LOVE PORTION 07 「レン―――・・・お前は、本当に・・・」 水底に沈む尊い貴石のような色から視線を剥がせないまま、レンは櫂の言葉を聞く。 「いつも俺を困らせてばかりだ・・・意味が通じないとか、お前にだけは言われたくない・・・・だけど、」 ぽつぽつと途切れがちに続けられる、櫂の言葉。 「お前は、いつだって真剣で・・・ひたむきで、・・・その真っ直ぐな目で俺を見るから――――だから俺は、」 ぼそぼそと歯切れの悪い、普段の滑舌の良い櫂の話し声とは思えない。 けれど、とても真摯な響きが籠もっていたから、レンは茶化すこと無くただ黙って櫂の言葉を聞いていた。 「出逢った頃から、・・・そして今も、俺はお前に敵わない。お前に、・・・勝てる気がしない」 「・・・・・・・・」 櫂の言う『敵わない』や『勝てない』が、ファイトのことを指しているわけじゃない、というのはレンにも何となく分かった。 だからといって、自分の何を見て櫂が『勝てない』と思っているのかは分からなかったが。 「だから、―――――・・・・」 言いかけて、櫂が再びレンから目をそらし、顔を紅潮させて口を噤む。 「・・・・・・・・・・・・・・」 レンは大人しく櫂が続ける言葉を待っていたが、櫂は『だから』と言いにくそうに口を切った後、そのまま黙り込んでしまった。 「だから?」 少し待った後で、レンはそっと櫂に言葉を即す。 「だっ、だ・・・だから、そのっ、・・・!」 即されて櫂も渋々と言った口調で口を開くが、やはりその先が言葉にならない。 「かーい?」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「言いかけて止めるのはムカツクからやめろって、前に言ってませんでしたっけ?」 「・・・・・・・・・・う」 「言いかけた以上は観念して話さないとじゃないですか?」 「だ、・・・だから・・・・」 「だから?」 重ねてレンが催促すれば、櫂は身を小さく縮込めるようにして、かき消えそうな声でボソリとようやく言葉を口にした。 「あ―――あんな風に、お前に沢山言われたら・・・一杯いっぱいになり過ぎて、なんて答えたらいいか分からなくなるだろっ!?」 「・・・・・・・・・・・」 「俺だって、―――――もう離れたくないって思ってる。あんな風に離れたままなんて、もう二度と御免だし絶対に嫌だ」 「・・・・櫂」 「お前は俺を困らせるし訳の分からないことばかり言うやつだけど、でもっ!お前が居ないのは嫌だ!!」 言ってる内に自分で感情が高ぶってきてしまったのか、潤んだ瞳のままギッとレンを睨み付けはっきりと言い放つ。 「だから、死ぬとかそういうの・・・俺の前から居なくなるみたいな言い方、もう絶対するな・・・許さない!!!」 その潤んだ緑瞳を見つめながら。 そういえば櫂は、自分達の学校に転入してくる前に両親を事故で亡くしていた筈だ―――――ということをレンは思い出す。 櫂は、死を嫌っていた。 ドラマだろうと漫画だろうと物語の中の話だろうと、ニュースや子供同士での他愛の無い言葉遊びであろうとも。 その対象が人間じゃなく虫や動物、果ては架空の生き物が対象だとしても、『死』という単語自体を嫌っている。 両親を突然亡くし、それこそ自分の足場全てが崩れ去るような喪失感を味わっただろう櫂が、『死』を厭うなんて当たり前のことだ。 それなのに。 今、レンは不用意に『死』という表現を口にしてしまった。 「・・・・ごめんなさい」 レンの唇から自然と、そんな謝罪の言葉が零れ出る。 「櫂・・・、ごめんなさい」 いつもそうだ。 困らせたくなんてないし、まして悲しませたくなんて絶対無い。 それなのにレンはいつだって、櫂を困らせて怒らせて―――――思っていることとは裏腹に、櫂に嫌われることばかり繰り返してしまうのだ。 悲しくなって、俯こうとして。 「ちが、・・・う。そうじゃ―――――なくて!」 その途端に櫂の慌てたような声が降ってきて、レンは再び顔を上げた。 櫂は眉根をきつく寄せ、爛々と輝く緑の瞳でレンを睨んでいる。 レンの良く見知った櫂の怒っている時の顔に、とてもよく似ていた・・・が、どこか切羽詰まっているかのような色も浮かんでいた。 「・・・櫂?」 「だからっ、・・・謝らせたかったわけでは無くて、・・・」 「?」 「だから・・・違うと言っている!」 「・・・・・・・・」 櫂の言うことが、レンはさっぱり分からなかった。 分からないけれど、やっぱり櫂が怒っているんだろうことは察せられる。 とはいえ、それが何なのかは分からない。 レンの何かが気に入らなかったのだろうとは思うが、見当が付かない。 櫂をこれ以上怒らせたくは無いし、レンも出来ればその原因(もちろんそれはレン自身にあるはずだ)を正したいと思う。 「・・・えっと、」 困ったな。 原因が分からないと、直しようが無いんだけれど。 「うーん、・・・?」 でも何を直せばいいんです? とか、櫂に訊いたらまた怒られてしまうだろうと思うと、言葉が継げない。 もっともっと、勘が鋭ければ。 他人に良く言われるように、もう少しだけでも他の人と同じ感覚が理解出来るような人間だったのなら。 ズレてる、とか言われてしまう自分の感覚がほんのちょっとでも、頑張ったら他人の考えを理解出来るくらいになれるんだったら。 ――――・・・櫂の言葉を誤(あやま)らずに、受け取れるかも知れないのに。 ごめんね。・・・分からなくて。 櫂の言葉、ちゃんと分かってあげられない僕で。 「・・・・ごめんなさい」 気がついたら、また謝りの言葉を口にしていた。 瞬間、櫂が更に顔をゆがめた。 今までよりもっと、悲しそうで・・・苦しそうな顔。 「――――違う。悪かった、・・・違うんだ・・・レン。俺の言い方が、悪い・・・・」 「・・・・・・?」 「俺は口下手で、お前のように素直では無いから――――伝えたいと思っていたことと、違うニュアンスで言ってしまうことがある。それで・・・その、あー・・・・」 「言いたくないなら、無理しなくていいんですよ・・・?」 途切れ途切れに言う櫂の表情が、あんまり苦しそうで。 レンはつい、途中で口を挟んでしまう。 だが櫂は言われた途端に首を緩く横に振り、いいから聞けと低い声で言ってきた。 「俺は、・・・お前みたいにキレイな人間じゃない。お前が言うみたいな奴じゃない。お前が俺に抱いてるのは、勝手な幻想だ夢だイメージだ」 「櫂は僕よりキレイだと思いますけど?」 「いいから聞け。とにかく、――――お前が俺に思ってるのは勝手なイメージで幻想だ。だから、・・・お前はいずれ幻滅する」 「げんめつ」 「いいから最後まで聞け!」 幻滅するなんてあり得ないですよ・・・そう言い掛けたレンを、櫂が表情を険しくして叱りつけてくる。 けれどそれでも、何故か櫂のその姿には悲壮感が漂っているようにレンには見えた。 「・・・俺はお前のようにキレイじゃないんだ、レン。だから、お前はいずれ俺を見限る。俺に飽きて、別の誰かを見るようになるんだ」 レンを見据える櫂の瞳が、店内に差し込む光に反射して煌めく。 鮮やかな緑の中で揺らぐような輝きがまるで燃えさかる炎のようで―――――その美しさに、レンは魅せられ思わず息をのんだ。 キレイな櫂。 隙無く整った、人形みたいな容姿もさることながら、その美しい身体が内包する魂の・・・なんとキレイなことか。 櫂の眼がこんなにも美しいと感じるのはきっと、その内包された魂の輝きが瞳を通して透けて見えるからなのだ。 そんなことを頭の中で考えているレンの前で、櫂の言葉は続く。 「お前は好奇心旺盛で、色んなモノに興味を示すから。―――――・・・遠からず俺じゃない『何か』に心を移して、その対象に夢中になる」 俺に今さっき、言ったみたいに――――――そう言って、櫂は自分の言葉を締めくくった。 「・・・・・でも僕は、櫂が好きです」 そろそろ口を開いても怒られないだろうか? そう思いつつ、レンは口を開いた。 「レン!! お前、俺の言うこと聞いていたか!?」 「聞いてましたよ。こんな近い距離ですし、聞こえない筈が無いでしょう?」 途端にまた、櫂が目を吊り上げて怒ってきたが、だからといってここはレンも譲れない。 「櫂が好きです。好きなんですよ・・・そりゃ他に好きだと思うモノとかあるかもですけど、でもそれと櫂は全く別です!」 櫂の言うことはいつだって難解で、レンには意味が掴めないことばかりだが、・・・でも流石に今回言われようとしてることは何となく感覚で理解出来る。 櫂は、レンの気持ちは嘘で勘違いで、好きだなんて言うのは間違いで―――――しかもレンが好きだと思うのは別のモノだ、なんて言おうとしているのだ。 分かっていない。 何にも分かってないのは、櫂の方だ。 レンにとっての櫂は、他の何とだって引き替えに出来ない、たった1つの大切な存在だというのに! 「櫂だけです・・・櫂だけなんです、僕が欲しいのは!」 どうして、分かってくれないのか。 こんなに好きなのに。 ―――――こんなに焦がれてるのに、こんなにも欲しいと思っているのに! 「かい、・・・」 「――――今は、そう思ってくれているかも知れない。だがいずれ、・・・」 分からない。 どうして櫂は、先のことばかり口にする? なんで未来を決めつける? 未来を決めるのは今で、今が繋がり未来になって、今の気持ちが続くならそれは・・・未来だって同じ気持ちである筈なのに。 ましてレンの櫂に対する気持ちが、今更に変わる筈も無いというのに。 だって、――――そんな簡単に捨て去れる想いだったなら・・・『あの頃』にあんなにも恨み悩み苦しむ必要なんか無かった。 「ずっとです!ずっとですよ・・・この気持ちは変わりません、だって僕には櫂だけなんです」 「ハッ、・・・俺が1番大切だと言いたいのか? そんな言葉の綾みたいなもの――――――」 「1番じゃ無いです!櫂は1番なんかじゃありません・・・!!」 櫂が、あんまり分かってくれないから。 レンはらしくもなく、自分の声を張り上げた。 「――――――」 それに驚いたのだろう、櫂が嘲笑しようとしたのか口を開きかけた状態で表情を固める。 「1番とか何番とか、そんな順番なんか無いです!僕には櫂だけ。櫂だけしかない。他のモノなんかどうでもいい・・・!!」 「・・・レ」 櫂が圧倒されたようにレンを見つめているのが分かったが、もう言葉は止まらなかった。 「僕から櫂を取ったら、ただの抜け殻です他には何1つ残らない。ヴァンガードだって、櫂がやっていないのなら、僕はやる意味が無い!櫂だけなんです。櫂しか要らないんです・・・だから、櫂に要らないって言われるなら僕は・・・死、」 けれど、死んだって構わない――――と言い掛けて、その言葉だけは口にしてはいけないと僅かながらブレーキが掛かる。 「とにかく。・・・僕にとって櫂は全てなんです。順番なんてそもそも存在しない。敢えて付けるなら、櫂はゼロ番目ですね」 「・・・ぜろ」 萎えた勢いを取り繕おうと口にした言葉に、櫂がポツリと反応し、呆気に取られたその様子が思いの外可愛くて――――――レンは表情を緩ませる。 「僕は僕が1番大切です。僕が居ないと櫂を好きで居られません。なので、櫂は0番目。僕より大事ですから!」 「――――っ、」 笑ってそう付け加えた瞬間、櫂が何か喉でも詰まらせたかのように顔を一瞬強ばらせた。 「お、・・・お前っ、・・」 「?」 普段は仄白い顔が、耳までも赤く染まり。 いつだって毅然として堂々とした態度を崩さないのが、落ち着かない様子で顔を逸らし。 声も、どことなく上擦って。 視線が、レンを見たり外したり、また戻ってレンを伺ったりと――――ひどく忙しない。 「・・・・・・・・・・・」 どう見ても、これは。 怒っているというより、この態度は。 「櫂、・・・もしかして、照れてます?」 「っ!」 びくっと身体を震わせるのが、掴んでいた手首から伝わってきた。 そういえばドサクサに紛れてすっかり忘れていたけれど、櫂の手首を掴んだままだったことを思い出す。 「・・・・・・・・・」 必死だったから。 ぎゅうっと力一杯握ってしまって、櫂の白い手首が赤みを帯びている。 握られている櫂は痛いかも知れないな―――――でも、離したら櫂が立ち去ってしまいそうで離したくない。 どうしよう。 「・・・・・・・・らだ」 そんなことをうっかり考えてしまったせいで、レンは櫂の言葉を聞き逃す。 「すみません櫂・・・今、なんて?」 こんなことを言えば機嫌を損ねるのは分かっていたが、今この状況での櫂の言葉は一言だって聞き逃したくない。 聞いていても櫂の言わんとしていることは、難解で良く分からないのである。 そんな櫂の言葉を聞き逃した日には、彼の気持ちなど永遠の謎になってしまうだろうことは必至だ。 「お前が、・・・あんな恥ずかしいことサラッと言うからだ馬鹿!!」 「・・・・・・・・え?」 聞き返したレンに、櫂は今度はハッキリとした声で言い直してきた。 「じゅ・・・順番あるとか無いとか、0番目とか、そういう――――そんな、恥ずかしいこと言われたら、恥ずかしくて当たり前だろって言ってるんだ馬鹿!!!」 「恥ずかしい―――です?」 言われて、首を軽く傾げる。 レンとしては本音だから、恥ずかしいとかそういう感覚はあまりない。 そりゃ他の人間の前で言えと言われたら躊躇うかも知れないけれど、今は櫂の前で、伝えたい本人の前で言っただけなのだ。 「ああもう、・・・全くお前は・・・」 耳まで赤く染めたまま、櫂が大仰な仕草でため息をつく。 「なんですか?」 「・・・もういい。こだわった俺の方が馬鹿だった・・・」 呆れてしまって言葉も無いといった態度だが、先ほどの切羽詰まったような気配は消えて穏やかに凪いだ雰囲気が櫂を包んでいた。 「いい加減、手を離せ――――洗ってこないとアイスでベタベタだ・・・」 レンに掴まれた手首を揺らし、そう催促してくる声も、いつも通りの優しい櫂に戻っている。 「あ、・・本当だ。べたべたしますー」 櫂がアイスを拾い上げる時に使った手の方をレンが掴んだために、レンの手までクリームが伝っていた。 これはもう、二人して手を洗いに席を立たなければならないだろう。 どのみちレンは、それより前にアイスを零し袖口近くまで手を汚していた状態だから、紙ナプキンを使っていたとはいっても洗った方が良いのだろうが。 「お前の手もベタベタだろう。ほら立て、・・・行くぞレン」 「・・・・・・・・・」 櫂の白い手を汚す、薄ピンク色の液体をレンはじっと見つめる。 溶けたアイスが、冷えて形を成しているその時よりも強く甘みを感じることをレンは知っていた。 櫂の手を濡らすこの薄ピンクのクリームも、舐めたら例外無く甘いだろう。 そして、それに塗れた櫂の肌も―――――舐めれば甘いに違いない。 「レン・・・!?」 気がつけば。 レンは、掴んでいた櫂の手首を引き寄せて――――――、その濡れた指先へと舌を這わせていた。 甘いクリームと共に、櫂の指先を味わう。 カードを器用に繰る、ほっそりとした優美な指だが、舌先でなぞればしっかりとした肉の感触や堅い爪の形が知れる。 柔らかい指の腹に舌を這わせ、堅く滑らかな爪の感触を味わい、軽く歯を立ててそっと彼の指を食めば。 ・・・うっかりそのまま、櫂の指を噛み切りたくなるような衝動に駆られて、レンは仕方なく口からそれを解放する。 このまま、歯を立てて。 柔らかな皮膚を食い破れば、口の中に血の甘い香りと味が広がって――――・・・レンの口内は櫂の甘さで満たされるだろうけれど。 「おい」 指から口を離せば、咎めるような表情の櫂と目が合った。 「ふふっ、・・・櫂の指、甘いです」 「――――俺はアイスじゃない。歯形が付いただろ、全く・・・」 櫂はレンから自分の手首をもぎ取るように引き剥がし、抗議するように目の前で手を振ってみせる。 櫂の白い指先だけ、アイスが舐め取られ代わりにレンの唾液で濡れ光っていた。 そして形良い指の腹にはクッキリと歯形が残っている。 本当に、櫂は何処もかしこも甘そうだ。 薄茶色の髪と、抜けるように白い肌のコントラストは、まるでキャラメル風味のチョコレートとホワイトチョコで作られた菓子のよう。 透き通るグリーンの瞳は鉱石みたいな輝きを放っているけれど、つるりと滑らかで舐めたらやっぱり甘そうだった。 薄く、ほんのりと色づいた唇も砂糖菓子の細工のようで――――・・・触れたら甘く溶けてくれるに違いない。 「だって、櫂が甘いから」 「俺じゃない、指に付いてるアイスだろう」 レンの軽口に、櫂が容赦ない口調で言葉を返してくる。 「うーん、・・・でも甘いのは櫂だと思うんですけど」 実際、櫂の指に付着していたアイスを舐め取った後でも、指自体が甘いとレンは感じていた。 舌で味わって、というよりは脳で感じる甘さ―――ではあったような気はするけれど。 「いつもながら訳が分からんな、お前は。・・・食べたアイスに酒でも入ってたか」 「ポッピングシャワーは、お酒味じゃないですよー」 「まあお前は、いつだって酔ってると言われてもおかしくない様子だがな」 呆れ口調ながら、櫂の声は柔らかい。 そして、レンを見つめる瞳も穏やかで――――レンはそれを見つめるだけでまた、胸が甘い何かで満たされていく気がした。 「えぇー・・・櫂、それは酷いですー・・・でも、」 櫂の言い分に抗議しようとして、レンはいったん口を閉ざす。 「そうですね。酔ってるのかも知れません・・・僕がさっき舐めたの、ラブポーション(媚薬)ですから」 言った瞬間、櫂が再び身体を硬くするのが分かったけれど、レンは怯まなかった。 ずっとずっと伝えたかった、大切な言葉。 櫂に伝えたくて堪らなかった、―――――ちゃんと彼の心に届いて欲しいと願う言葉。 「だけど、アイスだけのせいじゃないですよ。櫂――――・・・僕が惑わされているのは、キミ自身の甘い味です」 嘘偽りの無い、これからだって決して変わらない気持ちを。 「櫂が足りないんです・・・このままじゃ僕の中で、絶対的に櫂が足りない。このままじゃ嫌なんです・・・櫂が好きなんです。だから、」 猫を思わせる、眦(まなじり)が少し釣った瞳を見開き、此方を凝視したままの彼をしっかり見据えてレンは言う。 「怖がらないで――――櫂。僕はいつだって、いつまでだって、キミだけが大好きです」 「・・・レン」 「僕達、沢山回り道しちゃいました。だからそろそろ、次へ行きましょう―――――?」 鏡のように自分を映す、つるりと滑らかで甘そうな櫂の緑瞳を見つめたまま、レンは自然に笑みを浮かべた。 そして、再び櫂へと手を差し出す。 今度は櫂が自分の前から立ち去るのを恐れ、それを阻止するために掴むのではなく・・・櫂に自ら、この手を取って貰うために。 「ねえ櫂。僕に、櫂を下さい。・・・くれますよね?」 「・・・・・・、」 レンの目の前で、櫂が軽いため息をつく。 それから眼を細めて―――――照れたような、困ったような・・・けれどレンが見た中で一番嬉しそうに破顔する。 「何度も言わせるな。・・・言っただろう、レン」 言いながら、櫂は差し伸べていたレンの手へ、自分のそれを重ね。 しっかりと自分からレンの眼を見つめて、傲岸不遜な口調で言い放った。 ――――――俺はお前に敵わないと―――――。 気高く他者を寄せ付けない風格を兼ね備えた美貌の主の、その物言いはとてもとても彼らしく。 酷く偉そうで聞きようによってはかなり高慢な態度に受け取られるだろう言葉だったが、レンには彼の真意が伝わっていた・・・。 End |