『あなたが好きです』 

 

 

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 間近にある、彼の唇にそっと、自分のそれを合わせる。

「・・・・・・・・・・」

 長い睫毛がゆっくり閉じて、鮮やかな青色が姿を消す。
 アルヴィスは、抵抗しなかった。
 彼の背に腕を回して華奢な身体を引き寄せ、黒髪の中に手を入れて後頭部を固定し、激しく唇を貪る。

「ん・・・・んっ、・・・・」

 柔らかな唇の感触を味わい、息苦しさに解けた彼の口内を思うままに蹂躙した。


 酷く気分が高揚した。

 歯列を割り甘い彼の舌を吸い上げ、滑らかで熱い口内を余すことなく味わう。
 互いの唾液が混じり合い、舌と舌が絡まりあう、濃厚な口付けを繰り返した。

 何度も、何度も。


 時折漏れる彼の声、ビクビクと震える身体を感じるだけで―――――─イキそうな気がした。




「好き・・です」


「好きです・・・・」



「貴方が・・・好きです・・・」





 口付けの合間に、何度もなんども繰り返した。




「ボクのものに・・・なって下さい・・・・」








 絶対に、言わないでおこうと思っていた胸の内を、何度も。





 アルヴィスは、インガの言葉に一度も返事をしなかったが―――――───。













「・・・・・ごめん」

 唇が離れ、まだ荒い息を付きながら美しいその人はそれだけを口にした。
 そっと身体を離し―――――─白い頬に血を上らせたまま、長い睫毛を伏せて。

「俺が・・・どうかしてた」

 苦しげに言って、もう一度謝罪の言葉を口にする。

「ごめん」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 確かに、誘ったのは彼。


 けれども―――――───



「謝らないで下さい・・・・キスしたのはボクの意志です」



 乗ったのは、インガの方だ。
 そして、乗ったからには。



「ボクは、貴方が好きです」



 もう、後には引けない。
 今までは、見てるだけでも良かったけれど。



「インガ・・・!?」

 自分を避けるように背けられた身体に腕を回し、強引に引き寄せる。
 困惑したように見上げるその、濃い青の瞳を見つめながらインガは宣言した。

「ボクは、貴方が欲しい・・アルヴィスさん」

「インガ・・・俺は・・・、」

 明らかに拒絶の言葉を吐こうとしている唇を、言葉ごと飲み込むかのように自分のそれで塞ぐ。






 言わせない。

 拒絶なんかさせない。

 だって、それを許したら彼はもう自分から離れてしまう。

 二度と、今までのようには近づいてくれないだろう。



 今日の行為が、決して無かった事に出来ないのなら―――――───縋ってでも、彼を自分のモノにしたい―――――───。





 いっそ、無理矢理にでも此処で抱いてしまおうか・・・・・・そんな激情に駆られ、インガはアルヴィスを抱き込んだ。
 アルヴィスが本気で抵抗したら、インガなど多分ひとたまりも無い。
 彼はウォーゲームの英雄であるMARの一員。
 そして、彼愛用のARMは今、ちゃんとアルヴィスの指にも腰にも・・・装備されている状態なのである。
 攻撃されたら、情けない話だが一撃で倒されてしまうに違いなかった。

「・・・・・・・・・・・」




 それでも構わない、とインガは思う。


 このまま二度と会えなくなってしまうくらいなら、殺されてしまった方がマシだと思った。
 それに、アルヴィスがARMを使うくらいにインガを拒絶するのなら―――――─それはそれで、もう絶対にこの恋が成就しない証だろうから。




 もしそうなら、跡形もないくらい、自分の魂ごと身体を破壊して欲しい。

 自分の、可哀想な恋心ごと・・・跡形もなく。






「・・・インガ・・・・」

 だが、アルヴィスはARMを使わなかった。
 魔力を練る様子も無く、ただ弱々しく、のし掛かっているインガの胸を細い腕で押して来ただけだった。

「アルヴィスさん・・・・」

 その顔を見て、ギョッとする。
 インガが今まで見た事の無い顔―――――──アルヴィスは、その美しい瞳からボロボロと涙を零していたのだ。

 後からあとから。

 その透明な滴は、吸い込まれそうに青い瞳から生まれ、頬を伝い流れていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その表情が、あんまり綺麗で。
 あんまり、悲しそうだったから―――――───その場に縫い止められたかのように、動けなくなった。

「ごめん・・・・ごめん、なさい・・・・」

 アルヴィスはぽろぽろと涙を零したまま、子供のような口調でただ謝り続けた。

「ごめんなさい・・・・ごめん・・・・・ごめん・・・・インガ、ごめん・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「俺・・・・どうしてもやっぱり・・・・・・忘れられ・・・ない」

「・・・・・!」

 ただでさえ痛かった、彼の謝罪。
 しかし、嗚咽混じりに続けられた彼の言葉の衝撃に、息が止まった。

「好き――――─だったんだ・・・・アイツ、が」

 己を組み敷いている身体を引き離そうとインガの胸を押していたアルヴィスの手が、ギュッとそのまま衣服を掴んでくる。縋るように。
 それから、そっとその手が外されて・・・・・想いが溢れる引き金となった先程と同じように―――――──インガの頬に掛かる銀髪に触れてきた。


「・・・・・憎くて憎くて、殺したいくらい大嫌いだったけど・・・・・だけど、でも、ずっとずっと心の中にいたヤツだったから・・・・・っ、」






―――――─この世界の何処にもいなくなってから、物凄い喪失感を覚えた。



―――――─嫌いだったけど、自分に笑いかけてくる顔は好きだった事が後で分かった。



―――――─やり方は間違っていたけど、彼なりに真剣に愛してくれていたことも、今なら分かる。




―――――─彼を殺す時・・・確かに自分は躊躇っていて。彼が自ら手を下さなければきっと、自分は彼を殺せなかっただろう。






「今なら・・・認められるんだ・・・・俺はアイツが好きだった・・・・・」

 綺麗な顔で、表情で、綺麗な涙をポロポロ流しながら、彼は言う。







―――――─だから辛くて・・・悲しくて。



―――――─世界を救うことが一番の望みで、それが叶った筈なのに苦しくて。







 二度と逢えないと分かっているのに、彼の姿を探している自分がいる。







「・・・だからつい・・・。ごめんな、インガ・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 サラリサラリと、アルヴィスの細くて綺麗な指がインガの銀色の髪を梳く。
 それが何とも心地よくて、インガはされるがままに目を閉じた。







 憧れの人は、憧れのまま。

 欲を出して、もっと近づきたいなんて思わなければ良かった、とインガは心の中でそっと思う。


 しなくていい失恋を、してしまった。




 きっと、アルヴィスの想い人は、自分と似たような銀色の髪をしていたのだろう。

 もしくは、手触りが似ていたのかもしれない。

 そしてアルヴィスはその男の、髪に触るのが好きだったに違いない。

 優しく、何度もなんども―――――─この白い指で梳いてやったのだろう。






 その男は、死んでしまったらしいが・・・・愛する者に殺されたのなら、死ぬまでも・・・死ぬときも・・・・幸せだったに違いない。
 誰かは知らないが、それだけで羨ましいとインガは思う。




「ごめん・・・インガ・・・」

「―――――─いいんです。俺こそすみませんでした・・・」

 尚も謝ってくる憧れの人の涙をそっと拭って、インガは笑ってみせた。

「泣かないで下さい・・・・ボク、大丈夫ですから」

「インガ・・・」

 あからさまにホッとしたような、アルヴィスの顔を見ながらインガは髪を梳いていた彼の手を取り、気障な仕草で口付けする。




「ボクは、大丈夫ですよ」





 そう、大丈夫。

 自分の前に立ちはだかる、最大の恋敵はもう、この世にはいないらしいのだから。
 そして、アルヴィスからその身代わりとはいえ、無意識に誘ってきたということは・・・・・自分は多分、彼の好意が受けられる人間である事は間違いないのだ。


 希望は、まだある。



 今は失恋してしまったけれど、チャンスは、まだ・・・・これから。







―――――───ボクは、諦めませんよ?







 憧れの人の手を取ったまま、インガはそう、心の中で囁いた・・・・・・。






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言い訳。

結構アルヴィス、酷いことしてると思いまs(爆)
でもまあ、インガ諦めてないので、大丈夫かな(何が?)
ホントは、インガにアルを押し倒させた後、ヤッてしまおうかと思ったんですが、
やっぱ最初にアップするのはファンアルがいいなと思い直してKISSどまりにいたしました(笑)
ちなみに、アルが好きだったと告白してるのはトム様のことです。
ウチのサイトは、アル総受ですけどファンアルが前提らしいですよw