ACT4 「ねえアルヴィス・・・・君が、僕の気持ちをわかってくれるのはいつなんだろうね?」 寝台の上でバスローブごと抱きかかえている少年の、まだ湿った黒髪を優しく撫でながらファントムは優しく話しかけた。 「・・・・・・・・・・」 人形のように美しい少年は微動だにせず、ファントムの問いには答えない。 彼が従えるのは直接の具体的な指示だけで―――――─感情面の繊細な部分の問いかけには対応できないのだ。 「僕はね、・・・・君と初めて逢ったとき・・・・君は否定するんだろうけれど、君に『運命』を感じたんだよ」 淀んだ空気・腐敗した世界・堕落した人々―――――─この世は何もかもが腐っている。 そんな中で、何故か、目の前に立ちはだかった小さなちいさな少年だけが、キレイに見えた。 怖いのだろう、震えながら。 怯えて、顔を青ざめさせながら。 けれども、決して逃げようとせず・・・・・此方を睨み付ける目が、とてもキレイだった。 空も海も土も、人間も・・・・全てが汚い中で、彼の鮮やかな青い瞳だけが、とても美しかった。 「―――――・・・一緒にいたいって、思ったんだ」 言い聞かせるように話しながら、指先でサラサラと湿って冷たい髪を梳く。 「思ったから・・・・タトゥを付けたんだけどね、6年前。けど今は―――――」 一時も離せないくらい、もっと君が欲しいんだ。 そう囁いて、抱きしめている少年に頬をすり寄せる。 「僕たちはずっと前・・・・前世ではひとつの命だったのかも知れないね」 だって、離せないから。 離れたら、息も出来なくなってしまいそうだから。 君が居ないと、寂しい。 君が居ない事だけが、―――――寂しい。 「元々ひとつだったのに、離れちゃったから―――――─僕は不安定で、世界を壊したくなってしまったのかも知れない」 君さえいてくれれば、・・・・・・僕は満たされる。 「・・・・ホントは、メルヘブンもキングもクイーンも・・・・チェスもどうでもいいよ」 必要なのは、君だけだから。 「―――――でも、君はそうじゃないんだよね」 柔らかな前髪を掻き上げ白い額に口付けし、ファントムは苦笑した。 「暗示が解けたら、君は僕を殺したいんだよね。呪いを解きたいんだから」 「・・・・・・・・・・」 「僕がいなくなる事こそが、・・・・君の幸せなんだよね」 それが君の望みなら―――――叶えてあげるべきなんだろう。 「君は、動く時間(とき)の中で生きる方がいいんだよね」 僕がその、成長していく君を見ることは出来ないけれど。 かつて恋人だった彼女も・・・・・止まった時間は嫌だと言った。 確かに好きだった彼女の言葉ですら、僕は聞く耳を持てなかったけど―――――───でも今、僕は君の為なら時間を動かしてもイイと思ってる。 「年を取って、声も身体も・・・・考え方も生き方すら・・・・時が移ろう内に今の君と違っていくかも知れないけど―――――───それでも僕は・・・・、君が好きだよ」 いつまでもいつまでも 君を想うよ 君の事 君の事想うよ 時間(とき)がもし 何もかも 変えていっても 君の事を想うよ 「―――――─暗示を掛けてでも、君を傍に置きたいと思ったんだけど・・・」 「・・・・・・・・・」 身動ぎもしない、キレイなだけの存在を見つめファントムはまた、苦笑した。 「僕はやっぱり、君の強い光りを宿した目が一番好きだ」 「・・・・・・・・・」 無理に心と身体を手に入れても、やっぱりそれは『彼』じゃないから。 欲しいのは、本当の君だけだから。 「・・・・・僕の永遠を終わらせるなら、やっぱりそれは君の手がいいよ」 だってもう、自分には何も無いから。 腕の中の少年に比べれば、どうでもいい存在だけれど欲しがっていたメルヘブンは手に入らないし。 チェスも壊滅状態だし。 ウォーゲームに負けてしまった今、自分に残されたものは何もない。 自分にとって、どうでもいいものばかりが残っている。 そして、この少年を手放さなければならないのなら―――――───。 永遠に手に入らないのならば、自分という存在だってもういらない。 「・・・・僕の永遠が終わるなら、やっぱりそれは君の手がいいよ」 穏やかな口調でファントムはそう繰り返し・・・・・物言わぬ少年の唇にキスを落とす。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 光を失い虚ろな瞳をした少年は、その色鮮やかな青の双眸に銀髪の青年を捉えたまま―――――───ゆっくりとその長い睫毛を伏せた。 ―――――僕の永遠を終わらせるのは、君の手がいい――――― Next 5 |