『あなたが好きです』
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インガ・リド・ウンベッターが、ウォーゲームでの英雄アルヴィスと初めて出逢ったのは、その6年後の事だった。
世界にいつの間にか蔓延していたフェイクARMのカラクリを大長老に聞くため、アルヴィスがカルデアへと出向いてきて、その時に大門まで迎えに出たのがインガだったのだ。
6年前から、彼の名と・・・容姿は知っていた。
アルヴィスはその卓越した容姿と華麗な戦い方で、ウォーゲームでも目立った存在だったから。
そして何より―――――─幼い頃よりチェスの司令塔ファントムのお気に入りとして呪いを受けていたという悲劇的な運命が一層、彼を有名にしていたから。
鏡状になった月に映し出される彼が、とても美しいと子供心に思ったのを覚えている。
濃い青の瞳がとてもとても色鮮やかで・・・・・インガの中で一番好きな色となってしまった程、胸に焼き付いて。
けれど―――――─。
「・・・・・・・・・・・・・・」
チラリ、と横を見やり。インガはそっと隣で本を読んでいるアルヴィスその人を伺った。
「・・・・・・・・・・」
長めの前髪から覗くスッキリと通った高い鼻梁、形良い唇、細い顎―――――綺麗で繊細な横顔を持つ青年を。
本を読む為に伏せられた睫毛は驚く程長くて、紺青の瞳を隠すかのように影を落とし。
陽に焼けない白い肌は透き通るかのようで、薄く色づいた小さめな唇は瑞々しく、思わず口付けしてしまいたくなりそうだ。
本当に生きているのか疑ってしまいたくなるほど、精巧に作られた人形みたいに綺麗な、人。
「・・・・・・・・・・・・・」
柔らかそうな黒髪がそよ風に軽く揺らぎ、綺麗な横顔をそっと撫でていく。
時折ゆっくりと瞬きをし形良い指でページを繰りながら、インガの憧れの存在である青年は真剣に本を読んでいる。
それをインガは、飽くことなく見つめていた。
最初は、こっそり。
けれど遠慮がちにチラチラと視線を向けている内に、アルヴィスが本に夢中で此方の様子には頓着しない事が分かってからは―――――─少々不躾に思われても仕方ないくらい。
「・・・・・・・・・・・・・」
インガの隣で、木に持たれたままアルヴィスはぺらりぺらりと静かにページを繰る。
見渡す限りの草原。
雲一つ無いカラリとした青空。
肌に心地よいそよ風。
二人が持たれている大木は、照りつけられるには少々キツイ陽射しを程度良く遮ってくれている。
昼寝には絶好の環境が整っていた。
けれど、アルヴィスは眠る事無く静かに本を読んでいたし―――――─インガもまた、その彼の綺麗な横顔に夢中で、眠気などは全く起こらなかった。
綺麗なキレイな、―――――─憧れの、人。
6年前に見上げていた時には、綺麗だけれどまだ可愛らしさが多分に残った顔立ちだったように思う。
けれど今は・・・・・ただただ、綺麗だと思った。
少年から大人に変わったから?
6年の月日が、彼を更に美しくした?
「・・・・・・・・・・・」
6年前のウォーゲームで見つめていた頃の彼と、今の彼。
どちらにも惹かれるけれど―――――─目が離せない程に惹き付けられるのは現在の彼かも知れない。
だって目の前の彼は―――――何故かいつも、悲しそうな憂いを帯びた瞳をしているから。
「インガ?」
「・・・・・・・・、」
不意に呼びかけられて、我に返る。
視線は確かにアルヴィスに向けつつも思考の波に囚われいつの間にかボンヤリとしていたインガを、目の前の彼が不思議そうに見つめていた。
「あ、あ・・・なんですかアルヴィスさん?」
「いや、別に。ただ、なんかボウッと俺を見てたみたいだから何かと思って」
焦って聞き返せば、アルヴィスは優しく微笑んで少し困ったように言う。
そんな表情もとても綺麗で、インガは自分の頬が赤らむのを感じた。
が、しかし。見惚れている場合ではない。彼の機嫌を損ねてしまったらどうしよう。
「あ・・すみません・・・・失礼、でしたよね」
赤い顔を隠すようにパッと視線を逸らし、インガはアルヴィスとは逆側の方の草をブチブチと手持ちぶさたに毟る。
うっかり、彼が気付かないと思いこんで無遠慮に見つめ過ぎてしまった。
「・・・・・・・・・・」
彼は真面目で礼儀正しい者を好むタイプだと思ったから、今まで極力そういう自分になろうと努力してきたというのに。
外見で判断し近づくような者は嫌うだろうと思ったから、彼の姿の美しさに惹かれてる素振りは一切見せずにいたというのに。
―――――─バレてしまっただろうか!?
けれど。
「構わない。・・・・何だか昔から、俺の顔は他人に凝視されやすいみたいなんだ。慣れてる」
不本意だけど面白い作りなのかな、などと軽い口調で言ってくれている所を見るとアルヴィスは特に不快に思った様子は無かった。
というか、自分の顔の作りには全然無頓着らしいことが伺える。
「そう・・・ですか」
そういう戦闘面以外ではすっごく鈍そうな所も、超絶キレイな外見とのギャップも、とってもとっても可愛いとは思うのだが。
本を読んでいた横顔も、今こうしてインガに向けてくれる笑顔も、すごく綺麗なのに―――――───どうしてだろう、アルヴィスの表情はいつも何処か悲しそうだった。
「いい・・・風だな・・・」
そよぐ風に頬を撫でられ、アルヴィスが気持ちよさそうに目を細める。
「そうですね・・・」
アルヴィスが見せる一つ一つの表情に鼓動を跳ねさせながら、インガも同意した。
本当は、自分の髪が風のせいで頬を擽り、少しくすぐったくて煩わしいけれど。
でも、目の前で気持ちよさそうな顔をしている彼を見るのは、眼福なので。
「・・・・・・・・・・・・お前の髪・・・・・」
不意に白い手を此方に向かって伸ばされて、インガは内心ドキリとした。
「サラサラで――――キラキラしてて、綺麗だな」
何処かウットリとした口調で、優しくサラリと髪を掻き上げられる。
「・・・・・・・・・!」
彼に触れられた―――――その事実に、インガは身体中に電流が走る。動悸が激しくなって呼吸すら出来ないような感覚に襲われた。
身動きなど、出来る筈も無い。
「触ってると、気持ちいい・・・・」
何度も何度も、髪を掻き上げられ。
元々傍に居た細い身体がインガに密着し、憧れて止まない白くて綺麗な顔が間近になる。
「・・・・・・・・・・」
鼻と鼻が触れ合う程の距離。
長い睫毛が音をさせそうな勢いでバサリと伏せられ・・・・・次の瞬間、宝石のように美しい青の瞳がインガを射抜く。
「・・・・・・・ァントム・・・」
触れたいと思った―――――ウットリと呟いた彼の声を聞き流してしまったから。
「アルヴィス・・・さん・・・」
幼い頃から、憧れていた。
彼の強さに、美しさに・・・・魅せられていた。
偶然、出逢って。
話せるような間柄になって。
ただ、それだけでいいと思っていた。
彼を、見つめられるだけで―――――─いいと思っていた。
だけど、もし。
触れることを許されるのなら・・・・・・・・・・・・・・・・・。
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