『Emptiness−虚(うつろ)−1』












 ロッドから滴る、赤黒い液体をなぎ払い。
 フードを目深に被った人物は、ロッドが握られた手を下へと降ろした。

 漆黒のローブの袖から覗く手の甲には、三つ叉の鉾(ほこ)のような形の血色の紋様が刻まれている。

 彼なのか、彼女なのか。

 フードのせいで、その人物の繊細に整った口元と細い顎のラインしか伺えず、ほっそりとしたその体型からは、男とも女とも、どちらとも思えた。
 ただ、女性にしては骨張った・・・けれど男にしてはやけに華奢で優美な印象を受けるその手は、雪のように白い。


「・・・・・・・・・・・・・」


 その人物の足元には、夥(おびただ)しい数の人間が倒れ伏していた。

 煌びやかな装飾が施されていた玉座の間は、壁や床、そして天井を問わず血が飛び散り。
 激しい戦闘があった事を物語るように、至る所に抉られたような大きな傷跡が刻まれ、壁に掛けられていたタペストリーや絵画の類が焼けて焦げた臭いを放っている。
 かつての栄華が想像も出来なくなる程、辺り一面、見渡す限り無残な光景が広がっていた。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ローブ姿の人物は、河原に転がっている石ころを避けるような足取りで、それらの人間を跨ぎながら玉座へと近づく。

 玉座には、周囲の光景を呆然と目に映し声も出せずに打ち震えている男が座っていた。
 しわが刻まれた顔を、恐怖のあまり紙のように白くして、大きく見開いた眼だけが赤く血走っている。


「・・・・・、・・・・! ・・・・・!!」


 極度の緊迫感に、酸欠に陥ったのか口を金魚みたいにパクパクと喘がせているが、言葉は発しなかった。


「・・・・・・」


 玉座に座り、その国の王である証の宝冠を被った男へと、ローブ姿の人物が手の平を上に向けて差し出す。
 そして短く、言葉を発した。


「出せ」


 凛とした響きの、少し甘さが感じられる少年の声だ。


「お前が所持しているARMを、全て出せ」


 更に言葉を重ね、ローブ姿の人物が玉座へ近づけば、男はヒイッと情けない悲鳴をあげて椅子の上で縮こまった。


「・・・ぃ・・いいい、命だけはっ・・・・・!!」

「・・・・・・・・・・今は命乞いの時間じゃない」


 椅子の上でガタガタ震える初老の男を見やり、ローブ姿の人物は呆れの混じった声を出す。
 そして気が削がれた、といった様子で溜息をつき――――――被っていたフードを片手でパサリと取り払った。

 声の印象通り、フードの中から現れたのは、まだ少年と言って良いだろう姿をした若い男だった。

 ツンツンと毛先が無造作に跳ね上がった癖のある黒髪に、猫を思わせる少し吊り上がり気味の大きな眼が印象的な少年。
 抜けるような白い肌と、青みがかった黒絹の髪、そして深みのある鮮やかな青色の瞳をしたその少年の顔立ちは、息を呑むほど美しい。

 玉座上の男も、一瞬その少年の美貌に見惚れたらしく、・・・・呆けたように眼前の姿を見たまま固まる。


「・・・・・・・・・・・」


 そこらの人間とは素材から違うのだと見せつけるような、両の手で簡単に覆ってしまえるだろう小さな顔。
 血が通っているのかと疑いたくなる、透明感ある白い肌。
 眦(まなじり)が吊った大きな青い瞳を縁取る、密に生えた睫毛は女も羨む長さで白い頬に影を落とす。
 高すぎず低すぎず・・・絶妙なバランスを保った鼻梁(びりょう)や、少年らしく引き締まった薄めの唇がまた、天使とはかくや・・・と称したくなる整いぶり。

 見れば見るほど、少年の姿は造り物かと思うような美しさだ。


「・・・・・・・・・・、」


 男は、陶然としながら少年を見つめ続けていたが。
 ・・・・少年の左目の下にある花びらを思わせる濃い桜色した、逆三角形型の2つのアザを発見して再び身体を竦ませた。


「・・・・ひっ!?」


 喉に引っかかるような短い悲鳴をあげて、男は素早く少年の左耳朶へと視線を走らせる。

 そして、その耳に光る銀色のピアスを見て、震え上がった。
 鈍く光るそのピアスは、馬頭を象ったチェスの兵隊のナイトクラスを示すものである。


「き、貴様、アルヴィス・・・・・!!!」

「・・・・・そうか、俺を知っているのか」


 絶望の滲んだ声で名を呼ばれ。
 少年・・・・アルヴィスは、投げやりな口調で言葉を返した。

 その顔には、恐れおののく男を面白がる様子も、知られていたことを嫌がる様子も無く、どうでもいいといった表情がありありと浮かんでいる。


「し、知らない訳ないであろう!?
 チェスの司令塔ファントムのお気に入りで、13星座(ゾディアック)のナイト・アルヴィス!!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「お前、・・・お前が、赴(おもむ)いた国は全てが死に絶えると云われているじゃないか・・・・・!!!」


 喉に絡まるような、引きつった声で男は叫び、その威勢とは裏腹に情けなく椅子にしがみつく。


「ぶ、ぶ、物騒な悪魔だ死神だ!! ・・・・お前が来た以上、この国はもう・・・・ええ口惜しや!!」

「ご託はもういい。・・・ARMを出せ」


 椅子にしがみつき背を見せながら叫んでくる男に、激昂することもせず。
 アルヴィスは、低い声で再びARMを要求した。







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言い訳。
久々に、原作沿いな話(って大分脱線してますが!)を書きたかったんです。
それで、チェスinアルって設定では書いたことないなーなんて思いつつ、何となく書いてみたりしたネタです(笑)
意外と書いてて楽しかったので、暫く飽きるまで書いてみようかと!(←)
ファンアル前提ですが、インアルも交えようか今悩み中です・・・(笑)