『Emptiness−虚(うつろ)−2』











「手間を取らせなければ、命は取らないと約束しよう。さあ、・・・・早くARMを」

「ひぃ!? ころ、ころっ、・・殺されるーーーーーっっいいいぃ命だけはっ!!!」


 だが、すっかり怯えきってしまったらしい男にはアルヴィスの言葉を聞く余裕が無いらしく。
 取り乱した様子で、泣き喚き出した。


「・・・・・命は取らないと言っている」


 仕方なく、アルヴィスはもう1度言葉を繰り返した。


「だが、早く言うとおりにしなければ本当に・・・・・・・・・」


 命を取るぞ、と脅しの意味で手にしていたロッドを男に突き付ける。


「ひっ、・・!?」


 途端に、男は再び玉座の上で跳び上がり、白髪混じりの髪を冷や汗でベタベタの頬へ貼り付けながらアルヴィスを見つめた。


「・・・・わ、わかったっ! ARMは渡そうじゃないか・・・・っ・・・・」


 掠れた声でそう叫び、玉座に掛けられていた豪奢な毛皮に手を差し入れる。
 そして、何かのARM―――――・・・銀色に光る、ペンダントのような物を取り出した。

 銀色の鎖の先には、十字架型のペンダントトップが揺れている。
 それを見て、アルヴィスは僅かに眉を寄せた。


「・・・・・・・・・違う。それは、『ティアマト』ではない」

「ひはヒャハハ・・・!!」


 アルヴィスの言葉に、眼前の男はペンダントを掴んだまま、悲鳴とも笑い声とも付かない上擦った声をあげた。


「その通り! 我が王家に代々伝わる『ティアマト』なぞは、必要とされる魔力数値が高すぎて誰も扱えぬシロモノよっ!!」

「・・・・・・・・・・・・・」


 今までガタガタ震えていた男とは到底思えぬ高揚し、俄然強気になった様子に、アルヴィスはロッドを持ったまま身構える。


「だがな! だが、・・・・これならば・・・ワシにも扱えぬことは無いのだ・・・・・っ!!!」


 叫びつつ、男がアルヴィスに向けてペンダントを翳(かざ)した。

 カッ! と白い光を放ち、ペンダントが光の中で輪郭を失い溶け崩れる。


「――――――・・・・!」


 余りの光のまぶしさに、アルヴィスが一瞬そちらから眼を反らした―――――――その、次の瞬間。


「!?」


 身体が。
 四肢が、問答無用に、後方へグッと引っ張られる感覚に襲われ。

 間をおかずに背を固い何かに強打して、・・・・・・・・・・・・息が止まった。


「・・・・・・・・・、」


 アルヴィスの意識に空白が生じたのは、ほんの1秒にも満たない時間であったに違いない。

 けれど、気付けば身体の自由が利かなかった。

 いつの間にかアルヴィスは、巨大な十字型の磔(はりつけ)台に四肢を固定されていたのである。
 手足を固定するのは、何か得たいの知れない蔓状の物体で、それにぐるぐる巻きにされ全く身動きが出来ない。

 それもただ、巻き付けられているだけではない・・・・・締め上げられるのとは別の、無数に突き刺さるような鋭い痛みがアルヴィスの全身を襲っている。


「・・・・う・・・・っ、・・・」

「ヒャハハハハア・・・・!!! 掛かったなァ アルヴィスゥゥ・・・・!!」


 耳障りな笑い声に、アルヴィスは懸命に痛みを堪えながら前方を睨んで。


「・・・・・・・!?」


 思わず、大きく眼を見張る。

 眼前には、鋭いトゲの付いた触手状の茶色いモノに幾重にも巻き付かれ血を流す男の姿があった。
 顔と言わず首と言わず、手足や胴体もお構いなしに巻き付かれ、トゲに貫かれ多量の血を流している男はもう、明らかに絶命しつつある。

 それなのに、苦痛の色を浮かべず不気味に笑みを浮かべているのが、奇妙だった。


「だ・・・だ、だダークネスARM、いぃぃ・・・『茨(いばら)の涙』。
 ・・・・じゅ、術者が、・・・茨に生命を奪われる・・・代償に、・・・た、・・対象の・・・魔力と、せ、生命を必ず・・・奪うっ、・・・ひゃはは・・・・!!」


 茨の触手に貫かれ、視神経の束ごと左の眼球を飛び出させながら、男は気味悪く笑う。


「じゅ、じゅ・・・十字架に磔(はりつけ)にされた貴様は、・・・茨に締め付けられながら苦痛にのたうち回って死に絶えるのだ・・・・!!!」

「・・・うあ・・・・・っ・・・!!」


 男が笑うと同時に、強く両手首と足首、そして首と胴に巻き付けられた茨が締め上げてきて、アルヴィスは堪らず呻いた。


「ヒャハハはァ! くる、苦しいかアルヴィスゥゥ!? 発動したワシには苦痛は訪れないが、貴様に食い込むのは痛いだろォ!!??」


 ゴボゴボと、口から多量の血液を吐き出しながら叫ぶ男は、もはや死人の顔色をしている。
 しかし、本人が言うとおりに苦痛は無いのだろう・・・・本来ならば既にグッタリとして死を待つだろう状況ながら、男は耳障りな声で叫び続けた。

 笑う度、視神経で繋がりぶら下がったままの眼球が、ゆらゆらと揺れる。


「・・・・・・・っ、・・・」


 全身を苛(さいな)む激痛に、アルヴィスは必死に手足を藻掻かせた。
 だが、茨は肌にきつく食い込んでおり、僅かに指先と足先を動かせるのみである。


「・・・・くっ、」


 力業(ちからわざ)では、とても磔状態からは逃れられそうにない。

 骨が折られてしまいそうな強い力で締め上げられた関節は既に痺れ、茨によって生命力と魔力を奪われていなくとも力が入らなくなってきている。
 アルヴィスの首筋や手首、そして身体や足を伝い落ちる生温い液体は、恐らく茨によって傷つけられた皮膚から流れる血だろう。
 必死に握りしめていたロッドも、魔力を失うことによって形を失い元のチェーンに戻ってしまっている。



 油断、・・・した。

 男の怯えようなら、刃向かっては来ないと思ったのに。




「・・・・・・・・・・・、」


 窮鼠(きゅうそ)猫を噛むとは、この事だなとアルヴィスは自嘲気味にそう思う。

 なるべくならば、命までは奪いたくない――――――そんな考えの甘さが、今の状態を招いてしまった。

 猫に追い詰められ絶体絶命の状況に陥ったネズミのように、男は自爆覚悟でアルヴィスをも、それに巻き込もうとしている。


「ど、どうせ・・滅ぶ国ならばっ・・・共に死のうぞアルヴィス!?
 ガハッ、・・・・ぐうぅ・・・・ファ・・ファントム、の気に入りを、殺せる、・・・ならば少しは・・・ヤツにも痛手、を・・・・・・・!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ファントムのお気に入り。

 その言葉に、アルヴィスは微かな冷笑を浮かべた。

 皮肉や羨望(せんぼう)、そして媚びへつらう声音と共に、今まで散々言われ続けたセリフだ。
 今のように、怯えの色を込めてそう呼ばれることも珍しくない。

 いつもそうだ。
 アルヴィスの傍から、『ファントム』の名が離れる事はない。
 きっとそれは、アルヴィスが生きている限り続く。


「ヒャハハハァ! ワ・・・ワシがファン・・・トムに、一矢(いっし)報(むく)いら・・・れるのだ、ヒャ、ハ、・・・ハァ・・・!!」

「・・・・・・・・・・・」


 自分がここで命を落とせば、ファントムが痛手を負う―――――――その意味を、ボンヤリと考えた。

 痛手。
 けれどそれは、ファントムにとって気に入りのオモチャが壊れたような、極々軽いものだろう。
 替わりなど、幾らでもいるのだ。

 今はたまたま、気紛れにアルヴィスを気に入っているだけに過ぎない。


「愉快、・・・愉快で、・・・たまらんわ・・・ヒャハハハ、・・・ハ・・・・ハ、・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そこまで考えた時、耳障りな男の声が突然遠くなってきて。
 アルヴィスの意識が、急速に薄れてきた。

 どうやら、自分の方の状態と発動した側の生命状態は、リンクしているらしい。
 男の声が、途切れ途切れになるにつれ、アルヴィスの方も出血のせいか意識がもうろうとしてきた。


「・・・・、・・・・・・・・・・!! ・・・・・・・・・・・・・!!!」


 眼前の、もはや生きているのが不思議な状態にある男が、まだブツブツと何事か叫んでいるは分かったが、アルヴィスの耳に意味のなす言葉は届かなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・」



 死ぬのか。

 そんな漠然とした思いが、アルヴィスの脳裏に浮かぶ。


 死。―――――・・・身体の機能が停止して、2度と覚めぬ眠りにつくこと。

 しかし、それに対して何の感慨(かんがい)も湧かない。

 アルヴィスの中には、元から何も無いからだ。
 全てが空っぽで、何が詰まっている訳でも無いから・・・・・・無に帰ることに、抵抗はない。

 自分が消えて、困るだろう人間も皆無だ。
 迷惑を掛けてしまうだろう人間も存在しない。


「・・・・・・・・・・・・・・」



 幼い頃に、大切だと思っていた存在を沢山たくさん・・・・奪われた。
 まだ10歳になるかならないかだったアルヴィスを置いて、多くの人間達が天へと帰ってしまった。

 アルヴィスも彼らの元へ逝きたいと願ったが、その手段は強引に奪われ、アルヴィスは強制的に生かされた。
 1度、生き延びてしまったら――――――情けないことに、死ぬのが怖くなってしまった。

 心はすっかり絶望しているのに、身体はまだ生きていて、・・・死ぬのを嫌がる。
 苦痛を味わい、その生命活動を終えてしまうことを――――――・・・本能が避けたがる。

 頭では死んでしまいたいと願うのに、・・・・身体が生きたいと要求するのだ。

 それからは、死にたくないという一心で・・・・・・・・・・・言われるままに、他の誰かの命を奪った。
 仲間達が必死に守っていた筈の存在へ、手をかけた。

 そして―――――――大切だった仲間達の元へは、2度と戻れないくらい穢れてしまった。


 命じられるままに、血に染まった手で新たな略奪と殺戮(さつりく)を繰り返している内に・・・・アルヴィスの中は空っぽになっていった。

 何も見ない、感じない。

 自分は、ただの操(あやつ)り人形。
 糸が切れたら、単なるガラクタと成り果てる・・・・中身は空っぽで虚ろなだけのDOLL。

 ・・・・そう割り切った方が、楽な気持ちでいられた。


 マリオネットが動きを止める・・・・ただ、それだけ。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 それはむしろ、歓迎すべき事のようにアルヴィスには思えた。
 今なら身体も、生きることを諦めてくれるだろう。

 だってアルヴィスは、ずっとずっと自分の呪われた生を終わらせたかったのだ。
 抱え込んだ『罪』という重さに喘ぎながら、投げ出すことも許されず、ずっとずっと解放を願っていた。

 だから黙って、眼を閉じる。
 幸いにも、身体の感覚が完全に失われつつあるせいで、苦痛も感じなくなっていた。

 このまま緩やかに、死は訪れてくれるはずだ。
 呼吸がしづらくなってきた――――――・・・・首を締め付けている茨(いばら)が、肉を貫き気管にまで食い込んできたのだろうか。


「・・・・ゴホッ、」


 喉元に、大量の血液が込み上げてきて、アルヴィスは力なく咳き込む。
 鉄錆(てつさび)臭い液体が口内を満たすのは、酷く不快だ。

 けれど、そう感じるのもあと僅かだろうと思えば、耐えられる。
 永遠に続くのだと思っていた、呪われた生を終えられるのならば、これくらいはどうでも良かった。


「・・・・・・・・・・・」


 いっそ早く意識を失ってしまえばいい―――――――そう思いながら、アルヴィスが身体の力を全て抜いてしまおうとした、その刹那。


「・・・・・・・!?」


 朦朧とした意識のアルヴィスの肌ですら、総毛立つような・・・圧倒的な強さの魔力が間近で発動するのを感じた。

 ビリビリとした大気の振動が肌に伝わり、次の瞬間にはアルヴィスの周囲の空間に透明な歪みが現れて複数の人影が出現する。
 細身の銀髪の青年と、アルヴィスが身に纏っているような黒のローブ姿の人物。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その姿を認めた途端、アルヴィスの胸に絶望が過ぎる。



 ――――――・・・あと少しなのに。



 そんな思いが、胸を満たした。
 だが、僅かな風にサラサラと揺れる銀色の髪が視界の端に映るまでが、アルヴィスの限界だった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 そのままアルヴィスの世界は、光のない、真っ暗闇へと突き落とされる。



 朧(おぼろ)な意識の中、誰かの冷たい手が優しく自分の頬を撫でているような。

 ・・・・・そんな感覚を最後に、アルヴィスは完全に意識を失った―――――――――。







NEXT 

++++++++++++++++++++
言い訳。
アルヴィスの、バトルシーンが書きたかった筈なんですが。
なんかまた思いっきり、 軌 道 が 外 れ て し ま い ま し た ☆
強いアルヴィス書きたかったんですけど、いきなり大ピンチな展開に(爆)
つか、1の冒頭で既に乱闘が終わった状態にしちゃってたのが駄目ですよね!(笑)
最初はこのネタは日記で書いてたので、あんまり長々書いてもなーと端折ってしまったのが駄目だったみたいです・・・(汗)
そして未だに、(ファンアル前提ですが)インアルも入れるか悩み中・・・☆