『天体観測。−3−』












「Hi ! Honey!!(やあハニー!)」

「・・・・・・・ファントム」

「Long time! Have you been a good boy? 
 (ただいま、久しぶりだね。良い子にしてたかい?)」


 背後から突然、俺を羽交い締めにして、頬ずりをしてきた相手は。
 その、見事な銀髪や美しい紫の瞳を確かめるまでも無く―――――――4歳上の、俺の幼馴染みにして恋人である青年だった。


「I was aching for you!!(キミに逢いたくて堪んなかったよー!!)」

「お前、どうして・・・。学会、もう終わったのか・・・?」


 感極まった状態で、英語で早口に喋られると流石にうまく聞き取れない。
 どうせ逢いたかったとかそこら辺の意味を言ってるのだろうと判断し、俺は無視して、聞きたいことを口にした。

 彼は今、論文発表の為、A国の学会に出向いている筈で、此処に現れるのは甚(はなは)だ不自然だ。
 帰ってくるのは確か、あと3日ほど先だった筈なのに。

 ついでに言えば、たとえ彼が帰国していたとしても・・・・今、俺が居る場所にファントムが来るのはおかしい気がする。

 学校帰りに迎えの車には帰って貰い、俺は自分の足でギンタ達とこの河原へ来たのだ。
 何処へ行く、とかの場所を教える連絡だってしていない。

 ファントムが、此処を分かっている筈が無いのだ。


「ん? 終わってないよ。でもボクの発表は終わったから、予定切り上げて帰ってきちゃった!」

「・・・・・・・・いいのかそれ・・・?」


 サラッと言われる内容に、脱力する。
 学会って、閉会しない内に帰ってきてもいいんだろうか。

 この国ではまだ学生の身でありつつ、海外では既に医師免許を取得し、向こうではそれなりの研究成果を挙げている有能な医師―――――――なんて、複雑な肩書きを持っている筈の俺の恋人は、いつだって酷く気ままに生きている。

 コイツの性格だったら、偉い学者先生にだって平気で文句言ったり、ワガママを言いたい放題なんだろうな。
 今回だってきっと、そういうワガママを言って帰ってきたに決まってるぞ、絶対。

 まあ、それをやって立場が悪くなるのはファントムであって俺じゃないから、構わないけど。


「あ〜〜やっぱり抱き心地いいなあアルヴィス君はvv 逢いたかったよー!」

「・・・こら! ひっつくな」

「んーやっぱ本物はイイよねー! あー可愛い、どーしよ、もー可愛すぎて堪んないっっ!!」

「おいっ!」

「I have eyes only for you・・・!!(もう、ボクにはキミしか見えないよ・・・!!)」

「・・・俺に、お前の目がどうしたって、・・・??」


 いつものことだが、ネイティブな英語は直訳だとイマイチ意味が通じないから困る。
 俺は幼いときからコイツのせいで、割と耳にしていて聞き慣れている筈なんだけど・・・・早口に言われると意味まできちんと把握できないのだ。


「アルヴィス君の可愛い顔見たら、なんかもう色々どうでも良くなったよ・・・!」

「相変わらず、良くわかんないテンションだなファントム・・・」


 約1週間ぶりに逢ったファントムは、相変わらずの人懐こさで俺にまとわりついてきた。

 喉をゴロゴロ鳴らし、べったりとくっついてグイグイ頬ずりしてくる様はまるで人間サイズのデカイ猫のような懐きっぷりだ。
 人前だろうとそうでなかろうと、まったく関係無い。
 所構わず俺を抱き締め、頬ずりしたり顔中にキスをしてくるのには少々閉口モノだ。

 海外ではコレが普通と言われても、やっぱり恥ずかしいし・・・ここは慎(つつし)み深さが美しいとされるN国、こんな風にされるのは抵抗がある。


「暑苦しい。離れろ」


 ナナシの前ということもあり、俺は邪険にファントムを振り払った。
 だがすぐにヤツの手が俺に伸びて、再び抱き締めようとしてくる。


「冷たいなあ。久しぶりの逢瀬だっていうのにー」


 ファントムは、嘆くようにそう言って。
 さあおいで、とばかりに再び両手を広げてみせてきたが、当然俺が飛び込むワケは無かった。

 大体、確かに逢うのは1週間ぶりだけど、毎日欠かさず大量のメールやら電話やらされていたら全然久しぶりなんて気にはなれない。
 本当に学会に出席していたのかと怪しんでしまうくらい頻繁(ひんぱん)にメールが届いて、余りのウザさに1度俺がキレて携帯の電源を切ったくらいだ。
 (そうしたら、どういう仕組みなのか五分後には電源が勝手に入って、それまで以上に沢山着信するようになり結局降参した)

 こんな状態で、『久しぶり』だなんて感覚になれるワケが無い。
 というか、久しぶりだとしても人前でそんな抱き合うなんて――――――――俺は御免だ。


「たった1週間だろ!」

「1週間も、でしょ?」


 ファントムは。俺の言葉をサラリと訂正して。
 軽く肩をすくめて、締めていたネクタイを緩めスーツの上着を脱ぐ。

 日が暮れた河原とはいえ、スーツをしっかり着込んだままじゃ流石に暑かったらしい。


「ボク的には、アルヴィス君とは1秒だって離れていたくないんだけどなあ。
 アルヴィス君が携帯のストラップくらい小さければ、肌身離さずいつだって持ち歩くのに!」

「・・・それより。帰ってきたのは分かったけど、なんで此処が分かったんだ?」

「ああ・・・空港着いた時、ちょうど夕飯に間に合う時間だったから。
 キミと一緒にと思ってね・・・・家に連絡したら、ギンタ達と一緒に花火するって聞いてさ。
 ここらで花火するなら、きっとこの辺りの河原だろうなって」


 懲りずに軽口を叩いてくる彼に閉口して、話を逸らすべく質問したら、事も無げに回答が返ってきた。

 ああ、そういえば運転手に『花火しに行く』とは言ったんだっけ。

 だったらまあ・・・場所を考えつくのも不自然じゃないかも知れない。
 ファントムは、やたら勘が鋭くて、俺の居場所をすぐ探し当ててしまうヤツだしな。

 しかし、感心したのも束の間。
 続けられた言葉に、俺は首を傾げる羽目になる。


「それで、迎えに来たってワケ」

「・・・・・・・・・・」


 月明かりの中、キラキラと輝く銀髪を揺らし、にっこり微笑むその白い顔は溜息が出るほど美しく。
 手でも差し伸べられたら、そのまま月の世界へでも連れ去られてしまいそうな気がしてくるくらいに・・・・幻想的な光景だが。

 言ってる意味が、わからない。
 『それで』って何だ。・・・意味が繋がってないだろう。

 いつものことだけど、激しく自己中だ。


「ファントム」

「なあに?」

「俺、・・・今、みんなと花火してるんだけど・・・?」

「そうだね」

「・・・そっちの方が、先約なんだが?」

「そうだろうね」

「・・・・・じゃあ、まだ花火終わってないし、帰れないと思わないか?」

「なんで?」


 真顔で聞き返されて、俺は押し黙った。


「・・・・・・・・・・・」


 時折、俺はこの4歳上の幼馴染みの常識を疑いたくなる。

 確かに、これが1ヶ月・・・いや、それじゃ微妙だな・・・3ヶ月ぶりだとか、半年ぶりだとか、長期間逢って無くて久しぶり、っていうのなら。
 そりゃあ、そっちを優先することになっても仕方がないだろうと思う。

 だけど、今の場合はたったの1週間。
 ファントムが帰ってきて、一緒にご飯食べるから俺もう帰るな? ・・・なんて、言えるワケが無い。
 小さい子供じゃあるまいし、お母さんが迎えに来たから・・・的なノリの主張なんて、出来るワケないじゃないか。


「あのなファントム、・・・・・」


 そんなの無理だ、と続けようとした俺を、腕を伸ばしてファントムが捕まえてくる。


「ワガママは聞かないよ」

「・・・・っ!」


 どっちがワガママだーーー!!?

 俺が堪らずそう叫ぼうとした瞬間、ファントムが遮るように口を開いた。


「・・・・花火の煙は気管を刺激するし、発作が起きたら大変だ」

「・・・・・・・・・・」

「見た感じ、結構、煙が辺りに充満してきてるみたいだしね。・・・これ以上は危険だよ」

「・・・・・・・・・・」


 柔らかな物言いだったけれど、ファントムの声には有無を言わせぬ響きがあった。

 確かに、花火の煙は喉を刺激する。

 まだ小学生の頃1度や2度ならず、花火をしていて咳き込み、発作を起こしたことがあるのを思い出した。
 火花を散らしている花火を放り出し、その場に蹲(うずくま)って苦しむ俺に慌てて駆け寄ってきたダンナさんやギンタの焦った顔は、未だに忘れられない。

 中学から高校にかけて、すっかり発作からは遠ざかっていたから忘れていたけれど―――――――喘息持ちだと・・・そうだった、花火は結構危険だったのだ。

 いつもの態度が態度だから、ついファントムの常識を疑ってしまったが、今回は純粋に俺を心配してくれたらしい。


「マスクして常に風上に居るの注意していれば、何とかなるかもなんだけどね。
 でも、いつ風向きが変わらないとも限らないし・・・・こういう環境に居るのは許可出来ないな」


 ね、だから帰ろう―――――――そう即されて。
 俺は、こっちを見て立ち尽くしたままのナナシの方へと顔を向けた。

 突然現れたファントムのせいで、すっかり場が中断してしまっていたが、そういえば俺はナナシと話している最中だったのだ。

 しかも何だか、とても大事な話になるような雰囲気だった気がする・・・・・・・けど。
 今更、蒸し返せない感じだな・・・ファントムも居るし。


「ナナシ、ごめん俺・・・・」


 心なしか顔が強張っているように見えるナナシに、俺は帰ると告げる。

 途切れた話は気になるけれど、まあそれはまた今度でもいいだろう。
 学校で逢った時でもいいし、約束してくれた『お好み焼き』を食べさせてくれる時にでも話の続きを聞けばいい。

 嫌われてるワケじゃないって分かっただけでも、・・・今日は御(おん)の字だ。


「今日はこれで帰るよ。で、話の続きはまた今度聞かせてくれ」

「あ・・・いや、あのな・・・」

「―――――――やあ、久しぶりだね」


 俺に何か返事しようとしたナナシの言葉を遮(さえぎ)って、ファントムが口を開いた。


「元気そうで何よりだよ。
 ※治験(※−ちけん−人間を対象に、医薬品や治療の有効性や安全性をチェックする為に行う研究)に協力して貰いたいくらいだね」

「・・・・お陰様で。けど、治験は遠慮しときますわ」

「そう? キミだったら理想的なんだけどな。特に口なんて、スゴク滑らかに動くみたいだし?」

「ジブン、病院とか医者とか、ごっつ苦手ですねん」

「それは残念だな。
 ・・・健康そうに見えても、実は思わぬ所に欠陥が見つかるってこともあるんだから検査くらい受けたらいいのに。
 喋りは滑らかでも、耳とか頭に問題あるかも知れないし!」

「―――――――・・・お気持ちだけで」

「言われた内容が理解出来ない、・・・なんて症状が出たら、ボクがいつでも診てあげるから」

「・・・・・・そらどうも」


 声を掛けたファントムも応えるナナシも、言葉ほどは親しげに見えないのは俺の気のせいなんだろうか?
 初対面の時からそうだけど、この2人は互いに良い印象を持っていないように見える。

 ファントムの態度は、他の人間にするそれとさして変わらないように思えるけど・・・・・ナナシの方は、明らかに身構えている気がするんだよな。
 顔が強張ってるっていうか、・・・・俺に時たま見せるぎこちない表情ともまた違う、複雑そうな顔をする。

 まあ確かにファントムは、歯に衣(きぬ)着せない物言いや態度が多いし、そのキレイな見た目に反して思いっきり毒舌だから。
 ・・・苦手だと思うだろう人間が多いことは、俺にも納得出来るんだけど。

 ファントムが相手に対して失礼な事を言うのはデフォルト(基本)なだけで、決して相手を嫌ってるとか悪気があるワケじゃない。
 ――――――――というのを知ってるのは俺と、彼に近い存在であるペタだとか、きっとそこら辺だけなのだ。

 恐らくナナシは、完璧にファントムを誤解しているんだろう。


「・・・じゃあ、ボク達はそろそろ行こうか」

「え、でも俺まだギンタ達に・・・・」


 目の前の2人のやり取りに、そんなことを考えていたら。
 ファントムが俺の肩を抱いて、土手の方へと促そうとしてきた。


 俺達から離れた所で手持ち花火をしてはしゃいでいるギンタ達は、まだ此方の様子には気付いていない。
 帰るにしても、一声も掛けないワケにいかないだろう。


「ダメだよ、あっちは煙が充満してる。行くと咳が出ちゃうよ」

「でも、・・・」

「・・・心配しなくても彼が伝えておいてくれるさ」

「だけど一言くらい直接―――――」

「帰るよ」


 いくらゴネても、ファントムは俺の身体を離そうとはしなかった。

 仕方なく、俺はファントムに促されるまま歩を進める。


「・・・・・・・・・・」


 ふと、ファントムが途中で足を止めた。
 くるり、とナナシの方へ顔を向ける。

 そして、唇の両端を吊り上げて・・・・笑う。


「――――――・・・今回、だけだよ?」


 それは確かに、ナナシに向けて言った言葉だった。

 けれど、意味が繋がらない。
 何が『今回だけ』なんだ??


「本当なら、風通しを良くしてあげて。
 ――――――・・・キミを歴史に刻んであげたいとこなんだけどね」


 続けて言ったファントムの言葉も、俺には理解出来なかった。
 ファントムはごく稀に・・・本当にたまにだけれど、意味が良く分からない物言いをする。

 英語で言えば通じる言葉なのかも知れないが、日本語としては意味不明だ。

 キミを歴史に刻む・・・・英訳すれば、『I'll make you history』だろうか。
 それでもやっぱり、話が繋がらない。

 俺にはファントムが何を言いたいのか、理解することは出来なかった。








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言い訳。
日記からのサルベージです。
ファントムが言った『君を歴史に刻んであげる』・・・というのは、第2話での訳通り、ぶっちゃけ『殺してやる』って意味です(爆)
「歴史に刻む」=「過去の存在になる」=「現在&未来には存在しない」的なことでしょうかね(笑)
トム様、アルヴィスには通じてないの分かっててナナシに牽制してまs☆