ACT5 ―――――僕の永遠を終わらせるのは、君の手がいいよ――――― 混濁してハッキリしない意識の中、彼が優しい手つきで髪を撫で・・・・囁いてくれた言葉を覚えている。 壊れ物に触れているような繊細な手つきで髪を撫でて、とても優しい目をしていて、とても柔らかな声だった。 残虐非道の限りを尽くし全身を鮮血に染めきった悪魔のような男と、同一人物だとは思いたくない程に。 元来持ち合わせていた神々しい程の整った美貌と相まって、天使に抱かれているような―――――─気さえした。 憎くて憎くて堪らない、殺さなければならないたった1人の存在だったのに。 本当の彼はとてもとても―――――─繊細で優しくて、寂しがりやな人間だった。 彼にとっては、チェスも世界も殺戮も、本当はどうでも良かったのかも知れない。 ただ、彼を受け入れてくれたのがキングとクイーンで・・・・彼らがそれを望んでいたから、叶えてあげようとしただけだったのかも知れない。 数少ない、彼を受け入れてくれた人達が、望んだから。 何が正しくて何が間違っているのか―――――─彼の周囲の者は誰も、彼に教えなかったのだろう。 そんな本当の彼に気づけたのに―――――─自分は、彼を救えなかった。 「ファントム・・・・」 ―――――僕の永遠を終わらせるのは、君の手がいいよ――――― 殺したくなかった。死んで欲しく、無かった。 タトゥが完成しようと、何だろうと・・・・・・彼を殺したくなかった。 仲間達にそしられようが、世界中から非難を受けようが構わなかった。 だけど、彼が。 躊躇う自分の腕を掴んで、―――――───。 永遠ノ命ヲ破壊スル鍵ヲ、差シ込ンダカラ。 アルヴィスの自由と、自分の永遠を引き替えに。 「でも俺は・・・・・死んで欲しくなかったんだ・・・・」 海辺にほど近い、緑なす森の中、ひときわ大きな木の根元で膝を付き、アルヴィスは呟いた。 綺麗な花が咲き乱れるこの場所で、『彼』は眠っている。 「死んで欲しく・・・無かったんだぞ」 眠っているように安らかな顔をして、自分の腕の中で息絶えた『彼』を今でも鮮明に覚えている。 「あれから・・・・・お前が死んだ後、色々、あったんだ」 柔らかな芝生を撫で、彼を埋葬したと思われる場所の傍らに腰を下ろす。 「・・・ダンナさんが生きてたと思ったら、それはダンナさんの身体を乗っ取ったオーブの仕業だったりとか、俺たちのメンバーが次々と殺されたり・・・って俺もだけど・・・・・つか、あの時お前とロランが現れた気がしたけどアレはやっぱり幻想だったのかな・・・・? まあ分からないけど、本当だったと思いたいな・・・・」 隣に『彼』が居るように、アルヴィスは話し続けた。 「―――――─で、ホント色々あったんだけど・・・・バッボって凄いよな・・・俺たち、バッボのお陰でギンタに生き返らせて貰ったんだぜ・・・?」 ―――――─あのまま死んでたら、お前のトコ行けるかと思ったんだけど。 「そのギンタも、めでたく生き返ったダンナさんも元の世界戻ってさ・・・・俺も呼び出した責任あったから、一安心したんだ」 メルヘブンにも平和が戻ったし、お前の後始末というかチェスの残党がチラホラ現れるから、それを撃退するくらいしかする事なくて。 すっかり暇になっちゃったんだぞ・・・・なんて事を、口にしてみる。 「そうそう、ロランも生き返ったからさ・・・・たまにココ、来てるみたいだな? こないだ逢った時そう言ってたから」 嬉しいだろ? そう続けて―――――アルヴィスはその整った顔に苦笑を浮かべた。 「・・・・お前さ、俺に言ってたよな?」 ―――――─僕たちはずっと前・・・・前世ではひとつの命だったのかも知れないね 「あれさ、今なら俺も・・・・そう思う」 だって今、傍に『彼』がいない事が、こんなにも辛い。 『彼』がいないという事が、こんなにも寂しい。 本当は―――――いつだって、聞こえていた。 自分を呼ぶ声。 いつだって いつだって 聞こえているよ 僕の名を 僕の名を 呼ぶ声 どうかもう 泣かないで 君の想いは 伝わっているから もぎ取られた半身。 それは、『彼』だったんだろうと思う。 永遠の命を欲しいとは思わなかったけれど、『彼』とは一緒に生きていたかった。 もし生まれ変わる事が出来るのなら、来世こそ一緒にいたいとそう思う。 一緒にいよう? そう笑顔で言われ手を差し伸べられたら―――――迷うことなく、自分は『彼』の手を取るだろう。寂しがりやな、『彼』の手を。 「・・・でも、俺まだ生きるだろうからな・・・・生まれ変わっても無理かな・・・」 樹に上体を預け、ゆっくりと目を閉じる。 森を吹き抜ける風が心地よかった。 このまま、自分の身体も風になって、森に溶けてしまえばいいと思う。 そうすれば自分はずっと此処で・・・・『彼』の傍から離れることなく一緒に居られるだろうから。 もう寂しくないし、寂しい想いをさせる事も無いだろうから。 「・・・・・・此処に居たいな・・・・」 ぼんやりと呟く。 呟きながら、そんなこと出来る訳ないだろうと冷静に考える自分もいて、目を閉じたままアルヴィスはまた苦笑いを浮かべた。 「―――――──風邪引くよ?」 どれくらいの間、そうしていただろう。 ふと、掛けられた声に沈んでいた意識が浮上する。 誰・・・? と思う間も無く空気が揺らぐのを感じ、唇に柔らかなモノが触れた。 「・・・・・・・・・・・・・・」 目を開ければ、視界に入ったのは陽に透けるプラチナ・ブロンドと、アメジスト色の瞳。居るはずの無い人の姿。 「・・・・・・・・・・・・・」 驚きに言葉も無いアルヴィスに、帰ってきちゃった、と目の前の人物は小さく言って。 「気がついたら、真っ白な何も無い世界に居てさ―――――─お前の望みは何だ?って、誰か分からないけど姿の見えない誰かに聞かれたんだ・・・」 銀髪の美青年は、アルヴィスの記憶と寸分違わぬ穏やかな微笑みを浮かべ、相変わらずの蠱惑的な声で話を続ける。 「ギンタのお陰で、死んじゃった皆が結構色々生き返ったみたいだけど・・・・そのオマケで僕も生き返っちゃったみたいだね。だから多分、あの声ってバッボなのかな?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ペラペラと軽い口調で言われるのを右から左に聞き流し、アルヴィスは震える指を目の前の人物へと伸ばした。 だってまた、幻覚だったら―――――─死んでしまいそうだったから。 もう居ない。何処にも居ないのだと必死で言い聞かせて・・・・・自分を無理矢理納得させて、今の自分は生きているのだから。 ぬか喜びさせて、ただの夢だったら・・・・・・・きっと自分は死んでしまう。 今のアルヴィスは半身でしかなくて、不完全な存在なのだから。 ちょっとしたショックで軽く死ねる―――――───絶対に。 触れようとした指が、彼を突き抜けてしまったら。 もしくは触った途端、消え失せてしまったら。 きっともうそれだけで・・・・自分は簡単に死ねるだろう。 「・・・・アルヴィス君?」 「・・・・・・・・・・・・・」 けれど指は突き抜けもしなかったし、目の前の彼が消えてしまう事も無かった。 「ファン・・・トム・・・」 ようやく、目線を合わせ、震える指を彼の頬に滑らせる。 「本物・・・・?」 「もちろん」 銀髪の青年は、不安そうに自分を見上げるアルヴィスを抱きしめてきた。 「・・・・・本物・・・なんだ・・・」 覚えている腕の感触に、やっと身体の力を抜く。 「ごめんね・・・離してあげようと思ったけど、離せないや」 「―――――─離すなよ」 抱きしめられたまま、済まなさそうに謝ってくる相手に、間髪入れず言ってやる。 「半身、・・・なんだろ」 離すなよ―――――恥ずかしかったから、彼の胸に顔を埋めて表情を隠したまま、アルヴィスはもう一度繰り返す。 「・・・・・うん」 抱きしめる腕に更に力が篭もった。 「―――――─離さないよ」 傍に居て欲しいのは、君だけだから。 何時だったか、聞いた覚えのある言葉が降ってくる。 その時は、返す言葉を持たなかった。 彼も、自分の返事を期待していなかった。 けれど、今なら言える。 俺も。傍に居たいのは、お前だけ―――――─── ほら、今ならちゃんと、伝えられた・・・・・。 ―――――─なあ、お前、望みは何だ?って聞かれて、何て答えたんだ? ―――――─やっぱり、『生き返りたい』とか? ―――――─ううん、生き返りたいとは思わなかったよ。今更だと思ったし。 ―――――─じゃあ、何て? ―――――─僕の願いはたったひとつだよ・・・・。 ―――――──アルヴィス君と、一緒に居たい―――――─── ―――――───君をひとりには しないから・・・・・・・・・・ end
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