『傲岸不遜(ごうがんふそん)なアルタイル-3-』








 とりあえず、友人やギンタ達と。
 焼きそばやお好み焼きなど、お腹がふくれるような御飯モノと、水に浸され冷えている瓶入りラムネなんかを購入して。
 混雑を避け、露店が建ち並ぶ通りの裏側の方に出て腰掛ける場所を探し――――――・・・そこに座り込みながら、戦利品をシェアして味わい。

 食べ終えたら今度は、オヤツ系の食べ物を物色しつつ・・・金魚すくいやらヨーヨー釣りやら、その他諸々の遊び系の店を遊び回る。


 ――――――それが、去年までのアルヴィスの『祭り』の愉しみ方だった。

 お祭りとはそうやって楽しむモノで、誰と行こうがそれは変わらない・・・・と、そう思っていたのである。

 けれども。



「それにしても、こんな狭苦しい場所で良く店やる気になるよねー?
 買う人間もこんなゴミゴミした所で売ってるモノを、良く買う気になるなあ」

「・・・・・・・・・」

「あ、ねえねえあのお店、陳列ケースにも入れないでフルーツ売ってるよ?
 こんな埃っぽい場所に置いてたら、表面ザラザラになっちゃうんじゃない? ・・・不衛生だなー!」

「・・・・・・・・・」

「なんだか・・・見る店が全部、素材とか粗悪ぽいんだけど。
 眺めるだけなら物珍しくていいけどさ、・・・・実際に口に入れるのはチョットねえ・・・」

「・・・・・・・・・」

「あ、見てみてアルヴィス君! 変なのがあるよ!?
 アハハ、何アレ・・・boring!(ツマラナイなあ!)」

「・・・・・・・・・」



 それは、一緒に行く人間次第なのだということを、アルヴィスは祭り会場に出向いて30分もしない内に思い知る羽目となった。

 たこ焼きにケチを付けられた以上、お好み焼きやその他の食べ物だって同じ運命を辿る羽目となり。
 じゃあ、リンゴ飴などのオヤツ類ならばと思って見れば、今度は人工の着色料が身体に良くないと駄目出しをされ。

 挙げ句には、ここの帰りに寄るレストランを予約してあると告げられてしまって―――――――・・・アルヴィスは、ガックリと項垂(うなだ)れた。

 お祭りで遊んだ後に、一体どこの誰がレストランなどへ行くというのだろう。
 普通は、屋台で適当に食べ物を購入して食べながら、祭り見物を楽しみ・・・・気分と心を満たして帰路につくものだというのに。


「・・・・・・・・・・」


 うっかり、甘く見ていた。
 ファントムと一緒に来て、普通に祭りを楽しむことなど出来る筈も無かったのである。

 考えて見れば。
 ファントムは帰国子女な上に、元々I 国人とのクォーターでありF国の血も16分の1引いているハーフクォーターでもあるという、ややこしい血筋の人間だ。

 3割も異国の血が流れるような環境で育っていれば、こういった・・・この国特有の文化だって理解するのが難しいに違いない。
 普段はあまり意識することは無いが、アルヴィスの恋人は、やはり英語圏の人間なのだろう。
 咄嗟に出る言葉や、手帳や急ぎのメモなどの走り書きは、全て英語だ。

 アルヴィス以上の滑らかさで日本語を話すから・・・・普段は全く気にしたことも無かったけれど、ファントムにこっちの国の常識を求めるのは間違いなのかも知れなかった。




「・・・・・・・・・・・・・・」




 ――――――ここへ来るの許したのは、俺にこの格好させたかっただけなんだろうな・・・・。



 何だかんだと理由を付けては自分を着せ替え人形の如くに扱いたがる、幼なじみ兼恋人の性格を思い返し。
 アルヴィスは、はぁー・・・・と何度目かになる重い溜息を吐いた。

 1度は浮き立っていたテンションが、またぞろ下がってくると。
 はき慣れない、厚底でゴロンとした形状をした女物の下駄がヤケに歩きにくくなったのを感じる。

 鼻緒のせいで、親指と人差し指の間が擦れてヒリヒリと痛むし。
 首筋に触れる長い偽髪が鬱陶しい。
 胸元からウエスト部分まで、全てをギュッと締め付けている帯も息苦しくて・・・・・アルヴィスは、すっかり閉口してしまった。



「・・・・・・・・・・」


 今までは懐かしいお祭りの光景に気を取られ、自然浮かれていた気分が冷めてくれば。
 やはりこの恥ずかしい格好と、すれ違うたびに振り返られる奇異なモノを見るような目線が気になってくる。

 祭りを楽しもうという気持ちが萎え。
 アルヴィスは、もう帰ろうとファントムに言おうと口を開き掛けた。


「・・・・・・・なあ、」

「おや? あんなとこにエサキンがいる」


 それとほぼ同時に、アルヴィスの手を引いて少し先を歩いていたファントムが立ち止まる。


「えさきん?」


 聞き慣れない言葉に、アルヴィスも足を止めた。

 えさきん。

 時折、会話に英語が混ざる彼だから・・・・アルヴィスの知らない英単語かとも思う。
 が、何となく響きが違うような気がして、アルヴィスはファントムが見ている視線の先を追った。


「うん、エサキン。ほら、あそこ」

「・・・・・・・・・」


 ファントムが指し示したのは、立ち並ぶ露店の1つだった。

 派手な黄色地の幟(のぼり)には、赤い文字でデカデカと『金魚すくい』と書いてある。
 子供連れの親子や浴衣姿のカップルが、店の前に置かれた大きな白い水槽の前に陣取り、真剣な様子で中で泳ぐ金魚たちを狙っていた。
 赤や黒の、ヒラヒラした尾っぽを持つ小さな魚たちが、うじゃうじゃと所狭しに白いプールの中を泳ぎ回っている。

 ――――――どこの祭りでも必ずある、何の変哲もない金魚すくいの店だ。


「・・・・金魚すくいじゃないか」


 『えさきん』という謎の言葉が、一体どこに繋がるのかと思いながら。
 アルヴィスは、ファントムと手を繋いだまま店へと近寄る。

 金魚すくいは、アルヴィスが毎年のようにチャレンジしていたゲームの1つだ。
 運動神経は悪い方じゃないと思うのに、何故か毎年1匹も掬(すく)えない内に紙製の柄杓(ひしゃく)が破れて駄目になるのだが・・・それが悔しくて余計に意地になる。
 どうせ取れなくてもオマケで1匹貰えるし、こういう遊びがやたらに上手いギンタが戦利品の金魚を見せて一緒に飼おうと言って来てもくれるけれど―――――――やっぱり自分で捕まえたいと思うのだ。
 別に金魚がそんなに好きなわけでも無いし、飼いたいと思うわけでも無いのだが、腕試し系の遊びにはどうにも熱くなるアルヴィスである。


「へえ。・・・コレで掬ったら、掬うだけ貰えるんだね」


 アルヴィスに手を引っ張られ、逆らわずそのまま付いてきたファントムが、水の中を覗き込んで興味深そうに言った。


「1回200円か。 
 ・・・この紙製のスプーンみたいなラドル(柄杓)で限界まで掬ったとしても、せいぜい10匹くらいかな」


 絶対やったことなど無いだろうに、大口を叩くのが憎たらしい。


「・・・・・・ナメんなよ、意外と難しいんだぞコレ。
 金魚の動きが案外早いし、慌てて追いかけたら紙が水に溶けてアッと言う間に破ける」

「えー、そんな難しいかなあ?」


 アルヴィスがその難易度の高さを力説しても、隣の恋人は驚く風も無く首を傾げるだけだった。

 そしてアルヴィスが止める間も無く、ファントムは金魚に苦戦しているらしい小学生くらいの女の子の隣へとかがみ込んだ。
 この場全体がその雰囲気だから、今更に言っても仕方がないのだが―――――――完全和風な光景に、天使のような輝くばかりの美しさを持つ、見た目完全に洋風な青年がものすごくミスマッチである。


「ね、それ・・・ボクに貸してくれない?」

「・・・・はい、どーぞ!」


 声を掛けられ一瞬キョトンとした少女が、ファントムの顔を見て頬を赤く染め。
 慌てて、手にしていた紙製の柄杓と、プラスチックの容れ物を差し出してくる。

 いつ如何なる時も、ファントムの美貌は無条件に相手の拒否権を奪い去る効力を持っているらしい。
 老若男女問わず、その効果は絶大だ。


「ありがとう」


 ニッコリ笑ってソレらを受け取り、ファントムはアルヴィスの方を振り返った。


「要はコレで、破れるまで掬えばいいんだよね?」

「・・・・けど、それもう・・・」


 柄杓は既に使われていて、紙が濡れてしまっている。
 それではもう、幾らも保たないぞ・・・アルヴィスがそう言い終えない内に、ファントムは水の中へと柄杓をくぐらせた。

 ぱしゃん。
 小さな水音と共に、プラスチックの入れ物の中へ小さな赤い魚が飛び込む。


「え、・・・」


 ぱしゃん、ぱしゃっ、・・ぽちゃんっ。

 次々と、ファントムが手にした柄杓は赤い魚をすくい上げ、まるで金魚が望んで飛び込んでいくかのように容器へと納まっていく。
 まるで、見た目を裏切った決して破けない柄杓でも使用しているかのような・・・・・鮮やかな掬いっぷりだった。

 片手に納まるサイズの入れ物が、みるみる金魚で一杯になっていく。
 とても、初めてやる人間の手つきとは思えない。


「・・・・・・・・・・・」


 目の前の光景が信じられなくて、アルヴィスは瞬きを繰り返した。
 だが依然、ファントムの紙柄杓は破れていないし、容器の中にはポチャポチャとリズミカルに金魚が放り込まれ続けている。

 アルヴィスは呆然とその光景に見入り―――――――。


「あーもう、入んないなー」


 そう小さく呟いたファントムの言葉で、我に返った。


「ありがとう。はい、コレあげるね」


 眼前ではファントムが容れ物を、まだポーッとした顔で彼を見つめていた女の子に押し付けている所だった。
 容れ物はすでに、入っている水から金魚が尻尾をはみ出させているくらいに満杯である。


「なんだ、意外とコレ破けないじゃん・・・・」


 柄杓の紙部分をつつき、あ、破けた・・・・と独りごちつつ、ファントムがアルヴィスの方を見上げてきた。
 そして、にっこりと笑う。


「やっぱり簡単だったよ、コレ」

「・・・・・・・・・・」


 使用済みの柄杓を使い、宣言通りに10匹以上掬って、尚かつまだ紙が破れていない状態をキープする(破けたのはファントムが指でつついたからである)。

 文句の付け所のない、名人顔負けな掬いっぷりだが―――――――・・・当然、毎年金魚掬いにチャレンジして・・・・毎回、力みすぎるせいかすぐ紙を破いて駄目にしてしまうアルヴィスとしては面白くなかった。
 ファントムがやたらに器用なのは知っているけれど、祭り初心者にこうも腕前を見せつけられるのは我慢出来ない。

 悔しい。
 悔しすぎる。


「・・・俺もやる」

「えー、でもツマンナイよコレ?」


 対抗意識からアルヴィスも露店の主に声を掛けようとしたが、それはファントムにサラリと止められてしまった。


「狙って掬ったら、必ずGETできるゲームなんて面白くないよ」

「・・・・・・・・・・・・お前だけだけどな」


 初めてやったくせに、アッサリと攻略してしまったような人間だからこそ言えるセリフだろうが・・・そうじゃない人間には非常にムカツク言葉だ。


「え、そんなことないよ。誰だって出来るレベルでしょ、コレは」

「・・・・・・・・・・」

「出来ないとすれば、・・・・うーん、ああ、幼稚園くらいの子なら無理かもねえ」

「・・よ、うち・・・え・・・・んっ!!?」

「アレ、どしたのアルヴィス君たら険しい顔して?
 せっかくの可愛い顔が台無しだよ? ま、そういう表情のアルヴィス君もボクは愛してるけどさあ」


 決して悪気は無いのだと分かっていなければ、殴りたくなる暴言の数々である。

 ファントムは、自分と同レベルの能力を平然と周囲に要求する人間だ。
 そして、それが如何に無理難題を突き付けていることなのかを、自覚していない。

 彼と相対した、殆どの人間は、彼によって己の無能さを思い知る羽目となるというのに。

 要するにファントムは、自覚はないけれど極めて質の悪い天然イジメっ子気質なのだ――――――と、アルヴィスは思っている。


「・・・・も、いい・・・」

「うん、それがいいよ」


 すっかりファントムへの対抗心が失せ、アルヴィスは大人しく『やりたい』という主張を引き下げた。

 金魚掬いはアルヴィスにとって、リベンジをかねた大切なイベントの1つだ。
 けれども、ここで意志を通したところで、ファントムの挙げた成果には到底及ばないだろうことは分かりきっている。

 結果、ファントムに幼稚園児以下だねと屈辱的な言葉を言われるか。
 ・・・・たまたま調子悪かったんだよね、とか。
 きっとあの柄杓の質が悪すぎたんだよ、とか・・・・更に屈辱的なフォローを受ける羽目になることが明白だ。

 そうとなればもう、金魚掬い屋になど用はない。


「こんなとこの貰って来ても、ウチの龍魚にはあげられないしねー」


 そのまま、屋台を後にしようとして。
 アルヴィスは、ファントムの言葉に立ち止まる。


「・・・・・りゅうぎょ?」

「居るでしょ、ウチにアロワナ。リビングの水槽におっきいのが」

「ああ、・・・あのペラペラした変な形のデカイ魚か」

「そう、アレのことを『龍魚』とも呼ぶんだよ」


 ファントムに説明されて、アルヴィスもリビングの巨大水槽で飼われている、熱した溶岩みたいに妖しい緋色をしたアロワナ・・・・大型の古代魚を思い出した。

 けれど、話が繋がっていない。

 狙ったら、幾らでも取れてしまうゲームなんてツマラナイ。
 それに取っても飼えないから、掬うのはやめよう・・・そういう風に話が繋がるのなら、分かる。

 しかし、そのアロワナと金魚が、どう繋がるというのだろうか?


「・・・・・・で、それが・・・?」


 そんなアルヴィスの困惑を余所に、ファントムは言葉を続けてくる。


「エサキンだって、ちゃんと飼育されてて栄養価高いのじゃないと困るし。
 ココのだと、品質保証とか無さそうだから・・・・ね?」


 えさきん。
 また、さっきの謎の言葉が出てきた。

 ニュアンス的には、金魚=えさきん、のような気はするけれど、さっぱり要領を得ない。
 出目金とか、流金とか、そういった金魚の一種なのだろうか。

 ついでにいえば、栄養状態の良いちゃんとした環境で飼育されている金魚じゃないと買う気にならない――――――とでも言いたかったのだろうけれど。
 ファントムの言い方ではまるで、金魚自体が何かの動物の餌のようだ。


「えさきんって、何だ? 金魚のことか・・・??」

「そうだよ、ウチにも居るでしょう。
 アロワナの下の水槽・・・ああ、下の棚に仕舞っちゃってるからアルヴィス君は知らないかな?」

「・・・・・知らない、けど・・・」


 アロワナの水槽の下は、キャビネットになっていて、確かに何か物が入れられそうではあった。

 しかし、その中を覗いたことは無い。
 アルヴィスとしては、飼育するのに必要なグッズが入っているのだろうと思っていたのだが、金魚を飼っていたとは初耳だ。


「棚の中にね、エサキン・・・金魚を飼ってるんだよ。
 まあ別に観賞用じゃないし、見せるつもりじゃないから知らなくていいことだけどね」

「そうなのか・・・」


 見て楽しむモノじゃなければ、何のために金魚を飼っているのだろう。
 そしてやっぱり、意味が繋がらない。

 何がアロワナで、えさきんで、金魚なのか??


「金魚って、(英語で)ゴールドフィッシュ−goldfish−だよな? えさきんて何語だ?」

「・・・・・」


 一瞬、珍しくファントムが言葉に詰まった。
 何か予想外の現象でも目にした時のような、キョトンとした顔をする。


「やだなあ、アルヴィス君。エサキンはエサキンだよ!」


 だが次の一瞬には、ぷっ、・・と吹き出して笑いながら叫んできた。


「―――――・・・『餌(にする)金魚』の略に決まってるじゃないか!!」

「え、・・・・?」


 今度は、その言葉を聞いたアルヴィスの方が、キョトンとしてしまう。


「ウチのアロワナのご飯だよー」

「・・・・・・・・・」


 餌になる金魚=エサキン。

 漢字で書けば、餌金。
 『エサ』になる『キン』ギョ、の略だろう。


「金魚・・・・食べてるのか!??」

「ん? そりゃ・・・だって、肉食魚だもん。
 もちろんエサキンだけじゃ栄養偏っちゃうからメダカとか、その他色々なの食べさせてる筈だけどね」


 驚きに叫ぶアルヴィスに、ファントムは事も無げに真相を告げてきた。


「まあ、世話はボクが直接してるんじゃないから、良く知らないけど。
 でも毎月、エサキンは専門ショップで購入してるんじゃなかったかなー? ・・・50匹1セットで1000円くらいなんだよ確か」

「・・・・・・・・・・!!」


 アルヴィスは思わず、振り返って水槽で泳いでいる金魚たちを見てしまう。

 愛らしい姿で元気に泳ぐ、小さな赤い魚たち。
 戦利品として掬われた彼らの未来は、用意された水槽の中での安定した生活だと思っていたのに。
 いや、こうした露店じゃない店で売られている金魚たちならば、余計にそういった幸せな飼育目的の為だけに、飼われていくのだと思っていたのに。

 ――――――ショックだ。

 さっきの言い回しは、ファントムが間違ったわけでは無くて。
 実際に金魚がアロワナのご飯だったから、ああ言ったのだ。

 栄養状態の良いエサじゃないと、それを食べるアロワナの栄養面に良く無いから。
 ―――――――そういう意味で、言ったのだ。


「な、・・・んで、そんな残酷なこと。
 ・・・・ア・・アロワナだって、金魚のエサみたいなのあるだろ!?」


 粒状の、乾燥したエサとかあるんだろう?
 なんでそんな、わざわざ可哀想なことをするんだと、アルヴィスはファントムに食って掛かった。


「あるよ。栄養面考えたサプリとか、結構種類はあると思う」

「だったら、・・・・」

「でもねえ、生き餌が大好きなのに・・・それ食べさせてあげないのって可哀想でしょう?
 彼らは、そういうのを食べて生きていくような遺伝子が組み込まれてるんだから。
 食べさせてあげないと、彼らにとってすごくストレスになっちゃうし」

「・・・・・・・・・・・・・」


 魚を食べる魚なんて、珍しくもないのに何故そんなにビックリするのかと、ファントムは不思議顔だ。

 けれどアルヴィスにしてみれば、ペット用に買っている魚に、やっぱりペットという認識が強い金魚を与えるというのが衝撃なのである。

 同じことなのかも知れないが、たとえばアザラシなどの餌に・・・アジやらそこら辺の魚を与えるというのなら抵抗はない。
 アジなら、食べる物という認識があるからだ。

 だけど金魚は、やっぱり家で見て可愛がるモノ・・・という印象しか無いから、エサ呼ばわりされるのは非常にショックだったのである。
 喩えるなら、犬や猫を食べると言われるのと、同じ感覚だ。


「最初から、知らなければいい・・・!!
 そうしたら食べたいって思わないだろう!? ストレスだって、・・・・」

「ふふっ、・・・それは彼らの自然な姿を歪めることだ。
 成長した赤ん坊に歩くなと言い、興味を持つ対象を取り上げて、触るなと禁じるようなモノだよ?」

「・・・・・だったら飼うなよそんな物騒な魚・・・・・!」

「えー、だってなんかイイ感じでしょアレ。
 ああいうのがゆったり泳いでるの眺めるの、結構好きなんだよね」

「・・・・・・だけど、・・・」

「アルヴィス君たら、さっきから何でそんな傷付いた顔しちゃってるの?
 この世に生を受けた以上、何らかの命を奪わずになんて生きていけるワケ無いじゃない。
 ボク達だって、生きるために何かの命を犠牲にしてるんだよ・・・・何故、彼らだけがそれを禁じられなければならないの?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「それに生き餌が主食なペットなんて、飼ってる人は幾らでもいるよ?
 ヘビ飼ってたら、ハムスターとかウサギが餌なワケだし・・・・ペットが直接殺すか、提供する店で殺すかの違いしか、・・・」

「!? っ、・・・言うな、もういい・・・!!」


 手の平サイズの、まん丸な毛玉や、生きたヌイグルミのような愛らしい姿を具体的に思い出してしまい。
 アルヴィスは、それらがエサにされるという生々しさに、ゾッとして叫んでしまった。


「どっちみち殺される運命なら、捕食する側の子たちに狩りの楽しみ与えられる方が報われる気がしない?
 ほら、単に食べ物として殺されるのより、少しでも役に立った方がイイ感じでしょ?」

「・・・・・・・・・」


 ファントムには、何を言っても通じてはくれないらしい。
 そもそもの価値観が違うから、いくら説明したって分かっては貰えないらしかった。

 アルヴィスにとって、ペットは愛情込めて可愛がる存在であり―――――――ファントムのような、生きてるインテリア感覚で飼育というのは理解しがたい。
 ついでにいえば、キレイごとと言われてしまうだろうけれど、出来うる限り・・・・命を奪うようなそんな残酷な場面には居合わせたくないというのが本音だ。

 アルヴィスの知らない場所で、今こうしている時間にも何処かで何かの生き物が、他の生物の命を奪い・・・生き存えているのだと分かっていても。
 それが自然の摂理なのだと、分かっていても・・・・・自分だってそのお陰で生きているのだと分かっていても。
 ――――――――それでも、その場に関わりたくはない。

 敢えて、そういった補食対象の生き物が餌として必要になるペットなどは飼いたくない、というのが正直な所である。
 金魚を餌にするなんて、可哀想だという感覚しか生じない。

 だが。
 そんなアルヴィスが、ファントムの気が知れないと思うように―――――――彼にもまた、アルヴィスの感覚は分からないものなのかも知れなかった。


「・・・・・アルヴィス君は、優しいんだよねー」


 俯いて黙り込んでしまったアルヴィスの頭を、ファントムが宥めるように撫でて来る。


「やさしくなんか、・・・・」

「優しいんだよ。食べられるのは自分じゃないのに、金魚のこと思って傷付いてるんだから」

「・・・・・・・・・」

「理解するのと、感情は別だもんね。ボクはそんな優しいアルヴィス君が大好きだよ?」

「・・・・・・・だって、嫌なんだ・・・!」


 駄々をこねる子供のように、自分でも何がどう嫌なのか具体的に言えないまま訴えれば。
 ファントムは、それに聞き返したり反論したりはせず。


「うんうん、ヤダよね〜」


 そう、ただ頷いてアルヴィスの頭を撫でた。


「アルヴィス君が嫌がるなら、ウチのアロワナにはもうエサキンあげないことにするよ」

「えっ、・・・だけど・・・」


 それではストレスが溜まるし、好物を食べられないのは可哀想だとファントムが言っていたのは、ついさっきである。


「まあ、アロワナの餌も色々あるしね。・・・それなりの環境さえ調えてあげていれば、ストレスは感じない筈さ」

「・・・・・ホントに? だけどさっき、それじゃあ自然な姿を歪めることになるって・・・」

「生き餌じゃなくても、代用品があるから何とかなるんだよ。
 エサキンとか与える方が手っ取り早いし、手間も掛からないからあげてただけだしね」

「だったら最初からっ、・・・!!」


 そんな残酷な餌じゃない方を選べよ、と顔をしかめたアルヴィスに、ファントムは軽い口調でゴメンと謝ってきた。


「うん、ごめんね。
 帰ったら、業者にちゃんと言っておくからさ?」


 だからこれで、ご機嫌直してくれる・・・・? そう、お伺いを立てるように聞かれて。


「・・・・・・ならいい」


 アルヴィスは、不承不承(ふしょうぶしょう)といった態度を取りながら頷く。
 けれど内心は、自分のために考えを曲げてくれたファントムへの感謝で一杯だった。

 肉食の魚を飼育する以上は、その魚が好む食事を与えるのが飼い主としての義務なのだろうし。
 ・・・本当はそこに、可哀想だとかそういった感情が入るのは間違いなのだとアルヴィスだって分かっていた。

 だがどうしても、感情面がついていかない。
 いざ、その食事シーンなんかを想像したら、可哀想で酷く胸が痛んで・・・・居たたまれなくなってしまうのだ。
 実はテレビでの、ライオンなんかのハンター風景も見ていられないアルヴィスである。
 格闘技などで、人間が幾らボコボコにされてるのを見ても何とも思わないのに、動物だけはどうしても駄目で受け付けない。

 そんなアルヴィスの、本来は誤った認識から来る拒絶の感情を汲んで。
 ファントムが飼育法を変えてくれるのは、心苦しくもあったが――――――――・・・正直、すごくホッとしたのは事実である。

 幼馴染みの、こういった繊細な心遣いが、本当に大好きだと思う。



「それにしても、エサキンがこんな場所で売ってるとはねえ。ボクも知らなかったなー」


 だが、見直したのも束の間。

 何となく重たくなった雰囲気を払拭するように、ファントムが暢気(のんき)な口調で呟いてきた。
 払拭するのはいいのだが、・・・内容が微妙だ。


「だから、ここの金魚は餌用じゃないって言ってるだろ・・・」


 たった今さっき、ウチのアロワナにエサキンは使わない―――――――そう言って、アルヴィスを感動させたその口で。
 金魚掬い屋の金魚全部を、『餌』としか見ていない辺りが切ない。


「え、でもこんなの観賞魚としては扱えないでしょ? 和金だし」

「いや充分、鑑賞出来るだろ。可愛いじゃないか・・・」

「ええ、可愛いっていうならアルヴィス君だよ! アルヴィス君のが数千倍、こんなのより可愛い!!」

「可愛いって言うな! ・・・・・それに俺が言ってんのは金魚だ」

「だってボクの目に映る中では、キミが1番キレイで可愛いのは決まり切ってることだもの!
 ああ、・・・金魚で? だったら、ランチュウとかイイよねえ・・・※オランダシシガシラ(※金魚の一種)もプクプクしてて可愛いかな」

「・・・・・そんな高級なのが、こんなとこで売ってるワケ無いだろ・・・」

「あーうん、だよね。だから全部エサキンでしょ?」

「・・・・・・・もーいい」


 結局、話は堂々巡りとなってしまう。
 ゲンナリしながら、アルヴィスは金魚掬いの店を後にした。

 露店などに全く興味が無く、祭りになど来ようとも思わないセレブ様はこれだから困る。
 世間一般の常識が、まるで通じない。

 一体何処の誰が、金魚掬いの店で、肉食魚用のエサを購入しようと思うだろう。
 何も知らず泳いでいる、金魚が可哀想じゃないか。


「・・・・・・・・・・・・・」


 屋台で焼きそばやその他を食べようとしたら、レストランを予約してあると言われて食欲を失い。
 金魚掬いをやろうとすれば、その金魚を餌用と決めつけられ。

 ――――――――そもそも、出掛ける際に無理矢理着替えさせられた女物の浴衣のせいで祭りへの意気込みを挫かれていたアルヴィスは、すっかり露店への関心を失ってしまいつつあった。

 

 

 

 

 

 

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言い訳。
ワケ分からん話を長々書いて申し訳ありません(爆)
ていうか、七夕と全く関係無いですよね・・・・!(ホントにな)。
最初のノリはギャグだったんですが、なんか途中から結構重たい話題に☆
単に金魚掬いのところで、エサキンだーと言ってしまうトム様と。
それにビックリするアルヴィスが書きたかっただけなんですが(笑)
ダラダラ書いたら、けっこう長くなっちゃいました。
ちなみに、ファントムとアルヴィスのエサキンな会話の言い争ってる部分(金魚掬い屋の部分は違いますけど)は、ほぼ実話です☆
分かってるけど、可哀想なんだもん><
だから我が家、前からアロワナ飼うとかナマズ飼うって話出てるんですが・・・それが理由で飼えてません(笑)
金魚食べてる姿、見たくないんですよ〜〜〜ていうか、その為に別水槽で金魚とか育ててるっていうのがもう・・・!><
食べさせる為に育てるってのが、何か駄目なんです。
あと、トム様が途中で言葉を撤回して、エサキンは使わないとか言ってますが・・・ も ち ろ ん 嘘 です。
肉食魚に、ずっと生き餌あげないのは無理ですからね☆
アルヴィスの気持ちを汲んで、ショックを受けないようにトム様がああ言ってあげただけですy。
ウチのトム様は、結構アルヴィスに嘘つきなんですよねー(笑)
トム様に言わせると、「必要悪だよv」ってことになるんでしょうけど・・・・。