『天体観測。−1−』












 ―――――――なあ、アルちゃん。

 知っとる? 空に浮かんでる星な。

 アレ、最初に見つけたヤツが名前をつけられるんやて―――――――










「キミ見つけるの、・・・・もう少しだけでも前やったら良かったのになあーって、ホンマ思うわ」


 ギンタに誘われT川の河川敷に行き、大学の知り合い皆で花火をした。

 光も音も派手な花火に人気が集まる中、俺とナナシだけ、地味に売れ残っていた線香花火に火を付けて。
 二人して顔をつきあわせるようにしながら、細く依った紙製の紐を指先で摘み、ただひたすら先端の小さな丸い光の粒の運命を見守る。

 線香花火の先端は、まるで小さな太陽のようにオレンジ色の光を放ちながら、表面をグツグツ煮立たせバチバチと火花を散らしていた。

 そんな中、ぽつりとナナシがそう言ったのだ。

 話には、脈絡も何も無かった。

 クッキリ星が見えるほど澄んだ夜空では無かったし・・・今は花火の煙で曇ってしまい、星などタダの1つも見えない。
 そもそも、俺と星を一緒くたにして言及する意味が分からなかった。


「・・・・俺は星じゃないし、だいいち何にでも名前が付けられるワケじゃない・・・確か、小惑星だけだろ」


 久しぶりの、ナナシとの会話だったから。
 もっと楽しい気が利いた言葉を返したいと思っていたのだけれど。

 俺の口から飛び出たのは、そんな愛想のない返事だった。
 だって、他に言いようなんて無いだろう。


「小惑星でも彗星(すいせい)でも、何でもええねん!」


 しかしナナシは、気分を害した様子も無く話を続けてきた。


「ともかく名前つけられんのがエエなあ思うだけや」

「そうか?」

「なんか、自分のモンって気がしてエエ感じせん?」

「・・・いや、別に? 名付けられた所で、星を実際に手に入れられるワケじゃないし・・・」


 だけど。

 本当に滅多にない、ナナシが俺から逃げずにちゃんと相手をしてくれている数少ない機会なのに。
 俺の、愛想のない言葉を気にした風も無く、ナナシは話し掛け続けてくれているというのに。

 俺は、やっぱりツマラナイ受け答えしか出来なかった。

 そして。
 意識すると余計に、――――――言葉が出てこなくなる。


「・・・・・・・・・・・」


 俺は、この見た目が派手で、やたらにノリの軽い・・・・顔が良いから余計に遊び人に見えてしまう男が嫌いじゃなかった。

 軽口を叩くし、遊び人っぽいし、見た目からしてチャラチャラしていてロクでもないような印象を受けるが、ちゃんと仲間を大切にしている誠実な人間なのだというのがチラホラと垣間見える。
 実は結構な苦労人で、身寄りのない子供達を仲間数人で引き取って暮らしている―――――――というような噂も、耳にした。

 もっと話せたらナナシとは、きっと良い友人になれる気がする。

 だが、何故か・・・・彼が親しげに寄ってきてくれたのは初対面の時と、その次の再会時だけで。
 その後は、どうしてか距離を取るようになってしまった。

 理由は、特に思い当たらない。

 俺が何かしてしまい、ナナシの気に障ったのなら・・・それはそれで、もっと態度が違う気がするし。
 そうでないのなら、何故こうして距離を取るのかが分からなかった。
 強いて言えば再会した日、ファントムが俺にベタベタしてきて、それをナナシに目撃されたことが思い当たるが、・・・・・ナンパが大好きで常に色恋沙汰の噂が尽きない彼にとって、そんなのは取るに足らないことだろう。
 そもそもファントムが俺にベタベタしてきたところで、ナナシが気にする理由も別に無い。

 けれども確かに―――――――ナナシは俺を、微妙に避けている。

 そう受け取れる彼の行動は、幾らでもあるのだ。
 だからといって、問い質(ただ)せるほど明確なワケでは無いけれど。





「・・・・せやね。名前付けたとこで、実際貰えるワケやない」


 会話が弾むような、気の利いたこと1つも言えない俺の目の前で。
 何故か悲しそうにナナシが笑う。

 まるで、本気で星が欲しかったかのような口ぶりだ。


「けど。星ん場合は、そーゆー貰うとか貰えないとか対象やなくて。
 名前付けたったら、その星はソイツ以外だーれも手出し出来ひんやろ?」

「手出しっていうか。
 ・・・1度名前が付いたら、新しいのはもうその星には付けられないっていうだけだろう」

「でも、星ん場合はそれで自分のモノにしたってことになるねん」

「・・・・・・星は巨大だからな。そう言われたらそうなのかも知れないけど・・・」


 ナナシが、何故こんなに星に拘るのか良く分からない。

 天体観測が趣味だったんだろうか? ・・・意外だ。


 そこまで考えて、そもそもは星の前に俺の話題だったことを思い出した。


「・・・・・・・・・・」


 ナナシは俺に、名前が付けたかったと言ってるのか・・・・・?

 それはそれで、良く意味の分からない発想だな。


「・・・・・ナナシは俺に、名前を付けたかったのか?」

「へ?」


 思いついて聞いてみたら、ナナシはポカンと口を開けて、何とも間の抜けた表情をした。
 まあ、どのみち「うん」と言われても無理な話だけど。


「アルちゃんに、名前? ・・・・なんで?」

「だって、・・・星の前に俺のこと言ってただろ」


 それって、名前を俺に付けたかったって意味合いになるじゃないか――――――と付け加えれば、ナナシはとても困ったように苦笑した。


「俺の名前に、なんか嫌な思い出でもあるのか?」

「や、・・・そうやなくて。・・・何て言うたらええかな・・・あァ〜・・・」


 言いにくそうに口を開いて、長い髪を揺らして迷う仕草をする。
 その拍子に、持っていた線香花火の先がポトリと落ちた。


「あーーっ!? 落ちてもうた〜〜〜〜!!!」


 ナナシが叫ぶのとほぼ同時に、俺の方の花火の火の玉は落ちることなく、紙製の細い紐先にくっついたままで光を失う。


「―――――俺の勝ちだな」

「・・・・・・・・・・っ」


 どちらが長く火の玉を持たせられるかを勝負していたことを思い出し、俺は勝ちを確信して笑った。
 一瞬だけ、ナナシが驚いたように僅かだが目を見開く。


「約束通り、ギンタ達に作ったっていう特製お好み焼き、俺にも食べさせろよ?」

「・・・・・・・・・・・」


 勝ったら作ってやる、と勝負前に約束していたことを口にしても、ナナシは黙ったままだ。
 呆けたように俺の方を見たまま、薄く口を開いてポカンとしている。

 そんなに、線香花火で俺に負けたのがショックだったのだろうか。
 それとも、・・・・・そんなに俺には作りたくないのか?

 最初に俺が食べたいと言った時も、やたらに困っている様子だった。



「・・・・・・・・・・・」


 理由が後者だったら、・・・そう考えて俺の胸がズキリと痛む。
 やっぱり俺は、ナナシに良く思われていないのかも知れない・・・・・・・・・・。

 原因は思い当たらないけれど、俺が気付いていないだけで、恐らくきっと何かしてしまったのだ。
 ナナシは俺を、嫌っている。

 名前のせいなのか何なのかは分からないが、間違いなく。


「――――――・・・やっぱり、いい。気が変わった」


 火の消えた線香花火を手に、俺は立ち上がりながらそう口を開いた。


「アルちゃん?」

「ギンタがあんまり美味しかったって言うから、ちょっと食べてみたいなと思っただけなんだ。
 そんな無理矢理に食べたいってワケじゃなかったし・・・・・・・・・・」


 慌てた様子で俺に釣られるように立ち上がったナナシを見ながら、言葉を続ける。

 これは、別に嘘じゃない。
 お好み焼きが食べたかったというより、―――――ギンタ達と一緒に、俺は誘ってくれなかったということに疎外感を覚えたから、そういう勝負を持ちかけただけで。
 とりたてて、焼くのが上手いという彼のお好み焼きが是非とも食べたかったから、というワケじゃなかった。

 避けられているというのは、単なる俺の勘違いなんだと、・・・・そうであればいいと、それを確かめたかっただけなのだ。

 実際、・・・勘違いでも何でもなくて。
 正真正銘、避けられているらしいと分かってしまったけれど。

 こんな勝負、――――――しなければ良かった。


「無理言って悪かったな、・・・勝負は取り消しだ」

「・・・・アルちゃん!」


 そのまま、彼を置き去りにギンタ達の方へ歩み去ろうとした俺の手を、ナナシが掴む。


「・・・・・・なんか、誤解しとるやろ?」


 捨てられた犬みたいな、縋るような表情。
 これが、俺を苛立たせる。

 突き放すくせに、俺の事を避けようとするクセに・・・・・なんで、こういった悲しそうな顔をするんだろう。

 まるで、俺の方が悪いみたいじゃないか。
 ――――――俺が近づいたら、途端に困った顔をするくせに。

 何なんだよ、・・・訳が分からない。
 近づくのはダメで、かといって遠ざかると寂しそうにするって、意味わかんないだろ。

 腹が立って、掴まれた手を振り払った。


「してないさ。そのまんまだろ?」


 言い返す口調も、自然きついモノとなる。


「アルちゃん・・・、」


 ナナシが、悲しそうに首を横に振った。


「誤解や!」

「なにが? 俺なんかには食べさせたくないんだろ」


 けれど、そんな風にされても俺の気持ちはささくれ立つだけだ。

 そりゃあ確かに、面と向かってお前のことが嫌いなんだとは言いにくいんだろう。

 だからといって、曖昧(あいまい)に態度を誤魔化されても、ミエミエなんだよ!


「・・・・・・・誤解や言うてるやろ」


 そのまま立ち去ろうとした俺の手を、もう一度ナナシが掴む。
 そして、ぐいっと傍に俺を引き寄せた。

 やたらに真剣な色を湛えた、青灰色の瞳と眼が合う。


「キレイ、・・・やったから」

「・・・は?」


 言われた言葉の意味が、把握出来なかった。

 きれい? ・・・何がだ。


「・・・やから、アルちゃんが」


 俺の手首を掴んだまま、ナナシが苦笑する。


「さっきの笑ったアルちゃん、・・・ごっつキレーで・・・自分、見とれてしもうててん」


 そう言って。
 何か眩しいモノを見ている時のように眼を細め、ナナシは笑っていた。

 ナナシらしくない、俺に時折見せる、悲しげな笑顔だ。


「あんま可愛ええから、思わずこう、ギューってしたなって。・・・・アルちゃんの話、聞いてなかった」

「・・・・・・・・・・なんだそれ?」


 脱力してしまうような理由に、本当だろうかと思わずナナシを睨み付けてしまった。

 もし本当にそうなら、ものすごくクダラナイ理由だが。
 それでもそれが、嘘じゃなければいいと思う。

 だって、―――――――嫌われていると思ったら、やっぱり辛い。
 思い当たる理由も分からないまま、いきなり避けられるようになるのはショックだ。


「拒否ったワケや無いねん。アルちゃんの可愛えー笑顔に見とれて、話を聞き逃してまったんや」

「・・・・・・・・・・・」

「ご希望とあらば何なりとお作りしまひょ、お姫(ひぃ)さん」


 悲しげだった笑みを一掃して、戯(おど)けた風にそう言われたら。
 ほんの少しだけ、こいつの調子の良い口車に乗せられて、嬉しそうにしている女子達の気持ちが分かる気がした。


「・・・・誰がおひぃさまだ、バカ」


 大きな犬に、懐かれている気分。

 人懐こく愛想を振りまかれては、・・・・・・・・・無下には出来ない。
 悪態を付こうとしても、つい絆されてこの程度になってしまう。


「・・・俺にも作ってくれるのか?」

「アルちゃんの為なら、喜んで」

「・・・・・・・・・」


 ぶっきらぼうに確認しつつ、内心、酷くホッとする。
 避けられていると思ったのは、俺の気のせいであってくれたらしい。・・・良かった。


「じゃあ、・・・約束だからな」


 急に、拗ねたのが恥ずかしくなって。
 俺は取り繕うようにそう言って、遠くで俺達を呼んでいるギンタ達の方へと足を向けようとした。

 だけど、ナナシが俺の手首を掴んだまま動かなかったから、たたらを踏む事になる。


「・・・・ナナシ?」

「最初に逢うたときも言うたけど。自分・・・『アルヴィス』いう名前、、めっちゃ好き」

「・・・・・・・・」

「キレーな名前やもん。アルちゃんに、ぴったりな名や」


 真顔で言われて、一瞬ドキッとした。

 名前が好きと言われただけなのに、――――――俺自身を、という風に聞こえて。


「やから、・・・・先に呼びたかってん。 ・・・より、先に」

「・・・・・・・なに、・・・?」


 アイツより、先に・・・・呟くような言葉は俺の耳に届いたけれど、意味が良く分からなかった。


「・・・・・・・・・・、」


 聞き返した俺に、ナナシが何か言おうと口を開く。

 だが、俺の背後に目をやって―――――――ナナシはそのまま口を噤(つぐ)んだ。


「?」


 何があるのかと、俺は後ろを振り返ろうとして。
 それはそのまま、・・・・・・・背後から伸びてきた二本の腕に抱き締められることで阻止される。

 鼻腔をくすぐる、覚えのある甘い香り。
 視界の端で、銀髪がサラリと揺れるのが見えた。


「・・・ファントム・・・・!?」


 ここに居る筈のない、人間の名を呼んで。
 俺は、肩越しに振り返った――――――――――。







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言い訳。
日記からのサルベージ。
『君ため』はファンアルなんですが、たまーに発作的にナナアルを混ぜたくなります(笑)
でもアルヴィスまでがナナシに傾いてしまうと、トム様による血の粛清が行われてしまうので、ギリギリで未遂にしてたりしt(爆)
ナナシ、普通にイイ男ですのでファントムさえ居なければアルヴィス絶対ナナシに惹かれてるんだろうなーって思うんですが・・・!(笑)