『Emptiness−虚(うつろ)−3』



















「・・・・『いばらの涙』、かぁ」


 腕の中へと抱き留めた少年に、柔らかく視線を落とし。
 恐らく薄闇の中にあっても輝いて見えるだろう銀髪を揺らしながら、その人物はゆっくりと声を発した。


「レアって言えばレアだけど、・・・・」


 とても耳障りの良い、甘さを含んだ声音だ。
 それなのに、――――――背筋をゾクリと震わせる冷たさがある。


「厄介なの、使ってくれたね?」


 跪(ひざまず)き、お気に入りと噂の少年を腕で支え。
 そう言いながら此方を見上げる顔には、穏やかな微笑さえ浮かんでいるというのに。

 声も。
 纏う空気も。

 まるで、――――――永久凍土から吹きつける風のような、骨の髄から凍らせる冷たさを帯びていた。

 視線を合わせただけで、全身の血液が凍結し生命活動が停止してしまいそうな錯覚に襲われて。


「・・・・・・・・・・」


 身体を貫いた凄まじい恐怖に両眼が目の前に広がる現実を映すことを、この国の王であった男の脳は拒絶した。


「・・・・・・・・・!」


 けれど、――――――外せない。

 意志に反し。
 男の眼球は、その人物から視線を引き剥がされることを嫌がった。

 恐怖に戦(おのの)きながらも、視線が逸(そ)らせない。
 『彼』の、・・・・余りの美しさ故に。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 神が御自ら鑿(ノミ)を打ち振るい、彫り上げたかのような奇跡の造形美。

 その白蝋(はくろう)のごとき肌が雪白の大理石なら、銀の髪や長い睫毛は、さながら金剛石か水晶で紡がれた糸のようで。
 蠱惑(こわく)的な光を湛えた眼は、傷1つ無く磨き抜かれた最高級のアメシストが填め込まれているに違いないと思えた。

 人ならざる、何処か異質さを感じさせる美。

 その背に、天上と地の底に住まう者のみが持つと云われる、複数の巨大な翼が生えていないのを不思議に思う程である。

 『彼』の腕に抱かれた血塗れの少年の姿を、この世で最も美しい存在だと喩えるのなら。
 少年を抱えた『彼』の姿は、常世(とこよ)ならざる美しさを湛えた異質の存在だ。

 1対の、同様に比類無く美しい・・・・しかし明らかに属する世界の異なる2人の姿に、男は陶然と頭が溶けていくのを感じた。


 けれど、銀の髪をした『彼』は、存在してはいけない。
 その『美しさ』が、・・・・・・・在ってはならないのだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 銀色の髪に、紫の眼。
 十代後半の、年若い青年の姿をした―――――――この世の者とも思えぬ、美しい顔をした男。

 とても柔らかで繊細な―――――・・・中性的と称せる美貌である。

 しかし。

 妖艶な笑みを刻んだ口元やキレイな弧を描く細い眉、そして此方を見据えるアーモンド型の形良い瞳が・・・・・・表情と、纏う雰囲気が。
 『彼』から、女性的な印象の一切を払拭させていた。


「・・・・・・・・・・・」


 知っている。

 黒の胴着を着用した上から、たっぷりの白布を左肩から腰に巻き付けて垂らした、巻垂型(かんすいがた)の装束や底の薄い黒靴姿を見るまでも無い。

 左腕をすっぽり覆う真っ白な包帯と、・・・・・・・・・纏った禍々(まがまが)しいオーラだけで、『彼』が何者であるかは悟っていた。
 いや、彼の気に入りであるという少年がこの場に現れた時から、男はこの事態を予測していたのかも知れなかった。




 ――――――メルヘヴン全土を、地獄に突き落とし、全てを無に帰そうとしているチェスの司令塔ファントム。


 今、男の両眼に映っている美しき姿こそ、この世界の殲滅者(せんめつしゃ)に他ならない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 『彼』と眼が合ってしまった以上、男に示された運命は凄まじい苦痛の末の死、のみであろう。

 知らず、男はギリリと奥歯を強く噛みしめていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 神を。
 この世の全てを。

 ――――――呪いたくなる。


 王国が滅びるのは、覚悟した。

 自分が生き延びることだって、諦めた。

 先祖代々脈々と受け継いだ血と国が、途絶えるだって断腸の想いで納得した。


 だからせめて。

 侵略者に、一矢(いっし)を報い。
 自らの命を、終えようと思っていた。


 あと僅かで、自分はもう何の苦痛も恐怖も―――――――味わうことなく、死ねる筈だったのに!


「・・・・・・・・・・・、」


 口惜しい。

 口惜しくて、堪らない。


 美しき破壊神を、この両目に映すことなど無く死ねる筈だったのに・・・・・。


「・・・・・・・・・?」


 そこまで混乱し、沸騰し真っ白になった頭で考えて。
 男は、ふと不思議に思った。


 ・・・・・両目?


 さきほど、自分は茨の蔓(つる)に片目をくり抜かれた筈だった。
 ARMの効力で苦痛は無かったが、眼球が神経の束ごとズルリと抜け落ちた感覚を覚えている。

 それなのに、もう片方の眼を瞑っても、視界から美しい悪魔は消えてくれなかった。
 それに、そろそろいい加減に茨の蔓(つる)が心臓を射貫き、生命活動が停止してもおかしくない時間だ。

 だが、男がこれ程に今すぐと渇望している『死』は、一向に訪れてはくれない。


「・・・・・・・・・・・・、?」


 理由が分からないまま、男はゆっくりと瞬きをした。

 目の前では、相変わらず静かな微笑をたたえたままファントムが少年を・・・自分と同様に、血まみれになったアルヴィスを抱き抱えている。

 その傍らには茨(いばら)の蔓に巻き付かれ、本体の形状も分からなくなっている磔刑(たっけい)台が転がっていた。

 未だアルヴィスとその台が数本の蔓で繋がっている所を見るに、ファントムがこの場に現れた一瞬に、蔓を引き千切って少年を救出したのだ。
 ダークネスARMの中でも、かなり強い魔力を秘めたモノなのに、その蔓を力尽くで引き剥がす辺りは流石である。


「コレって確か、・・・・ダークネスでもホーリーARMが効かない特殊なヤツなんだっけ」


 蒼白な顔でグッタリと眼を閉じているアルヴィスを見やりながら、ファントムが再び声を発した。


「・・・・・かといって、本体は発動してて実体が無い状態だから、ARM自身は破壊できない」


 その声は、吹雪のように冷たくて。
 死にかけている筈の男ですら、その余りの冷たさに震え上がる。


「・・・・・本当に厄介だね」


 大切そうに腕の中の存在を見つめた後、ファントムが軽く溜息をついた。

 それと同時にチャリ、と何か澄んだ金属音がして、男は反射的にその音の方へと眼を向ける。


「・・・・・・・・・・・!?」


 アルヴィスを抱えているのと、逆側の手。

 包帯が巻かれていない右手に、銀色の悪魔は卵型のペンダントヘッドが付いたチェーンを手にしていた。
 柔らかな光が、自分たちを包んでいることにようやく男は気付く。

 ホーリーARM。

 緩やかに、けれど確実に死へと向かっていた筈の男を引き留めているのは、このARMのせいだったのだ。

 ダークネスARM『茨の涙』は、ホーリーARMによって呪いを解除出来ない特殊なARMで。
 それは、例え強大な魔力を持つファントムであっても例外では無い筈だった。

 しかしファントムは、敢えてホーリーARMを発動させることにより、現状を維持―――――要するに、死に逝く男の身体と、それにリンクして死ぬ運命にあるアルヴィスの身体の命を繋ぎ止め続けることによって、決定的な『死』を回避させているらしい。

 如何に魔力を大量に注ぎ込み、かつ強力なホーリーARMを使ったとしても、1度死んでしまった生命は2度と生き返らせることが出来ない。
 だからファントムは、死に続けるアルヴィスと自分の身体を、ホーリーARMで治し肉体を再生し続けているのだ。

 通常ならばあり得ない、無尽蔵なのではと思えるほど多量な魔力を持つファントム以外には、誰も出来ない芸当だろう。


「・・・・バ、化け物め・・・・!!」


 ブチブチと首の筋肉が茨のトゲに刺し貫かれ寸断され、それが即座に再生されていく奇妙な感覚を連続して味わいながら、男は恐怖に喉を引きつらせて叫んだ。

 このままでは、望んでいた死が訪れてくれない。
 ――――――かといって、死神に掴まってしまった以上、生き延びられる筈も無い。

 どうせ死なねばならないのなら、このダークネスARMの代償で、苦痛無いままに死にたいと思う。


「あ、ぁ諦めろ、・・・こ、このARMは発動したが最後、・・・・両者が・・死ぬ、・・・まで・・・かい、解除、は・・・・・」

「うるさいよ」


 解除は不可能だ、と言いかけた男をファントムは短く遮った。

 その間も、視線は抱き抱えた少年に釘付けで、男の方を見ようともしていない。
 ただ、ホーリーARMを握った右手だけが、男の方へと突き出すように向けられていた。


「けど、・・・このままじゃ現状維持にしかならないのは確かだね。
 ボクとしても、リンクしてるから仕方ないとはいえ、アルヴィス君を傷つけたヤツなんかを治療し続けるなんて業腹(ごうはら)だし・・・・」


 そう低く呟き、ファントムが微かに背後へと顔を向ける。

 今までチェスの司令塔の余りの存在感ゆえに、全く注意を傾けていなかったが、黒いローブ姿が影のように従っていた。
 最初に現れたアルヴィス同様に、すっぽりとフードで顔を覆っている為に男なのか女なのかすら伺えない。


「コイツとアルヴィス君のリンク状態を解除するのに、特殊なディメンションARMが必要だ。
 だけど、その発動にはボクでも多少時間が掛かるし、第一、形状的に持ち出せない。
 だから大急ぎでレスターヴァに戻らなければいけないんだけど――――――――」


 言いながら、ファントムはアルヴィスを床にそっと降ろして立ち上がった。


「ゴメンね、・・・・ちょっとの間ガマンしててねアルヴィス君。すぐ、助けてあげるから・・・・」


 司令塔のお気に入りで、何よりも大切にしていると耳にする少年を、置いていくつもりなのだろうか。


「ボクが向こうでディメンション発動するまで、・・・・アルヴィス君を頼めるよね」

「・・・・・・・・・・・」


 指に填めたアンダータに魔力を練り込みつつ、ファントムが傍らのローブ姿の人物にホーリーARMを差し出せば。
 ローブ姿の人物は、強大な魔力を維持しなければならない筈のARMを躊躇(ためら)いなく受け取った。


「・・・・・・・・・・」

「5分でいいよ。5分経ったら、ホーリーを解除して、コイツを殺して」


 ファントムの言葉に黙って頷き、ローブ姿の人物がブレスレット型のARMから巨大な死神の鎌−Death Scythe(デスサイズ)−を発動させる。

 その、鋭く光る3枚刃の銀色の鎌と。
 同時に姿を消した、チェスの司令塔の姿。

 そして、床で力なく頽(くずお)れたままの美しい少年の姿を、交互に見て。

 男は、自分の命運が完全に尽きたことをハッキリと理解した―――――――――。








To be continued...

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懺悔。
『メルヘヴン』なのに『メルヘブン』だと思い込んで、サイト開設してからつい最近まで、メルヘブンと書きまくっていました☆
そんなゆきのは、某FF7ジャンルでも『神羅カンパニー』を『新羅カンパニー』とずうっと書き続けていたアホゥ者です(←)
やはり、ジャンル変わってもアホはアホでしたね〜・・・という切ない暴露話でしt(爆)