>>sanctuary


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忘れられない記憶なら、それはもう数え切れないほど。
思い出すたびに胸に去来するのは、愛しさ

―――――――と、言い切って良いものかどうか。









「リュシオン!何故消化が出来ないものを食べた…!」
皮膚が弱く、硬い生地を受け付けない鷺の王子のために設えた絹のベッドに、気がつけば理性を無くして突進していた。
「ティバーン…」
まだ弱々しくつぶやくしか出来ないリュシオンは痛々しかった。



数日前、リュシオンが鷺族の体の構造では絶対受け付けることが出来ない肉や魚や酒を並べ立て、自殺行為の暴飲暴食をしでかし意識不明に陥った。
そして今日、ようやっと目を覚ましたと言う。
回復したと報告を受け、いったいどれだけ心配したか言い聞かせなくては気がすまなくて、取るものもとりあえずかけつけたのだ。

ベッドの横にたどり着けば、顔色も戻り、森の奥でひっそりと湧く泉を彷彿とさせる滴るような瑞々しい翠の瞳を開いているリュシオンに安心したためか、感情を押さえられないままオレは大声を出していた。
「鷹と鷺では生活圏はもとより食性も全く違うなんて常識だろう!なんでそんな無茶をしたんだ!鷺にとって肉は毒でしかないんだぞ。ああもう、一体オレがどれだけ心配したと思って…」

そこまで捲くし立て、こちらの言葉にきょとんとした表情を返すばかりのリュシオンの様子にようやく、早口過ぎる現代語は聞き取れないことを思い出した。
このセリノスの王子が、発音は美しいが韻の踏みや比喩暗喩が複雑で難解、使えるものが極端に少ない古代語から切り替え、無粋とは言え単純明快でストレート、誰もが理解るのが利点の現代語を話すようになったのはつい最近なのだ。

苛立ちも怒りもおおかた削がれ、仕方なく脱力しつつ先の内容をゆっくり言いなおす。

「なぜ、そんなむちゃな飲み食いをしたんだ?セリノスの民は、肉や油分は食べられないくらい、知っているだろう?本当にとても心配したんだぞ」
理解しやすいように話すために、どうしても幼い子を諭すような口調になってしまうのは致し方ない。
これが周囲からオレがリュシオンの保護者だの二人目の父だのと言われる所以だが、人に迷惑をかけるでもないことだし、構わなかろう。

「ティバーン…」
殊勝な態度でしゅんとして見せるリュシオンは、それはそれは儚く、心配のあまりとはいえ、怒鳴ってしまったことを一瞬のうちに後悔した。
焦って、リュシオンを怒っているのではないと言葉を募らせる。
「いや、無事だったからいいんだ…ただ、なんでそんなことをしたのか教えて欲しい、リュシオン。なにかフェニキスの生活に不満があったのか?」
「……不満ない、違う、ティバーン」
たどたどしい言葉で、横になったベッドの上から視線を上げてふるふると首を振る姿は本当に保護欲に駆られる可憐さで、無闇に大丈夫だと抱き寄せたくなる。
いや、何に対して大丈夫かはわからないが。

そんな思いに浸って無言になったのを、リュシオンは続けるよう促す所作と受け取ったらしく、懸命に慣れない現代語から、使える単語を選んで続ける。
「私、なりたい、身体強い。フェニキスの民、みな身体強い。ティバーン一番強い。私、ティバーンと食べる同じする、強い、なれる思った。…ごめんなさい」

………………………………………………………………………。
あー…ずいぶん浅は…いや、うん、け、健気だ、健気。

最後のごめんなさいがあまりに可愛らしく、一瞬過った思いを打ち消す。
いや、自分を誤魔化してなんかいない!いないから!!

そんなふうにぐるぐると自分の思考に陥ってさらに無言でいたら、自分の気持ちを吐き出して勢いづいたのか、リュシオンはかすかに微笑んで続けた。

「私、憧れる、ティバーンは強い。ティバーン森で私助けるした、とても簡単に抱き上げるした。とても強い力。私ティバーン目標」

ああ、やっぱり健気だ。この感情に嘘偽りはない。
思わず感動して、リュシオンの柔らかくすべりの良い髪に指を通して慈しみをこめて撫でた。

リュシオンはか細い声でどれだけの憧れを胸に抱いているのかをまだ続ける。
「私、ティバーンとても感謝する。私夢ある、身体強いなるしたら、いつか森で私助けるしたティバーン同じ、今度はティバーン助ける私がする」
「そうか…ありがとうな。じゃあ、いつかオレが何か困ったことがあった時は頼りにするから、これからはこんな無茶しないで、自分にあった方法で強くなってくれ」
そう言うと、今まで以上に綺麗な微笑みを見せてくれた。
「はい。それまでに私、ティバーン抱き上げる出来るになる」







…………………………今、なにか聞いてはいけないことを聞いた気がしたが。
しかも物凄くさらりと告げられた気がするが。

「…………………………い、いや、鳥翼族とはいえ鷹は筋肉質で重いし。と、特にオレは重いから、ヤナフを助ける辺りで、手を打ってくれない、か」
精神上物凄く宜しくない想像が(僧坊筋が発達しすぎて首が短く見えるリュシオンとか、自分以上に胸板が厚く女性のウェストなみの太腿をしたリュシオンだ…)脳裏を駆け巡り、にこにこと嬉しそうなリュシオンに対して、血を吐く思いでそう言うのが精一杯だった





後日、その時すごい勢いで真っ青になってフリーズしたところを出先から目撃したらしいヤナフから、戻った途端に「わが君!あまりの顔色に毒でも呷られたのかと心配致しました」と泣きつかれた。



強くなるって、筋力って意味じゃなくてこう……ああ。









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