など、取れる筈も無かった。

「・・・・・・・・・・」

 現代語を覚えたリュシオンの話で、当時はティバーンが思っていた程に幼くは無かった事を大分経った後で知りはしたのだが。過去は今更、変えられない。
 まあ取りあえず、当の鷺の王子は『ティバーンに失礼だ!』と烏王に対して自分のことで憤慨してくれるくらいだから―――――──まだ己の方に分があるのだと信じたい所であるが。

「徐々に変えていくしかねェよな!」

 今はまだ、現状維持で満足するとして。

「・・・・・、」

 ティバーンはふと、リュシオンがフェニキスに来て2ヵ月くらい経った日のことを思い出す。








『てぃばーん、ダイスキ! トウサマノツギニ、ダイスキ!』


 リュシオンが覚えたての現代語で、拙く言ってくれたのだ。それはもう、可愛らしい仕草で。



『ねさらハ、キテクレナイカラキライ。てぃばーん、スキ』









「・・・・・・ちっ、」

 少々、気になる単語が混ざっていたのまで思い出してしまったが。
 まあとりあえず、今はあの辿々しかったけれど可愛くて嬉しい言葉を信じることにして。
 己の気持ちをハッキリと自覚してしまった現在は、もう父親気分で見守るだけではいられない。
 いずれ、機会を見てリュシオンに思いを告げよう・・・・・そうティバーンは決意した。





 それまでは、ただ見守ろう―――――───。





 ティバーンは、鋭い切れ長の瞳に剣呑な光を宿らせて窓の外を眺めた。
 遥か遠くに、黒い翼を広げて飛ぶ姿が数羽見える。
 それを捉える鋭い金色の瞳はまさに、今にも飛びかかり肉を裂き命を奪う猛禽の眼であった。

 目線を遥か遠くに固定したまま、ティバーンが呟く。


「―――――─悪い虫が付かないように、な・・・・・・」


 その声はとても冷たく暗い色を含んで、静かな部屋の中にひっそりと響いた―――――───。