『Love is All〜物体Xの試練〜ACT2〜』 ※『君ため』設定ファンアル前提です☆ 一方、キッチンではアルヴィスが、そんなことを5ヶ月上の義兄が考えているなど知るよしも無く。 ギンタの風邪を少しでも良くしてやろうと、奮戦していた。 「えーと、これで全部切れた・・・か・・・?」 自信なさげに呟いて。 アルヴィスは、まな板の上の残骸(ざんがい)・・・もとい、切った野菜を眺めて、ほうっと溜息を付いた。 ビスクドールを思わせる可憐に整った美貌のせいか、まな板の前に立つその姿は少々、そぐわない感がある。 沢山のメイド達に傅(かしず)かれ、何くれと世話を焼かれていることこそが相応しいだろう、気品ある美しい顔立ち。 調理のために台所になど、立ったことなんてありません――――――などと言い出してもおかしくない、洗練された容姿だ。 「それで・・・ええと、・・・後は鍋で煮ればいいんだよな? ・・・確か」 独りごちる言葉の内容も、それを裏付けるような心許(こころもと)なさである。 実際、切るのに要した時間は優に1時間は超えていた。 だが実際の所、アルヴィスは別段に深窓の令嬢でも何でもなく。 自分で台所に立つのは極々当たり前のこと、という認識がある。 米をとぐのだってお茶を淹れるのだって、高校時代には自分の分も含め3人分の弁当だって詰めていたアルヴィスだ。 一般的な高校生男子としては、台所に立つ回数は頻繁(ひんぱん)であったと言えるだろう。 ただし、腕前はそれに比例していない・・・というのが、アルヴィス本人除く周知の事実だ。 それ故、『食材は、焼きオンリー。後は飯を炊くことと、握り飯だけ!』と家長であるダンナに厳命されてしまい、アルヴィスは主にウインナーなどを炒めることとオニギリ程度しか作ったことが無かった。 そんなわけで、アルヴィスはカレー作りですら1回しか(それもダンナが何故か、血相変えて調理を代われと言い出したので途中までだ)経験したことが無い腕前である。 当然、今アルヴィスが作ろうとしている『肉じゃが』なんてシロモノは、初めて作るんだったりするのだ。 ハッキリ言って、無謀(むぼう)である。 ―――――――けれども、此処は退けない。 何としても、退くわけにいかないのだ。 男としての、アルヴィスのプライドが掛かっている。 最初はアルヴィスだって、無難に作り慣れている野菜炒め(←ピーマンとキャベツ、ウインナーを千切ったりブツ切りしたりして炒めただけ)を作ろうとした。 本当はお粥を作ろうとしたけれど、お粥はレトルトの買い置きが沢山あるからとギンタがしつこく断っていたので渋々ながら予定を変更して栄養あるものを・・・と、野菜炒めに決めたのである。 (多少、油が消化悪そうな気がしたが野菜を摂るのはいいことだから、と考えないことにした) だが。 アルヴィスがギンタの家を訪れて、数分もしない内に訪ねてきたファントム達の姿を見て、更にメニュー変更する羽目となった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 ファントムと同い年で、彼の又従兄弟だとかいう青年、ロラン。 彼が何故か、一緒にくっついてきていたからである。 ロランは又従兄弟という間柄、幼い頃からずーーーーっと親しくしていて、今なお同じ医大に通い、課題だ何だとしょっちゅうファントムと一緒にいる人物で。 ファントム自身、気に入っているらしく良く傍に置いている存在だ。 物腰柔らかく落ち着いていて、それなのに時折見せる隙がまた、好人物といった印象を抱かせる。 長く美しい金髪や宝石のような赤い瞳、穏やかで大人を感じさせる整った顔立ちのロランは、ファントムの隣に居ても許されるような美青年だ。 ―――――――そしてそんな彼が、アルヴィスは苦手である。 だってロランは、アルヴィスより年上で。 ファントムと同い年で・・・アルヴィスが離れていた12年間のファントムのことだって知っていて。 大学だって一緒で、いつも傍に居るペタを除けば誰よりもファントムに近い存在だ。 ロランを見ていると、アルヴィスは普段は感じないコンプレックスを刺激されてしまう。 年齢だとか、病弱なことだとか、ファントムの事を実際どれだけ理解出来ているのかとか、――――――そういうもの全てを。 いつもは考えたことすらない、自分の容姿についても劣等感を覚えてしまう始末だ。 ロランに比べたら、自分はまだまだ子供で・・・・物足りなくファントムの目に映っていることだろう。 同い年で、大学が一緒で、しかも身内であり同じように医師を目指しているから・・・・学習面だってその他だって、協力し合えるのだろうし理解し合えることばかり。 身体が弱くて、しょっちゅう発作を起こし、何か協力する所かファントムに迷惑しか掛けていないアルヴィスとは、大違いだ。 ロランに何をされた訳では無いし、実をいえば直接話したことだって、さして無いのだけれども・・・・・・・・勝手に引け目を感じ、苦手意識を持っているアルヴィスである。 そんな彼が、ファントムにくっついてギンタの家までやってきた。 ――――――となれば、野菜炒めなんて、如何にも簡単そうなモノを作っている場合では無い。 もっと高度な料理を作らなければ、ロランに鼻で笑われるに違いない・・・・・そんな考えがアルヴィスの脳裏に過ぎったのだ。 別にロランと接した中で、1度だって彼がアルヴィスの手料理にケチを付けた記憶など無いのだけれど(というか、作る機会だって無かった)、とにかくそう思ったのである。 そしてアルヴィスの中で、最も高度な手料理・・・というキーワードで思いついたのが、『肉じゃが』だった。 男が恋人に作って欲しいナンバーワン手料理で、常に上位にランキングされているポイントが高いメニューだというのをテレビで見たことがあったからだ。 ポイント高いメニューということは、きっと手が混んでいて難易度が高いということに違いない。 もちろん作ってやるのはギンタにであって、ファントムはそのついでに食べさせてやろうかという程度だし、ファントムの自分に対する評価をどうこうしようという目的はサラサラ無いのだが。 単に、絵に描いたような完璧な『手料理』とは何ぞや? と考えて浮かんだメニューが『肉じゃが』だったというだけである。 しかし悲しいかな、イメージは何とか思い浮かべられるものの、肝心要の作り方が良く分からない。 食べたことはあれど、その調理法など考えたこともなかったのだ。 それでもアルヴィスは、果敢にチャレンジを始めた。 要は、名前の如くに肉とジャガイモをメインに入れて、後はニンジンと玉ネギくらいをぶち込み、醤油なんかを入れて適当に『あの色』になるまで煮込めば出来る筈だと考えたのである。 「・・・・野菜入れる前に、油とか要るのかな? ・・・・あ、入れすぎたかも。 ・・・まあいいか焦げるより」 揚げ物でもするのかと思うほど大量のオリーブオイルを鍋に注入し、とりあえずアルヴィスは動物のエサ用にでも切り刻んだかのようにしか見えない残骸・・・もとい、苦心して切った野菜を全部そこに放り込んでみた。 オリーブオイルにしたことに他意は無い・・・たまたま、キッチンに他の油が見当たらなかったからである。 「そうそう、『肉じゃが』なんだから肉も入れないとだよな。野菜炒め用と思って挽肉(ひきにく)買っちゃったけど・・・別にいいよな、肉は肉だし!」 油の海にゴロゴロ浮いた野菜の中へ、ダイナミックにパックから直接に挽肉も投入した。 幸か不幸か、まだ温まっておらず温度が低いから、塊状で鍋にぶちこまれた挽肉のせいで油が顔に跳ねても平気だ。 「えーと、多分・・・・水も入れるよな? それで煮てから醤油とか、そこら辺を入れるはず・・・??」 手近にあったボウルに水を汲み、無造作にザバッと流し入れる。 もちろん、分量なんて知らないから計りもしないで目検討だ。 やがて油の温度が低いので最初は何も起こらなかったが、鍋の温度が上がるにつれてバチバチと激しく水と油が跳ね始めた。 「うわっ、・・・!?」 慌ててアルヴィスは、鍋に蓋をしてそれを防ぐ。 危なくて、蓋が開けられない。 高温になった油が、水を強制的に蒸発させ始めたのだ。 流石、ランキング上位メニュー。 危険な調理ポイントが多々あると見える。 これはもう、ほとぼりが冷めるまでは蓋をしておくのが得策だろう。 けれど考えて見れば、少しズラして蓋をした状態で、蒸気を殆ど逃がさない方が蒸らされて野菜や肉に火が通りやすくて良いかも知れない。 「・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスはひたすら、じーっと蓋をした鍋を見守った。 他にすることは思い当たらなかったし、蓋を外さなければかき混ぜることも出来ないからだ。 果たして。 しばらく放置してから蓋を開けたら、上手く水だけ蒸発したようだった。 こうなれば、後は味付けだけで完成の筈である。 「よし、・・・じゃあここに醤油を入れれば・・・・」 ところが。 さて、どのくらい入れるべきだろう? などと考えながら注いでいたのが悪かったのか。 見る見るうちに鍋の中は、醤油で一杯になってしまった。 「・・・・あ、」 気付けば鍋の中身は、醤油の海。 先程いれた油と合わさり、鍋の中は真っ黒な液体で満たされている。 これでは、野菜や肉がどこにあるのか分からない。 単なる油が浮いた真っ黒いスープだ。 「・・・・・どうしよう」 流石にコレは、入れすぎたというのがアルヴィスにも分かった。 が、分かったところで、どうすれば良いのか。 「元に戻すってワケには、いかないしな・・・捨てるのも・・」 考えて、とりあえずアルヴィスは箸で中身を混ぜてみた。 混ぜてみれば、案外、大丈夫な量かも知れないと思ってのことである。 鍋の中身は少しだけ黒色が薄れ、何とかなった気がしたが―――――――そう思ったのはアルヴィスだけで、勿論そんなワケは有り得ない。 「でも、・・・これじゃしょっぱいよな絶対・・・?」 危機は脱した・・・ように思えるが、味見をする気にならない時点で、失敗は確定だ。 けれど、こんなに沢山食材を投入した時点で、失敗など断じて許されない。 買った食材は全て有効活用されて、ギンタ達の胃袋へ入らなければならないのだから。 アルヴィスは、必死の思いで調味料が置かれた棚に手を伸ばす。 しょっぱいなら、――――――甘くすればいいのだとばかりに、砂糖を取った。 塩辛さの対極にある味を入れれば、プラマイゼロになってくれるのでは、という淡い期待からだ。 思い切り鍋に投入し、祈るような気持ちでかき混ぜる。 「・・・・・・・・修正、できたか・・・・?」 恐る恐る、黒茶色に染まった何かの野菜―――黒く染まり過ぎて、元が何の野菜なのか区別が付かない物体――――を、一口囓(かじ)って。 「・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは絶句した。 ダメだ。 甘ったるくて、・・・しょっぱ過ぎる。 見事に、醤油味と砂糖味が我を張り合って、互いを主張し合っていた。 協調性の欠片も無い。 見た目は何とかなったのに。 「・・・・こうなったら・・・!」 焦ったアルヴィスは、今度はケチャップを投入してみた。 オムライスとかパスタとか、ケチャップは料理を美味しくしてくれる魔法アイテムだ。 「・・・ダメか・・・じゃあマヨネーズ!」 マヨネーズも、意外な食材を美味しくしてくれる素敵調味料である。 「・・・・じゃ、じゃあ・・・みりんと酒・・・・??」 みりんや日本酒は、和食の味付けの代表選手・・・・の筈。 「うーん、・・・・じゃあもうコンソメとか!?」 コンソメは、スープなんかの旨味に欠かせない便利調味料だ。 ――――――――だが悲しいかな、鍋の中身はどんどんと悲惨なモノになっていく。 肉じゃがにしたいのに、段々と見た目すらかけ離れていくのだ。 「ああ・・・どうしてだろう、肉じゃがっぽく無くなってきた気が?!」 それでも、アルヴィスは足掻いた。 とにかく、何としても料理を完成させようと頑張った。 何回目かに投入した調味料・豆板醤(トウバンジャン)のせいで、辛くて味見が出来なくなった後も、必死で勘を働かせ頑張って足掻いてみた。 「いいやもう、この際食べられれば。・・・そうだ、卵入れたら味がマイルドになるかも・・・?」 肉じゃがにこだわらず、別に(自分以外のヤツが)食べられる料理ならいいじゃないかとの見解に至り。 「あれ、ダメかな。じゃあ、ラー油とかどうだろう・・・??」 良かろうと思われるモノは、何でも手当たり次第に放り込んでみたりもした。 努力はしたのである・・・・アルヴィスなりに。 結果、――――――出来上がった鍋の中身を見て、アルヴィスは首を捻った。 「・・・・・え? 何で灰色・・・??」 確かに、鍋の中にはジャガイモやらニンジンやらピーマン玉ネギを入れた筈だ。 なのに鍋の中身は、グレー1色。 ニンジンの赤やピーマンの緑、ジャガイモの色は一体何処へ行ったのだろう。 というか、色どころか形すら認められない。 鍋の中身は、灰色のペースト状のモノだけで満たされていた。 5ヶ月上の義理兄・ギンタが密かに『物体X』と呼ぶ、アルヴィスの手料理(完全ver)が完成である。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは、しげしげと鍋の中身を見つめた。 「なんか俺が作ると、料理っていっつもこの色になるんだよな・・・・」 何でだろう、と首を傾げつつもアルヴィスはそれ以上の追求をしない。 何故なら、アルヴィスが作るものは大抵、こんな色を呈するからである。 何を作っても、最終的にその料理は灰色と化すのだ。 「・・・・・・またちょっと、焦げたせいかな?」 なのに、サラッとこの程度で流してしまう。 アルヴィスは、結果よりもその過程に意義を見出す性格だ。 たとえ結果が微妙でも、そこまで頑張ることに価値があると考えている。 そして今も、アルヴィスは決して手を抜きはしなかった。 必死に頑張り、色々考え手を尽くして・・・精一杯、心を込めたのである。 だから彼は、小首を傾げた後にニッコリと満足そうな笑みを浮かべた。 「ま、いいか。食べられないことは無いだろうし!」 灰色の中身が詰まった鍋を前にして、アルヴィスは早くそれを待っているだろうギンタ達へ届けるべくお玉を手にしたのだった――――――――――。 拍手につづく ++++++++++++++++++++ 言い訳。 次回の拍手に続きます(爆) 次はいよいよ、物体Xをトム様たちが試食します(爆笑) 果たしてトム様、殺人料理をちゃんと食べることが出来るでしょうか・・・!?(笑) |