『長毛猫とブリーダー(後編)』※『君ため』番外編です。







「・・・・ああ、そうか・・・・・」


 すっかりと記憶の縁(ふち)に追いやられ、埋没(まいぼつ)していた幼い頃の記憶を思い出し。
 ファントムは、ようやく合点(がてん)がいった様子で口を開いた。


「前にボクが、言ったことをちゃんと覚えていてくれたんだね・・・・」


 あれは確か、ファントムが9歳になるかならないかの頃の出来事で、アルヴィスはまだ幼稚園の年中組だったように思う。


 あの頃のアルヴィスは本当に天使みたいに愛らしくて、背も低かったし当時からやっぱり華奢で身体が小さかったから・・・・生きた人形がちょこちょこ動いてるようにファントムには感じられて。

 だから、精巧な造りの人形にも興味を持った。
 遊び終わったら家に帰さなければならないアルヴィスと違い、本物の人形であればずっと自分の傍に飾っておけるから。
 アルヴィスを人形に出来たなら、大切にガラスケースにしまっておいて・・・自分だけが眺めておけるのに、と幼い頃のファントムは真剣に方法を考えた。
 けれどやっぱり、そんな方法は見つからなかったから―――――――――ああしてアルヴィスを人形みたいに着飾り、幼いファントムは、想像の中だけで彼をドールにして飾ることを夢見た。

 彼を、自分だけのモノにする。
 人形は、そんなファントムの願望を擬似的(ぎじてき)に叶えてくれる存在だった。
 アルヴィスを思わせる黒髪に青い目の人形を見つめていると、少しだけ高ぶった気持ちが収まる気がした。

 人形が好きなのではない――――――・・・アルヴィスを、人形みたいにしまっておきたいという願望を叶えてくれるのが、ドール達だっただけなのだ。

 それくらい幼いアルヴィスは可愛くて・・・今と変わらず当時のファントムにとっても、全てだったのである。


 もちろん、昔のアルヴィスのみが可愛くて、今のアルヴィスがそれに劣っているというワケでは決して無い。
 相変わらず身体の線が細くて、生きた人間というより、やはり造り物めいた印象はあるものの―――――――・・・今やすっかり成長して、可愛いというよりは美しいという形容の方が似合うようになったアルヴィス。

 ふっくらと柔らかそうだった白い頬は、理想的なカーヴを描いてホッソリと整い。
 ただただ大きく零れ落ちそうだった両眼は、微かに憂いを帯びて輝く魅惑的な双眸(そうぼう)へと変化した。
 鼻筋は通っていたものの、どちらかと言えば低めだった鼻梁も形良くスッキリと高く育ち。
 幼い頃から愛らしかった小さな唇は、元の印象のままにキレイな形を保っている。

 小さい時から可愛くて、パーツの配置が完璧であると育ってからバランスが崩れがちになるものだ―――――――という定説を、アッサリ覆(くつがえ)す美貌だ。
 成長したアルヴィスは、すれ違う誰もが振り返るような美しい青年になっている。アルヴィス本人にその自覚は、ほぼゼロのようだが。


「・・・・・・・・違うよ。前も言ったけど・・・・ボクはアルヴィス君が好きなんであって。人形だとか、女の子とかどうでもいいんだ」


 幼い頃のようにボロボロと涙を零し、けれども必死に唇を噛みしめて泣くのを我慢しようとしているアルヴィスを、ファントムはぎゅっと抱き締めた。


「・・・・・でも、」


 胸元に顔を埋めたアルヴィスが、スンと鼻を啜りながら躊躇(ためら)うように言葉を発する。
 顎をくすぐるアルヴィスの髪がまだ湿っていて、少し冷たかった。


「確かにボクは人形が嫌いじゃない。だって可愛いしキレイだし、・・・・ボクに一切逆らうことのないイイ子達だからね?」

「・・・・・・!」


 言った瞬間、アルヴィスが身体を強張らせたのを感じる。
 それを宥めるように、ファントムはアルヴィスの首の後ろを優しく撫でてやった。


「だけどね。・・・・あの子達を好きな理由は、アルヴィス君なんだよ」

「・・・・?」

「アルヴィス君が、あんまり可愛くて。
 お人形みたいに飾ってボクだけの物にして置けたら―――――――すごく幸せな気持ちになれるな、って思って」

「・・・・・・・・・・」

「でも、アルヴィス君は生きているからそういうワケにもいかないし。だからせめて、キミに似てるお人形を飾ってた。
 ・・・・とはいっても、アルヴィス君と再会するまでの話だし・・・・あくまでキミとは比べるべくも無い出来なんだけど・・・ね?」

「・・・・・・・・・・・」

「人形が好きなんじゃないよ。アルヴィス君が、好きなんだ」


 言いながら、ファントムは抱き締めていた身体を少しだけ離し。
 至近距離にあるアルヴィスの前髪をサラリと指で掻き上げてやる。


「ホントはね、・・・アルヴィス君の髪が長かろうと短かろうと、どっちでもいいし。男の子か女の子かも、どうだっていい」

「・・・・ファントム・・・」

「そのままの、アルヴィス君がボクは好きだよ。そのままで、充分にキミは可愛いし・・・キレイだ」

「・・・・・・・・・・・」

「小さい頃の、ボクが望むならお人形にでも女の子にでもなりたいって言ってくれた、けなげなキミも。
 そんなのは無理だし、男で悪かったなってむくれちゃう素直じゃない今のキミも大好きだよ」

「・・・・っ!? ・・・わ・・・悪かったなっ、・・・!! どうせ俺は素直じゃないさ・・・、・・・!!」

「でも、可愛い。・・・大好き」





 ――――――――素直じゃないのは、言葉だけで。態度は昔と変わらず素直なんだよねー!





 心の中だけで呟きながら、ファントムはアルヴィスを再び、ぎゅうっと抱き締めた。


「・・・・・・! ・・・・・、・・・・・!!」

「大好きだよ。可愛いなー・・・ホントに可愛い。大好き!」


 腕の中でアルヴィスが何やら叫び、暫くの間藻掻いていたが。
 ファントムが、大好きだと何度も耳傍で繰り返していれば徐々に大人しくなってくる。


「・・・・・・・・・・」




 ――――――――盛大に泣かれてしまったことだし、今日の所は髪を伸ばそうという提案は引っ込めなければならないかな?




 アルヴィスを抱き締めながら。
 ファントムは、頭の片隅でひっそりとそう考える。

 アルヴィスは長い髪の方が似合う筈だし、諦める気は毛頭無いけれど・・・・・今日の所は、取り下げておいた方が良さそうだ。

 アルヴィスそのものが好きで、彼がたとえ女の子だろうと男の子だろうと構わないし、金髪だったとしても肯定出来るのはファントムの本心だけれど。
 大好きだからこそ、その存在が最も輝き美しく見えるだろう姿にさせたいと思うこととは、また別の話。

 しかし、その違いはまだアルヴィスには理解出来ないに違いない。


「よしよし、・・・もう泣かないで? ごめんね・・・・短い髪のアルヴィス君も大好きだからね・・・・!」






 ―――――――まあ、今はエクステとかもあるしね。本当に伸ばさなくたって、伸びたように見た目変える手段は幾らでもあるし。

 実際に伸ばすんでも、アルヴィス君は無頓着だからさりげなく美容師にトップを少しずつ長めにって言っておけば・・・自然に長くするのは可能かな。

 本人が気付かない内に、伸ばすことも出来そうだよねー・・・1度伸ばしてさえしまえば、わざわざ切るって言い出さないだろうし!



 ――――――――とりあえず、今年のハロウィンはウイッグかエクステで何とかしよう。

 ボク的に、今年はアルヴィス君には闇アリスな格好させたいんだよねっ・・・・!!

 黒ワンピースに白のエプロンドレスとチュール素材のパニエ、それから黒白のストライプのオーバーニー・ソックス履かせて。
 アルヴィス君の髪と同色の、姫カットなストレートロングのウイッグ被せて黒のリボンカチューシャ付けたらスッゴイ可愛いと思うから、絶対させたい。
 あ、靴も用意しないと。
 Viヴィアン・Wエストウッドのバレリーナ・シューズ(黒)がいいかなあ・・・アレ、厚底だし足首にリボン巻き付ける感じで可愛いんだよね。
 (ボクの誕生日でもあるし、『コレ着てv』って言ったら絶対、してくれると思うんだ!)

 あー、絶対可愛いよコレ。
 ハロウィンまで待ちきれないなあ、ボク。
 むしろ今からオーダーして、即させたいくらいなんだけど!!





「うーん、でも今からじゃどうしたって今日には・・・・・」

「? ナニが今日なんだ?」


 うっかり口をついて出たファントムの独り言に、アルヴィスが顔を上げて不思議そうに問うてきた。

 磨き込まれた珠のように滑らかな眼球に、ファントムが映し出されている。
 その濃く鮮やかな青い瞳は微かに充血し、まだ涙の粒が睫毛の先に光っていて・・・・まだ泣き止んだばかりだということを如実に伝えていた。

 とてもではないが、そんな様子のアルヴィスにたった今考えていたことなど言える訳も無い。


「あ、ううん何でも無いよ? ・・・・それより、髪がまだ湿ってるね・・・乾かさないと!」


 ファントムはニッコリ笑って話を逸らし、放りっぱなしにしていたドライヤーを片手にした。


「・・・ん」


 アルヴィスも今度は最初から大人しく、ファントムに頭を傾けてくる。
 コシは強いが、丁寧にブローをしてやればアルヴィスの髪もちゃんと跳ねずに纏まってくれる為、程なくしてショートカットの美少女といった趣(おもむき)のアルヴィスが出来上がった。

 やはり、髪型1つでアルヴィスの印象はかなり変わる。
 というか・・・・華奢なので、スレンダー体型のボーイッシュな女の子にしか見えない。

 そしてとにかく、可愛い。
 やたらに、・・・・可愛い。


「・・・・・・・・うぅーん・・・」


 普段の、ツンツンと逆立った髪の時ですら、砂糖に群がるアリの如くに男共が寄ってくるアルヴィス。
 今の姿であれば、その効果も数十倍増しとなり―――――――砂糖どころか、蜂蜜や生クリームとフルーツたっぷりのケーキまでもアリの巣そばに放置するようなモノかも知れない。

 それはそれで、虫除けがかなり面倒だとファントムは思った。

 しばし考えて、ファントムはせっかくブローしたアルヴィスの髪を、パサパサと乱しわざと毛先を跳ねさせる。


「・・・・何をしてるんだ?」

「いや、・・・せめて蜂蜜とケーキの部分は取り除いておこうかなと思って・・・・」

「・・・・はちみつ、・・・けーき・・・??」

「明日は学校だしね。盛りだくさんなのは週末の、ボクだけ見れる時だけでいいかなって」

「・・・・・・・・???」

「他人の眼まで楽しませる気は無いんだよね」

「・・・・・・・・・・意味がわからない・・・」

「キミはそれでいいよ」


 不思議顔のアルヴィスに、敢えて説明をしないままファントムは誤魔化すように笑った。

 やっぱり、アルヴィスの髪は伸ばさなくても良いかも知れない・・・・なんて、勝手なことを心中で思う。
 伸ばした方が可愛いだろうし、似合うだろうとは思うけれど―――――――それを自分以外の人間が見るのは、なんか癪(しゃく)に障(さわ)るから。

 いつか。
 アルヴィスが、自分だけのお人形として。
 自分だけの空間に、アルヴィスを飾っておける時が来たら・・・・・その時にこそ、髪を長くさせたいと思う。


 ――――――――最高にキレイで、可愛らしいアルヴィスを見るのは、自分だけでいいのだ。






「あーあ、またボサボサになっちゃったねえ」

「・・・・お前がやったんだろ!」


 ファントムが、アルヴィスの跳ねた毛先を摘みながら言えば、4歳下の恋人は呆れたような眼で此方を見上げてきた。


「あ、そっか」

「・・・・・・・・ホントに時たま、ワケわかんないよなお前・・・・」


 美しい青の瞳に、どことなく憐れむような色合いが混ざった。


「I hear you.(うんうん、あー・・・まあそうなるよねー)」

「・・・・もういい」


 ファントムが適当に相づちを打てば、諦めたように肩をすくめてそっぽを向く。
 そしてそのまま、再び放り出しっぱなしだった本に手を伸ばして、ソファに寝そべってしまった。

 背を丸めたアルヴィスの姿は、猫そのものである。


「本読んでないで、ボクとお話しようよアルヴィス君」


 鬱陶しがられるだろうことは承知で、ファントムはそんなアルヴィスの上にのし掛かった。


「・・・・重い。苦しい。退け」

「遊んでくれないなら、退かないよー」

「遊ばない。俺は本が読みたいんだ!」

「やだ。遊ぼうよー」

「こら! いい加減にしないと怒るぞ・・・!?」


 邪険にされても構わずに、グリグリとのし掛かったまま頬ずりしてやっていると、我慢しきれなくなったのかアルヴィスが応戦してくる。

 俯せになっていた体勢を自分の身体の下で入れ替え、両肩を押してくるアルヴィスをファントムは難なく抱き寄せた。
 そしてそのまま、動けないようにホールドする。


「ふふっ、捕まえた。・・・・・・・ほらほら、遊ぼうよ」

「はーなーせーーー!!」


 猫同士がじゃれるみたいに、ムキになって暴れようとするアルヴィスを抑えつけ、無理矢理に顔を近づけた。


「・・・・・っ」


 鮮やかな、色濃い青の瞳が間近にある。
 その色に見惚れながら、ファントムはアルヴィスの顎を捕らえ、深く唇を合わせた――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 END
 

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言い訳。
やっと終わりましたー。
そして、やっぱりトム様はトム様というか・・・猟奇的な趣味をお持ちです(爆)
お人形が好きなんじゃなくて、お人形みたいにアルヴィス飾りたいのが本音ですかr(死)
途中1度脱線しかけて、やたらダークなノリになりかけましたが無理矢理に甘めに軌道修正致しました☆
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです(笑)