『天体観測。−4−』












 ――――――・・・キミを歴史に刻んであげたいとこなんだけどね。





「・・・・・・・・・・・・・」


 ファントムの言葉に、ナナシが更に顔を強張らせた。
 ということは、ナナシには意味が分かったと言うことだろうか?

 言葉通りに受け取るなら歴史に名を残す・・・要は有名にしてあげる、という意味合いになると思うけれど、ナナシの様子を見るにそうでは無いみたいだ。

 やっぱり、俺には意味が良く分からない。
 分からないと言えば、その前の『風通しを良くしてあげる』も意味が繋がっていない気がする。

 ・・・分からないことだらけでムカツク。


「・・・・・・・・・・・」


 俺が傍らに立つ男の表情を伺えば、ファントムは楽しそうに笑っていた。

 強いて言うなら、ネズミをいたぶる時の猫みたいな、少し意地悪そうな笑み。
 キレイだけど出来れば自分には向けて欲しく無い、底意地の悪さが感じられる表情だ。

 確かにサマになってるし似合うんだが、―――――――こういう顔をしてみせるから性格が悪いと誤解されるんだ、と俺は思う。


「でも今は、気分がすごくイイから。・・・ヤメておいてあげるよ」

「・・・・・・・・・・・」


 ファントムが、クスクスと笑ってそう言うけど。
 何がそんなに楽しいのか、一体何をヤメテおいてあげるのか、・・・良く分からない。

 ナナシも黙り込んだままだし、俺達の間にある今の空気は、決して笑いが漏れるような明るい雰囲気では無かった。
 楽しそうなのは、ファントムだけだ。

 何となく、周りにある空気が息苦しい気がしてきて。


「・・・・、」


 俺は無意識に、傍らのファントムの腕を強く掴んでいた。
 この場に何故か漂っている、緊迫したムードから逃げたかったのかも知れない。




「ああ、・・・ごめん待たせたね。行こうか」


 その行動を、足を止めた自分に対する抗議だと思ったのか。
 ファントムが軽く謝って、歩くのを即してくる。

 促された方向の土手(どて)上の道路脇に、やたら胴の長いこの国では不釣り合いだろう外車が見えた。


「・・・ファントム・・・・・?」


 俺が困惑気味に、エスコートするように歩を進める銀髪の青年を見上げると。


「お腹空いちゃった?」


 ファントムは先程とはまるで印象の違う、柔らかな笑みを見せてきた。


「何食べようか、・・・久々に中華にでもする? 福○門でいいかな?」

「え、いや・・・・」

「中華は嫌? じゃあイタリアンとかの地中海料理でも・・・」

「そうじゃなくて、・・・・さっきのは・・・」


 頭(かぶり)を振って、そう言いながらナナシの方を振り返ろうとしたら。
 ファントムが、それを阻止するように俺の背を軽く押してくる。


「何でも無いよ。気にしないで」

「・・・・・・・・・・」


 気にしないで、と言われても。
 あんな風なやり取りをされたら、どうしたって気に掛かる。

 隣の、頭1つ分ほど高い位置にあるキレイな顔を黙ってジッと見つめていると。
 ファントムは、俺が納得していないと観念したのか苦笑を浮かべて言葉を付け足した。


「―――――・・・It's not that easy.(まあ、色々と事情があるんだよ)」


 付け足された言葉も、全く具体的な内容は一切入ってなかったから意味は掴めない。

 というかサラッと英語で言われてしまうと、俺の場合その内容を日本語に変換しなければならないせいで、意味を理解するのが後回しになる。
 だからそもそも、話の内容に突っ込めなかったりするのだ。


「ナナシと喧嘩でもしたのか・・・?」

「別に?」


 俺を車が止めてある方向へ誘導しながら、けろっと答えてくるファントムの屈託のないその表情は、嘘を言っているとは思えなかった。

 まあそもそも、ファントムとナナシには接点など余り無い。
 俺を介しての繋がりしか無いだろうし、その2人に何かあるというのは、やっぱり俺の考えすぎだろうか。

 ただ、何となく。


「なんか、・・・仲が悪そうに見えるんだけど・・・」

「It's just your imagination!(気のせいだよ!)」


 ―――――・・・今の、俺の(言ったことは)想像・・・空想・・・?
 ああ、・・・『俺の気のせい』・・・っていう意味かな。

 ともかく、素直な印象を口にしたら、アッサリと否定されてしまった。

 気のせいと言われたら、まあ・・・そうなのかも知れない。
 第一、ファントムとナナシが、互いをどうこう思う理由だって考えつかないし。


「あ、見てアルヴィス君。月が隠れたから星がキレイに見えるよ」

「・・・ホントだ」


 アレコレ考えていると、不意にファントムが空を指さした。

 ファントムの言うとおり月が雲に隠れたせいで、霞んでいた星が瞬(またた)くように輝いているのが見える。
 花火で遊んでいた河川敷から離れたせいで、煙ってもいなくてキレイな星空だ。


「たまには、星がキレイに見える場所での食事もいいね。・・・展望台のあるレストランに行こうか。
 確か、天体望遠鏡が使える店があった筈なんだよね・・・何処だったかな・・・」

「・・・天体観測でもする気か?」

「ああ、それもいいね。木星とか、縞模様がキレイだし」

「新たに星を見つけられたら、名前付けられるんだよな・・・」


 何の気ナシに、俺はさっきのナナシとの会話を思い出して口にした。

 ファントムは、そういったことが好きそうだ。
 ものすごく、・・・ふざけた名前を付けたがりそうな気がする。


「そうだね。でもボクは、そういうのどうでもいいな・・・興味無いよ」

「・・・・そうなのか?」

「だいいち発見するのも、その後に新しい星だって※IAU(※国際天文学連合)に証明するのも、すっごい手間掛かりだし」


 意外だった。
 そういうの、すごく好きそうだと思ったのに。

 まあ、コイツが夜空に眼を凝らし、誰にも見つけられていない星を手間掛けて見つけ出す―――――――なんてことを、ちまちまやるタイプには見えないが。


「それに星の名前なんて、便宜(べんぎ)的に区別する為に付けるだけでしょ。
 付けたところで星を所有できるワケでも無いし、星自体に何ら干渉できるワケでも無し。こっちが勝手に名前付けて呼ぶだけのことだもの」


 ファントムはそう言って、意味がないと斬り捨てた。

 その顔が星空の下、キレイだけれど・・・・やたらに冷たく見えて。
 俺はファントムのその表情に気を取られ、彼がその直後に付け加えた言葉を聞き逃してしまった。


「・・・・・・・まあ、中にはそう名付けることに虚しく意味を見出して。
 自分のモノだって錯覚したい輩(やから)も居るみたいだけどね・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・え?」


 虚しく・・・・・・・その後、何て言ったんだ?


「さあ、行こうか。ボク達が戻るの遅いから、ペタが車から出てきちゃったよ」

「あ・・・うん、・・・」


 けれどファントムは、俺が聞き返したのには答えなかった。
 そのままその話題を払拭するように、肩を抱いて歩くのを促してくる。


「・・・・・・・・・・・」


 ファントムに背を押されながら、俺は1度だけ後ろを振り返った。

 すっかり暗くなった河川敷に、眩しい光の柱と幾つもの光の花、そして複数の人影が見える。
 噴水花火や手持ちの花火の光と、それをやるギンタ達の姿だ。

 そこから少し離れた場所に、辛うじて輪郭だけが見える長身の姿があった。








 ――――――――自分・・・『アルヴィス』いう名前、、めっちゃ好き。


 ――――――――キレーな名前やもん。アルちゃんに、ぴったりな名や。



 ――――――――やから、・・・・・先に呼びたかってん。アイツより、先に。





 あの言葉に、どんな意味があったんだろう。

 『アイツ』って、誰のことだったのか。
 どうしてあんなに、・・・・・・・・切なそうな顔で口にした?





「・・・・・・・・・・・・・・」


 皆ではしゃぎながら遊んでいる、花火の輪に加わらず。
 そうして暗い中で佇んでいるナナシは、まるで燃え尽きた後の線香花火のように見えた。

 星で言うなら夜空に肉眼でギリギリ見える6等星のように、周囲の闇に溶け込んでいる。

 それはいつもの、どちらかと言えば華やかで賑やかな雰囲気を纏っている彼とは思えない姿だった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 遊び終わった線香花火だって、6等星だって、普通なら見向きもしない目立たない存在なんだろうけど。
 何故だろう、今のナナシの様子が逆に、俺は酷く気に掛かった。

 放っておけないような――――――声を掛けるべきなような、そんな気がして。
 車の傍まで行きながらも、自然と足が止まりそうになる。


「・・・・・アルヴィス君」

「あ・・っ、」


 でも、ファントムが何処か不機嫌そうに俺の名を呼んで。
 足を止め掛けた俺を、車の後部座席の方へと押しやる。

 タイミング良く傍らに立って待っていたペタがドアを開くから、俺はそのまま車の中へ押し込まれてしまった。
 そしてそのまま全員が乗り込んで、問答無用に車が発進する。












「ファントム、・・・」

「あんまり、彼のことは気にしない方が彼の為だよ」

「え?」


 強引なやり方に文句を言おうと口を開き掛けた俺に、前を向いたままファントムがサラリと言ってきた。

 やはり、何となく機嫌が悪そうだ。


「彼って・・・ナナシ?」

「そう」


 ファントムのキレイな横顔のラインを見つめながら問えば、此方に視線を向けないまま頷く。
 俺と視線を合わせない辺り、やっぱり機嫌は良くないらしい。

 さっきまであんなに機嫌良さそうだったくせに、ワケが分からない。
 本当に気分屋だから、付き合ってるこっちは堪ったモノじゃないのだ。

 さて。
 今回は、いったい何でご機嫌斜めになってるんだ?

 俺に理解出来るような理由だったらいいんだけど・・・・・って、ナナシの話題を振ってきたってことは、ナナシが原因か?

 なんで、・・・・・ナナシだ?

 ――――――さっき俺に、『気のせいだ』って言ったよな!?
 アレ・・・『It's just your imagination!』って、『気のせい』って意味じゃなかったのか??

 あーもう面倒臭いな! 全部日本語で言えよ・・・・!! なんて。
 思わず心の中で、悪態を付いてしまうけど――――――――本当は分かってるんだ。

 ファントムが俺の為に、こっちの言葉で話してくれてるってことは・・・・・・。
 ヤツがこっちの言葉で話すのは、・・・俺が全部英語で喋るのと同じくらい大変なことなんだろうって。

 だから、たまに飛び出る英語も聞き返さなくて済むように。
 いつかちゃんと、英語でスラスラとファントムに思ったことを伝えられるように・・・・こっそり勉強して英語の語彙(ごい)を増やしてはいるんだけど。

 やっぱり、・・・難しいな。言葉の壁を越えるのは、なかなかに厳しい。


「アルヴィス君が気にすれば気にするほど、・・・・彼にとって歓迎しない事態になるだろうからね」


 ほら、・・・例え日本語で言われたって、ちゃんと意味が理解出来るかどうかなんて分からないんだ。

 俺が気にすればするほど、ナナシにとって歓迎しない事態って何なんだ・・・?
 英語じゃないから言ってる言葉は分かるけど、言わんとしてる意味はさっぱり通じない。


「・・・・・・・・・・良く、分からないんだけど・・・?」


 大体、気にしてるって指摘されちゃうほど、俺はナナシを気にしているのか?

 確かにさっき、ナナシに声を掛けた方がいいかどうか迷ったけど。
 でもそれが、気にしてるってことになるのか??

 だって、・・・俺自身、ナナシをどうして気にしてるのかも良く分かってないんだぞ。
 そんなこと言われたら、余計気になるし・・・混乱するだろ!?


 ――――――ついでに言えば、友達なんだから俺がナナシを気にして何が悪い?!!



「・・・・・・・・・・・」


 ファントムの言葉に、きっと俺は思い切りしかめ面をしてしまったんだろう。


「ああ、・・・ごめんね?」


 俺の方を見て、ファントムが苦笑しながら謝ってきた。


「・・・・・Weii, you know.(うーん、・・なんて言ったらいいかな・・・)」


 そして少し言いあぐねるように視線を巡らせ、ゆっくり言葉を紡いでくる。


「彼にだって、色々あると思うから。アレコレ他人には心配されたくないでしょ・・・『察して?』ってヤツだよ」


 つまり、―――――――。


「・・・・俺に心配されるのは、男のメンツに関わるってヤツなのか?」

「あー、・・・うん。ま、そういうことかも」


 ファントムは一瞬、思案するかのように視線を巡らせ・・・軽く何度か頷いて肯定してきた。


「・・・・・・・・・・・」


 そうであるなら、確かに俺がアレコレ考えたりするのは迷惑かも知れない。

 俺がナナシを気にするからファントムの機嫌悪くなったのかと思ったけど、勝手に他人の領域に入り込むなと釘を刺したかったようだ。
 まあ、・・・心配したりするのも場合によっては、ありがた迷惑だろうし―――――――勝手に気に掛けたりするのも、無粋(ぶすい)と言われればその通りかも知れない。


「・・・・・・・彼、別に何かアルヴィス君に言ってきたワケじゃないんでしょう?」


 考え込んだままの俺に、ファントムが確認するように聞いてくる。


「・・・うん、」


 言っては、・・・来てないな。・・・うん。
 俺が勝手に、様子が変だと思っただけで。

 勝手に、・・・・俺が気になっているだけだ。


「・・・・何かして貰いたいことあったら、自分で言うよ。赤ちゃんじゃないんだし」

「・・・・・・う・・・ん・・、」


 でも、それは。

 俺もだけど・・・・伝えたいからって、必ずしもちゃんと言葉に出せるとは限らないと思うんだ。
 目の前のコイツみたいに、スラスラ思った事を口に出せる人間なんて、早々いないんじゃないかと俺は思う。

 そう言おうとしたら、まるでそれが分かっていたみたいにファントムが口を開いた。


「―――――――要求があったら動物だって、ハッキリ態度で示すよ。それが伝わらないってことは、伝えたくないってことじゃないかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 それは、・・・・・そうかも知れない。
 人間には、意志や感情を的確に伝えるための『言葉』があるのだから。


「それなのに勝手に気に掛けるのは、お節介っていうか余計なお世話っていうか、・・・男のプライドに関わるんじゃないかと思うんだけど」

「・・・・・・・そうだな・・・」


 ようやく、俺も納得する。
 確かに、困ってるときに手を差し伸べて貰うのは――――――・・・有り難い場合もあるけど、自分だけでやれるって思ってる時には、迷惑に感じることもあるだろう。

 ナナシが幾ら困ってるように見えても、それはもしかしたら単に俺の思い過ごしで。
 俺が何かしようとしたら、ナナシには逆に迷惑なのかも知れない。

 ナナシは別に、何ら俺に・・・・言って来たワケじゃ無いんだから。


 ・・・・俺が勝手に。
 ナナシが言いかけた言葉を、―――――――気にしてるだけだ。


「ね? アルヴィス君が気にしないであげるのが、彼の為だよ」

「うん・・・」

「彼もきっと、そう願ってる」

「・・・うん」


 ファントムが言うのなら、そうなんだろう。

 だったらもう、俺は・・・・・・・気にすべきじゃない。


「―――――じゃあ、この話はもうオシマイ。やっとアルヴィス君に逢えたんだから、もっと楽しい話がしたいな」

「うん」


 そう言ってくるファントムに、俺はもう逆らわなかった。
 されるがままに胸に抱き寄せられ、頭を撫でられながら、その気持ちの良さに目を閉じる。


 目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは・・・・先程の線香花火の、ハラハラと散っていく花びらみたいな火花と。
 爆発する寸前の、恒星みたいに赤く熟した光の玉。

 そして、その光に照らされる――――――金色の髪を長く伸ばした、男の横顔。


 いつか俺に、あの切なそうな顔の意味をナナシが教えてくれる日はくるのだろうか。
 だとしたら、それはどんな事情からだったんだろうと思う。

 ・・・・考えたところで、今の俺には何一つ思いつかないけど。
 でも、それでいいんだと思い直す。

 余計な勘ぐりは、ナナシだって望まないだろう。



 ―――――――アルヴィス君が気にしないであげるのが、彼の為だよ。


 ファントムの、言うとおりだ。
 彼が言わないのなら、それは俺には伝えたくないということ。

 ならば俺は、敢えて聞くことはしない。
 ナナシとは、仲良くしたいと思ってるんだから。



 ・・・だけど、いつか。







 ―――――――なあ、アルちゃん。

 知っとる? 空に浮かんでる星な。

 アレ、最初に見つけたヤツが名前をつけられるんやて―――――――





 俺にそう言った、言葉の真意を教えてくれる日がくればいい。
 俺からは聞かないけど、ナナシから言ってくれる日がくればいい。

 その日を、俺は待ってる。
 きっと、それを教えて貰った時こそが、俺とナナシが本当にわかり合える日なんじゃないかって気がするから・・・・・・・・。








 END


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言い訳。
日記からのサルベージ。
時間軸的には、恐らく今連載してる『君ため』本編の、ACT62手前辺りなんでは無いかと(笑)
ちなみにトム様がアルヴィスにナナシのことを気にするなって言ったのは、もちろん男の沽券に関わるからとかそんなんではありません(爆)
「アルヴィス君が気にしないであげるのが、彼のため」っていう言葉はまんま、アルヴィスが気にするならボクが始末しちゃうからそれだと彼が可哀想でしょ?ってのが本音です。
つか恐らく、トム様的には既にナナシって殺したいフラグは立ってるのかなと。
ただ実行しちゃった後に、アルヴィスの精神面に傷が付くのを避けたいから、まだ本格的に排除の方向に考えてないだけだったりして・・・☆