『生まれる前から愛してる−3−』








「離せよっ、離せったらーーー!!」


 カカシが摘み上げた子供は、諦め悪くジタバタと暴れ続けている。

 襟ぐりの大きく開いた濃紺の上着と、揃いの色の膝丈ズボンを履いた姿で手足をバタつかせる様子は、その身体の小ささのせいも相まって、首根っこを掴まれて藻掻く子猫のようだ。

 まだまだ身体も出来上がっていなくて、爪も牙も細くて、力も弱いのに――――――必死になって、相手に飛びかかっていこうとする向こう見ずな辺りも、そっくり。
 睨んだって可愛らしいとしか此方は思えないのに、シャアアァ!と一生懸命に威嚇するところまで似ている気がする。




 ――――――――何だろう、このちっちゃな生き物。

 ・・・・滅茶苦茶、可愛いんだけど。




「離せって言ってるだろ、この白髪っ! ホウキ頭っ! ウスラトンカチーーー!!」


 ちび黒猫・・・もとい子供は、宙づりにされて自分が不利な体勢にあることは分かっているだろうに、カカシに向かって言いたい放題だ。

 可愛らしい・・・黙っていればさぞかし人形のように可憐な、と言われるだろう花の顔(かんばせ)ながら、それを台無しにする口の悪さである。

 白い頬を紅潮させて叫ぶところを見れば、かなりの興奮状態だが・・・・カカシを睨み付ける大きな瞳は真っ黒なままだった。
 年齢を考えるとそれで当たり前だけれど、『うちは』の正当血統の子とはいえ、まだ写輪眼は開眼していないらしい。

 一瞬だけ、カカシはこの黒い眼(まなこ)が緋色に変化したら見事だろうな・・・と思いかけ、そんな物騒な事態はとんでもないと考え直す。

 幼いとはいえ、写輪眼は驚異だ。
 いくらカカシも同じ写輪眼持ちとはいえ、出来れば対決は避けたいところである。



 だが、それにしても――――――。


「・・・・・・・・・・」


 カカシは、内心で首を捻る。


「ねェ・・・何で俺、そんな敵とか言われてるの?」


 この見目だけは愛らしい子供に、こんな風に敵扱いされる覚えが、どう考えてもカカシには無いのだ。


「さっきも言ったけど、俺とお前は初対面でショ?」


 相変わらず片手で摘み上げたまま、カカシは子供の顔を見つめる。

 今日が初対面だというのは、間違いない。

 何せ、この子供は『うちは一族』の子だ。
 うちはの敷地内以外で出逢うことはまず有り得ないし、そもそも・・・・この子供の血縁がカカシに対して酷く非協力的で、どんなに逢わせて欲しいと頼んだって断られてばかりだったのだから。

 カカシが、この子供の容姿を含めその情報自体をほとんど手に入れていないのと同様に、この子だってカカシのことは知らない筈である。

 そう、・・・自分の同僚でもあり、この子の兄であるイタチがカカシのことを話しているのでも無い限りは。


「もしかして、・・・兄さんが俺のことでなんか言ってた・・・とか?」


 口にしては言わないものの、あくまで仕事上の付き合いでありそれ以上でも以下でも無いですよ――――――・・・との態度をありありと見せている、任務中のイタチの姿を思い浮かべながらカカシは聞いてみる。

 その可能性は限りなく低く、有り得ないだろうとは思いつつだ。
 自分で言うのも何だが、イタチがカカシに対して良い感情を持ってくれているとは、どうにも考えられないからである。


「・・・兄さんが、お前のことなんか言うもんか!」


 案の定、摘み上げた子供からアッサリと、その線は無いと否定された。


「じゃあ何でよ? 俺、一応この家のお客よ? こんないきなりクナイなんて出してきてさ、物騒でしょうが」

「・・・・・・・・・・」


 だったら襲ってきた理由は何だとカカシが聞けば、子供はようやく暴れるのをやめて口を噤んだ。

 顔を俯かせ視線を下へと逸らすと、印象は生意気な子猫から、一気に愁いを帯びた可憐なお人形へと変化する。
 やはり、このキレイな顔立ちの子供には、ジッとして大人しくしている様子こそが相応しい。

 とはいえ、このまま黙(だんま)りを決め込まれてはラチが明かないので、カカシは再び問いかける。


「ねえ、何で? ・・・・言わないと、キツイお仕置きしちゃうよ〜」


 それどころか、暗部仕込みのスゴイ拷問に掛けちゃうかも―――――――と、ちょっと脅しを掛けた物言いをしてみたら。
 子供は呆気なく、可哀想なくらい血相を変えた。


「っ!?」


 大きな、まん丸で真っ黒な瞳が、怯えたようにカカシを見る。


「・・・・・・・・・・」


 あ、かわいい。

 それを見て、瞬間的にまたそう思ってしまった。
 何というか、とても・・・・庇護欲と、同時に加虐心を煽る可愛さだ。

 この子供には。
 怯えて強張った身体を抱き締め、小さな頭を撫でて大丈夫だよ、と宥めたくなるような可憐さと。
 恐怖に見開かれた瞳を、更なる怯えの色に染め上げたいような欲求に駆られる可愛らしさが同居している。

 本当は、この子供が何者か知っているし、何となく理由も察しようと思えば想像が付きはしているのだけれど。
 可愛いくて、怖がらせるのが止められない。


「ほらほら、言わないと・・・・俺、ホントにしちゃうかもよ?」

「・・・だ・・・・だって、・・・・っ!」


 カカシが少し大袈裟に脅しを掛けると、子供は上着の背面を掴みあげられ宙づりにされたまま、泣きそうな顔で口を開いた。


「・・・に、・・兄さ・・・、っ、・・・帰り、・・・遅っ、・・くな・・・・、」


 いや、既に半ベソ状態かも知れない。
 真っ黒な瞳のふちには、透明な雫がみるみる内に盛り上がって溢れんばかりになってきたし、言葉はしゃくり上げ始めたせいで、とても聞き取りにくい。


「え、なに? ちゃんと言ってくれないとわかんないなァ」

「っく、・・・だから、・・・・おま・・・お前が兄さん、・・・遅くっ、・・足・・・・」


 怯えて、嗚咽しながら言う姿は、酷く可憐だった。

 長く濃い、バサバサな睫毛がしっとり濡れて、大きな黒瞳がうるうると透明な水に揺らぐ様が・・・・・噛みしめて赤さを増した小さな唇が、得も言われぬ艶を醸し出す。
 もちろん無意識なのだろうが、年端もいかない子供なのに、その表情には男を誘う色気が備わっていた。

 どうやら、『暗部』という単語が効力を発したらしい。


「もーちゃんと言ってよ。俺、小さい子苦手なんだからさあ〜〜〜泣きながら言われると聞き取れないよ?」

「・・・・・泣いてないっ! だから・・・お前が、兄さん・・・の、同僚、で・・・足、ひっぱ・・・・」

「―――――――・・・・・やっぱりお仕置き決定かなあー」


 あんまり可愛らしく、狼狽えてくれるものだから。

 それがもっと見たくなってつい、・・・意地悪な物言いをしてしまう。


「ね、サスケクン? サスケクンは悪い子みたいだから、お仕置きしちゃおう」


「!?」


 いきなり名前を呼ばれて、さらに動揺してしまったらしい。
 カカシの言葉にビクッと身体を跳ねさせ、そのまま固まる姿は想像以上に可愛かった。

 いっぱい涙を溜め込んだ、大きくてまん丸な黒瞳がうるうるとカカシの顔を映している。
 1度でも瞬きをすれば、限界まで盛り上がった涙は決壊し、白くて柔らかそうな頬を伝ってパタパタ落下していくことだろう。


「・・・・だ・・・だからっ、・・・」

「うんうん、だからなあに?」


 それでも必死に言葉を紡ごうとするのが、何とも可愛らしくて。
 カカシは思わず、マスクの中で鼻の下を伸ばしつつ、子供が言わんとしている先を即した。

 この際もう、敵視されてるのもクナイで飛びかかられたのも、どうでも良いような気がしていたカカシである。

 こんな子供に襲われたところで、どうというものでもないし、むしろこんな可愛い生き物がじゃれてくるなら嬉しい。
 今ここで納得のいく言葉が聞けなかったとしても、所詮は子供の言い分―――――――筋道が立った内容だとは思えないし、別に真剣に考えるようなモノでも無いだろう。


「いいから言ってごらん?」

「・・・・・・・・・・・・・、」


 言うように即せば、子供は一瞬迷うように上目遣いにカカシを見た。

 その仕草がまた、壮絶に可愛らしい。

 カカシは、自分がロリコンじゃなくて本当に良かったと、内心で胸をなで下ろした。
 ロリコンだったなら、今のは瞬殺である。
 見た瞬間に、クラッと来て鼻血出してぶっ倒れる所だ。

 カカシはロリコンでは無かったので、クラッと来ただけで済んだけれど。


「・・・・・だからさ・・・・」


 観念して、言うつもりになったのか。
 子供はその形良く整った小さな唇で、スウッと大きく息を吸い込み――――――――・・・・。


「お前が兄さんの同僚で足引っ張るウスラトンカチだから兄さんが帰ってくるの遅くなってオレが修行見て貰えないんだよどうしてくれんだこの野郎ーーー!!!」


 今までの、嗚咽混じりで途切れ途切れだったのは何だったのだろう。
 大声で一息に、カカシは至近距離で捲し立てられた。

 お陰で、小声だろうと思って聞き耳を立てていた鼓膜が、キンキンする。
 うっかり掴んでいた子供の服も離しそうになって、慌てて指に力を入れた。

 しおらしくなったかと思えば、なんとまあ、気が強い。


「・・・・・え、・・・・と・・・・・・・」


 子供を摘み上げているのと、逆の手で、カカシはボリボリと頭を掻く。

 そして、一息に叫ばれた内容をゆっくり、頭の中で反芻する。


「つまり、・・・・俺がイタチの同僚で任務の時に足を引っ張るからイタチの帰りが遅い。それで、遅くなるとお前の修行をイタチが見てくれないから、俺を恨んでる―――――・・・ってことなの?」


 カカシが確認するように言うと、子供は叫んだ拍子に零れた涙をグイッとコブシで男らしく拭いながら頷いた。

 要は、兄に修行を見て貰えなくて不満だったが、その理由がイタチの同僚であるカカシのせいだと思い込んでいるらしい。
 まあ大体、想像通りの理由ではある。
 カカシが足を引っ張るから、と思われているのはかなり心外だが。


「でもお前、・・・・良く俺がイタチの同僚だって分かったね? 今日初めて逢うのに」

「・・・・父さんが今日、・・・アンタ呼ぶって言ってて・・・・兄さんの仕事仲間だとかって・・・・・」

「ああなるほどね。それで俺のことだって分かったんだ」


 子供体型だから、細くて折れそうな首のせいで重たく見える頭がコクリ、と縦に振られる。


「それで、俺に怪我させたら兄さんが遊んでくれるって思ったの?」

「・・・チガウ」


 今度は、横に頭が振られた。
 首が細いから、そういう仕草をすると本当に頭がボロッと取れそうな気がして、カカシは意味も無くヒヤリとする。

 子供の身体は、どこもかしこもミニチュアであり骨格なんかも華奢で―――――――ちょっとでも力を込めたら砕けそうだ。


「遊びじゃなくて、修行。それに怪我じゃなくて、殺したかった」


 けれど、その子供ならではのバランスの悪い頭を上げ、じっとカカシを見る眼が湛えるは、深淵の闇であり。
 人形のように可憐に整った顔の、あどけない小さな唇が発する言葉は、・・・・・・・・限りなく物騒なモノだった。

 やはり幼くとも、『うちは』の血はダテじゃないらしい。


「・・・・・うーん、俺、お前からはもうちょっとこう、・・・・サービス精神に溢れた言葉が聞きたいんだけどねー・・・・」


 ほらほら、お兄さん格好いい! とかさあ。
 苦笑いをして、カカシがそう言い返そうとした時である。

 不意に、――――――殺気を感じた。


「!?」


 息を詰め、身構えようとした刹那・・・・・・・・カカシは背後からクナイを突き付けられる。


「――――――・・・俺の弟に、何のサービスをさせるつもりですか?」


 そして、とても静かな・・・静寂を凝縮してそれを声にしたらこんな感じかも知れない・・・と思わせるような。
 穏やかで、それでいて酷く冷たい声音が、カカシの耳元にゆっくりと発せられた――――――。










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++++++++++++++++++++
言い訳。
兄さん登場させたかったんですが、次回になってしまいましt(爆)
でもようやく、次回は兄弟でベタベタさせられそうです(笑)
それが書きたかったのに、なんで私ったらカカシと子サスケばっかり書いてんでしょう・・・?(笑)