『逆転の発想-前編-』






「え、・・・ばれん・・・たいん・・・・?」


 受け取った、2つの小さな包みを大切そうに両手に乗せたまま。
 インガは、相手が口にした言葉をオウム返しに呟いた。


「そう、バレンタインだ」


 目の前の人物はキレイな顔に笑みを浮かべ、楽しそうにインガを見つめている。


「・・・・・・・・・・・・・」

 
 青みがかった黒髪。
 両手ですっぽり包めてしまいそうな、小さくて白い顔。
 深く澄んだ色合いを見せる、鮮やかな青の瞳。
 スッキリとした高い鼻梁に、形良い唇・・・・・繊細に整った、人形みたいにキレイな顔立ちの彼は、数ヶ月前に逢った時と少しも変わらない。

 インガが密かに憧れ片思いしている、6年前のウォーゲームでの英雄の1人、アルヴィスだ。

 用事がない限り、滅多にこうしてカルデアには足を運ばない彼が訪れてくれるのは純粋に嬉しい。

 ―――――嬉しい、・・・・のだが。


「・・・・・えっと、・・・・・」


 訪れるなり、アルヴィスが自分にくれた包みを手にしたまま。
 インガは、なんと口を開けばいいのかと迷った。



 ―――――今日はインガ、お前の誕生日だろ。

 バレンタインだし、これやるよ・・・・。



 アルヴィスはそう言って、インガに包みを渡してくれた。

 何気なく言った誕生日を覚えていてくれた事も、ましてプレゼントなどくれるのは、飛び上がりたくなった程嬉しい。
 祝ってくれるどころか、こうしてカルデアにまで来てくれる事だって予想していなかったし、インガにしてみればアルヴィスの顔が見れただけでも最高の誕生日プレゼントだ。

 だが。

 『ばれんたいん』とは一体、何のことだろう??


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 もしかして、普通は知っていなければならない事なのだろうかと焦る。
 それなりに書物などを読みふけっているから、一通りの知識は持ち合わせていると思っていたのだが・・・・『ばれんたいん』などという単語は聞いた試しが無い。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスのキレイな顔を見つめながら、インガは内心で酷く焦っていた。
 恋い慕っている相手に、無知な人間だとは思われたくなかったから必死で考える。

 けれど、何にも思いつかない。

 脳裏で懸命に考えを巡らせるが、何も引っかかっては来なかった。
 かといって、アルヴィスに問うのも憚(はばか)られ――――――・・・インガは途方に暮れた。

 しかし、こうしていても埒(らち)が明かない。
 意味を分からないまま受け取ってしまっては、アルヴィスの意向に背くことをしてしまうかも知れない。

 それは、無知なことで呆れられてしまうより、インガにとって恐ろしかった。


「・・・あの、・・・その、・・・すみません・・・『ばれんたいん』というのは・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・、」


 恐る恐る口にすれば、アルヴィスがキョトンとした表情になり。
 それからすぐに、照れたような可愛らしい笑みを浮かべた。


「ああ、・・・悪い。インガは知らないよな。・・・バレンタインというのはギンタが帰った元の世界での行事の事なんだ」

「・・・・・・・・・・ギンタ・・・さんの世界の・・・行事・・・・?」

「何でも、チョコレートとかいう甘い菓子を贈る日なんだそうだ。俺たちメルのメンバーはギンタの影響で毎年贈ったり贈られたりしてたからそれが当たり前になってたんだが・・・・俺たち以外は知らないんだよな、ごめんごめん」

「・・・・そうなんですか・・・・」


 アルヴィスの説明に、インガはホッと胸をなで下ろす。

 異世界から来たギンタから伝わった行事なら、『バレンタイン』なるものを知らなくても恥ずかしい事では無い。
 これでようやく、アルヴィスからプレゼントなどを貰えたという今までの人生で最高の喜びに酔うことが出来そうだ。


「2月14日の今日がそのバレンタインで。好きな相手に、その菓子を贈る日なんだそうだ」


 だが、サラリと付け加えられたアルヴィスの説明内容に、またインガの心臓が別意味で跳ね上がる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇ!!??」


 思わず、素っ頓狂な声を上げて。
 貰ったばかりの大切なプレゼント達を取り落とす所だった。



 ――――――いま。

 今、・・・・好きと。

 好きな相手に贈ると、・・・・そう言いましたかアルヴィスさん!!!???



「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ドキドキドキドキドキ。

 心臓が、別の生き物みたいに激しく脈打つ。

 呼吸と、鼓動が、咬み合わない。
 息を吐くのを忘れて、ただひたすら、酸素を取り込もうとしてしまう。

 インガは真っ赤になって、言葉を何も口に出せなくなってしまった。

 ―――――――こんな、棚ぼた的にラッキー過ぎることが誕生日に起こってしまっていいのだろうか?


「・・・・・・・・・・・・・」


 6年前にウォーゲームで戦う彼を見て以来、ずっとずっと、憧れていて。
 初めてカルデア宮殿を訪れてくれた時に、実際に出逢って―――――――・・・恋をした。

 けれど年齢差も実力差も、経験だって違いすぎるアルヴィスに、想いを打ち明けることなど出来なくて。

 ただひたすら、・・・・・・彼のことを見つめ想い続けるしか無かったというのに。
 アルヴィスもまた、インガのことを好きになってくれていただなんて、・・・・・そんな都合のいい話があっていいのだろうか?



 ―――――――どっかに落とし穴がありそうだよ・・・な・・・・・?(汗)




「それでインガは、今日が誕生日って言ってたろ? だから丁度いいなって思って・・・・」


 けれどそんなインガの気も知らず、アルヴィスは機嫌良さそうに話を続けている。


「こっちの世界はちょこれーと、なんて類の菓子は無いからな・・・渡したのは普通の焼き菓子だけど。それで我慢してくれよな?」


 屈託無く笑いながら言ってくるその顔が、強烈に可愛らしい。


「え、いえ!! そんな、・・・ボク・・・・アルヴィスさんからそ、そんなバレンタインを貰えただけで・・・・っっ!!!」


 興奮も覚めやらぬままインガが赤い顔でそう答えれば、―――――――やはり落とし穴はあった。



「そうか? ・・まあメインはもう1個の方だからいいよな! ・・・そっちはついでだし」

「・・・・・・・・・・・、」

「誕生日プレゼントあげるついでに、バレンタインだから持ってきただけだしな」

「・・・・・・ついで・・・・」


 やはり。

 そんな都合の良い話が、早々転がっている訳も無かった。
 バレンタインには告白のような意味合いがあるらしいが、・・・・アルヴィスがインガに対してそういう想いを込めて菓子をくれた訳では無いようである。


「・・・・ありがとう、・・・ございます・・・・」


 それでもまた、力無く礼を言い。
 インガは包みへと、目線を向けた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 甘いモノは本当は苦手だが、他ならぬアルヴィスがくれたものだからちゃんと食べようと思う。
 先ほどカンチガイしてしまった分、・・・ほろ苦さも味わえて少しは甘みが緩和される事だろうし・・・・。


「・・・・・こっちは、・・・開けてみてもいいですか・・・・?」


 触った柔らかな感触で、中身が菓子だろうと判断できた包みを脇に抱え。
 インガはもう一つの手の平サイズの包みを、アルヴィスの方に掲げた。

 数秒前までは、菓子がものすごい大切な意味合いを持ってしまっていたから、そっちのけになっていた方の包みである。

 アルヴィスが頷いてくれたので、インガはその場で丁寧に包み紙を開けた。


「・・・・・・・・こ・・・・れ、・・・?!」


 そして、小箱の中身に目を見張る。


「ARMにしようかなって思ったけど。・・・・カルデアに住んでるお前にそれも何だよなと思って。・・・・それは別に何の魔力も込められてる訳じゃないし、特別な力は何もないけど、・・・・インガにあげたいなって思ったんだ・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 小箱の中身に、インガはそっと触れた。

 箱の中身は、銀製のネックレスだった。
 いぶし銀の黒い柄が特徴的な、・・・・鋭い鎌が逆さになった形のペンダントトップ付きの。


「そのモチーフ、・・・・インガの持ってるARM『冥王の鎌』に似てるし・・・・インガの一族の紋章も、『死神の鎌』を模したモノだって・・・前言ってただろう?」

「・・・・・・・・・はい・・・」


 顔を俯かせながら、インガは肯定した。

 死神の鎌を模した、一族の紋章。
 それは、祖先のウンヴェッターを恥と思い身内の不始末を精算出来ずにいたインガ達一族にとっては、・・・・・・決して誇れるべき象徴では無かった。

 いくら敬愛し片思いしているアルヴィスからの贈り物でも、身につける気分にはなれないモチーフだ。
 ――――――――柄に鎖が絡められ鎌が下になっている、一族の紋章とは逆位置な事だけは少し救いになっているが。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスが、自分の誕生日を覚えていて。
 あまつさえ、プレゼントまでしてくれたのは本当に嬉しい。

 けれども、それが何故これなのか。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 予想外の幸せな展開に酔っていたインガの心は、急速にしぼんでいく。

 アルヴィスだって、インガが自分たち一族に対してどんな感情を持っていたのか知らない筈は無いのに。
 カルデアに生まれた者達がどんな掟に縛られ、どんな風に思い詰めているのか・・・・知っている筈なのに。


「・・・それ・・・・」


 アルヴィスは俯いたインガを暫くじっと見つめていたが、やがて口を開いた。


「・・・・・紋章と違って、逆さになってるだろ? ・・・・死神の鎌って・・・・本来は不吉の象徴だよな」

「ええ。・・・・占術用のカードでは、死の象徴だったりしますね。こんなのを紋章にしてるから、あんな不始末を犯すような祖先が生まれたのかも知れませんが・・・・・」


 アルヴィスの言葉に、インガは占術用のカードに描かれた黒衣の骸骨が鎌を構えている姿を思い浮かべつつ、投げやりに答える。

 ますます、そんな事にまで考えが及んでいながらアルヴィスが自分にコレを贈った意味が分からない。
 もしかして、本当は嫌われているのかも知れない・・・・などと悲しい結論も思いついてしまって、余計に気持ちがすさんだ。


「占術のカードの事を知っているなら、話は早い」


 けれど、アルヴィスは相変わらずニコニコと可愛らしい笑みを浮かべたまま話を続けてくる。
 その様子には少しも、インガを憎く思っている風などは伺えなかった。


「カードで、正位置にある死神は絶望や死、・・・不吉の象徴でしか無い。でもな、インガ・・・・・逆位置のカードの意味は違うんだ。知ってたか?」

「・・・・・・・・・・・いえ」


 鎌を掲げた黒衣の骸骨は、不吉の象徴。

 それ以外の意味など、考えたことも無かった。
 逆位置だったら、どうだというのだろう。

 絶望や死じゃないとしたら、・・・・・悪とか、破滅とか、終焉とか?
 ・・・・どう考えても、良い意味とは思えない。

 ARMとしては魔力の強さに繋がるイメージがある象徴にもなるだろうが、一般的なイメージからいえばマイナスのしか思い浮かばなかった。


「逆位置のカードは・・・・・・・・・・」


 目線を落としたまま首を振ったインガに、アルヴィスは先ほどと真逆に予想外な言葉を口にする。


「・・・・・・・・・・希望や、危険の回避、そして再生を意味する」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「だから、その逆位置の鎌は・・・・・インガに相応しいかなって思ったんだ」


 そう言って、また笑ったアルヴィスの顔をインガは呆然として見つめていた――――――――――。


 





 NEXT 後編



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言い訳。
後編に続きます(笑)
出来れば明日、アップしたいですね(笑)
インガの一族の紋章が死神の鎌とかってのは、ねつ造でs(殴)
メルヘブンにタロットカードがあるかも怪しい・・・ていうか多分、無いでしょうけど、これもねつ造方向で!!(笑)
後編はちゃんと、ハッピーバレンタインになるよう頑張ります・・・!