Pray-祈り-



 01







 キッカケなんて些細なもので。
 きっと何処にでも転がっていて、それにたまたま気付けるか気付けないか。

 きっと多分、そんなもの。

 だから恐らく、あの時『彼』に気付けたのは―――――レンにとって、一生に1度あるか無いかの『幸運』だったのだと思う。








「櫂トシキです」


 レンのクラスに転入してきた『彼』は、酷く素っ気ない様子でレン達に向かって言葉を発した。

 抑揚の無い、自分たちの年頃にしては少し低めな声。
 少しだけ甘い良く通る声は、心地よくレンの鼓膜に響きはしたが――――ただ、それだけ。

 ぼんやりと窓の外を眺めていたレンが、わざわざ黒板の方を振り向く程では無かった。


「・・・・・」




 今日は、暖かいな。

 天気がいいな―――・・・外の芝生に寝転びたい。

 そのままウトウトしたら、きっと気持ちいいよ・・・・。






 元よりレンは、周囲に関して余り興味を抱く性格では無かった。

 周りの人間達は、レンにしてみると『よく分からない存在』だ。
 考えていることも、言っていることもイマイチ理解出来ない。

 周りはレンのことをよく分からないと言うけれど―――――レンにしてみれば、それは逆である。
 感じていることも言われていることも、あんまりピンと来ないし良く分からない。

 でもそれは別にどうでもいいのだ。
 分かろうと言う気もあまり無いし、レンのことを分かって貰おうともあんまり思わない。
 レンはレンで、他は他だから、別にそんなのはどうだっていいのだ。

 けれど、それをどう伝えればいいか分からないし―――――まあ要は面倒だし上手く言える気もしないから、レンは黙っている。

 自分を分かってくれるのは、ほんの一握りの人間でいいのだ。

 そう、・・・例えば学校内ではテツ。
 2学年上の友人、新城テツが分かってくれるなら、それでいい。


 だから、レンが黒板――――櫂トシキが立っている方―――――に視線を投げたのは、本当に偶然だった。



「・・・・」



 ふぅん・・・キレイな顔。



 たまたま、顔を前へと向けて。
 その時に視界に飛び込んできた少年の姿に、レンはそのまま視線を固定した。

 少年の顔が、あんまり整っていたからだ。
 レンが今まであまり目にしたことが無いくらい、キレイだと思える顔の少年。

 目の印象が強いというか、とにかくキツイ眼差しをしていたから。
 人形のよう、と例えるには少々無理があるな・・・とは思ったけれど。

 ぱっと見で貶す要素が見当たらない程度には、整っているキレイな顔立ちだとレンは思った。


「・・・・・」



 笑ったらきっと、可愛いのにな。



 何となく、そんなことを考えつつ。
 今度は前を向いたまま、レンは先ほどと同じように再び頬杖をつく。


「・・・・・」


 柔らかそうな薄茶色の髪に、宝石みたいな深緑色の瞳。
 きっと日に焼けないのだろう白い肌したその少年は、レンに猫を連想させた。

 茶色いふわふわした、毛足の長い猫。
 大きくて吊り上がり気味な瞳は綺麗なグリーン。
 ピンと尖った耳とフサフサした太い尻尾を持つ、気位の高そうな猫だ。

 ふわふわな毛並みに触れ、その柔らかそうな身体を抱き上げてみたいと思うけれど―――――そういった行為は一切許してくれないだろう雰囲気を感じる。


「・・・ねこ」



 猫は好きだ。
 姿形が可愛いし、毛は柔らかくて撫でていると気持ちがいいし、抱き締めるとぐにゃっとなる感触も好きだ。

 気まぐれで、いつも愛想を振りまいてくれるとは限らないし、時には引っ掻いたり噛みついたりもしてくるけれど、それはそれで予想が付かなくて可愛いと思う。

 常に構って欲しがるわけでもなく、気が向いたときだけ寄ってくるという、あの勝手さがまた丁度良い。
 いつでもベタベタされたら飽きてしまうだろうけれど、その空気を読んでいるかのように急に素っ気なくなる、あの翻弄されてる感じがすごく心地よい。

 此方を理解しようとも、理解されたがりもしない、そんな自由さを感じさせる猫の気儘さがレンは好きだ。



 レンがそんなことをつらつらと考えている内に、担任の教師が何かを言ったらしく、少年――――何と名乗っていたか忘れた―――――が、レンの方へと近づいてくる。


「・・・・・」


 レンがじーっと見つめ続ける中、少年は視線を物憂げに伏せたまま、レンの前の空席へと腰を下ろした。
 レン以外のクラスメイトも注目している筈なのだが、それには一切我関せずの態度を貫いているのが見事だ。


「・・・・・」


 前の席にも、後ろに座るレンにも、一切の挨拶は無い。
 その毅然とした興味無さげな態度がまた、猫のよう。


「・・・・・」


 レンからはもうキレイだと感心した彼の顔は見えず、癖の強いツンツンと逆立った柔らかそうな茶髪が見えるだけである。


「・・・・・」



 ・・・ねこ。

 触りたいな・・・髪の毛、にゃんこみたいに柔らかいのかな?

 撫でてみたい・・・けど。

 やっぱり怒られる、・・・かな?



 少年の柔らかそうな髪と肉付きの薄そうな背中を、しげしげと眺め。
 レンは、彼の肩越しに彼が取り出した『物』を発見する。


「・・・・、」


 一瞬、声が出そうになった。



 ―――――アレは、ヴァンガード。



 レンが最近ハマって、テツとずっと一緒に遊んでいるカードゲームだ。
 レンはテツほど強く無かったし、テツほど熱心に頑張って強くなろうと思ってはいないけれど―――――とりあえず話題として振られれば、ある程度までなら話せるレベルではある。


「・・・・・・」


 レンはそっと、後ろから少年の様子を覗った。

 すっきりとした線を描く高い鼻と、滑らかな白い頬、そして手先のカードを眺める瞳に影を落とす長い睫毛。
 彼は、横顔もキレイだ。



「・・・・・・」


 白い手が扇状に持つカード達は、右下に皆同じ赤いラベルが付いている。
 ヴァンガードで赤いラベルが付いているクランは幾つもあるし、レンやテツが使うクランでは無いからそんなに詳しくは無いけれど、それがどのクランであるかくらいは判断できる。

 『かげろう』。

 紅蓮の炎をバックに剣を持った真紅のドラゴン―――ドラゴニック・オーバーロード―――――ヴァンガード・ファイトにおいて知らぬ者はまず居ないだろう有名なカードがそこに含まれているのだから、間違いようが無い。


「・・・・・・」



 彼も、ヴァンガードやるんだ!



 レンは不思議と、自分の気持ちが酷く浮き立つのを感じた。

 今まで感じたことの無い――――ドキドキして、息苦しささえ感じるような、胸がギュウッと締め付けられるようなこの感覚。
 苦しい気さえするのに、もっと苦しくなってもいいような・・・これ以上ドキドキしたらどうかなってしまいそうな気がするのに、もっとドキドキしたいような、抑えようのない変な高揚感。

 早くはやく。

 何が早くで、何をどうしたいのかも良く分からないのに―――――何かを知りたくて堪らない。

 良く分からないけど、とにかく時間が早く過ぎて欲しい。

 こんなどうでもいい時間飛び越えて、早く。

 テツに知らせないと。

 彼もヴァンガードやるんだよ、ってテツに報告して。

 テツに早く、何とかして貰わないと。


 早くはやく、―――――彼とちゃんと話したいから。





 でも、ああ・・・だけど、自分では最初から上手くは彼と話せないから。
 テツが必要なのだ。

 テツに逢って、早く教えないと。
 ヴァンガード、彼もやるんですよ、って、教えないと。




 じゃないと僕が、―――――彼と話せない!!










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