『Call me Master?−その3−前編』 ※冒頭部分に、少々残酷&グロテスク表現が入りますのでご注意ください☆ でも後半は殆どギャグです(爆) 「・・・ねえ、もう終わり?」 そう言って、ファントムは頭蓋に自らの五指を深々と食い込ませ、手にしていた『物体』を無造作に放った。 鈍い音を立て、その『物体』は、彼の周囲に累々(るいるい)と積まれた―――――・・・もはや原型を留めない肉塊の山の中に、新たな仲間入りをする。 辺りは、まるで地獄絵図だった。 いや、地獄そのものかも知れない。 上から巨大な力で押し潰されたかのように、破壊し尽くされ瓦礫(がれき)と化した城。 今だ噴煙を上げ続け、炎が消えていない家屋達。 巨大な魔力の発動による、大地の隆起と亀裂。 そこ此処に転がっている、夥(おびただ)しい数の死体・・・・。 手足が千切れていたり頭がもげていたり、焼き尽くされていたり。 身体が真っ二つに裂かれていたりと、どれ1つとしてまともな人間の形をしていなかった。 その場一帯は、血と噴煙と炎・・・そして血臭に満ちており、さながら本物の地獄のようである。 そして、その中心に銀色の悪魔が存在した。 自らが発動した爆炎に銀色の髪を靡かせ、炎にその蠱惑的な紫の瞳を赤く染め。 自分自身が炎に包まれながら、ファントムはただ静かに立ち尽くす。 玲瓏(れいろう)と輝く、神々しい程の美貌に・・・・・・酷薄な笑みを浮かべながら。 激しく燃えさかる炎に身を包まれているというのに、その白い肌も銀糸の髪も少しも焦がされる事は無く。 炎はむしろ、彼を守るかのように優しくファントムを抱いていた。 「弱い。弱すぎるね君たちは。・・・・・・拍子抜けだよ」 言いながら、ファントムは指先に付着していた赤黒い液体を振り払う。 「もう少し、楽しめるかと思ったんだけどな・・・・」 本当に残念そうに呟いて。 ファントムは目の前で震えている、武装した人間達を見据え、嘆息した。 本当に、ガッカリしたのだ。 今日はほんの、お遊びで。 メルヘブンをほぼ掌握してしまった今、部下達に任せきりであまり自分が暴れられない事に退屈して。 たまたま、まだ元気にチェスに反抗して頑張っている国がある事を耳にして、率先して自分が叩きのめしてきて上げる―――――─なんて立候補して来てみれば。 (ファントム的に)箸にも棒にもかからない者達ばかり。 これじゃあ暇潰しにすら、ならない。 こんなにツマラナイのならば―――――───人間達の体液で手や服が汚れるだけ、損だ。 こんな事だったらナイトの誰かにでも任せて、自分は来るんじゃなかったと思う。 血って、洗ってもなかなか落ちないんだよ。 やっぱり、血がドバッと出たりするの眺めたりするのは大好きだけど、こいつらのを実際に触るのはヤダね。・・・ヌルヌルするし。 お風呂、面倒臭いなー・・・・・まあ、もうどのみち汚れちゃったから良いけどね、今更だし。 それにしても・・・・もう少し、まともに遊べるヤツが居れば良かったのにな・・・・・。 つらつらとそんな事を考えながら、ファントムはまるで世間話でもするかのような気楽さで不満を口にした。 「たまにARM使わないで、直にクビとか引き千切るの面白いかと思ったのに・・・・抵抗無さ過ぎだね。 人形みたいでつまんないよ!」 「・・・・・ひっ、・・・!?」 言いながらおもむろに手を伸ばし、手近にいた人間を1人捕まえて。 ヒョイと首を掴むと、そのまま捻(ねじ)り折るように、己の手首を返した。 みりっ、みりみりみりっ。ゴキンッ。―――――ぶつんっ。 「―――――───、!!」 鈍い音が響き、首を掴まれた男は声もなく、ガックリと絶命する。 「・・・ほらね? ツマラナイなあ・・・」 ブシュッと激しく鮮血をまき散らし、半ば胴体とおさらばしかけている首を放り投げ。 ファントムは、不満げに肩を竦めた。 それからゆっくりと眼前の人間達に視線を投げれば、―――――─もはや抵抗する事すら忘れてしまったのか、目の前の彼らはそれぞれのARMを手にしたまま固まっている。 皆、造形は違う筈なのに同じ顔に見えるのが滑稽だった。 誰もが同じ表情を浮かべ、目の前の悪魔を見つめている。・・・・・・・『恐怖』を、その顔に貼り付かせて。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 それを心底詰まらなそうに、ファントムは眺め。 諦めたように呟いた。 「僕を楽しませてくれるような強いヤツ、・・・・此処には居ないね」 だったらせめて、目ぐらいは楽しませて欲しいのだけれど。 ここ一帯を焼き尽くせば―――――・・・・紅蓮の炎に包まれた街は、キレイかもしれない。 穢れた人間達の生活の痕跡が一掃されて―――――清浄な空気が戻るだろう。 その為にも。 この土地には、炎の制裁が必要かもしれない。 炎に包まれた街は。 きっと、キレイだよ。 あの子、連れてくれば良かったかなあ・・・見せたかったかも・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ファントムの脳裏に、鮮やかな青の瞳した猫耳少年の愛らしい姿が浮かぶ。 外に出した事など無いから、きっと、連れてきたら喜んだだろう。 キレイな色に燃える街を見せたら、はしゃいでくれるに違いない。 ・・・それとも、初めて見る大きな炎を怖がるだろうか。 何にせよ、可愛いリアクションを起こしてくれそうだ。 ―――――──ああでも、・・・穢れてるこいつらは見せたくないな。・・・・やっぱり駄目だね。 全て、焼き尽くして。 一片の穢れも無くなってからじゃないと―――――外には出せない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 一瞬だけファントムの顔が甘さを帯び、・・・・・すぐに元の冷酷な破壊者の顔へと戻った。 ファントムの纏う炎がゆらりと更に高く燃え上がり、強い魔力が放出される。 炎に煽られ、銀糸の髪がフワリと宙に舞い、普段は隠されているファントムの右目が露わになった。 その、完璧な左右対称を描く双眸が僅かに細められ―――――アメジスト色の瞳が徐々に明るさを増して血の色に変化し、やがて更に明るさを増して金色に変わる。 「これじゃ、全然物足りない。・・・・もういいや、死んでいいよ?」 ファントムの右手がスッと挙げられ。 燃えさかる巨大な火の玉が出現する。 周囲を焦がす勢いで激しく燃える、紅蓮の炎の塊。 バチバチと音を立てて燃えさかる火の玉の出現に、一帯の温度が数度上昇する。 「―――――この国も要らない。全部、燃えてしまえ!」 巨大な火の玉を手の上に掲げるようにして、ファントムは叫んだ。 蜜のような琥珀色の瞳を爛々と光らせ、全てを破壊し尽くすことに至上の悦びを感じている笑みを浮かべながら。 そして、今まさにファントムがその火の玉を眼前の人間達に向かって投げつけようとした、その時。 「・・・・ファントムッ!!」 いきなりに忽然(こつぜん)と空中から現れた黒ずくめの男が制止を掛けた。 「―――――お待ち下さい。 ・・・・この国はメルヘブン支配の為の拠点の一つとして大切です、焼き尽くしてはいけません」 「要らないよ」 「ファントム、・・・理想の世界を作るために現状、奴隷は幾ら居ても足りないのですから。 ・・・・・むやみに減らしては駄目です」 「・・・・・・・・・・・」 再三の制止に、ファントムは黄金色の双眸で目の前に立ちはだかった黒ずくめの男―――チェスの兵隊の参謀であるペタを不服そうに睨め付けた。 「でもペタ。・・・・僕はすっごい今、ココを焼きたい気分なんだけど」 ファントムにとって、ペタが捏ねる理屈なんかどうでもいい。 だって今、ファントムはそういう気分なのだ。 奴隷が減ろうがどうだろうが、そんなことはどうでも構わないのだ・・・・・後で困ったら、それはそれで、何とかすればいいのである。 ―――――ファントム以外の、誰かが。 しかし、ペタは引かなかった。 いつもの無表情のままに首を横に振り、再び諌めるように言う。 「貴方がその状態でARM発動させますと、ここら一帯全てが崩壊してしまいます。・・・・・おやめ下さい」 「え、やだよ。壊したいんだから!」 思い切り不機嫌そうに顔を歪めて、ファントムは言い切った。 実際、不愉快である。 だって、すごく詰まらなかったのだ・・・・せっかく此処まで足を運んだのだから、せめて最後くらいは楽しい事をやりたい。 魔力を強めに発動させた状態のまま、ファントムは黄金色の目を細め、低く声を発する。 「―――――僕のやりたい事を邪魔するなら・・・・幾らペタでも許さないよ・・・・?」 本来なら問答無用で、制止を掛けてきたヤツごと焼き尽くしてやる所。 それを一応止めて、言葉を待っているというだけでもペタは破格の扱いなのだ。 しかし、それにも限度がある。 「・・・・ファントム・・・・」 だがペタはファントムの様子に臆する気配も無く。 軽く溜息をついて、静かに言った。 「―――――─大分、時間が過ぎておりますが」 「・・・・・・・・・・・・・なんの?」 意味が掴めず、ファントムは眉根を寄せる。 「やっぱりお忘れでしたね・・・・・」 嘆くようにペタはまた、首を横に振り。 「どうします? お忙しいようなら・・・・誰か代わりにやりましょうか・・・?」 「?」 「アルヴィスの、・・・・昼食をまだ、おやりになってないでしょう?」 「―――――っ、!?」 ペタの言葉に、ファントムは顔色を変えた。 瞬時に、黄金色に染まっていた瞳もスウッと元の紫に戻り、手の上に掲げていた炎の玉も掻き消える。 「・・・ぺ、ペタ! 今何時!??」 キレイなアーモンド型の瞳を大きく見開き、ファントムは焦ったように叫んだ。 「―――――─そうですね・・・いつもの食事時間よりざっと、2時間は過ぎてるかと」 きっと、とてもお腹を空かせているでしょうね・・・予測していたのか、ファントムの取り乱しように一切驚きもせず、ペタは淡々と答える。 「わあっ! どうしよう忘れてたよ!!!」 ファントムの胸裏を、恨めしげに自分を見つめる可愛い顔が過ぎった。 すっかり、・・・・・忘れていた。 というか、彼の食事までには戻るつもりだったのに。 思ったよりも時間が掛かっていたようだ。 2時間も過ぎていたら、それはお腹を空かせている事だろう・・・・可哀想に! 人間を殺すことには何の感慨も湧かないが、ファントムは自分の愛玩しているペットだけには破格に甘い。 ペタのひと言にファントムはすっかり動揺して、泣きそうな顔をした。 「・・・・ファントムがこちらを焼くのでお忙しいのなら、誰か代わりにやらせますか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 今はそれどころじゃないと分かっているくせに、そんな事を言い出す参謀が憎たらしかった。 「駄目、アルヴィス君には僕しかゴハンあげちゃいけないの! いいよもうここなんて。・・・・帰るっ!」 慌ただしく、指に填めたディメンションARMアンダータに魔力を練り込みながら、ファントムは叫んだ。 もはや、この街や人間達はどうでもいい。 生きてようが死んでようが一切構わないから、とにかく早くレスターヴァへ戻りたかった。 ペタもペタである・・・・・・・・昼食時間に遅れていると分かっているなら、さっさと呼んでくれればいいものを。 そう思いながら少し恨めしそうにペタを見れば、彼はファントムが考えている事を察したのか表情の伺えない顔で口を開いた。 「―――――僕の楽しみを邪魔しないでね? と、貴方がピアスの通信機能を切ってましたので」 連絡は出来ませんでした――――そう説明しつつ、自らもアンダータを発動させる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ファントムは何かひと言、言い返してやりたい気がすごくしていたが、・・・・これ以上アルヴィスのごはんの時間が遅れるのは可哀想過ぎるので保留にする事にした。 帰ったら、・・・・すぐ抱き締めて。 遅れてごめんねって、謝って。 ああでも、――――その前にこの汚れ、落とさないと。 あの子に血なんか見せたこと無いんだから。 ・・・・・面倒、だな。 臭いがとれるまで、・・・・ごはんあげられないよ。 ―――――─殺さなきゃ良かったなあ・・・・・・。 ファントムの意思と行動は、誰にも・・・何者にも制約されず、捕らわれない。 「・・・・・・・・・・・・・」 けれども、たった1人のキメラ(合成獣)の少年にだけは、左右されてしまうのだ。 生まれて初めて知った―――――感情。 甘いような、苦しいような―――――彼の表情や仕草を思い浮かべるだけで、込み上げてくる甘さを伴った想い。 それはファントムに幼い頃から備わり、全てに置いて優先されてきた感情である破壊衝動ですら、・・・・凌駕(りょうが)した。 彼を抱き締め共に過ごす時間こそがファントムにとって至福の時であり、他にはもう・・・・何も要らないとすら思う。 「ねえペタ」 アンダータを発動させながら、ファントムは溜息混じりに言った。 「・・・・・僕もう、殺さないから。 人間触った手でアルヴィス君抱っこしたくないし―――――メルヘブンの事は君に任せるよ・・・・」 「・・・ファントム、それは・・・!」 ペタが何か言いかけるのが聞こえたが、ファントムは構わずにARMを発動させ・・・・・その場を後にする。 彼がファントムの言葉に、賛成だろうとそうでなかろうと―――――それは別にどうでも良い事だ。 司令塔の尻ぬぐいは、参謀がするものと相場は決まっている。 あとの問題は、ペタがどうにかしてくれるだろう。 ファントムは、ファントムの思い通りに、事を進めるだけである。 何故ならファントムにしてみると、アルヴィスの方がチェスよりも数段優先事項なのだから・・・・・。 NEXT −その3−後編 ++++++++++++++++++++ 日記サルベージ第三弾。 1話完結と思ったら、意外と長引いて前後編に分かれてしまいました。 ・・・・冒頭部分が微妙に殺伐とした描写ばかりで、苦手な方には申し訳ありません(土下座) |