『長毛猫とブリーダー(中編)』※『君ため』番外編です。








「ほらほら、・・・ジッとしてて?」

「んー・・・」


 おとなしく座っているのに飽きたらしく、モジモジと身体を動かし始めたアルヴィスにファントムは何度目かの注意をした。


「もうすぐだよ。もうすぐ終わるからね」

「うん・・・」


 目の前の、小さな頭が揺れるのを手で押さえながら優しく言い聞かせる。

 けれど、2人の真ん前にある、淡いグリーン色で統一された洗面所の大きな鏡の中。
 椅子に座らされた子供の顔は、その後ろに立つ子供と対象的に不機嫌そうにしかめられていた。


 それでも、そうして2人揃って鏡に映るその様子は、まるで天使を描いた名画を眺めているかのような趣(おもむき)がある。
 彼らが、姿を映す鏡の方が恥じらってしまいそうな―――――――タイプは違うが甲乙の付けがたい、非常に美しい子供達だからだ。


 1人は、白々と輝く月の光を束ねたかのような銀糸の髪に、蕩けるような甘い色合いを見せるアメシストの瞳が美しい、年の頃は10歳にも満たないかと思われる少年。

 その白い貌(かお)は、幼いながらも優美に整っていて、風格と気品さえ感じられる完璧さだ。
 天使に喩えるのなら、幼いながらも智天使だとか熾天使などの上級天使といったイメージである。

 もう1人は、青味がかった光沢のある、黒髪の少年。
 こちらは、多く見積もっても5歳になるかならないかの、本当に幼い子供だ。

 猫を思わせる吊り上がり気味の大きな瞳が、濃く鮮やかな珍しい青色をしていて、目を引く。
 透けるような白い肌と黒髪、そして青い目のコントラストが素晴らしかった。
 顔立ち自体も、そのまま人形として作られたら最高傑作として賞賛されそうな、整った可憐な造りをしている。
 こちらの子供は、無邪気で可愛らしい・・・・誰もがイメージする『天使』そのものだ。


 どちらも美しく、整った顔をしているから。
 ―――――――鏡に映る姿は、まさに天使が子供の天使を可愛がっているという、微笑ましくも麗しい絵画にしか見えなかった。


「ふぁんとむ、・・・まだ?」


 幼い方の天使が、可愛い唇をへの字に曲げて顔を僅かに後ろへ向ける。
 小さい彼には、長時間こうしてただ座っているのが苦痛でならないのだ。


「んー、もうちょっと。もうすぐだから、我慢できるかな?」


 アルヴィスの、少しグズり始めた声のトーンを感じ取り。
 ファントムは目線を合わせて、にっこり笑って見せた。


「・・・・うん」


 しぶしぶ、と言った様子でアルヴィスが頷く。
 しかし、その我慢がそう長く続かないことは明白だ。


「もう少しだからね」


 言い聞かせながら、ファントムは作業を出来るだけ早める。

 ファントムが今やっているのは、アルヴィスの髪型のアレンジ。
 いつもなら、お風呂の後に乾かしただけで終わらせるのだが、今日は少し、彼の髪で遊んでみようと思ったのである。

 アルヴィスの髪は、ファントムと違ってコシが強く、乾かしただけだと元からあるクセのせいでツンツンと逆立つのだけれど。
 もし、それをキレイに撫で付けて乾かせば、どんな印象になるだろうと興味を持ったのだ。

 だって。
 お風呂などで髪を洗い、つんつん逆立っていた髪が濡れてぺったりとしているアルヴィスは・・・とても可愛い。
 普段だって他と比べようもなく可愛いが、そんな時のアルヴィスはまた違う印象で――――――すごく、可愛らしいのだ。
 元からのお人形さん顔が、さらにお人形さんになる。


 濡れただけで、そんなにイメージが違うのだから。
 ちゃんと乾かしてブローをしたらどれだけ変わるだろう?


 そう思ったら、髪を乾かすのさえ面倒くさがるアルヴィスを説き伏せ、何としても見たくなったのである。

 そこで、アルヴィスが時折ファントム宅にお泊まりしているチャンスを生かし。
 ファントムが、彼のヘアアレンジを決行したのだが・・・。


「・・・ん゛〜〜〜〜〜」


 幼いアルヴィスには、そのちょっとの間をジッとしていることが難しい。

 女の子であれば、鏡の中で徐々に変わっていく自分の髪に興味を示し、却って喜んだりすることもあるだろう。
 しかし、まだ幼い上に自分の顔立ちなどには一切興味が無いアルヴィスに、それは望めなかった。
 実際、いつもと違うモノへと変化しつつある自分の髪型には、まるきり無関心だ。

 ファントムの言うことだから、と大人しくしているだけに過ぎない。
 それも、もう少ししたら我慢の限界を超え、大きな瞳を潤ませてグズり出すだろうことは想像に難くなかった。

 アルヴィスの場合、不満があってもファントムには面と向かって怒りをぶつけることはまず無い。
 その代わりに、うんとうんと我慢して――――――・・・耐えきれなくなると、俯いてシクシク泣き出してしまうのである。

 それは、元から自分の気持ちを言葉にして伝えることが苦手な上に、幼いながら常に我慢させられることを強いられてきたアルヴィスの生い立ちのせいもあるのだろう。

 とはいっても、ファントムはアルヴィスにそんな我慢をさせる気は全く無いし。
 彼の心の動きにはかなり敏(さと)い方であるので、そういう事態は早々起こらないのだが。


 しかし、今はもう少しでそうなってしまいそうだった。


「ごめんね、・・・もう終わるから。ねっ?」


 鏡の中のアルヴィスに向かって、そう何度も宥め賺(すか)しながら。
 ファントムは手早く、アルヴィスの髪を整えていく。


 いくら可愛く出来上がったところで、それを見てアルヴィスがさして喜ぶような反応は示さないだろうことは分かっている。
 むしろ、『おれはおとこのこだもん!』と機嫌を悪くするのが目に見えていた。

 だけど、見たい。
 どうしても、・・・・絶対さらに可愛くなるだろうアルヴィスが見たいのだ。
 手を掛ければ、格段にキレイになることが分かっているだけに、・・・・どうしても飾り立ててみたくなる。

 アルヴィスのことなら中身も外見も丸ごと全てが大好きだけれど、外見(そとみ)がもっともっと可愛くなる要素があるなら試したい。
 大好きだからこそ、――――――その大好きな子の、1番可愛いだろう姿が見たいのだ。



 ―――――――だから、ごめんねアルヴィス君。

 ボクのために、可愛い姿見せてくれるよね・・・・・・?



 心の中で、そう謝りつつ。
 ファントムは自分の願望のために、手を動かしていった。
























「ほーら、出来たよ!」


 完成、とばかりにファントムはアルヴィスの髪から手を離す。


「・・・・・・・・・」


 鏡の中には、等身大の子供サイズな『お人形』が映っていた。

 理想的なカーヴを描く白い顔は可憐に整っていて、その輪郭を包むように、柔らかく毛先を流した髪型が可愛らしい。
 短めに切られた髪から覗く細い首が、全体の華奢さを強調し儚げな印象を漂わせていた。


「・・・思った通りだ。やっぱり、すごく可愛い!」


 いつもはツンツンと逆立っている髪が大人しく寝ているだけで、顔には何ら化粧を施したわけでも無いのに――――――――アルヴィスの、精巧に作られたお人形、といった印象がさらに強くなっている。
 普段は髪型のせいで、じっくりと顔を見られなければ女の子には間違えられることの無いアルヴィスだが、これはもう誰が見たってショートヘアの女の子にしか見えないだろう。

 猫を思わせるパッチリとした大きな瞳と、繊細に整った小さめの鼻と唇の感じが本当にお人形さんのような印象を受けるので、本物の人形が良くしているように長い髪や可愛らしいドレスを着ている姿が見たくなる。


「アルヴィス君、髪伸ばしたらいいよ。絶対似合うから」


 言いながらファントムは、手にしていたドライヤーとブラシを洗面台に置き。
 代わりに、傍らに用意してあった箱からネットに包まれた黒っぽい塊を取る。


「ほらね、こうすると・・・・」


 そして、ネットからその塊・・・・・アルヴィスの髪色に近い、ダークブルーのハーフウイッグを取り出して。
 目の前にある、アルヴィスの後頭部に被せた。


「ね、もっと可愛くなった!」

「・・・かみのけ?」


 鏡の中の自分を見ながら、アルヴィスが物珍しそうな声で問う。


「うん、本物の髪じゃないけど、こうして付けたらアルヴィス君の髪が伸びたみたいでしょう?」


 光の加減によっては、アルヴィスの地毛とウイッグの毛色には流石に微妙な差はあるが・・・境目を隠すように黒絹のリボンでカチューシャ風に結んでやれば、馴染んで全く分からなくなった。

 大きなリボンが、猫の耳のようにも見えて――――――妙に可愛らしい。

 選んだウイッグの、フェイスラインに沿って短めに切りそろえられ後ろ髪だけが長いタイプ・・・俗に言う『姫カット』と呼ばれる髪型だが・・・・なのがまた、アルヴィスには良く似合っていた。
 そのままで、CMや雑誌の表紙が飾れそうな美少女ぶりだ。


「・・・・・・・・うん、きゅうにおれのかみ、のびたー」


 アルヴィスは、不思議そうに鏡の中の自分の姿を、しげしげと見つめている。
 俺は女の子じゃない、と嫌がられるのを覚悟していたのだが・・・意外とそうでもないらしい。
 今のアルヴィスは、急に伸びたように見える自分の髪が物珍しくて仕方ないのだ。

 その仕草も可愛らしくて、ファントムはそんなアルヴィスの様子をうっとりと眺めた。

 今のアルヴィスの姿は、さながら鏡遊びをする幼い少女。
 身に付けているのは水色の、ありふれた子供パジャマなのに・・・髪型が変わっただけで、中世時代の、貴族の少女のようなイメージを抱かせる。

 もちろんそれは、アルヴィスの顔立ちの美しさがあってこその印象だけれど、髪型だって重要なポイントなのだ。
 絵画で言えば、髪型は額縁(がくぶち)のようなモノなのであり――――――どんなに絵が素晴らしくとも、額縁が無ければ引き締まらないし、額縁で絵の印象は幾らでも変わってしまう。

 今のアルヴィスは本当に・・・・まるで生きている、等身大のお人形のようだ。

 髪型だけじゃなくて、キレイな洋服を着せて可憐に着飾らせたら、どんなに美しくなるだろう。
 ガラスケースにでも入れて、自分の部屋でずっと大切に飾っておきたい。
 そして飽くことなく、ずっとずっとアルヴィスだけを見つめていたいという願望が自然と沸き起こってくる。


「ね、すっごく可愛いよ。だから髪を伸ばそう?」

「・・・・でもなんかかゆい。もじゃーってする・・・」


 しかし、当のアルヴィス本人は長い髪がお気に召さない様子だ。
 せっかく付けたウイッグの毛先を引っ張り、可愛らしい唇をへの字に曲げている。

 毛先が肌をくすぐり、その感覚に慣れないらしい。


「すぐ慣れるよ。髪の毛はゆっくり伸びるから、大丈夫。かゆくなったりしないよ」

「・・・・・・・・・・」

「ボク、可愛いアルヴィス君、好きだな。こういう可愛いアルヴィス君を、もっと見てたいな?」

「・・・・・・・・・・」

「今のアルヴィス君、すごく可愛くて・・・・ボク、大好きなんだけど?」


 だが、ファントムが何度も言葉を重ねている内に、鏡の中のアルヴィスの表情が微妙に変化してくる。


「・・・ふぁんとむは、こういうかみのおれがすきなの?」

「うん、大好き」

「・・・・・・・・・・・」


 あっさり肯定すると、アルヴィスが迷うような顔をして、また黙り込んだ。
 それから、こっくりと頷く。


「じゃあ、・・・・する。ながいの、やる!」

「伸ばしてくれるの?」

「うん、するよ」


 ファントムの言葉に、大きく顔を上下させて頷くのが可愛らしい。


「じゃあその内に、本当に髪が伸びたアルヴィス君が見られるね・・・嬉しいな」

「うん。おれ、ながいのする!」

「そっか、そうしたらこの可愛いアルヴィス君が毎日見られるようになるんだね」


 微笑ましい気持ちでアルヴィスの頭を撫でながら、ファントムがそう言うと。


「・・・・・・・」


 アルヴィスがまた、少しだけ困ったような顔をした。


「・・・アルヴィス君?」

「・・・・いまのおれが、ふぁんとむはかわいい?」


 どうしたのかとファントムが、その可憐な幼い顔を覗き込めば・・・アルヴィスはおずおずとした様子で口を開く。


「うん・・・とっても可愛いよ? そうしてると、本当にお人形さんみたいだ」

「おにんぎょうって、ふぁんとむのおじいちゃんとおばあちゃんがいるおへやにあるやつ?」

「ああ・・・うん、そうだね。
 リビングに飾ってあるお人形さんみたいだよ・・・あんなのよりずっと、アルヴィス君の方が可愛いけどね」


 リビングに飾られてある、年代物のビスクドールを思い出しながらファントムは肯定した。

 祖母がF国人だった母から引き継ぎ、この家まで持ってきたとかいう年代物で金髪の巻き毛とパッチリした青い瞳が可愛らしい磁器製の人形である。
 これといってアルヴィスが興味を示したことは無かったから、リビングで敢えて見せたりした機会は無かったのだが、幼い頭でちゃんと記憶していたらしい。


「・・・あんなのおれ、きてないもん」

「着ないって、あのお人形が着てるドレスのこと?」

「ああいうの、おれ、きてない・・・けどかわいい?」

「・・・・・・・」


 どうやらアルヴィスは、リビングにあるビスクドールのようなドレスを着て無くても可愛いのかと聞きたいらしかった。
 だとするなら、答えは勿論YESだ。

 確かに今のアルヴィスに、あんな風な可愛らしい服を着せればどんなに可憐になるだろうとは思うけれども、それらは全てアルヴィス持ち前の可愛さに依るモノだからして。


「可愛いよ? 今のまんまのアルヴィス君ですごく可愛い」


 だからファントムは、迷うことなく頷いた。
 ドレスを着てたって着て無くなって、アルヴィス自身が可愛いのは事実だ。


「きたほうが、かわいい?」


 だが、何故かアルヴィスは執拗(しつよう)にファントムに確認を求めてくる。


「うーん、まあ・・・その方が女の子っぽい感じで可愛らしくなるかなーとは思うけど・・・」

「おんなのこ?」

「うん、今の格好でもアルヴィス君は、どんな可愛い女の子にだって負けないくらい可愛いから。
 ああいうの着たら、もっと可愛いだろうなって思うよ」

「・・・・・・・・・ふぁんとむはかわいいのが、すき?」

「そうだね、ボクはキレイだとか可愛いモノが好きだな。・・・・だから、アルヴィス君が1番大好きだよ」

「・・・・・・・!!」


 肯定してあげたら、きっと嬉しそうに笑うだろうと思ったのに。
 アルヴィスは、ファントムの言葉を聞いた途端に可愛らしい顔を泣きそうに歪めた。

 いや、泣きそうどころか。
 青い瞳に透明な水が見る見るうちに溢れてきて、零れ落ちんばかりに盛り上がり・・・・あっと言う間に決壊する。


「ア、・・アルヴィス君!?」

「ひっ、・・・う・・・」


 そしてファントムが宥める間もなく、しくしくと悲しそうに泣き出してしまった。


「What's wrong?(どうしたの!?) ・・・どこか苦しい?? 大丈夫!?」


 大きな瞳を潤ませて、泣きじゃくる姿のアルヴィスもそれはそれは可憐で可愛らしいのだが。
 泣かせてしまった原因が分からない内に、そうそう見惚れているわけにはいかない。

 ファントムは慌てて鏡の方へ回り、アルヴィスの顔を直接覗き込んだ。


「うえっ、・・ひくっ、・・・ぐす・・・」

「・・・アルヴィス君・・・・?」


 アルヴィスの真っ青な瞳が、充血した為にうっすら赤みがかってスミレ色になり―――――――溢れ出る透明な水に揺らぐ様は、思わず見惚れてしまいそうなほど美しい。
 長い睫毛の先に光る銀色の雫や、噛みしめたせいですっかり赤く色づいた小さな唇も、興奮したために血色が良くなり白い頬をほんのり染める様子までも可愛らしくて。

 泣いているアルヴィスは、今がそんな場合じゃないと分かっていても、つい感心して黙って眺めてしまうような、可憐としか言い様の無い姿なのだけれど。


 ・・・・その、大粒の涙をぼろぼろ零す原因は何なのかが、サッパリ分からないのが問題だ。


「・・・・・・・・・・」


 咄嗟に喘息が出て苦しいのかとか、お腹でも痛いのかとヒヤリとするが、様子を見る限りそうでは無いだろうことが伺える。


「アルヴィス君? ごめんね・・・ボク、何かアルヴィス君に嫌な事しちゃったのかな・・・?」

「・・・・っ、・・ちが、・・・う、・・・」


 分からないながら、ファントムはとりあえず、アルヴィスの気持ちを解そうと謝ってみる。
 すると、アルヴィスは泣き止まないまま、首を激しく横に振ってきた。


「・・・だっ、・・・おれ・・・おと・・・だもっ、・・・!」

「・・・うん?」

「だか・・らっ、・・・れ、おと・・・で、・・・おな・・・こじゃな・・・もんっ・・!!」

「Can you say that again?(もう1回言ってくれる?)
 ・・・じゃなくて、えー・・・っと、・・・・Whatchamacallit?(・・・こういうの、何て言えばイイんだっけ?)」


 泣きじゃくり、嗚咽(おえつ)しながらの訴えなので、上手く聞き取れない。

 ファントムも早く理解しようと気が焦るから、いつもならば問題無く喋れる筈の日本語での質問も、普段使っている英語混じりになってしまう。


「ごめん、アルヴィス君。えっと・・・・もう1回、言ってくれるかな??」

「・・・・・おれ、おと・・・のこ・・・だもん、おな・・このふく、・・・ないもん・・・!!」

「・・・・・・・男の子? 女の子の服・・・?」

「おれっ、・・・おんなのこじゃな・・・からほんとはかわいくな、・・・だろ・・・!?」

「・・・・・女の子じゃないから・・・・?」

「だっでふぁんどむは、お゛でがお゛んな゛のごのごじゃな゛い゛ど・・・がわ゛い゛ぐな゛い゛っで・・・!!」

「・・・あー、うんうん・・・なるほどね・・・」


 何度も何度も聞き返して、ようやくファントムもアルヴィスの言わんとしていることが分かってきた。







 ―――――――俺、男の子だもん。女の子の服着ないもん!!


 ―――――――俺は女の子じゃないから、本当は可愛くないんだろ?


 ―――――――だってファントムは、俺が女の子じゃないと可愛くないって・・・!!







「・・・ひっく、・・・ふぁんどむ゛は、お゛れ゛がおどごの゛ごじゃだめなの゛・・・・?」


 グスグス泣きじゃくり、鼻声で不安そうに聞いてくる小さな存在が可愛くて堪らない。

 恐らくアルヴィスは、自分が女の子じゃないから、本当はファントムに可愛いと思われていないんじゃないかと不安になったのだろう。
 全く無駄な心配だし、完全なる誤解だが―――――・・・それで泣き出してしまう辺りがもう、可愛すぎる。


「・・・・・ダメじゃないよ。アルヴィス君が男の子でも女の子でも、どっちだって大好き」


 高まる気持ちのままに、ファントムは目の前で震えている身体をぎゅうっと抱き締めた。


「ボクは、アルヴィス君が好きなんだよ。・・・男の子だとか女の子だとか、関係無い」

「・・・・ぼん゛どに゛・・・?」

「本当だよ。ごめんね、・・・ボクの言い方が悪かったんだ・・・アルヴィス君は、そのまんまで充分可愛いんだよ」

「・・・・・お゛に゛ん゛ぎょーみ゛たいな゛ふくきてな゛くでも゛?」

「Absolutely!(モチロンさ!)・・・じゃなくて、・・・そうだよ、そのままで可愛い!」


 その言葉に、腕の中に抱き締めたアルヴィスが、ようやく可愛らしい笑顔を見せた。
 顔の造りが元々桁(けた)外れに整っているから、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていてさえアルヴィスは可愛い。

 しかし、その可愛い顔が、またすぐに困ったような表情に変化した。


「・・・お゛で・・・かみ゛、みじかいよ?」


 鼻声でそう言いながら、ぐいっとウイッグを引っ張る仕草をファントムに見せてくる。

 本当の髪は短いけど、それでもいいのかと言いたいのだろうか。


「これから伸ばしてくれるんでしょう? すぐ、伸びるよ」

「! の゛びないとおれ、・・・がわ゛いくな゛い・・?」


 ファントムの言い方が上手くなかったらしくアルヴィスがショックを受けたように顔を歪めた。


「!? あっ、・・・違うちがう!
 あのね、そのまんまでアルヴィス君は可愛いんだよ! 別に長いとか短いとか関係無いから!」


 アルヴィスの大きな瞳にまたウルウルと透明な水が溜まってくるのを見て取り、しまったと思い慌てて訂正するが既に遅し。


「でもな゛がいほうがいいんでしょ?」

「あーいや、うん・・・ていうか、あのね・・・・」

「でもおれ゛ながくないもん! ふぁんとむはいまのおれじゃかわいくないんだぁーーー!!」


 止めるヒマは、あればこそ。
 溢れ出る涙は止まらず、アルヴィスが再び盛大に泣き出してしまった。


「ひっ、・・・ひっく、・・・ヒッ、ヒッ・・・・う、・・ぅ・・・」


 それどころか、アルヴィスの呼吸が段々とマズイ方向へ乱れていくのを感じて。


「!? ・・・・泣かないで、アルヴィス君・・・!」


 ファントムの額に、冷や汗が滲んだ。

 泣いている姿が可愛いなんて、思っている場合じゃない。
 そんな思いは、アルヴィスが呼吸を乱し始めた途端に吹っ飛んでしまった。

 これ以上激しく泣かせたら、喘息の発作が出てしまうかも知れない。

 発作が出てもし入院なんてことになれば、たたでさえ彼を疎(うと)んでいるらしいアルヴィスの家族の不興(ふきょう)をまた買ってしまうことになる。
 面倒ばかりを掛ける子供として、アルヴィスの立場がますます悪くなってしまうのだ。
 それに、同じようにまだ子供であるファントムとしても・・・アルヴィスが入院してしまったら、こうして気軽に逢うことも出来なくなる。

 第一、発作を起こしているときのアルヴィスはとても苦しそうだから―――――――可哀想で、ファントムは見ていられない。

 発作だけは、起こさせるわけにいかないのだ。


「ボクは、そのまんまのアルヴィス君が可愛くて大好きだよっ?
 髪が長くても短くても、ボクはアルヴィス君が好きなんだ・・・・・・!!」


 ボロボロと涙を零し悲しそうに目を擦る幼いアルヴィスを抱き締めて、必死にそう訴える。

 これは、本当。
 ファントムはアルヴィス自身が好きなのであって、別に長い髪やドレスが好きなワケでは決して無い。

 そう言う姿をさせたら、可愛いアルヴィスがもっと可愛らしくなるから、させたいと思っただけなのである。


「・ひっく、・・・・・・・ほんとう・・・? おれ、かわいい・・・?」


 涙に濡れた青い瞳でアルヴィスが、ファントムを見上げてくる。


「うん、可愛いよ。そのまんまで、アルヴィス君はすごく可愛い!」

「・・・・・・・そのまんま・・・」

「そうだよ。・・・だからもう泣かないで?
 泣いてるアルヴィス君も可愛いけれど、ボクは笑った顔のアルヴィス君がもっと大好きなんだ」

「・・・おんなのこじゃな・・くても、かみのけなくても・・・おれかわいい・・・?」

「うん、可愛い。そのまんまでアルヴィス君は最高にステキだよ!」

「・・・・・・」

「ね? ボクにアルヴィス君の可愛い笑顔、見せてくれる・・・? 笑って、アルヴィス君」

「・・・うんっ、・・・!」


 ファントムの言葉に、必死に嗚咽(おえつ)を引っ込め、小さな手でグシグシ涙を拭い泣き止もうとする姿が酷く可愛らしかった。


「あ、待ってまって。・・・顔、拭いてあげるから」


 とても可愛い仕草だが、そのまま好きにさせていては瞼(まぶた)が真っ赤になって腫れてしまうのが必至なので、ファントムはそれをやんわりと止めさせる。

 瞼が腫れたらヒリヒリして痛いだろうし、下手すると長い睫毛が目の中に入ってしまう。
 そうなればまた、痛いとグズって泣くのが容易に想像出来た。


「はい、ゴシゴシってするから、目を瞑(つむ)って・・・?」


 手早く、温かいお湯に浸してから絞ったタオルでアルヴィスの顔を優しく拭ってやりながら、ファントムはもう片方の手できゅっとその小さな身体を引き寄せる。


「ごめんね? 不安にさせちゃったね・・・ボクは、アルヴィス君そのものが好きだから。
 男の子だとか女の子だとか、格好なんてどうでもいいんだからね!」


 可哀想なことをした・・・と、ファントムは今更ながらに後悔する。
 ちょっとした軽い気持ちで、アルヴィスの可愛い姿を見たいと思っただけだったのだけれど・・・それは、アルヴィスの気持ちを傷つけることに他ならなかったのだ。

 異常な程ファントムに懐いているアルヴィスにとって、ファントムの言葉は絶対であり。
 その言葉通りに従えなければ自分の存在は、ファントムに拒絶されてしまうという恐怖を抱いているらしい。

 ファントムにしてみれば、そんなことはアルヴィスに限っては有り得ないのだが・・・・どうにもそういった類の不安を持っているらしい。
 そして今回は、その部分を図らずも刺激してしまったようで――――――・・・軽い気持ちからの行動だったのに、アルヴィスに可哀想なことをしてしまった。
 

「そのままのアルヴィス君が大好きだよ。髪なんて、伸ばさなくてもいいんだ・・・!」

「でもおれ、ふぁんとむがすきならかわいいおんなのこなりたいよ・・・?」


 嫌われたくなくて、いつもなら嫌がる女の子扱いされてもムクれず。
 それどころか、ファントムの望み通りの可愛い女の子になりたいと誤解して言ってくる幼いアルヴィスが、けなげで可愛くて堪らない。

 本当に、嘘偽り無く・・・このままのアルヴィスが1番可愛いとファントムは思う。
 だからこの時のファントムは、首を横に振ってキッパリと言い切ったのだ。






 ――――――――ならなくていいよ。
 アルヴィス君が男の子として生まれたんなら、ボクは男の子なアルヴィス君が好き。


 ――――――――ボクが好きなのは、アルヴィス君そのものなんだから!

 

 

 

 

 

 

 NEXT 後編
 

++++++++++++++++++++++++
言い訳。
女の子扱いされるの嫌なのに、大好きなファントムの為だったらしてもいい、なんて言っちゃう可愛いアルヴィスが書きたかったんです(笑)
こんな可愛いこと言われたら、ファントムじゃなくたってデレデレになっちゃいますよね。
トム様も内心可愛くって堪らないと思います。
それでも、デレデレ状態に見えない辺りが・・・・トム様って得なタイプですよね。
インガだったら、もうヤバイくらいデレてると思います(爆笑)