『生まれる前から愛してる−Prologue−』








 ――――――・・・ほらイタチ、貴方の弟よ。可愛いでしょう?




 そう言って、母親が自分の寝ているベッドの布団を捲り、隣で眠っている小さな生き物を見せてくれた時。

 イタチの中で、何かが変わった。


「・・・・・・・・・・」


 不思議な感覚だった。

 日々大きくなっていく、母親の腹の中に入っていた筈のモノ。
 女性である母のお腹には、子宮という内臓があって、その中で羊水という水に浸されながら小さな生命体が育まれている。

 それは月を追うごとに、どんどん成長し――――――――やがては赤ん坊となって、この世界へと生まれ落ちてくる。

 だからイタチは、この日が来るのを知っていた。
 弟になるか妹になるのかは分からなかったけれど、自分にどちらかが出来るのだということを。

 そして、それは弟に決まったらしい。

 母親の隣で眠る赤ん坊は、全身が火傷でもしているかのように肌が真っ赤だし、目鼻立ちも良く分からなかった。
 しかもとにかく小さいから、男なのか女なのか、見た目からはイタチには判断出来ない。


「・・・・真っ赤だ・・・」

「うふふ、肌の色が白い子は、こうして最初赤いものなのよ」


 思わず呟いた感想に、母親は怒る素振りも見せずただ笑って教えてくれた。


「イタチ、貴方も真っ赤だったわ。・・・この子もきっと、貴方みたいな色白の子になるわよ」

「・・・・・・・・・・」


 自分もそうだった、と言われ。
 こんなに真っ赤だったのかと信じがたい思いで、イタチは赤ん坊の顔を覗き込む。

 赤ん坊はスヤスヤと眠っていて、その、単なる切れ込みのようにしか見えない瞼が開く気配はまるで無かった。
 開いたところで、まだ目は見えないらしいから、意味は無いのだろうけれど。

 赤ん坊は、何処もかしこも小さくて、これが本当にちゃんと人間になるのかと不思議なくらいだ。


「・・・・・・・・・・・」


 人形では無いことを確かめたくなり、イタチはおもむろに赤ん坊へと指を伸ばす。

 そして、赤ん坊の顔に一瞬だけ触れて・・・・その感触の余りの不確かさに驚き、すぐに指先を引っ込めた。


「・・・・・・!?」


 あんまり、柔らかくて。
 赤ん坊のほっぺたが溶け、自分の指先が皮膚へと入り込むかのような錯覚に襲われたのである。


「イタチ? ・・・大丈夫よ、・・・ほら触ってご覧なさい」


 その様子に、母親がクスリと笑って赤ん坊の手を指し示す。


「大丈夫だから。触ってご覧なさいな・・・可愛いわよ?」

「・・・・・・・・・・・」


 小さなちいさな、一口まんじゅうほどの大きさも無い、けれど確かに人間のコブシの形を持つ赤ん坊の手。

 恐る恐る、・・・ちょん、と触れてみる。

 プクプクしていて、指先に触れる肌がつるんと滑らかで、温かかった。
 茹でて、水の中であら熱を取っている時の、白玉団子みたいだ。


「・・・・・・・・・・」


 気持ちが良かったので、もう少し長く触れてみる。
 そっとつついて大丈夫だったので、今度はそうっと小さな手を摘むように持ち上げてみた。

 すると。


「・・・・・・あ、」


 きゅっ。

 小さなちいさな手が、イタチの人差し指を。
 そのまだ短い5本の指で、しっかりと掴んできたのである。

 小さな手は、温かくて少し湿っていた。


 ――――――・・・それと同時に、込み上げてくる胸苦しさ。


「・・・・・・・・・・・」


 これは一体、何だろう。


「・・・・・・・・・・・・」


 赤ん坊が掴んでいるのは、たったの指1本なのに。
 まるで、・・・心臓を掴まれているかのように、胸が締め付けられる感覚。


 けれどこれは、苦しくないのだ。
 いや、苦しいのだけれど、・・・・嫌じゃない。

 不自然な状態で、中途半端に固定され揺らいでいた体勢が、新たに締め付けられることによって絶対的な安定を得るような―――――――・・・喩えるならば、そんな安らぎを伴う拘束感。

 握られているのは、たったの指1本なのに・・・・心ごと、身体ごと・・・包まれている感覚がイタチを襲っていた。


「・・・・・・・・・・」


 小さなちいさな、赤ん坊。
 自分の、弟。

 すごく柔らかくて、弱々しくて、・・・・・守ってやらなければ呆気なく死んでしまうだろう命だ。


「・・・・・・・・・・・」


 もっともっと幼い頃に、人が死ぬのを沢山見た。

 戦争だから、仕方ないことだと父も母も言っていた。
 忍として生まれたからには、覚悟しておかなければならないことだとも言われた。


「・・・・・・・・・・・」


 だとすれば、また戦争が起きれば――――――・・・この弟もまた、命を失う可能性があるのだろうか。
 こんなちっぽけで、弱々しくて儚い存在なのに・・・・弟も自分と同じように戦争へとかり出されるのだろうか。

 それは、・・・・それはとても、・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・」

「あら、お兄ちゃんの指を握ってるのね。・・・可愛いでしょうイタチ?」


 イタチの指を赤ん坊が掴んでいるのを見て、母親が微笑ましそうに聞いてくる。


「・・・・・・・・・・」


 しかしイタチは、素直に頷くことは出来ず、何を言うことも出来なかった。

 ―――――――・・・可愛いとただ肯定するだけでは、今、自分の胸を満たしている感情を言い表せない気がしたから。

 可愛いだけじゃなくて、・・・この湧き上がってくる想いは、何と言えばいいのだろう。


 温かくて。

 ちっぽけで。

 柔らかくて。

 儚い。


 けれど初めて、・・・・自分をこの世界に繋ぎ止めた存在。



「・・・・・・・・・・」


 だから、何も言えないまま。

 ただ指先を握ってくる弟の小さな手を、イタチはもう片方の手で優しく包み込んだ。


 言葉には、ならなかった。
 どんな語句を用いても、今、イタチの胸を満たす気持ちは言い表せない気がしたから――――――――――。








NEXT 




++++++++++++++++++++
言い訳。

サスケが、名前すら出てきませんね(笑)
これでも一応イタサスです(爆)
いや、まだ単に兄さんが弟って可愛いのかも?って思ってる程度ですが。
感情の起伏が乏しいイタチなのに、この存在が失われるのは嫌だな、って感じる弟との初対面の光景です(笑)