ALEXANDRITE-アレキサンドライト- 01 ―――――ね、キレイでしょう。1つで2つの色を持っている。 櫂の目と、僕の目の色。 光源によって、どちらにも変化するこの石は、まるで僕たちのようでしょう。 1つの石に、2つの色。 異なる色が、1つの石に宿っていて、決して離れることは無い。 2つの色は、ずっと一緒で離れない。 だから、この石は僕たち二人で持っていましょうね櫂。 僕たちもずっと一緒に居て、離れることなんてあり得ないんだもの! ああ、この石の名前はね・・・アレキサンドライト、っていうんですよ――――― 「・・・・・・、」 久しぶりに、夢を見た。 自分がまだ、中学生だった頃の夢。 申し分無いカードファイトの、相手として。 転校し親友と離ればなれになり寂しかった自分の前に現れてくれた、新たな親友として。 まだ子供で我が儘だった自分の言い分を、優しく受け止め聞き入れてくれる、頼りがいある兄のような存在として。 雀ヶ森レンという男に、心酔していた頃の自分の夢だった。 「・・・嫌な夢だ・・・」 部屋には自分しか居ないのに、櫂トシキは、わざと声に出して言う。 自分に、あれは『嫌な夢だった』と言い聞かせるためだ。 夢の中の自分が、雀ヶ森レンの手にした物をおずおずと受け取り、嬉しそうな笑みさえ浮かべていたから。 「・・・レン・・」 無意識に名を呼ぶ声は、寝起きのせいか掠れていた。 彼の元を去ってから大分経っている筈なのに、―――――櫂の記憶は、たやすくレンの顔を脳裏に浮かばせる。 忘れたいのに。 記憶から、根こそぎに消し去ってしまいたいのに。 『櫂』と呼ぶ、彼の声が。 『櫂、大好きですよ』そう告げて見つめてくる、彼の瞳が。 『櫂、僕たちはずっと一緒です』そう言って笑った彼の顔が、・・・頭から離れない。 「・・・・レン」 櫂にとって、ヴァンガードは全ての判断においての基準と呼んでも過言では無い。 高校生になった今となっては流石に『全部』とまではいかないが、それでも殆ど、とも言えるレベルでヴァンガードは絶対だ。 今でさえそうなのだから、中学生の頃はもう当たり前のようにヴァンガードが基準の全てだった。 ヴァンガード・ファイトが強ければ、無条件に尊敬に値する人間だと思い込んでいた。 そして、当初、自分より強いと思える唯一の人間は雀ヶ森レンだった。 レンは優しかったし、年下である櫂のことを子供扱いせずに扱ってくれたし、ファイトも真剣にやってくれた。 ―――――・・・櫂。素敵な響きです・・・。トシキと呼ぶよりも、響きがとても綺麗だから、僕はキミのことを『櫂』と呼ぶことにしますね。 時折、天然なのか意味不明なことを言って櫂を戸惑わせたりはしたけれど、トータル的に『イイ奴』だと判断するに足る人間だった。 ―――――櫂は綺麗だね。眼も髪も、この白い肌もとっても綺麗。 レンは櫂に抱きついてきては、意味を掴みかねる言葉を口にして櫂の身体に触れてくることが時折あった。 「やめろよレン、なんかくすぐったい・・・。」 ―――――ふふっ、いいでしょう櫂。だって僕と櫂はすごく仲良しなんですから! 櫂がそう言って身を捩っても、レンは大抵言うとおりにはしてくれず、櫂の身体を解放しようとしなかった。 「やだって言ってるだろ・・・? 俺いま、デッキ組んでる最中なんだからなー」 ―――――そんなの、後でいいじゃないですか。僕が手伝ってあげればすぐ終わりますよ。それより・・・ 何が楽しいのか、櫂を抱きしめたままで髪を撫でてきたり頬ずりしてきたり、首筋を舐めてきたりする。 時には櫂の服の中に手を入れて、身体を直接撫でてくることもあった。 「俺は自分で組みたいんだ! いいから離れろよカードが広げらんないだろ?」 いい加減に辟易(へきえき)して、櫂がキレ気味に怒鳴っても、レンは怯まない。 ―――――じゃあ、今じっとしててくれたら新しいカードをあげます。 手を変え品を変え、巧妙にまだ子供だった櫂の機嫌を取ろうとしてくるのだ。 「新しいカード? え、かげろう!?」 ―――――そう。櫂の大好きなかげろうですよ。ね、だからジッとしていて? 「うー・・・ん、あんまり・・・触んなよ? くすぐったいから・・・」 雀ヶ森レンは、ヴァンガードが強くてレアカードも沢山持っていて。 櫂が望めば望むだけ、幾らでもカードファイトに付き合ってくれる優しさがあって。 強くて優しくて、自分よりもずっと大人に見えたレンが、櫂にはとても格好良く映った。 それにレンの髪と瞳は、櫂が1番好きなカード『ドラゴニック・オーバーロード』や所属するクラン『かげろう』のイメージカラーの『赤』だ。 櫂が、レンの艶のあるたっぷりとした髪や自分を見つめる透き通った赤色に惹かれたのは、ごく自然な成り行きだったと思う。 カードファイトが強くて、沢山のレアカードも持っていて、自分が望むままにファイトに付き合ってくれるレン。 そんなレンは、いつしか―――――自分が転校したせいで幼なじみの親友・三和と離れてしまった寂しさを生めてくれる存在となっていた。 ―――――ふふっ、・・・じゃあ約束です。 嫌がらないで下さいね・・・? だから。 そう言っては、自分に触れてくるレンを櫂は拒みきれなかった。 「・・・・・・」 正直、当時からレンを怖いと感じたことは度々あったのだ。 柔らかな笑みを浮かべて、優しい声で話し掛けてくるレン。 けれど、その目に鮮やかな赤髪と紅玉のような眼が―――――美しいけれども、何処か毒々しいような禍々(まがまが)しさを放っていた。 普段は穏やかで、寝ぼけている猫みたいにボーッとしていて、隙無く綺麗に整った顔立ちを裏切るような茫洋(ぼうよう)としたイメージしか湧かない態度だというのに。 ―――――櫂、大好きですよ・・・! じゃれついてくる彼は、年下の櫂から見ても子供っぽく映るほどで。 無邪気な、天然ともいえるだろう言動で櫂に懐き一緒に遊ぼうと誘ってくる姿は、無害にしか思えなかったのに。 雀ヶ森レンは何処か、危険な空気を孕んでいる存在だった。 けれど。 今よりもっともっと子供で、カードファイトのことが全てだった櫂には―――――それが何なのか分からなかったのだ。 自分と同じように、レンもヴァンガードが全てで、それ以外のことなんてどうでも良いのだと。 より強い相手と戦い、より高みを目指すという目的よりも大切なものなど無いと思っていた。 だから。 だから、自分はあの日―――――。 Next 02 |