『Call me Master?−その1−』










「・・・・へえ。コレは、キメラ(合成獣)? ・・・・キレイだねえ・・・・」


 目の前に差し出された『品物』を見た途端。
 チェスの司令塔・ファントムはその秀麗な顔に嬉々とした笑みを浮かべた。


「レスターヴァの貴族が所有しておりましたが、ファントムがお気に召すかと思いまして・・・」


 その言葉に頷き、艶のない灰色の長い髪をした男―――ペタが説明を始める。


「ご覧の通り、黒猫との融合によって生まれたキメラです。
 猫科の合成ですが、まだ生後四ヶ月足らずですので※馴致(※じゅんち-飼い慣らし))は可能かと」


 言いながら、そっと手にした鎖を引き―――――更にファントムが座る玉座の方へと『それ』を引き寄せた。


 鎖の先には、赤い革の首輪を填められた10歳程度の子供がいる。

 癖が強いのかツンと立ち上がった黒髪と、抜けるような白い肌、長めの前髪から覗く濃い青の瞳が印象的な少年だ。
 人形めいた小作りな顔に、少し吊り上がり気味の大きな瞳、通った鼻筋、形良い唇・・・全体的に華奢で非常に美しい顔立ちをしている事を除けば、何処にでもいる、普通の少年に見える。

 だが、彼を普通の人間と隔てている大きな要素が他にあった。

 通常の、人間と同じ位置にある同形の耳とは別に―――――─頭上から生えた、大きな2つのフサフサとした黒い毛に覆われている・・・・三角形のもの。
 それは、どう見ても、猫の耳だった。
 それに、少年の尻部分から生えている、同様にフサフサとした柔らかそうな毛の生えた長い尻尾も、猫のものに酷似している。


 そう。・・・少年は人間に極めてそっくりだが、人間では無いのだ。


 かつて、メルヘブンの貴族の間では見目の良い子供を捜してきては、自分用の愛玩動物・・・・ペットにする――――という風習が流行した。

 部屋を与えてやり、三度の食事や風呂の世話を使用人にさせ、好みの服や宝石などの貴金属で飾り立て、可愛がる。
 そして、貴族同士でそのペットの見目の良さや躾の良さなどを競い合うのだ。
 もちろん同じ人間なので、夜だって気が向けば寵愛出来る。

 ただ、そのペット達が貴族達の配偶者や愛人と異なる点は、全く人権が与えられていなかったという事だ。

 ペットとして召し抱えられてしまった者達には、もはや自分の意志など存在しない。
 許しが無ければ出掛けられないし、ただ豪華な部屋に閉じこめられて、主人が訪れるのを待つだけ。
 何ひとつ、自由なことなどは無いのだ。
 口答えも、反抗も、何一つ許されない。

 一方的に可愛がられる事を強いられる、奴隷と一緒だ。

 しかし、その内にその風習は同じ人間に対する暴挙であり、大変な悪癖である――――という批評が高まった。

 けれど、どっぷりとその風習に浸かり、それが当然の事だと思っていた貴族達は反発した。
 そして、その批評を免れる為に・・・・ある特殊なARMを開発させたのである。

 それが、『合成』の能力を持つARMだった。

 貴族達は見目の良い赤ん坊を浚ってきては、適当に好みの動物と融合させる。
 そしてその合成体・・・キメラをペットとして愛玩したのだ。

 もちろん、扱いはかつて人間を愛玩していた頃と全く変わらない。
 そうすれば、純粋な人間では無いからと、言い訳が出来るからだったのだが―――――─材料に人間を使っている時点で、依然と何ら変わりはない非道ぶりである。


 合成されたキメラ達は、必ずその融合させられた動物の特徴が身体に出た。
 この少年のように耳や尻尾が出る場合や、顔に紋様が出たりヒゲが生えたり、手足が獣の場合もあり、その特徴は様々だ。

 貴族達の間では、それすらも自慢の対象となった。
 むしろ見目の良い人間を見繕ってきても、合成段階で失敗する事が多かったから、綺麗なキメラは希少価値が高まり人気が沸騰した。

 その過剰な程の人気振りに、貴族相手にキメラを作って売りつける、もぐりの商売人も現れた程である。
 だが、人間を材料にしなければならない事にやはりまた批判が集中し。
 キメラも歪められた出生による体質的な弱さから、その存在の殆どが短命であった事もあり―――――──10数年前に、その風習は廃れてしまっていた。


 今やキメラは、生き残りも無く・・・・・・絶滅してしまったと、思われていたのである。

 大国レスターヴァの貴族とはいえ、それを所有していたのは驚愕に値した。
 しかも、生後四ヶ月・・・・・つい最近、合成されたという事なのだから。








「ふうん・・・?
 キメラの合成魔法はもう、とっくに廃れたと思ってたんだけどねえ。・・・まだARM、残ってたんだ?」


 その少年の姿を興味深そうに、アメジスト色の瞳で見つめながらファントムが言う。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・、」


 その視線に気圧されたのか、少年は居心地悪そうに身動いだ。
 首輪に繋がれた鎖が、チャリ、と玉座の間に澄んだ音を立てる。


「ひとつだけ、残っていた様です。・・・コレを作る時に、壊れてしまったみたいですが」


 ちら、と表情の色など一切浮かばぬ暗緑色の瞳で傍らの少年を一瞥し、ペタは答えた。


「そう。・・・じゃあもう、作れないんだね。
 まあ最後に、こんなキレイなの作れただけ誉めてあげるべきなのかも知れないけど・・・」


 ファントムはますます食い入るように少年を見つめながら、楽しそうに言う。
 その表情は、希少なARMが壊れてしまった事を少しも惜しんではいないようだった。


「生後四ヶ月で、このくらい・・・て事は、赤ちゃんの時に融合されたのかな?」

「――――そうですね。猫の成長速度からいって、赤ん坊の時でしょう。
 恐らく、あと半年ほどで成長は止まるでしょうから・・・・完成体で15〜16歳程度の姿じゃないでしょうか・・・・」


 キメラ化された人間は漏れなく、その合成された動物が生まれた時から成獣になるまでの成長速度で年齢が加速され、成獣になる年月で加齢がストップする。

 つまり、見目は人間なのに成長速度は獣並であり、大抵獣は1年足らずで成獣になるためそこで見目の成長も止まってしまうのだ。
 だからキメラを繁殖させていた商売人は、貴族の好みに合わせて成長を調節する為に赤ん坊の時に融合したり、7,8歳程度になってから融合したりと色々と年齢を変えて合成していた。


「ふうん・・・じゃあ、まだ赤ちゃんだよね。喋れるの?」


 ファントムは、少年の澄んだ大きな瞳を見つめる。


「?」


 鮮やかな濃い青色をした瞳は、不思議そうにファントムを見返すのみだった。

 フサフサの毛が付いた、耳と尻尾のみがぴくっぴくっと動いている。
 どうやら、言葉は理解していないらしい。


「まだ無理でしょう。
 身体の機能的に喋るのは可能でしょうが・・・・人間としての脳がまだ未発達な上に猫の本能が混ざり合っていて・・・恐らく未だ混沌としているかと」


 少年はファントムとペタの顔を交互に見つめたり、繋がれている鎖が邪魔なのか両手で掴んで弄ってみたり、周囲をぐるりと見回してみたりしていたが―――――──やがて飽きたのか、フワァと可愛らしい口を大きく開けてアクビを一つ。

 本物の猫みたいに、床にコロリと身体を横にして、丸くなって眠ってしまった。


「・・・・ご覧の通り、まだ何も理解しておりません。然るべき調教を行った後、よろしければファントムのモノに・・・・・」


「あ、いらない」


 ペタの言葉を遮るように、ファントムは言葉を発する。


「調教はいらないよ。・・・・僕が教える」

「は。・・・しかし、」


 ファントムのセリフに、ペタは少々戸惑った声を上げた。


「この通り・・・まだ言葉も礼儀も、全く理解しておりません。これでは、かなり大変かと・・・・・」

「いいよ」


 けれど、ファントムは丸くなってしまった少年から目を離さずに言う。


「言葉も知らない子に、1から物を教えるって楽しそうだよ。・・・・可愛いし」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「食事もお風呂も寝る時も、他の世話も全部僕がしてあげる。うんと可愛がってあげる。
 ・・・そうしたら、ねえペタ・・・・・・・この子、僕しか見なくなるよね?」

「―――――それは・・・、そうでしょうね」


 ペタの答えに、ファントムはその美貌に満面の笑みを浮かべた。


「どうしてかなぁ?・・・僕、この子は僕だけに縋らせておきたいって、・・・・・そんな気がするんだよね」



―――――だって、こんなに可愛い。可愛くてかわいくて・・・・目が、離せない。



「こんなに飼いたいって思ったの、初めてだよ。
 キメラなんかにも興味無かったけど・・・・・コレは、欲しい」


 言いながら、ファントムは玉座から立ち上がり丸まっている少年の方へと足を向ける。
 そして、その傍らに膝を付いた。


「この子の、・・・名前は?」

「アルヴィスです。首輪に書かれていました」

「ふうん・・・」


 ファントムは少し不満げに、少年の細い首に填められている赤い首輪を見やった。


「アルヴィスか・・・名前はキレイで似合ってるけど。この首輪は無粋だね・・・・」


 そう呟き、おもむろに首輪に手を掛ける。
 大して力を込めた様子も無かったのに、首輪は触れた部分から朽ちたかのようにボロボロと崩れ・・・磨き込まれた床へと繋がっていた鎖ごと残骸をばらまいた。


「君には、もっと可愛い首輪を用意してあげる。
 どんなのがイイかなぁ・・・鈴とか付いてるのがいいかな、可愛くて」


 甘い声で囁いて、そっと白い頬に手を当てる。
 柔らかでスベスベした感触を味わいながら、ファントムは優しげに目を細めた。


「ね。・・・何でもしてあげるよアルヴィス君。たくさん可愛がってあげる。
 ・・・・だから早く、僕に懐いてね・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 少年は頬に当てられた手の感触に、猫の耳をぴくぴく震わせながら僅かに顔を顰める。

 が、起きる気配は無い。
 その少年の身体を、ファントムはそっとそっと、抱き上げた。


「・・ん、抱き心地も良いねvv」


 機嫌良く言って、ファントムは玉座には戻らず自室のある方向へと足を向ける。


「じゃあペタ。そういうことで・・・アルヴィス君は僕が自分で面倒看るから」


 あとで必要なモノ全部、僕の部屋に届けてね―――――─そう言い置くと、機嫌良く鼻歌でも歌いかねない陽気さで、少年を抱きかかえたまま歩いて行った。
 背中でサラサラとした銀髪と、抱えられた少年の黒い尻尾だけがはみ出して揺れている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 それをペタは無言で見送った。

 チェスの司令塔は、基本的に、破天荒で気紛れであり、思い付きで行動する性格だ。
 彼が決めた事に、どんな問題があろうとも・・・・その問題が起こるまでは結局その通りにするしかない。


「言い忘れましたが、・・・・・かなりそのキメラの子供・・・・気が強いのですが―――――───」


 ぽつりと呟いても、その対象ペットも飼い主も、既にこの部屋にはいない。
 多分、甘やかして相当噛まれたり引っ掻かれたりする事だろう。

 果たしてそれで、ファントムは激怒して殺してしまうのか・・・・・それとも。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 恐らく、それでも可愛がるのだろうな、とペタは思った。
 子供を見た時のファントムは、滅多に無いようなお気に入りようだった。

 あの様子では、例え引っ掻かれようが噛まれようが―――――─ご機嫌な気がする。

 まあどのみち、猫のキメラに本気で飛びかかられた所で、チェスの司令塔が怯む筈も無い。しかも、キメラの赤ん坊だ。

 それよりも、あの破天荒なファントムが躾るという事の方が恐ろしいかもしれない。

 一体、どんな恐ろしい存在に成長するのか・・・・・。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっちの方が問題だな」


 そう1人ごち。

 ペタは静かにファントムの去った方を見つめたまま・・・・・心なしかガックリと肩を落とした―――――─。






NEXT −その2−

++++++++++++++++++++
日記からの、サルベージ。
にゃんこネタです。
コレ書いた時点では、続き書く気は毛頭無かったんですが・・・・意外にもご好評頂けたので、第二弾、第三弾まで書いちゃいました(笑)