LOVE PORTION



 02






「アイスが食べたいです」


 レンが櫂にそう強請ったのは、格別に何か考えがあってのことでは無かった。

 今日が5月にしては日差しがきつくて暑かったのと、朝にテツが『5月9日の今日はアイスクリームの日』だとか何だとか言っていたのを思い出したから。
 そして今現在、レンは櫂の下校時間を見計らい待ち伏せして、彼にくっついて歩いているのだが―――――櫂の歩く速度が速すぎてレンが少々疲れてきたという理由からである。

 幸い、ちょうど2人が通りかかった場所は某有名アイスクリームを売る路面店だ。


「食べれば良いだろう。・・・そこに店がある」


 唐突なレンの発言に、櫂はその緑柱石のような瞳を細め眉間に僅かにシワを寄せながら、細い顎で傍らの店を指し示してくる。
 隙無く整った―――けれどそれ故に口元に笑みを浮かべていなければ酷く冷たい印象を与える――――櫂の美しい顔に、『俺は行かない』という意志がありありと表れていた。


「僕、ポッピングシャワーがいいです!」


 白とグリーンのマーブルに、色とりどりのシュワシュワと口の中で弾けるポップロックキャンディが混ぜ込まれたフレーバーの名を口にしたレンに、櫂の眉間のシワが更に深くなる。


「俺は――――」

「櫂は何がいいですか? ああ、お店で見ないと選べないですよね、さあ中へ入りましょう!」


 行かない、と続けるつもりだっただろう櫂の言葉を封じるべく、レンはさっさと彼の腕を捕まえてそのままズルズルと店内へと連れて行った。

 本音で言えば、別にアイスは今食べても食べなくてもどうでもいい。
 レンは櫂と一緒に居たいだけで、それが何処だろうと本当は構わない。

 ただ出来れば、あんまり暑くも無くモチロン寒くも無く・・・快適な場所で、歩いたりせずにマッタリと2人きりで過ごしたい。
 その条件にもっとも適合する場所が、たまたまこのアイスクリーム・ショップだったというだけである。











 出逢いから仲良くなるまでは、あっと言う間。

 櫂の性格や、どちらかといえば積極的には他人と関わろうとはしないレン自身のことを考えれば、それは異例だったと言えるくらい僅かな間に仲良くなった。

 たまたま、レンのクラスに櫂が転校してきて。
 その時ちょうど、レンが櫂に意識を向けて。
 それから櫂がレンの前の席に座ることになって―――――彼が、レンの見ている前でヴァンガードのカードを手にした。

 偶然に偶然を重ねた、タイミングがあったというだけの2人。
 そして気が向いたから、興味本位に彼に話し掛け―――――たまたまそれに、櫂が応えてくれたというだけの始まりだ。


 だから、意識して出逢い仲良くなったワケじゃ無かったから。
 いつしかその関係が徐々に粗悪になって、ギスギスしたモノに変わっていくと気がついても、・・・・止める術は見つけられなかった。

 仲良くなれたキッカケがよく分からない。
 櫂がレンに何を見いだし、何を気に入り、何を感じて―――――レンを隣に置いてくれていたのかが分からない。

 何か。・・・何かが無ければ駄目だ。
 櫂が必要だと思うような、他の者には無いのだろう『何か』が。


 でも、分からなかった。
 沢山たくさん考えて、一杯いっぱい色んなことを思い返してみたりしたけれど―――――櫂がレンに何を思って、仲良くしてくれていたのかが分からない。

 それでもレンは、櫂に固執した。

 櫂に見捨てられるなんて嫌だった。
 傍に居られるなら何でもしてやるのにと、強く思った。

 ファイトが強い櫂の隣に居続ける為には、自分が強くならなければと思い詰めた。
 それしかレンには方法が見当たらなかったからだ。


 櫂がレンに求めるモノがあるとして、―――――それはファイトでの強さ以外、レンには思い当たらなかったからである。








「えーと、僕がポッピングシャワーで櫂はそうですねー・・・」

「ラムレーズン」


 レンが商品ケース前でアイスフレーバーを選んでいる間に、櫂はさっさと短く告げて席の方へと行ってしまった。

 櫂は店に入ることに気が進まなそうな様子ではあったが、こうして1度連れ込んでしまえば勝手に帰ることは無い。
 冷たいようでいて、櫂はそういう所は律儀な人間だ。

 何かを要求されて、それが不本意だろうと何だろうと自分で了承してしまえば、櫂は決してそれを反古にしない性格だとレンは知っている。



 本当に、あの誤解して離別していた頃のことを考えれば、今でもこうしているのが夢のようだ。











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