『緋色姫』 ―――――――・・・決して失いたくない、大切なモノは。 誰かに奪われたり、勝手に何処かへ行ってしまわないように・・・・・・・ちゃんとしっかり、閉じ込めて。 そうして自分だけが知る場所へと、大切にたいせつにしまい込む。 そうしないと、『彼』はすぐに自分の元から居なくなってしまうから。 それだけはもう、・・・・・・・・・そんな想いだけはもう2度と、味わいたくないと思う。 あの日あの時、あの場所で―――――――彼の手を離してしまったことを。 一生分、今まで生きてきた中で、1番後悔した。 生まれてきてからきっと1番、悔しくて悲しくて・・・・切なく渇いた気持ちを知ったと、その時に思った。 ―――――だから。 再び『彼』を手に入れたら・・・・2度と離さない・・・・そう、心に決めていた。 彼は、豹変した自分に恐れおののき、嫌悪の表情を浮かべるかも知れないし。 とても反骨精神旺盛なで気が強い彼のことだから、いつまで経っても自分を拒絶し続けるかも知れない。 いや、仮定では無く絶対にそうなるだろう事は明白だ。 けれど、それが一体なんだろう? 手を伸ばせば、触れられる距離に『彼』が在って。 ・・・・しかも、放っておけばいずれアッサリ摘み取られてしまうだろう彼を、自分が失わずに済むのだ。 ずっとずっと、自分が守り隠し続ければ―――――――『彼』はもう2度と、自分の傍から離れる事は無い。 その幸福を思えば、嫌悪や拒否等の罵詈雑言(ばりぞうごん)をぶつけられる事などは、取るに足らないでは無いか。 彼が幼い頃から、純粋にただひたすら憧れ・・・・それを裏切られたことで復讐に囚われながら。 それでも今なお、いや余計に心の中で一番ウエイトを占めているだろう、年の離れた兄イタチ。 蔑み、嫌悪しながらも――――――・・・復讐を遂げる為の力を欲し、その力と引き替えに己の身体を器として差し出せと要求されながら。 それを承知で、彼が頼ろうとした元・三忍と謳われた里の裏切り者・大蛇丸。 里を抜け裏切った事への報復を考えつつ、稀少な血継限界をその身に宿す『彼』を何とかして生け捕りにしたがっているらしい、5代目火影である綱手他、里の者たち。 かつては仲間であり・・・・別離間際には、彼に本気で殺されそうになる程の戦いを仕掛けられ、瀕死の重傷を負う羽目となったのに。 それでもまだ、仲間として連れ戻したいという気持ちを変えず常に『彼』を思っている彼と同い年であり、自分の教え子でもある青年ナルト。 皆みんな、―――――理由も感情も違えど・・・『彼』を欲しているか、『彼』が求め追っている存在だ。 『彼』が受け継いた血筋は極めて特殊であり、希少性があり、その身体には突出した能力が秘められている。 そして何より、・・・『彼』はとても美しかった。 彼の兄イタチも、艶やかな黒髪と白い肌、涼しげな漆黒の瞳が美しい見目良い姿をしていたが、血は争えないらしく、弟の『彼』も幼い頃から目を引く容姿をしていた。 ―――――――美しい存在(もの)に、人間は無条件に心惹かれる。 指を咥えて、ただ見ていたら。 風に攫われ根こそぎ奪われる、タンポポの綿毛ほどに儚い風情で・・・・・・・・・・・彼は、姿を消してしまう。 それを思えば、・・・・自分は他のことは何だって耐えられだろうし、何ほどの事でも無い。 彼の瞳に浮かぶのが、情愛でなく殺意でも。 唇から零れるのが、甘い恋の囁きでなく怨嗟(えんさ)の呟きであろうとも。 彼はきっと、自分を恨む。 身体も力も封じて、地底の奥深くに匿われ監禁されるという仕打ちに憤り、怒り、叫び暴れ・・・・自分を罵倒するだろう。 だが、それで構わないのだ。 他者から許されるような行為だとは、最初から思っていない。 自分以外、誰も望んでいない・・・・単なるエゴによる行為なのだと言うのも分かっている。 自分への恨みや憎しみ、憤り―――――・・・それらの感情全てで、彼がその身体を満たしてしまえばいい。 他の者へ心を移す余裕も無いくらい、完全に自分への想いだけで心も体も脳も全て・・・・一杯になってしまえばいい。 ――――――・・・全ての罪は、オレが背負う。 だから、『お前』は・・・・・・・・・・・オレだけの傍に居続けて―――――――――― 「・・・・ごめんねー、こんな所に閉じ込めちゃって」 歪(いびつ)に大小様々な石を組まれて作られた、頑健な牢の中を覗き込みながら。 カカシは鉄の格子越しに、奥の壁に力なく身を凭れさせている青年に間延びした声を掛けた。 「・・・・・・・・・」 話しかけられた青年は、答えない。 ただじっと、その切れ長の瞳できつくカカシを睨み付けているだけだった。 「オレもねエ、ホントだったらウチに連れ帰りたい所なんだけどさ・・・」 「・・・・・・・・・・・」 吸い込まれそうな闇を湛える漆黒の瞳に睨まれても、さして気にせずカカシはのんびり言葉を続ける。 「でも、ここじゃないと『ヤツら』にバレちゃいそうだからね〜〜〜オレとしては、そんなリスク負いたくないんだよ!」 分かってくれるよね? と、口元を覆うマスク越しに目を細めた笑顔を向けても、相変わらず背年の顔は険しいままだった。 それでようやく、カカシはその眉尻を下げて肩をすくめる。 「・・・・・・・・・・」 クッキリとした二重瞼なのに、何処かトロンと眠たげな印象を与える目で相手を見つめ。 カカシは、ボサボサと逆立った自分の銀髪に手をやり、手持ち無沙汰に撫で付けながら会話を続けた。 「・・・・ねえ、いい加減に機嫌治してくんない? 此処に居るのは、お前の為なんだよ」 サスケ、とカカシが口にした瞬間。 四肢を繋がれている青年の形相が、一変した。 「・・・・・・・・・だったら! オレを今すぐ解放しろ・・・・!!!」 青年の、元から吊っている眦(まなじり)が更に吊り上がり・・・・闇色の瞳が、深紅に染まる。 闇から、噴き上げる焔(ほのお)へ――――――劇的な、色合いの変化だ。 だが青年・・・サスケの、抜けるように白い肌とカラスの濡れ羽色した髪には、どちらも良く映える。 瞳孔を取り囲むように、血色の虹彩に浮かび上がる三つ巴(みつどもえ)の紋様は・・・・『うちは』一族にのみ現れるという、血継限界(けっけいげんかい)による血の継承の証、『写輪眼』だ。 全てを見透かす洞察眼・敵を意のままに操る強力な催眠眼・目にした術を瞬時に記憶しコピーする術写しの能力を宿す、強力無比な『天眼瞳術』・・・・それが『写輪眼』の能力である。 写輪眼を持つ者と対峙する事になったら、その者は絶対に相手の目を見てはならない。 見た瞬間に、相手の幻術に囚われ何も分からない間に命も持っている情報も、全てを失う事となってしまうからだ。 青年・・・サスケは、その『うちは』の正当血統。 深紅に染まる美しい瞳は、写輪眼を受け継いだというその歴然たる証拠である。 「・・・サスケ」 その瞳を、まっすぐ見返して。 カカシは、少し疲れた声を出した。 「頭悪くないんだから、いい加減に聞き分けよーよ? ・・・・オレに写輪眼は、通じないんだからさ?」 額当てを斜めにして、隠すようにしていた片目を露出させ。 青年を見返すカカシの瞳もまた、サスケと同様に血の色をしていた。 天性の生まれついてのモノでは無いし、両眼なワケでも無いが、カカシも写真眼を持っている。 今は亡き大切な親友から受け継いだ、カカシの宝物だ。 失ってしまったら、どんなに大切でも2度と元には戻らない。 どんなに嘆き悲しんでも・・・・それらが還ってくることはあり得ない。 それが忍びだとは割り切っていても―――――――・・・やはり辛い。 だからやはり、どうしても失いたくないモノは・・・・自分で隠してしまっておくしかないのだ。 「ね、・・・オレは片目だけどサスケと同じ目を持ってる。オレに幻術は通じないし・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 「そうして、特殊な鎖で手足を拘束されてたら、サスケは文字通り手も足も出ないんだし」 言い募りながら、カカシは青年の手足にチラチラと視線を走らせた。 暴れたせいですっかり薄汚れ、はだけた着物の袖から覗く白い手首には無数のすり傷が付いている。 裾から覗く、足首も同様だ。 鎖に繋がれ、手も足も枷で拘束されているのに・・・・サスケが諦め悪く足掻き続けたからだ。 「いい加減諦めて、そうやって反抗的なのやめて欲しいんだけどね〜〜〜?」 「・・・・・・・・・・・・・」 笑顔を向けて、何度そう繰り返しても。 檻の中で繋がれた青年は、そのキレイな顔に険を浮かべたままでカカシを睨んでいる。 「・・・・せっかく美人に育ったのに。サスケ、そんな顔ばっかりしてたら、台無しだよー?」 その顔が、あまりにも仏頂面で。 冗談めいた口調だが、半ば本気でカカシは言った。 教え子として、初めてサスケの顔を見た時は・・・・・なんとまあ可愛らしい顔をしているものだと、内心感嘆した事を覚えている。 暗部時代カカシの同僚だった、サスケの兄イタチと同じ、カラスの濡れ羽色した艶やかな髪と黒曜石にも似た黒々とした大きな瞳が印象的な子供だった。 大きくなったら、さぞかしカカシ好みな誰もが振り返る、完璧な美人顔になりそうだ・・・・そう、思った。 猫を思わせる少しだけ吊った大きな瞳に長い睫毛、通った鼻筋に小さめの唇が見目良く色白の小顔に収まっていて。 髪を短く切り、その髪型だってとても男の子らしいモノなのに・・・・幼い頃から、サスケはどことなく深窓の姫君のようなイメージを彷彿(ほうふつ)とさせる。 美しくたおやかで・・・・それでいて、常に毅然(きぜん)と前を見据え・・・凛とした態度を崩さずキツイ瞳で相手を見据える高貴なお姫様。 煌びやかな赤い着物を纏い、その黒絹のような髪を長く伸ばしたら、さぞかし美しいだろうと思わせる白い顔(かんばせ)で。 その姿を目にした者を、陶然とした世界へ誘いながら・・・・・同時に、手にした懐剣で相手の喉を掻き切りそうな烈しさを持つ姫君。 その印象は、成長した今もやはり、変わらない。 実際、『うちは』は、木の葉の里でも指折りの名門一族だったし―――――――・・・その正当血統であるサスケは、確かに高貴な血を受け継いでいるのだから・・・不思議でも何でも無いかも知れないのだが。 サスケには、言い知れない風格というか・・・気品が、幼い頃から備わっている。 カカシだけでは無く、サスケと関わりを持った者はほぼ例外なくそんな印象をサスケに抱いているだろう。 ナルトなどは、下忍当時こそは色々とやっかみ絡んで、サスケと喧嘩ばかり繰り返して居たが―――――――・・・心の底では、その当時から不可侵の姫君のようにサスケを思っていた節がある。 兄への復讐を選び、里抜けをし・・・・三代目火影を殺害した第一級の戦犯・大蛇丸と結託し里を裏切った存在であるサスケを連れ戻そうと、未だ諦めず行方を捜しているくらいだ。 それも、里を裏切った落とし前を付けさせる――――――とか、そういった報復措置などではなくて、『仲間』として連れ戻そうとしている。 ―――――――そう、・・・・・・・・・・まさかそのサスケが、既に里に連れ戻され。 こうしてカカシに監禁されているとは、露ほども知らぬままに――――――――――。
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