『Love is All〜物体Xの試練〜ACT1〜』





※『君ため』設定ファンアル前提です☆












「・・・・でさあ、なんでこーなるんだよ??」


 大学の最寄り駅から、徒歩で15分の場所にあるワンルームマンション。
 8階建て最上階の角部屋の主――ギンタ―――は、そう言って胡乱(うろん)な目つきを来訪者(らいほうしゃ)へと向けた。





 知り合いに、ギンタが冷凍倉庫からの荷出しのバイトをピンチヒッターで頼まれ、らしくもなく風邪を引いてしまったのが数日前のこと。
 しばらくは、鼻水と咳を繰り返しながらもそれだけで済んでいたのだが――――――・・・一昨日とうとう、熱を出して寝込んでしまった。

 そうしたら休んだのを心配したアルヴィスから電話が来て、なんと彼が食事を作りに来てくれるということになった。

 そのこと自体は、ギンタにしてみれば大歓迎である。
 なにせアルヴィスは、戸籍上は血のつながりのない兄弟という関係だが、ギンタにしてみれば決してそれだけで言い表せるような存在では無いのだ。

 初めて彼を見た時に、そのキレイな顔に一目惚れし。
 その後に、幾度も数え切れない程のケンカを繰り返しつつも、一緒に暮らしていく内にアルヴィスの内面に惹かれるようになって。
 いつしか、生きていくのに損をしてばかりだろうと思われる馬鹿正直な口の悪さと気の強さ、そんなところまで丸ごと気に入っていたギンタである。

 だから。

 そんなアルヴィスが、自分を心配して見舞いに来てくれるというのは大歓迎だ。
 彼の、壊滅的(かいめつてき)な腕前の『料理』を食す羽目になる――――――ということを差し引いてでも、嬉しいことは嬉しい。

 何せ今現在、彼の1番近くに居るのは幼い頃から寝起きを共にしてきた自分ではなく、アルヴィスの幼馴染みだという年上の男で。
 アルヴィスは、その男の家に下宿中なのだ。

 一般的な言い方をすれば、幼馴染みはアルヴィスの『恋人』であり、下宿では無く所謂(いわゆる)『同棲』ということになるのだが―――――――もちろん、ギンタとしてはそんなのは認められないから、あくまで2人は『幼馴染み』であり『下宿させている側と、している側』である。

 まあともかく、そういう理由で。
 ギンタは、アルヴィスと大学でしか顔を合わせられない状態なのだ。





 それ故に、前日とは打って変わり元気になった状態で、大学の授業を終えたアルヴィスが自宅にやってくるのを心待ちにしていたギンタだったのだが。


「・・・・・アルヴィスが来るっつーのは聞いてたけどさ、アンタまで来るって聞いてないぜ? つか、そっちのお前は誰なんだよ??」


 不機嫌なギンタの声は、アルヴィスと殆ど間を置かずに来訪(らいほう)し、ちゃっかり自宅に上がり込んできた人物に向けられていた。
 いや、正確に言えば人物“たち”である。


「えぇー? そんなの、アルヴィス君が行くって聞いたらボクも来るに決まってるじゃない」


 機嫌悪く睨むギンタなどモノともせず、しれっとそう答えるのは、目にした誰もが振り返り陶然とした表情を浮かべるだろう銀髪の美青年。

 コイツこそがギンタからアルヴィスを掻っ攫った張本人・・・もとい、アルヴィス曰く『幼い頃の約束を守って、俺を迎えに来てくれた優しい幼馴染み』である。
 秀麗に整った顔を片側だけ長い前髪で隠し、アメシスト色の美しいアーモンド型の隻眼(せきがん)で小首を傾げ此方を見つめてくる仕草は、優雅そのものだ。


「いえあのー、初めまして。あ、ロランと言います、よろしく」


 その横にちゃっかり陣取り、ソファに腰掛けた状態で深々とお辞儀をしてくる金髪を長く伸ばした青年。


「その、ファントムが急に此方に行かれるということで、ボクも成り行きで来てしまいましたーあはは〜」


 間延びした口調に相応しい、おっとりとした印象の人物だ。
 ルビーを思わせる赤い瞳と、人の良さそうな柔和な表情が何処かウサギを連想させる。
 隣にいる銀髪男が、天使かと見紛う神々しい程の規格外の美形だからそう目立たないものの、良く見れば整った少女みたいに可憐な顔立ちだ。

 2人揃って雰囲気は、人畜無害(じんちくむがい)な和やかさを醸し出しているが。
 ――――――――・・・チャイムを鳴らされ、相手が誰か分かった時点でドアを開ける気を無くしたギンタに対し、実力行使とばかりに何をどうやったのか、勝手にカギを開けて上がり込んできた辺りに彼らの本性が透けて見えている。

 元々このギンタが借りているマンション自体、彼――ファントム――――が用意し、賃貸料から何から一切合切(いっさいがっさい)を支払ってくれているのだから、カギを持っていても不思議はないのだけれど。
 上がり込んでくる時、ファントムは手に針金のようなモノを手にしているのが見えたから・・・恐らく、正攻法(カギ)で開けたワケでは無いのだろう。
 つくづく、性格が悪いだけではなく得体が知れない不気味な男である。
 アルヴィスが何故、こんなヤツに懐いているのか気が知れないと心から思う。

 それなのに、そのアルヴィスは多少、幼馴染みが現れたことに驚きは示したものの、手料理が食べたいと年甲斐無く(見た目は違和感ないけど、もう22歳だという話だから)駄々をこねた青年にアッサリと納得してキッチンに引っ込んでしまった。
 ――――――――針金で不法侵入してきたことをギンタが喚いていたのに、我関せず状態なのは慣れているのか、イマイチ理解していないのかは謎だ。

 どのみちアルヴィスは昔から、自分の手料理を食べたがる人間には寛大なのをギンタは知っていたけれど(1度食すと例外なく、幾ら勧めてもためらうようになるから)。





「アルヴィス君が手料理振る舞うなんて聞いたら、来るに決まってるでしょ?」

「課題の症例検討発表の為の打ち合わせ、すっぽかしましたもんねーファントム」

「当たり前さ。他の予定なんて、どうでもいいよ」

「流石です、ファントム。教授が文句言ってましたけど」

「え、なんで? ・・・まあいいや、そんなことより待ち遠しいなーアルヴィス君の手料理・・・!!」

「・・・あ、では早く出来上がるようにボクがお手伝いしてきましょうか? ファントムのお口に入るモノですし・・」

「ダメ。ボクはアルヴィス君1人で作ってくれたヤツが食べたいの!」

「・・・・そうですか・・・」


 勝手にソファに陣取り、和やか?に会話を交わす2人を睨み付けながら、ギンタは顔をしかめて口を開く。


「ていうかさ、お前ら・・・・ちゃっかり喰ってくつもりなの?」


 他ならぬアルヴィスが、風邪を引いた自分の為に作ってくれる手料理。

 それはやっぱり特別だから、出来れば独り占めしたい。
 自分だけで、満喫したい。
 たとえソレが、材料に何を使ったのか全く判別つかなくなるような、殺人料理だとしてもだ。

 というか、アレを自ら進んで食べようとしてる辺り、相当な物好きというかチャレンジャーなんだけれど。


「あ、いえ。ボクはただ、ファントムにくっついてきただけですから」


 金髪の方は、遠慮するように首を横に振る。

 そうだろう、普通はそうするものだ。


「もちろん」


 しかし銀髪の美青年の方は、そんなギンタの想いには全く無頓着な様子で大きく頷いて肯定する。


「アルヴィス君が作るってのに、食べる相手がボクじゃないっておかしいでしょ」

「・・・ここが俺ん家で、俺が風邪引いてて、そんでアルヴィスが作ってくれるっつー話になっててもかよ?」

「だから、ボクのついでにギンタの分も作ってあげようかって話だよね」

「・・・・・・・・・・」


 前から薄々分かっていたことだが、アルヴィスの幼馴染みは、非常に都合の良い耳と思考の持ち主だ。


「ホントはァー、アルヴィス君の手料理なんてボク以外食べるって有り得ないとか思うんだけどさ」


 有り得ちゃったら死刑だね!などと真面目に聞いていたら、こっちが発狂したくなるようなマイルールを押し通してくる。
 A国では既にれっきとした医者で、こっちでも有名私立大の医学生だと知っていなければ、キ××イと思ってしまう酷さだ。


「でもまあ、ギンタはアルヴィス君の一応お兄さんだしねえ。兄弟ってことで、大目に見てあげるよ」


 ねっ、と軽くウインクして見せてくる様子が、非常にサマになっているだけにムカツキは倍増し。

 そのお綺麗な顔に、油性黒マジックでヒゲやゲジ眉でも描いてやりたくなる。
 そんなことしたら、彼の顔が大好きなアルヴィスに大目玉を食らうことになるだろうけれど。


「あー、楽しみだなあアルヴィス君が作るご飯♪」

「病人の俺に作ってくれんだから、せいぜいお粥だろ・・・料理名的には」


 多分きっと、いや絶対に、見た目はお粥じゃないシロモノになるのだろうが。


「別に何でも良いよ、彼が手を掛けてくれるなら単なる水だって構わないさ」

「・・・・水の方がマシだと思う」


 それだったら、一息に飲み下すことも可能だから。


「アハハ、ギンタは面白いこと言うねえ。じゃあキミは水だけでいいじゃない! ボクが全部貰うから」


 そもそもアルヴィスは、ギンタの為に食事を作りにきてくれたのである。
 ギンタが食べなければ、それこそ意味が無いというのに本当に失礼な男だ。


「・・・・・・・・・・」


 天はどうして、こんな奴に二物も三物も・・・もしかしたらもっと沢山の恩恵を与えたのだろうか。
 世の中は不公平だ。


 けれどギンタは、1つ気付いたことがあった。

 アルヴィスの手料理を食べたがる奴・・・・それは漏れなく、1度も食べたことが無い人間である。


「お前って・・・アルヴィスが作った飯、喰ったことねェの?」

「そりゃ無いよ。作る機会自体が無いし」

「・・・・・そっかー」


 し め た !

 込み上げてくる笑いが表情に出ないように苦労しつつ、ギンタは心の中でガッツポーズをする。

 この幼馴染みは、アルヴィスの殺人料理を知らないのが決定だ。

 予備知識無いままに、あの得体の知れない物体X―――アルヴィスの手料理――を前にして、怖じ気(おじけ)づくがいい。
 そして一口も食べられずに挫折するか、一口食べて悶絶し・・・・アルヴィスに愛を疑われてしまえば良いのだ。





 ―――――――・・・何せ、アルヴィスの料理はマジで、喰いモンじゃ有り得ねェ物体に成り果てるからなッ!!

 へへっ・・・あんなん喰えるのは、長年一緒に暮らしてきた俺とオヤジだけだぜ・・・!!





「それなら、喰いたいよなーアルヴィスの飯! んじゃあ、一杯喰ってくとイイぜファントム!」

「うん、最初からそのつもりだよ。キミに言われる迄も無いけどね?」

「・・・・・・・・・・・・・」


 相変わらず気に障る物言いだが、この後の展開を考えれば我慢も出来る。


「あ、あー・・・まあ、それならいいんだけどさっ!?」


 気を取り直して、ギンタはファントムに向けて笑顔になった。

 あと少し待てば、このキレイなだけの憎たらしい顔が驚愕(きょうがく)に歪むことになるのだから。
 ちょっとの我慢で、面白いモノが見れるのだ・・・今は耐えなければならない。


「いや〜楽しみだな、アルヴィスの飯!」


 せいぜい粥だろ、と期待など全然無さそうな様子で言っていた筈が、先程の誰かと同じようなことを声高に口にして。
 ギンタは愛想良く、ソファに座る相手に笑いかけた。


「早く出来るといいよな〜〜〜」


 口にする言葉は、本心からだ。

 本当に、出来上がるのが待ち遠しい。
 だってそれは、ギンタにとって待ち望んだ面白展開を見られる、またとない機会なのだから。


「ワクワクが止まらないぜ・・・!」


 今までの、不機嫌さも何処へやら。
 ギンタは満面の笑みを浮かべて、楽しみだと言葉を繰り返した。

 もちろん楽しみだと口にする真意は、アルヴィスの手料理とは別の所にあるのだけれど――――――――――。









 続く

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言い訳。
次回に続きます(爆)
次回は、アルヴィスのお料理奮闘場面。
果たしてトム様は、愛の力で乗り切る(完食する)ことが出来るんでしょうか・・・!?(笑)