『長毛猫とブリーダー(前編)』 ※『君ため』番外編です。
「あーあ、アルヴィス君たら、また濡れたままにして」
ベッド脇のソファに俯せになって、猫みたいに丸くなりながら本を読んでいる青年の髪に触れながら、そう声を掛け。
ファントムは、その傍らに腰を下ろす。
「ちゃんと乾かさないと、風邪引いちゃうよ」
「・・・・・・・へいき」
億劫(おっくう)な様子で返事する青年には構わず、ファントムはサイドテーブルの上に予(あらかじ)め持ってきていたドライヤーを手にした。
ここで素直な返事が戻ってこないだろうことは、予測済みだ。
「ダメ。風邪引いたら大変だし、第一このまま寝たらスゴイ寝癖が付くでしょ?」
「・・・・・・・・明日、水で濡らすからイイ」
「それがダメって言ってるの」
「どっちみち乾かしたって寝癖つくんだから、同じだろ」
「そんなことないよ。ちゃんとボクがキレイにしてあげるから。 ほら、こっち向いて?」
アルヴィスの態度を予期していたファントムは、強引に彼の華奢な身体を抱き起こして座らせた。
「寝癖が付いてボサボサしてるアルヴィス君も、それはそれで可愛いんだけどね。
なんか毛足の長いにゃんこを抱っこしてから、下に降ろした時みたいだし・・・・」
ペルシャなどの長毛種の猫を抱くと、それまでキレイに撫で付けられていた毛並みがアチコチ跳ねて、グシャグシャになる。
アルヴィスが寝癖で毛先を跳ねさせている姿は、そういう時の猫そっくりで、なかなかに微笑ましいというか・・・可愛らしいと言えば、可愛らしい。
だが寝癖は寝癖で、そのまま外になど出られはしないし、髪が湿ったままで眠れば風邪を引きかねないのだからして。
ファントムとしては、幾らそんなアルヴィスが可愛かろうとも、許すわけにはいかないのだ。
「・・・・・・・・俺は猫じゃない」
「うんうんそーだよねー。にゃんこは毛繕(づくろ)いして、自分の身なりはちゃんと整えられるもの」
「・・・・っ!」
「ってゆーかー。ボサボサしたままだったら、アルヴィス君は猫以下ってことになっちゃうよね?」
「・・・・・・・・」
猫以下と言われた途端、アルヴィスの眉間に深いシワが刻まれる。
けれども、ここまで言われてしまうと観念したらしく・・・・大人しく目を閉じ、ファントムにされるがまま逆らわなくなった。
よしよし思った通り・・・と、内心でほくそ笑みながら、ファントムは手早くアルヴィスの髪を乾かし始める。
「せっかくキレイな顔なんだから、もうちょっと髪型にもこだわったらいいのに」
「・・・・・めんどくさい」
「キレイな顔立ちに見合ったキレイな髪型のアルヴィス君が、ボク見たいなー?」
「無理」
きっぱり言い切ったアルヴィスに、ファントムは苦笑を浮かべた。
アルヴィスほど整ったキレイな顔の人間には、早々お目にかかれないというレベルの美しさを持っているのに・・・・・自分の恋人は、そう言った事柄に一切関心がない。
だからまあ、言った所でアルヴィスが頷いてくれる筈は無いだろうというのは承知していたファントムである。
「あー・・・まあね。
髪型をどうこう言うより、とりあえずボクとしては髪をボディソープで洗うのをヤメて欲しいんだけどね」
無頓着に、身体を洗った時についでに洗髪してしまおうとするアルヴィスに、髪型をどうこうしようなんて意識はまるで無いに違いない。
「・・・・・身体洗ったついでにやれば、合理的だろ。お前はいっつもウルサイ」
「合理的とかって問題じゃないよ!
せっかくキレイな髪なのに傷んじゃうじゃないか。ボディソープは髪のタンパク質、破壊しちゃうんだからね!?」
「お前の髪じゃないんだから、傷んだっていいだろ」
「ダメ! キミの身体は、髪の毛1本に至るまで全部キレイなままにしとくって決めてるんだから!」
「はあ?! ・・・・ワケ分かんないぞ、お前。
傷んだ所で、毛先なんてすぐ切るんだし放っておいてくれよ・・・」
ファントムの気分は差し詰め、近日中にキャットショーを控えている猫の、毛質管理をしているブリーダーの心境だ。
ショーに出場するために、その美しい毛並みを最高の状態にしておきたいから、シャンプーやトリートメント、そしてブラッシングに至るまで―――――――完璧にしておきたいと思うのに。
当の猫がそれを理解出来るわけは無く、せっかくキレイに調えた毛並みをボサボサにして、遊び回っているようなモノである。
幾ら言い聞かせた所で、アルヴィスにとってはどうでもいいことなのだろうから、聞く耳を持ってはくれない。
「うーん、それなんだけどさー・・・・」
文句を言いつつ。
それでも、目を閉じたまま大人しくドライヤーで髪を乾かされているアルヴィスを見つめながら。
ファントムは、前から思っていたことを口にした。
「アルヴィス君、・・・・髪伸ばさない?」
「――――――、」
切り出した途端、アルヴィスがパッチリと青い瞳を見開いた。
「・・・・・・・・・・・」
そして。
いきなり何言い出したんだお前、と言わんばかりの表情で見つめてくる。
「ほら、アルヴィス君の髪ってコシが強いから。短めだと、どうしたってツンツン立っちゃうでしょ?
でもある程度の長さがあれば、そういうことも無くなるし・・・・逆に手入れも楽になると思うんだよね!」
ファントムがアルヴィスに言っている言葉は、嘘では無いが本音でも無い。
本当は、髪を伸ばしたアルヴィスが見ていたいだけだ。
顔立ちが顔立ちだから、伸ばした方が絶対に可愛らしくなるし、似合うはず。
今のままでも充分に見目は整っているけれど・・・・出来れば、素材(アルヴィス)を最高品質の状態に仕上げたい―――――――と考えるのは、恋人として当然の感情だろう。
アルヴィスはキレイだが凛とした印象を与える、どちらかというと少々硬質なイメージのある顔立ちだから・・・・バランスを取るためにも、髪を伸ばして柔らかさを出させたいとファントムは思うのだ。
まあ、それを言えば機嫌を損ねるだろうことは確実なので、なるべくなら真実は言わない方が得策だ。
ここは、手入れが楽になるの一点張りでオススメするのが1番効果的である。
「ね、伸ばしてみよう?」
「・・・・・・・やだ」
「とっても似合うと思うよ? 手入れだって、楽になるのに」
「・・・でもやだ」
しかし、アルヴィスは可愛らしい唇をへの字に曲げ、頑(かたく)なに拒絶してきた。
ファントムも予想外な抵抗ぶりである。
基本アルヴィスは、自分の髪型などには無頓着であり、手入れなど簡単であればあるほど喜びそうな性格なのだが。
「どうして?」
聞きながら、ファントムはまだ湿り気(しめりけ)が感じられるアルヴィスの前髪を掻き上げるようにして何度か撫でる。
いつもは隠されている、白く形良い額が露わになり・・・およそ欠点の見当たらない、完璧な配置を誇る美しい顔がファントムの眼前に晒された。
「・・・・・・・・・・」
精巧に造られた人形のような、可憐に整ったアルヴィスの貌(かお)。
この美しいヘッド(頭部)に見合うだけの、キレイで可憐な髪型をさせたいと思うのは・・・・・ごくごく自然な欲求だ。
幼い頃から天使のような可憐さを持っていた彼だけれど、成長するにつれて匂い立つような美しさが開花し始めているアルヴィスを、もっともっと堪能したいと思う。
つんつんと毛先が逆立った、今の髪型もそれなりに可愛いのだが―――――――・・・せっかくのキレイな顔立ちがより引き立つだろう髪型をした、アルヴィスが見たい。
「伸ばしたらもっと可愛くなれるんだよ?」
だからうっかり、・・・・・・ファントムはアルヴィスにとってのNGワードを口にしてしまったことに気付かなかったのである。
「・・・・・・・・っ、・・!」
言った途端に、アルヴィスの眉間(みけん)にぎゅっと深いシワが寄り――――――――白い貌にパッと血の色がのぼった。
「お前やっぱりっ、・・・やっぱり俺を人形扱いして・・・・・、・・・・!!!」
燃え立つような、青い焔(ほのお)を瞳に宿し。
怒りの感情も露わに、ガッと顎をあげてファントムを睨み見上げて来る。
しかも、その両眼は何故か潤み始めていて・・・・アルヴィスが怒りだけではなく傷付いているらしきことも伺えるから大変だ。
この降って湧いたような、予測もしない事態にファントムは慌てた。
アルヴィスが、何故いきなり怒り出したのかが分からない。
人形の話題なんて、一切出していないのだ。
「え? ・・・・それって・・どういう意味・・・??」
なるべく刺激しないように、と慮(おもんぱか)ってゆっくり問いかければ、アルヴィスが噛み付くように叫んでくる。
「悪かったな男でっ! でもな、俺は生まれた時から、れっきとした男なんだ!!」
「あー、いや・・・・そんなのはボクだって知ってるけど・・・」
「お前が好きな、人形みたいに可愛い女の子じゃなくて悪かったなーーー!!!」
激昂するから、潤んでいた瞳からポロリと一粒涙がこぼれ、アルヴィスの白い頬を伝っていく。
瞳にうっすらと涙の膜が掛かり、光に乱反射しながら青く煌めく様子が美しい。
・・・美人は怒っていたって、キレイだ。
だが今は非常事態だからして、そのキレイな雫を観察している場合では無い。
しかも何だか、人形マニア呼ばわりされている気がするし。
「いや、だからねアルヴィス君・・・・」
何とか落ち着かせようとファントムが口を開き掛けるが、アルヴィスには珍しく、口早に次々と言葉を投げつけてきて取り付く島も無かった。
「だけど俺は昔からこうだし今更そんな人形みたいにとか言われたって無理だし、そもそも俺にそんなの望むの間違ってるだろ!!?」
「えっ、ボク一言もそんなこと言ってな・・・・」
「どうせ俺は髪も短いし男だし、人形みたいに可愛くなんてなれないさ・・・・当たり前だろ、男なんだし!」
「・・・・・・・・・人形って。あのー、アルヴィス君? ボク別に、人形コレクターとかじゃないんだけど・・・」
興奮させないように、控えめに訂正したのだが逆効果だったようである。
ファントムが口を挟んだ途端、アルヴィスは益々声高に叫んできた。
「あるだろ一杯! 知ってんだからな、お前が夜中に歩きそうな古い人形沢山集めてんの!!」
「・・・・夜中って、ナニその心霊現象ちっくな言い回しは・・・・あー、あのビスクドールたちのこと?」
「そう、それだ! ビラビラした服着た怖いのがゴロゴロ飾ってあんだろ、隅っこの部屋っ!!」
「・・・・・・怖いのがゴロゴロって、・・・アルヴィス君あの人形達怖かったんだ・・・」
「っ!? ウ・・ウルサイ!! 問題はそこじゃない!!」
アルヴィスの言うとおり、確かにファントムは数十体のビスクドールを所持はしている。
けれども別にコレクションしているワケでは無いし、アルヴィスと再会した今となっては不要といってもいい品々だ。
可憐に整った顔立ちのせいで、どことなくお人形のようなイメージを抱かせるアルヴィスを偲び・・・ファントムが、留学したおりに見つける度に購入したドール達である。
いずれも、少女にしては凛とした印象のある、黒髪に青い瞳の人形達だ。
本物と比べてしまえばお粗末としか言い様が無いけれど、それなりにアルヴィスに何処か似通った印象を受ける顔立ちをしている。
アルヴィスを偲んで手に入れた人形達だったから、・・・・処分するのも誰かに譲るのも気が進まず。
ついつい、飾ったままにしておいたのだけれど。
―――――――まさかそれに、アルヴィスが気付いて(しかも怖がって)いたとは思わなかった。
「・・・・・・・・・髪、伸ばせっていうの・・・俺にもそういう人形っぽく・・・・女みたいにさせたいからなんだろ」
怒鳴って少しは気が紛れたのか、アルヴィスがしおらしい口調でポソリと言ってくる。
「前は、関係無いって。・・・・そのまんまの俺がイイって言ってくれたけど、・・・あれはやっぱりホントは違ったんだ・・・」
言っている内に、青い瞳に涙がみるみる盛り上がり、再び決壊して零れ落ちた。
表情も、風情(ふぜい)も儚げで。
花にたとえるなら風に吹かれただけで萎(しお)れてしまいそうな姿だが、・・・アルヴィスはグシグシと極めて男らしく拳で涙を拭った。
「・・・・・ファントムは、人形みたいな可愛いのが好きなんだな・・・」
「・・・・・・・・・・・、」
その光景に、ファントムは既視感を覚える。
―――――――・・・でもおれ、ふぁんとむがすきならかわいいおんなのこなりたいよ・・・?
まだ上手く喋れない、拙い口調で必死にそう言った幼いアルヴィスの言葉が脳裏に蘇った。
いつだっただろう。
いつのことだっただろうか?
アレは、いつだった―――――――?
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言い訳。
アルヴィスって、髪を伸ばしてツンツンなのを大人しくさせたら、それだけで可憐な女の子になるy☆っていうのを、主張したかっただけなのです。
だってこっそりオフィシャルのアルの髪型だけ変えたらものごっつ美人さんだったし・・・!!(爆)
なので話も短く終わり、拍手SSにする予定でした。
なのになぜ、こんな長く・・・(汗)
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