LOVE PORTION



 03










「はい、お待たせしました。櫂のはこれです」

「・・・・・」


 偉そうに客席で長い足を組み、店の外を眺めている姿に声を掛ければ、櫂は無言でレンの方へと手を伸ばしてきた。
 そして途中で手を止める。


「イチゴ・・?」


 レンが手にしたコーンの上に乗っているアイスクリームを見て、いぶかしそうに声を出した。


「ラズベリーとホワイトチョコです。美味しそうだから、こっちにしておきました」

「・・・・」


 レンがそう言っても、櫂は眼を細めてアイスを眺めるだけで手を出さない。

 それはそうだろう。
 彼が所望していたのはラムレーズンで、今レンが手にしているモノでは無いのだから。


「ラブポーションって名前らしいです。ここに乗ってる小さなハート型のチョコが可愛らしいですよね」


 言いながらレンは、手にしていたピンクと白のマーブル柄なアイスクリームのコーン部分を強引に櫂へと握らせる。


「だったらお前が食べれば良かっただろう」

「だって僕、こっちが食べたかったんですよー」


 文句を言う櫂に構わず、レンは向かいの席へと腰掛けつつ手にしていたもう片方のアイスに口を付けた。

 最初はレンも、櫂の言っていた通りのフレーバーを注文するつもりだった。
 けれどたまたま、あのピンクと白のマーブルアイスが眼に入って。
 何となく美味しそうだなと思い――――櫂に買ってあげることにしたのだ。

 だってラムレーズンより、こっちのピンクと白のまだら模様アイスの方が、絶対可愛い。
 櫂はこっちのアイスクリームを食べていた方が、絶対似合うと思ったのだ。


「全く、お前は・・・」


 櫂は呆れたような口調でそう言いかけたが、流石に返品してこいとか、こっちもお前が食べろとは言わなかった。

 言いかけたまま口をつぐみ、そのままレンが買ってきたアイスへと口を付ける。


「・・・・・・・」


 視線が下を向くことにより、髪より幾分濃い色合いの長い睫毛が、深緑の瞳の大半を煙るように覆い隠す。

 櫂の瞳は、とにかく眼ヂカラというか――――澄んだ色合いやら宿した光やら、眼球がはめ込まれた眼窩(がんか)の形自体やらまでが見事なせいで。
 とかく視線は櫂の目に釘付けとなり、他のパーツの印象は薄れてしまうというのが大半の人間の感想だろう。

 彼のグリーンアイズに見つめられると、誰しもが1度はその視線の矢で心臓を射貫かれたような心地を味わうに違いない。

 けれど、こうして。
 その目線が逸らされていると、彼の整った顔立ちをまじまじと観察することが可能になる。

 薄茶の髪に、透き通るような日に焼けないだろう白い肌。
 理想的といえるだろう、高すぎず低すぎない形の良い鼻。
 出会った頃にはまだ少しあどけなさを感じさせていた、ふっくらとした頬が、今やスッキリと見事なカーヴを描いていて。
 各パーツの形は勿論、その配置だって隙無く完璧だ。

 ―――――本当に、綺麗な顔立ちの生き物だなと感心する。


「・・・・・・」


 そう、櫂は何もかもが綺麗な人間なのだ。

 出会った頃は、傍に居すぎて気付かなかった。
 櫂の傍に居たくて、可能な限り近づきたくて、それだけで頭が一杯だったから――――分からなかった。


 舐めた後の飴玉みたいに滑らかで甘そうな、宝石のような眼も。
 触れるとするすると指通りが良くて、しなやかな薄茶の髪も。
 真っ白な肌も。
 顔の造りも手足の長さも、スタイルの良さも。

 そして、・・・生き方すらも。

 櫂は存在自体が、とてもとても綺麗な生き物だ。



 今更に。
 本当に今更に―――――離別してから、気付いたことだったけれど。



 櫂は、綺麗な生き物だ。



「・・・・・・」


 こうして櫂の傍に居るだけで、レンを魅了して止まない。

 今だって。


「・・・・・・」


 櫂が形の良い唇を薄く開き白い歯をちらりと覗かせながら、赤い舌先を伸ばして桃色のクリームをすくい取っている。

 無造作に開けられた口と、細い顎、そしてアイスを舐め取る櫂の舌に視線が吸い付けられて、レンは目が離せなくなっていた。


「・・・・・・」


 時折、小さくアイスクリームを囓りながら、赤い舌先でぺろぺろとクリームを舐め取っていく姿は何処か、毛繕いする猫を思わせる。

 けれど決して猫では無い。
 猫になら単に可愛らしいという感情しか抱かないだろうけれど、これは―――――何だか少し、いけない光景を見ているような気分にさせられる。

 アイスを食べるのに真剣なのか、櫂はレンへと視線を向けることもしないまま、ひたすらにペロペロとアイスを舐めている。

 クリームをすくい取る舌先は、温度を奪われて冷えてしまっているのだろうか。
 舌先だけじゃなくて、口内自体がひんやり冷たくなっているだろう。
 自分の熱い指先を差し入れたなら、滑らかな口内はそっとその指先を心地よく冷やしてくれるに違いない。

 ひんやりとした櫂の唇は、舐めたらやっぱり甘いだろうか。


 そんなことを、つらつらと考え続けて。


「・・・・・・・」


 レンはただ、アイスを食べる櫂の姿に見惚れてうっとりと眺め続けた。


「―――――、」


 不意に、アイスを食べる櫂の手が止まり、レンにそのビームを放つかのような強い眼差しを向けてきた。
 そして、スッと指先を此方へと向ける。


「櫂?」


 何ですか・・・と問う前に、櫂が口を開いた。


「レン、溶けてるぞ」

「えっ?あっ、・・・!」


 何がと聞き返す前に、流石に瞬時に理解出来た。

 レンの持つアイスが溶けて、ぼたぼたとミントグリーン色の液体がレンの手を伝いテーブルへと落ちていたのである。
 櫂を見つめるのに夢中で、手を伝う生ぬるいクリームの感触に全く気がついていなかったのだ。


「あっ、・・・うわ・・・どうしましょう・・・!」


 気付けば溶けたアイスクリームは、レンの手首を伝い袖口から進入しそうになっている程で、レンは慌てて立ち上がろうとした。


「レン、落ち着け」


 それを櫂が、レンのアイスを持っていない方の腕を掴んで制止する。


「取りあえずほら、―――ここにアイス置け。そして手をこっちに出せ」


 言いながら、櫂は素早くテーブルの片隅から紙ナプキンを数枚取り出して顎でそちらを指し示し、今にもアイスが付着しそうになっているレンの袖へと手を伸ばしてきた。


「あ、はい・・・」


 レンが言われるままに溶けたアイスをナプキンの上に置き、手を差し出せば。
 櫂がその小さめの口を大きく開けて自分のアイスに齧り付き、両手を自由にさせた状態でレンの袖をまくってくれた。


「全く・・・そういう所は今も変わらないんだな、お前は」


 レンの袖をまくった後、元通りに自分のアイスを片手に櫂が、呆れたように言ってくる。
 だがその声は柔らかいままで、言葉ほどには呆れていないだろうことが伺えた。


「手が汚れちゃいましたー」

「ぼーっとしてるからだ。ほら、・・・」


 言いながらも、これで拭けと紙ナプキンを取って渡してくれる。


「ちゃんと拭けよ。というか、洗いに行った方がベストだろうがな」

「そうですね・・・」


 櫂の言うとおり、乾いた紙ではアイスのべたべたは取れてくれそうに無かった。

 けれど、例え少しの間でも席を立って、櫂と離れるのが何となく嫌で。
 レンは必死にゴシゴシと汚れた手と格闘を続けた。


「全く、本当に変わらないな・・・レン」


 ふと呟かれたレン、と自分の名を呼ぶ櫂の声が、殊更に優しいモノに聞こえて。


「―――――」


 レンは視線を、櫂へと向ける。

 そして、―――――息を詰めた。


 櫂が。

 櫂トシキが、とてもとても柔らかく―――――レンを見つめて、笑っていた。



 花が綻ぶように。

 桜が咲きこぼれるように。

 甘く匂い立つような柔らかさで―――――レンを見つめて、笑っていた。







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