Pray-祈り- 02 ―――――後で考えれば。 レンにとって、あの出会いは正に運命で。 櫂トシキは雀ヶ森レンにとって、まさしく運命の人だった。 生まれて初めて、人と関わりたいと心から思って。 彼にとっての特別になりたいと、心の底から願った。 ヴァンガードを、あれ程熱心に頑張ろうと思ったのだって、櫂がやっていたからだ。 ・・・初恋、だった。 レンにとって櫂は、最初の恋を教えてくれた存在であり――――そして今現在、最後の恋心までも捧げる相手だと思っている。 何故ならレンは、櫂トシキ以外に、己以上に大切だと思える存在を他に知らない。 櫂はレンにとって、何より大切で。 櫂のことが、どんなことより最優先だ。 すれ違い、傷つけあい―――――もう2度と元に戻れないと観念し、暗く閉ざされた世界にレンが居たあの頃。 櫂の傍に居たいとひたすら願い、その為にとチカラを欲し、そして手に入れたPSYクオリア。 それを拒絶され、彼のために強くなろうとした自分自身を否定された気がして、レンは悲しみに混乱して荒れ狂った。 荒れ狂った挙げ句に、あれ程大切に想い心の中で一番大事にしていた自分の気持ちごと、櫂を踏みにじった。 櫂を傷つけ血を流させ―――痛みを与えて。 そして同じだけ、自分自身も傷つけた。 そうせずには居られなかった。 辛くて苦しくて――――痛くて痛くて堪らなくて。 痛みを感じる身体ごと、消えて無くなってしまいたかった。 きっとあの時―――――レンは、櫂と共に息絶えることを望んでいたのかも知れない。 自分だけ逝くのも、櫂だけが死んでしまうのも許せない。 この世界に櫂だけ残すのも、置いて行かれるのもどっちも嫌だ。 どっちにしても一緒が良い。 櫂が自分を拒むなら。 この世界で、自分を受け入れてくれないと言うのなら。 ―――――ダッタラモウ、一緒ニ死ンデ消エテ無クナレバイイ。 ・・・そこまで、思い詰めたこともあった。 あの頃に比べたら、和解した今現在は、レンにとって夢のように幸せだ。 電話をすれば、繋がるし。 メールを打てば、短いけれどちゃんと彼らしい言葉で返信がくる。 逢いたいと言えば、待ち合わせ場所を指定して出てきてくれるし。 顔が見たいと駄々をこねれば、渋々と言った態度を取りながらもマンションへと招いてくれる。 昔のように抱きついても、『相変わらずだな』と呆れながらもされるがままになってくれるし。 柔らかな猫毛を撫でたり滑らかな頬に頬ずりしても、止せと言いつつ本気で嫌がったりはしない。 だから。 今のままで十分に幸せだ、とレンは思う。 これまでのことを考えたら、今の状態はもう夢のように心地よくて幸福だ。 だけど―――――。 『明日? 明日はダメだ――――三和と約束がある』 『んー、そうだな、その日は光定と―――――』 『いや、今日は帰る。アイチにファイトしてやると言ってしまったからな』 『ジュンっていう、裏ファイトの帝王といわれてるヤツが居てな・・・』 レンが知らない、空白の時間に櫂の周りを埋めたのだろう彼の仲間達の名前が出る度に――――レンの胸は、重苦しい冷たいモノで満たされていくのだ。 「そうですか―――――それなら、仕方ないですよね・・・」 それは、誰? 僕より大事ですか? そっちの約束が先だから、僕は断られてるだけです? 本当に? 僕が先だったら、約束だからとそっちを断ってくれるんですか―――――? 物わかりが良いふりをしつつ、レンは胸の中にどす黒いモノが溜まっていくのを感じる。 でも、我が儘言ったら櫂が怒るだろうから。 櫂が嫌がるだろうから。 櫂に、・・・もう嫌われたくないから。 胸が重苦しくなる度に、レンは必死に自分にそう言い聞かせて思い留まる。 もう、櫂に嫌われたくない―――――。 櫂が厭ったPSYクオリアを使い、彼自身を完膚無きまでにねじ伏せて、そして無理矢理に血を流してまでも吹っ切ろうとした、彼への想い。 それを引き摺りながら、自分で頑なに認めないままに先導アイチとファイトをして―――――その結果、どうしたって擲(なげう)てない櫂への気持ちに気付いた時。 レンはもう、自分自身のチカラを否定してでも、櫂の傍に居たいと思っている自分に気付いてしまった。 何でもいい・・・今までの自分の苦労も苦しみも葛藤も、その結果やっとの思いで得た力を捨て去ることになったとしても、それでもいいから、櫂の傍に在りたい。 そう、願ってしまった。 櫂が望むなら。 櫂が、願うのだったら。 櫂がそうあれと思うのならば―――――自分は櫂の、望み通りの人間になろう・・・そう決意した。 だから。 レンは櫂が望むとおり、彼の親しい『友人』という立場に甘んじるべきなのだ。 それが正しい。 けれど、―――――。 レンの胸を占めるドス黒い想いは、どんどんと嵩(かさ)を増しレンを押しつぶす勢いで育っていく。 友人だけでは足りないと・・・それだけの関係では嫌なのだと訴える心の声は日増しに強くなっていく。 苦しくて、切なくて。 やりきれない想いで、レンは胸の内だけで櫂を抱く。 細い手首を捕まえ、彼の身体を強引に引き寄せてかき抱き、そのままベッドへ倒れ込み。 驚いて抵抗する櫂の頭を固定して深い口付けをし―――――酸欠になって、意識が混濁するまで彼の口内を貪って。 動けずにいる彼の衣服を問答無用で剥ぎ取り、薄い皮膚を食いちぎる勢いで白い首筋に吸い付いて。 抵抗を全部抑え付け、彼の片足を持ち上げて、そして―――――。 「・・・・・」 愚かなことだと思うけれど、証が欲しい。 櫂トシキが自分のモノだと、思わせてくれるような証拠が欲しい。 そうしたらきっと、こんな焦燥感は治まってくれる筈だから。 浅ましい想いも、抑え付けていられる筈だから。 だから、言わないでほしい。 自分の前で、他の男の名前なんて口にしないで欲しい。 自分と櫂の間に、空白の時間が流れていたことなんて分かってる。 その間に、彼にも自分にも、お互いに共通では無い知り合いが出来てしまうのが仕方ないってことも分かってる。 だけど、言わないで欲しい。 気付かせないで欲しい。 もしかしたら自分よりも、その相手が大切なのかも知れない、とか。 自分よりもその相手を優先順位が上、なのだとか。 そういうの全部。 自分に分からないようにして欲しい。 ―――――そうじゃないと、自分は。 『悪いな、レン。そういうわけだから俺は今日、三和と――――』 アア。感ヅカセナイデ、ッテ言ッテルノニ。 櫂ニ、嫌ワレタクナンテ無イノニ。 「櫂は、ビワくんが大事なんですねえ・・・」 『レン、三和だと何度言えば・・・。まあいい、とにかく今日はダメだ約束だからな』 「ミワくん・・・。櫂は、三和くんが大事です?」 『は? いや、だから・・・今日はアイツと先に約束してあったんだ。だからお前と遊べないと言ってるだけだろ、レン』 「・・・・・・」 大事と聞かれて、否定しない彼に勝手に苛立つ自分が居る。 違うよ、お前の方が大切だ―――――彼がそんなこと言ってくれる筈なんて無いと分かってるのに、否定されないことで勝手に不安になる。 だけど言えない。そんなこと、絶対言えない。 言ったら櫂に嫌われてしまう。 『まあ、確かに三和は幼なじみだし、・・・色々・・多少は面倒を掛けてはいるし・・・大事じゃないとは言わないが・・・』 櫂のこういった言動は、『大切だ』と言っているのと同じこと。 ダテに彼だけを見てきたワケじゃ無いから、そういう彼の心の内だけはすぐ読めてしまう。 だからこそ、余計にまた心の中に黒く重苦しいモノが溜まっていく。 ああ、レンのことが大事だ。 レン、お前のことを俺は一番優先して考えたい―――――そんな風に1度でも言ってくれたら、それだけでこの苦しさは消えてくれる気がするのに! 『三和は、・・・イイヤツだ。レン、お前ともきっと仲良くなれると思うし、その内に俺がちゃんと紹介して―――――』 「僕は櫂だけでいいです、他は必要ありません」 『レン、お前・・・』 「櫂だけでいいんです。僕は櫂だけが好きなんです」 ネエ、櫂モソウデスヨネ? れんダケダッテ言ッテクダサイ。 れんガ居ルナラ、他ハ誰モ要ラナイッテ言ッテクダサイ。 『レン・・・とりあえず今日はダメだ』 困ったような櫂の声。 どういう顔をしているのかさえ、読めてしまうから余計に辛くなってくる。 櫂はレンが、どれくらい切実な想いで今の言葉を口にしたのかを理解してはいない。 櫂だけがいい・・・櫂しか要らない。他なんてどうでもいい。 ウソ偽りなく、レンにとってはそれが真実だというのに!! 「―――――分かりました。じゃあ、来週。来週末は僕のために空けてくれますよね?」 『ああ、来週は空いてるから問題無い』 「では、約束ですからね櫂―――――」 引き下がってみせれば、櫂はあからさまにホッとしたような声を出した。 櫂にしてみれば、急に予定をねじ込もうとして来たレンを、ようやく言いくるめることが出来た―――――とでも思う所なのだろう。 だからこそ敢えて。 レンは櫂に、自分の我が儘を聞いて貰いたかったのだが。 どんどん、どんどん。 レンの胸の内に、黒い泥が溜まっていく。 ずんずん、ずんずん迫り上がって。 いずれはレンの胸を満たし、肺の酸素を押し出して―――――レンを窒息させてしまいそうだ。 窒息したら、死んでしまう。 人間には、生存本能という欲求があって。 自分が死んでしまうと思ったら―――――衝動的に助かろうとして、禁忌だと思っていたことでも行動に起こしてしまうことがあるらしい。 死にたくない、助かりたいと思って。 大切で、何より大事で、・・・守りたくて。 絶対にダメだって思ってるのに―――――同時にそう思うのと同じくらい壊したいって思ってる気持ちがあって。 その2つが鬩(せめ)ぎ合った時。 「・・・僕はどうなってしまうんでしょう。キミに嫌われたくは無いんですよ、櫂―――――」 通話の切れた携帯電話を耳に当てたまま。 雀ヶ森レンは、虚ろな口調でそう静かに呟く。 その眼差しはあくまで穏やかに凪いでいて―――――それでいて、瞳には赤い炎のような揺らめきと何処か狂気的な輝きが宿っているのだった・・・。 To be continued... |