LOVE PORTION 06 ―――――上手く言葉には出来ないけど、ずっとずっと、伝えたいことがあった。 例えば、彼の顔を見るだけで気分が弾んでくること、とか。 声を聞けただけで、心臓がいちいち跳ね上がって音がうるさくなること、とか。 ふと顔を上げたら、彼も此方を見ていて視線が合わさった時の息が詰まる感覚、とか。 薄茶の後ろ髪が跳ねている背中を見かけた途端、胸がぎゅっとなって抱きつきたくなる衝動、だとか。 たまにしか見せてくれないけれど、ふわりと力を抜いて、無防備な表情を見せてくれている―――――まさに今の彼、だとか。 櫂を見ていると。 すごくすごくすごく、幸せな気持ちになる。 ずっとずっと、見ていたい。 いつまでだって見ていても、ぜったい飽きない自信がある。 それくらい、満たされた気持ちになる。 ――――――そのことを、ちゃんと彼に伝えたいと、ずっとずっと前から思っていた。 けれど、それはレンの中では形になっていてくれず。 伝えようにも、あんまりフワフワとして漠然としたモノだったから―――・・・言葉として櫂に言うことが出来なかった。 だけれど、ようやく。 それらはレンの中でひとつの『言葉』へと集約され、形を得ることが出来たのだ。 「好きです」 だからレンは、実感を伴いようやく知ることの叶った言葉を、繰り返す。 「僕は、櫂が大好きです。ものすごく、とっても、沢山、・・・えっと、とにかく誰にも何にも負けないくらいに櫂が好きです!」 唖然とした表情のまま、固まっている櫂に向かって、レンは何度も繰り返し好きだと訴えた。 「どんなものより、櫂がいいんです。櫂が好きなんです」 「・・・・・・・・・」 櫂は、押し黙ったまま答えない。 それでもレンは、構わずに告白を続ける。 「そりゃ、他にもチーズケーキとか色々好きなモノありますけど・・・テッちゃんやアーちゃんだって好きですし、僕をホメてくれる人も大体は好きだなって思いますけど、」 「・・・・・・・・・」 「でも、それと櫂は別っていうか、好きの度合い違いすぎるっていうか・・・」 「・・・・・・・・・」 「ああ、もちろんヴァンガードだって好きですよ? 確かに櫂に逢うまではあんまり熱心じゃなかったですし、今考えたら動機は不純だったかも知れませんが」 「・・・・・・・・・」 「今ではそれなりにちゃんと好きですし頑張ってやってるつもりですし、PSYクオリアも無くなった今、真剣にやらないと櫂に相手して貰えなくなっちゃいますしね!」 櫂はやっぱり、何も言わない。 透き通った緑色の瞳が、変わらずレンの顔を鏡のように映したままだ。 「・・・・・・・・・・」 レンは段々と不安になってくる。 相変わらず、黙りこくったままの櫂。 まるで、こちら側の音が遮断された別室に居るかのようである。 けれど、この至近距離でレンの声が櫂の耳に届いていないとは考えられないから、ちゃんとレンの話を聞いてはいる筈だ。 それなのに、全くのノーリアクションは何故なのか。 ――――――もしかして。櫂は、僕に好きだと言われて迷惑がっている・・・・? そんな考えがレンの頭を不意に過ぎり、ひやりと冷たいモノが胸を満たしていくのを感じた。 「・・・・・・っ!!」 好きだと、自覚したら我慢出来なくなった。 もっともっと。 ずっとずっと。 櫂が欲しいほしいほしいほしいほしいほしい。 今じゃ足りない。 櫂が足りない。 足りなすぎて、自覚したらあまりの渇きにおかしくなりそうな自分に気付いてしまった。 今のままじゃ嫌だ。 もっとずっと、今までより――――――もっとずっとずっと、遙かまで。 櫂に最も近い場所へと行き着きたい。 櫂を捉えて、取り込んで、しっかり包んで絶対に離さない――――――同化してしまう域まで、櫂の全部を手に入れたい。 そしてそんな衝動ごと、『好きだ』と伝えることで櫂に受け入れて欲しかった。 だけれど。 もしかして櫂は、・・・・・・レンと同じ気持ちではない? そうだ。 だってレンと櫂は、別々の身体と思考を持つ、血のつながりすらも無い全くの別人だ。 意識の共有どころか誤解もするし、互いの意思だって上手く伝えられずに先日まで仲違いしていたような間柄である。 レンが想うからといって、櫂も同じようにレンを想う道理などは何処にも無い。 そもそも、レンが一方的に櫂に憧れていたのであって、櫂がレンのことをどう思っていたのかすらレンには分からないままなのだ。 ――――――僕は、取り返しのつかないことをしてしまった? 「・・・・かいっ、・・・!!」 頭から冷水を浴びたように――――――いや、魂ごと極寒の地へ突き落とされたかのような想いに駆られながらレンは悲壮な声で名を呼んだ。 せっかく。 せっかく、仲直り出来たのに。 再びこうして逢い、話すことが出来る間柄へと戻れたのに。 自分の口走った一言のせいで、全部が壊れてしまうかもしれない―――――そう考えたら、怖くて堪らなくなった。 「かいっ、・・・櫂は、もしかして、僕、ぼくのことがっ、、、、」 言いたいこと聞きたいこと確かめたいことは沢山あるのに、舌がもつれて上手く言葉が紡げない。 それでも必死に、レンは泣きそうになりながら口を開いた。 「僕のこと、き・・・きら、―――――」 ぼたっ。 その刹那。 ぼてっ・・・そんな擬音で表現したくなるような、何とも間抜けな音がレンと櫂の間に響く。 「・・・・・・・・・」 反射的に音の方へと視線を走らせると、白いテーブルにピンクがかった白っぽい塊が鎮座していた。 櫂の手には、乗っていたアイスが消えたコーンのみが握られている。 「・・・・・・・・・」 櫂が、手にしていたアイスクリームの本体部分を落としたのだ・・・と、そこでようやくレンは気付いた。 「・・・・・・・・・」 咄嗟に拾い上げようとしたのか、櫂が零れたアイスの塊へと手を伸ばし、指にクリームが付着したところで動きを止める。 それから身をよじり、手をテーブルの隅へと伸ばし掛け―――――恐らく先ほども使用した紙ナプキンを取ろうと思ったのだろうが、あいにくさっきレンのせいですべて使い切ってしまっていた――――――すぐに諦めた様子で、そのまま素手でテーブルに落ちてしまったアイスの塊を掬うようにして手にしていたコーンの中へとグチャリと放り込んだ。 櫂はコーンを握ったまま、今度は周囲を見渡し何かを探っている様子だったが、不意にその美しい緑の瞳をレンへと向けて来る。 「・・・・何だ? 俺の失敗がそんなに珍しいか?」 眉間にしわを寄せ、口調もどこか不機嫌だ。 「え?」 言われた内容がレンにとっては予想外のモノで、レンは目を丸くする。 一瞬、何を言われているのか意味が分からなかった。 急に、ぼてっとアイスがテーブルに落ちて。 それを咄嗟に櫂が拾おうとして、クリームが付着し――――――それで嫌な顔をした櫂が、自棄になって素手でアイスを掴んでコーンに乗せ戻した。 その一連の流れをただ目で呆然と追ってしまっていただけで、レン自身それに対して何を思っても居なかったのだ。 ピンクの濃淡とホワイトのクリームが溶けて混ざってしまい―――――せっかく見た目が可愛くて櫂が食べているのが可愛かったのに、と微かに残念に思うくらいはしたけれど。 片手をピンクのアイス塗れにして、嫌そうにコーンを持っている様子を見れば、そんな姿が今日はもう見られないことは決定だ。 「僕は・・・・」 櫂のきつい眼差しに、自然とレンは視線を落とす。 ひょんなことで会話が中断してしまったが、レンとしては櫂がアイスを零したとかそんなのはどうでもいいのだ。 櫂の答え次第では死刑宣告にも等しくなるだろう、レンが勇気を振り絞って問わなければならない『質問』がある。 いきなり話が中断し、意気込みはだいぶ削がれてしまっているけれど、だからといってこのまま立ち消えにすることは絶対出来ない。 「・・・・・・・・・」 いや、時間がそう――――このショップへ入る前まで戻せるならば、それも可能かも知れないけれど。 覆水盆に返らず。 すでにひっくり返され零されてしまった水は―――――もう二度と、元には戻せない。 櫂は、レンの告白を聞いてしまった。 もう、元の2人に戻ることは不可能だ。 「・・・・・・・・・僕は、」 かといって、どうしたら先ほどの会話の雰囲気へ引き戻せば良いのだろう。 蒸し返すための、上手い会話の糸口が見つからず、レンは途方に暮れた。 「・・・・えっと、」 「―――――手を洗ってくる」 それでも、レンが言いあぐねつつ何とか言葉を捻りだそうとしたのと、櫂がそう言って立ち上がろうとしたのが同時だった。 「あっ、・・・櫂!」 櫂が居なくなってしまう―――――そう考えた瞬間、レンの身体は勝手に動いた。 「待って――――待ってください!」 立ち上がって櫂の手首を掴み、椅子へと引き戻す。 「レン・・・?」 「櫂」 投げられた視線を見返すだけで、体温が上がってしまいそうな美しい緑眼にしっかりと目を合わせ。 レンは自分が何を伝えたいと思っているのか、分からないままに口を開いた。 「――――――消えないでください。僕の前から、消えないで・・・もう、居なくならないでください・・・」 失いたくない。 自分の中で、キラキラとたったひとつ光ってる、大切なもの。 大切で大切で――――絶対に無くしたくないと願ってる唯一のもの。 もう二度と、あんな絶望は味わいたくなかった。 「櫂が居ないなんて嫌だ。櫂が居ないと僕はおかしくなってしまう。櫂が居ないと、僕は・・・・!!」 上手く伝える術なんて知らない。 思いの丈を相手がきちんと理解出来るように、上手に話す方法なんか知らない。 どうしたらこの、苦しくて辛くて切なくて甘くて、そして痛みを伴うような渇きを分かって貰えるかなんて知らない。 そんな方法、分からない。 だから、レンは言うしか無かった。 思いつく限り、思いつけるだけの言葉で、自分の感覚で・・・櫂にぶつけるしか方法は無かった。 見つめるだけで心が震えるような、胸の奥まで貫くほど強い光を宿す緑瞳。 それにただしっかり視線を合わせて――――――心から迸る言葉を口にすることしか出来ない。 「レン――――・・・頼むから、」 ふと、レンの視線の先で、櫂の瞳が揺らいだ。 鮮烈な光を隠すかのように長い睫が震えながら瞳に影を落とし、櫂がレンから目をそらす。 「そんな、・・・沢山の言葉を、一度に言うな・・・・!」 「――――かい?」 櫂の声は、喉奥からようやく絞り出したかのように酷く掠れていて。 レンはその声音に滲む櫂の切実さを感じ取り、思わずさらに言い募ろうとしていた口を噤んだ。 「・・・・・・・レン、お前は、」 そして、櫂が言葉を紡ぐのをじっと待つ。 「・・・いつもいつも、いきなり突飛なこと言い出して、・・・俺を困らせてばかりだ」 レンから目どころか、顔をそらした状態で話し始めた櫂の横顔をただ見つめる。 「場の空気も読まないし、言ってる内容も半分は意味不明だったり、いちいち俺を混乱させることばかり言う」 長めに伸ばした前髪が掛かる、鼻から唇、そして細い顎へと続くラインがとても美しい。 横顔は、櫂の鼻梁の高さや睫の長さ、そして首の細さがとてもよく分かるから、この角度から彼を眺めるのもレンは好きだ。 形良い唇から零れ出るのがレンへのお小言であろうとも、櫂の声はレンの鼓膜を心地よく擽り、すぐ側に彼が居るのだと実感出来るから――――・・・それも、好き。 「・・・・今だって、お前は俺を困らせることばかり並べ立てて―――――いつだって、俺のペースを崩させる」 ああ、だけれど。 そう思うことすら、いけないことなのだろうか? 櫂がそんなに困っているのなら、好きだと思う気持ちごと、やっぱり我慢しなくてはならないのだろうか? 「かい・・・」 困らせたいわけじゃない。 櫂を、困らせることなんて、望んでは居ないのに。 だけど、好きだという気持ちはもう抑えられそうに無い。 無理に抑えたら、苦しくて死んでしまいそうだ。 ああそうか、なら――――――。 「櫂。・・・僕は死んだ方がいいんですね?」 「なっ!?」 言った瞬間、櫂が弾かれたように此方を見たが、それは図星を言い当てられたことへの驚きなのだろうとレンは思った。 「だって困るんですよね。・・・だったら僕、死んじゃった方が良いって櫂は思うのでしょ?」 「なんでそうなる!?」 「櫂を困らせたくないです・・・だから僕は、死なないと」 死ぬのは怖いと思ったが、せめて好きな相手の前でくらい毅然としていたいと考え、レンは努めてキッパリ言い切る。 「僕、死にます。櫂のためなら死ねます」 「〜〜〜〜っ、全く、お前は、・・・・!!」 すると、櫂が何故か大きくため息をついて。 脱力したかのように、がっくりと頭を項垂れさせた。 そして、ガバッという効果音が付きそうな勢いでレンの眼前へと顔を近づけてくる。 「かい?」 「だから、お前は、・・・っ!本当に、・・・クソッ!馬鹿だ・・・!!!」 遠目で見ても、こうしてアップで見ても、櫂の顔がひたすら綺麗で。 ――――とくに怒って眦(まなじり)が余計に吊り上がって見える時の櫂の顔は、本当に美しくてレンは時と場合を忘れて見惚れそうになる。 だが、言っている内容がよく分からない。 意味が分かるように話せ、とは櫂にこそ良く言われる台詞だが、今は櫂にこそ言いたい。 「櫂。何が言いたいのか、よく分からないんですけど・・・?」 「――――――っ、」 レンがそう言った瞬間、すぐ間近にある櫂の瞳がまた揺らいだ気がした。 透き通った緑の瞳が、まっすぐにレンを見つめたまま・・・少しだけ揺れている。 いや、潤んでいる? つるりと滑らかで、舐めると甘そうな色合いを湛えた瞳に、じわりと透明な液体が滲んで―――――映しているレンの姿を歪ませていた。 Next 07 |