『逆転の発想−後編−』















 ――――――――――ずっと『ある目標』に向かって、それを叶えるために努力して。

 ・・・その目指すべきモノを見失った時に感じる気持ち、俺は知っているから――――――――。






「・・・・・・・・・アルヴィスさん・・・・」


 アルヴィスの言葉に、インガは思わず彼の白い手の甲へと視線を走らせた。
 親指以外、全ての指にリングがはめられたその手をかつて彩っていた、禍々しくも色鮮やかな赤いタトゥの痕跡はもう何処にもない。

 6年前、ミラー状になった月を通してすら、アルヴィスのの身体を蝕むその呪いはハッキリと確認出来るほどに成長していたのだが―――――――・・・チェスの司令塔ファントムの消滅により、今は完全に消えている。


「・・・・・・・・・俺はファントムを倒すことだけ考えて、ずっと生きてきた。・・・正直、それに囚われすぎて・・・・・その後にどうするかなんて・・・考えてもいなかった」


 自分の手の甲を顔近くまで引き寄せ、見つめながらアルヴィスは苦笑を浮かべた。


「・・・おかしいよな? ファントムを討って、呪いを解いて。それはすごく嬉しいし喜ぶべき事で、俺はそれを望んでいた筈なのに。・・・・でも、その後の俺はずっと、・・・・空っぽになってしまった」

「・・・・・・・・・・・・・」

「ずっと、そればかり考えていたから。・・・俺は他に何をしたいのか分からなくなってしまったんだ。やるべき事を見失った・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「だから、・・・クロスガードの任務が忙しかったり、・・・不謹慎だけどバッボやカイのことで協力出来たのは嬉しかったんだ。何かに一生懸命に没頭している間は、おかしな事も考えないで済むしな?」

「・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスの言葉を聞きながら、インガはそっと手にしていた銀製の鎌を模したペンダントトップを握りしめる。

 今まで僭越(せんえつ)過ぎて考えた事も無かったが―――――――・・・・自分とアルヴィスは何処か重なる部分があるような気がした。
 境遇も、動機も、その為に費やしてきた時間や想い、そして度合いだって全然比べようもない程違うのだろうが・・・・・・重なる感情がある。


「・・・・・・・・・・・・・・、」


 けれど、それを口にしてしまうのは流石に生意気過ぎる気がして、インガは口をつぐんだままでいた。
 そんなインガに、アルヴィスが柔らかく微笑む。


「・・・・お前も、だろ・・・インガ? お前も、・・・・ウンヴェッターを討てず、精算出来ていなかったという一族の雪辱を何とか晴らしたいと想い続け・・・・そしてそのチャンスを掴み、ついには想いを遂げた。――――――でもまだ、それらに拘ってるんじゃないか?」

 俺がファントムに未だ拘っているのと同じように――――――・・・そう言って、アルヴィスは何処か遠い目をした。
 その視線はインガを通り越して、はるか過去を眺めているようだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 インガの知らない、何処か遠い過去の記憶。
 その透けるように美しい青の瞳で、アルヴィスは昔を懐かしんでいる。

 敵同士、・・・・だった筈だ。
 幼い頃に、残酷な呪いを受け――――――・・・・それを解く為に躍起になって、自分を犠牲にしながら頑張ってきた人の筈だ。
 この世界、メルヘブンをこよなく愛し・・・・それを守るために、壊そうとしている元凶を倒す為に傷付きながら戦っていた筈だ。

 それなのに。

 目の前のアルヴィスは、まるで遠い過去を慈しむかのような優しい顔をしていた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 インガの胸が、ズキリと痛む。
 アルヴィスに、そんな表情(かお)はして欲しくなかった。

 他の誰かのことで、そんな風な顔をするアルヴィスを見るのは嫌だった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 自然とまた俯いてしまったインガの手に、何かが触れる。


「! ・・・・・・・っ、・・・!?」


 何かが近づいた気配にバッと顔を上げれば、アルヴィスが間近に来てインガの手を握っていた。


「・・・ア・・アルヴィス・・・さん!?」


 狼狽えて、声が裏返ってしまう。


「・・・だから、これはお守り。
そんな簡単に、一族のことを誇らしく思うとか・・・・自分に流れている血のことを好きにはなれないだろうけど。
でも、少しずつでも好きになれるように。
インガにまた新たな希望が生まれますようにって・・・・そういう願いを込めたお守りとして、持っていて欲しいんだ」


 至近距離でアルヴィスが笑い、ペンダントを握りしめたインガの手の上から重ねるように、自分の手を両手で包んできた。


「俺もだけど、俺たちは・・・・いい加減過去に囚われるのはやめて、前に進まないといけないしな?」


 肩をすくめ、悪戯っぽく舌を見せながら笑う姿が強烈に可愛らしい。


「・・・・アルヴィスさん・・・・・・・」


 ようやく、アルヴィスが自分にこのモチーフのネックレスを贈った意味を理解し、インガは再び嬉しさが込み上げてきた。


「・・・ありがとうございます・・・・・!!」


 嫌がらせでも何でもなく―――――――アルヴィスは本当に純粋に、自分のことを思って贈ってくれたのだ。
 それも、インガの立場や今までの事を考え、思いやって――――――自分の感情と重ね合わせてまでしてくれて。

 そう思えば・・・・・なんて素敵で、これ以上無い程に素晴らしい誕生日の贈り物だろうか。


 しかも、他ならないアルヴィスからのプレゼントなのだ。



「ボク、・・・大切にします!! ずっとずっと、身に付けて、・・・・大事にしますから!!!」


 握りしめていたペンダントトップを、更にぎゅっと力を込めて握りながらインガは頬を紅潮させて宣言する。
 その様子に、アルヴィスは嬉しそうな表情を浮かべた。


「喜んでくれて、俺も嬉しいよ。カルデアまで出向いた甲斐があった」


 言いながら、アルヴィスはインガの手を包んでいた手を頭へと乗せてきた。
 そして、子供にするように優しい仕草でポンポンと撫でてくる。


「インガには期待してるんだ。・・・強くなる素質があると思うし、・・・・将来立派にこの世界を守ってくれそうだからな!」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 キレイで、どちらかと言えば冷たい印象を受ける顔立ちなのに――――――・・・こうして笑っている顔は、本当に可憐で可愛らしい。

 自分より6歳も年上である彼にそれは失礼だとは思うのだが、思ってしまうのだから仕方がない。
 年相応に、6年前に憧れていた頃より格段に大人びた美貌となったけれども、アルヴィスは笑うと途端に幼い印象になる。

 きっと、・・・インガがまだ見たことのない、アルヴィスの表情は他に幾つもあるだろう。
 笑った顔だけじゃなくて、怒った顔とか照れてる顔とか、拗ねた顔とか、・・・・・泣いてる顔とか。

 こうやって頭を撫でられ、子供扱いされている内は決して見れないだろう、・・・・アルヴィスの表情(かお)が幾つも。




 ―――――――今のままでは、アルヴィスは決して自分を対等な存在としては見てくれない。





「・・・・アルヴィスさん、・・・」


 自分の頭を撫でている、アルヴィスの手を取り。
 インガは、その手にそっと触れた。


「ボク、・・・・強くなりますから」

「ああ、期待してるぞ」


 インガの言葉に、アルヴィスは頼もしそうにじっと此方を見つめてくる。
 その優しげな表情は、年下の者へと向けた慈愛の顔だ。


「ホントに、強くなります。・・・ボクにはもう、次の目標がありますから」

「そうなのか。・・・・それは頼もしいな」

「ええ。・・・ボクの全てで守りたいモノがあるんです」


 間近な距離で、自分を映す青い瞳を見据えながらインガは宣誓するように言う。


「守りたいし、・・・・何処か他の、遠い場所を見ているヒトを振り向かせたいですから。ボクを見て欲しいんです」

「・・・・・・・・・インガ・・・・・・、」


 濃く長い睫毛に縁取られた青い瞳を、ぱちぱちと瞬かせて此方を見るアルヴィスは、インガの言わんとしている言葉の意味を恐らく把握していない。

 無防備にインガを見つめ、怪訝な表情を浮かべていた。


「だからボク、・・・強くなります。・・・・ついでじゃなくて、・・・・ちゃんとメインで・・・お菓子を頂けるように・・・・!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・え・・・?」


 驚きで、僅かに表情を崩したアルヴィスの腕を、ペンダントを握っていない方の手でそっと捉え。
 インガは背伸びして、頭1つ分ほど高い彼の唇へ自分のそれを押しつけた。


「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・っ・・・、」


 柔らかな感触が唇に伝わるのと同時に、アルヴィスが青い瞳を零れ落とさんばかりに大きく見開くのが見えた。

 触れたのは、ほんの一瞬。

 けれど、まるで時間が止まってしまったかのような、永遠にも感じられる長い時間(とき)が経ったようにインガには感じられた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは、予想に反して怒らなかった。
 いや、怒るのも忘れる程に驚いたのだろうか。
 それとも、あまりの失礼さに怒りすぎて反応出来なくなっているのか。

 ゆっくりと自分の唇に指を伸ばし、アルヴィスはそのまま固まっている。
 視線は呆然と、インガに固定されたままだ。


「・・・・・ボク、本気です・・・・。今のボクじゃ、アルヴィスさんには物足りないでしょうけど。でも、必ずアルヴィスさんの目に適う男になりますから!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「アルヴィスさんに、ボクを見て欲しいんです・・・ボクだけを。だから、その為ならボク・・・・強くなりますし、何だって出来ます・・・・」


 大胆な事を言っているという、意識はあった。
 とんでもない事を言ってしまっているという、自覚もある。
 顔は真っ赤になっているだろうし、・・・・声だって上擦っている気がする。

 けれど不思議と、頭の中は冷静だった。

 ―――――――言っている内容に、嘘偽(うそいつわり)りは欠片も無い。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは、ただ黙ってインガを見つめていた。
 表情の一切が消えたそのキレイな顔は、本物の人形のような印象を与える。


「今は、・・・・好きだって言う資格ないですよね。でも必ず、アルヴィスさんに振り向いて貰えるようになりますから! その為にボク、頑張ります」


 言葉を続けながら、本当は言うべきじゃないんだろうという想いがインガの頭をかすめた。
 こんな事をいきなり言われたって、アルヴィスの立場なら困るに決まっているのだ。

 せっかく少しは気に掛けてくれているというのに――――――・・・、『キミ』から『オマエ』と、ほんの少しは親しげに話しかけてくれるようになったのに・・・。
 こうして、ついでとはいえ『ばれんたいん』なるお菓子をくれて、誕生日の贈り物まで、ちゃんと考えた素敵なモノをくれるような間柄になれたのに。

 インガの告白で、それら全てが壊れてしまうかもしれない。

 それでも、今・・・・言わずにいられなかった。
 アルヴィスのあの、何処か遠くを見つめている瞳と――――――・・・自分への子供扱いそのものな態度を比較してしまったら、どうしても。



 自分の全てを賭けて、アルヴィスを守りたいと思う。

 自分だけを、そのキレイな目に映していて貰いたいと願ってしまう。

 彼の1番近くに在るのは、自分でありたいと強く想う。



 今はまだ、彼に追いつけず。

 守るどころか庇われる立場だろうけれど・・・・・・・・・・・、いつかは必ず。

 自分が支え、・・・・・守りたい。



「ボクまだ、・・・全然アルヴィスさんに追いつけてないですけど・・・でもいつか必ず・・・・。だからそれまで、・・・・・」



 ―――――――待っていてください。

 誰のモノにもならないで、ボクを待っていてください――――――。



「・・・・・・・・・・・・・・・、」


 そこまでは流石に言えず、インガは口籠もった。
 急に恥ずかしくなってきて、またアルヴィスから目線を反らして俯く。

 視界の端で、アルヴィスが動くのが見えた。


「・・・・・っ、」


 呆れて、立ち去るのかもしれない・・・・そう考えてインガは身構える。

 当たり前だ――――――そうされて当然の言動をしてしまった。
 今更ながらに、後悔が胸を過ぎった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 思わずぎゅっと目を閉じて、その瞬間に耐えようとしたインガの両肩に、アルヴィスの手が置かれる。
 ふわりと、アルヴィスがインガの方へ重心を掛けるのを感じた。


「・・・・・・・・・?」


 額に、アルヴィスの唇が軽く触れる。


「!!?」


 ドクン、と心臓が跳ね。
 インガの身体が硬直した。


「―――・・・・っ、・・!!!?」


 衝撃に、また息を止めてしまう。


「・・・・待ってる」

「・・・・・・・・・・、」


 すぐに唇を離し、短くそう言ったアルヴィスの言葉に、耳を疑った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 呆然としたまま顔を上げてアルヴィスを見つめれば、少し照れたような苦笑いを浮かべた彼と目が合う。


「俺の目を、お前に向けさせてくれるんだろう・・・?」


 いつもインガに向けるのと変わらない、優しい微笑み。
 だが、白い頬には微かに赤みがさして、少しだけ自分を見る瞳の色も違うように感じた。


「・・・・待ってるよ。・・・そういう意味でも、俺はインガに期待しておく事にする」

「・・・・・・・・・・・・・」

「誕生日じゃなくて、バレンタインの意味で、俺がお前に菓子を渡せるように・・・・頑張ってくれ」

「・・・・・・・・・・・はい・・!!」


 アルヴィスが肯定してくれたというのに、インガはそれしか答える事が出来なかった。
 胸が詰まって、ドキドキして苦しくて・・・・嬉しすぎて、・・・声が出なかった。

 まだまだ、これから。
 返事を貰えた訳でも、好きだと応えてくれた訳でもなく。

 ―――――――単に、待っていると言ってくれただけだ。

 けれど、アルヴィスは待っていてくれると言ったのだ。
 単にメルヘブンを守る将来の担い手として期待してくれているのじゃなく・・・・・インガ本人を待っていてくれると。

 インガのアルヴィスへの気持ちを知って、その上で・・・・待っていてくれると言ったのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 ぎゅうっと、一族の紋章であり今まで忌まわしき想いの象徴でもあった『死神の鎌』のペンダントを握りしめる。
 逆さになった鎌が意味するモノは、『希望』。

 アルヴィスが言ったとおり、このネックレスはインガに希望を連れてきてくれたのかも知れない。
 絶望は、逆位置になれば、希望を意味するのだ。


「・・・・・待ってるからな」

「・・・はい、・・・必ず頂きます・・・!!」


 どことなく照れた様子で繰り返すアルヴィスに、インガは心からの笑顔で頷いた――――――――――。












 NEXT Epilog


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言い訳。
甘くしようと思ったんですが、微妙になんだか訳の分からない話ですね(笑)
バレンタインのネタなのに、なんだか全然生かせてません(笑)
メルヘブンにバレンタインの行事が無いにしてもこれは・・全然バレンタインなイメージの話になってないですね〜〜><
あんまりにも不本意に甘い二人が書けなかったので、駄文をEpilogとして追加してみました☆