『傲岸不遜(ごうがんふそん)なアルタイル-2-』








 七夕の祭りと言うことで、いつもは洒落た街並みの一角が、派手派手しい七夕飾りで所狭しと装飾された会場。

 その入り口に黒塗りの外車が1台、滑るように横付けされた。
 流れるように美しいラインを持ち、ボンネットの先端に猫科の大型肉食獣−jaguar−を象ったシルバーのエンブレムを特徴とする英国車だ。

 運転席から、細身のモデルのように美しい青年が降りてきて、助手席のドアを開く。

 青年に促されるように出てきたのは、色鮮やかな浴衣を着込んだ少女だった。
 一瞬、浴衣姿の等身大サイズの人形が降ろされたのかと錯覚するような、造り物めいて見えるほど可憐な顔立ちをしている。

 淡い紫の地に、大小の濃パープルや赤紫の百合が咲き乱れた浴衣に、真っ白な帯。
 後ろで可愛く結ばれた帯の先が、金魚の尾っぽのように、長くヒラヒラと風に舞っている。
 浴衣に合わせたのだろう、濃い紫色の紐に百合を象った帯留めが純白の帯に良く映えていて―――――――清楚に、美しい。

 年の頃は、まだ10代半ばといったところだろうか。
 色白の顔は片手で覆ってしまえるくらいに小造りで、猫を思わせる吊り上がり気味の大きな瞳が魅力的な美少女である。

 艶やかな瑠璃色の髪を後ろで編み込みながら纏め、一部を片方から緩く巻いて長く垂らした髪型に。
 耳横に飾られた大きな百合の花飾りが、彼女の可憐さと美しさを引き立てていた。

 その長い睫毛に縁取られた、青い瞳に少しでも見つめられたなら―――――・・・誰もが忽(たちま)ちの内に恋に落ちるだろう。
 そう思わせるような、すこぶる付きの美少女。

 祭りに行こうとしている人々でごった返していた通りも、彼女と・・・その連れである青年の美貌に見惚れ、足を止める人間の多さに流れが停滞気味だ。






 だが。


「・・・・・・・・・・・・・」


 薄く紅が刷かれた、形の良い唇の両端をほんの少しでも吊り上げてくれたなら、またどんなにか美しさが増すだろうと思うのに。
 少女の唇は、硬く引き結ばれたままだった。

 良く見れば、眼差しにもどことなく険があり―――――――全体的に表情が硬い。
 溜息が出るような美しい顔立ちをしているのに、柔らかさが感じられなかった。

 花にたとえるなら咲き綻ぶ前の、まだ蕾(つぼみ)の状態である。
 いや、美しい花弁で見る者を蕩けさせながら、触れようとする者を鋭いトゲで突き刺すバラの花・・・・といった所だろうか。



 それも、その筈。


「・・・・・・・・・・視線が痛い」


 浴衣姿の美少女・・・もとい、アルヴィスはとてもとても――――――不機嫌だったのである。
 女物の浴衣なんて着るのは嫌だと、必死の抵抗も虚しく着替えさせられては・・・・機嫌が急降下するのも仕方がないというものだ。


「すっごい見られてる・・・!!
 だから嫌だったんだ、こんなの似合うワケ無いじゃないか・・・!!!」


 恭(うやうや)しい仕草で自分の手を取り、助手席から降りるのを手伝う青年に向かい、アルヴィスは小声で悪態を付いた。

 車から降りた途端、突き刺さってきた夥(おびただ)しい視線を感じて、恥ずかしさに顔が赤くなっていく。
 それもこれも全部、ファントムが嫌がる自分に無理矢理こんな女物の浴衣を着せたせいに違いない。

 うわ、アイツ男なのに女物着ちゃってるよ! とか。
 せっかく浴衣が可愛いのに台無しー! だとか。

 そういった嘲笑(ちょうしょう)が、アルヴィスに向けられているのだと思ったら、屈辱に顔から火が出そうだ。
 恥ずかしさと居たたまれ無さに、自然と身体が車内へ引っ込もうとしてしまう。


「え? とっても良く似合ってるから、皆が見てるんだよ」


 しかし、そんなアルヴィスをがっしりとホールドし、ファントムが完全に車から降ろしてしまった。
 その美しい顔には相変わらず機嫌の良さそうな笑みが浮かんでいて、アルヴィスの表情の険しさなどまるで気にもしていない様子がうかがえる。


「・・・このままガラスケースに飾っておきたくなるくらい、キミの姿がキレイだからね」


 いつの間にか傍に寄ってきた、彼の使用人に車のキーを渡しながら、そんな軽口を叩いて。
 ファントムは、満足そうにアルヴィスを見つめる。


「いつものアルヴィス君も可愛いけど、こういう格好してるのも風情があって素敵だね。・・・可愛いな」


 だが、そう言っているファントム当人は、グレーのカットソーに黒のカーディガンを合わせたジーンズ姿で、足元もフツウに黒のブーツで決めていた。

 何てことのない極々ありふれた服装だが、恐らくその1つひとつのアイテムは目が飛び出るくらいの値段がするハイブランドのモノなのだろう。
 ――――――まあ、彼のような美形が袖を通した時点で、どんな安物も高級モード・ファッションに見えてしまうのだろうが。

 ともかく、気兼ねなく出掛けられる、『人目を気にしなくて良い普通の格好』だというのは間違いない。

 それがまた、アルヴィスには、とてつもなく面白くないのだ。
 なんで事ある度に、毎回自分だけがこうして、恥ずかしい格好をさせられて笑い者にならなければならないのか??

 それがとてもとても不公平な気がして、納得出来ないアルヴィスである。


「だったらお前も、こういうの着ろよ!」

「あー、ボクねえ。あんまり下駄って好きじゃないんだよ、足が痛くなるしね」


 我慢出来ずに叫べば、ファントムは動じた様子も無くしれっと首を横に振った。


「・・・・・・・・・・」


 要は、下駄が履けないから浴衣も着ない・・・そういう主張だろう。




 ――――――今、俺が(お前に無理矢理)履かされてんのも、下駄なんだけどな!!




 俺の足が痛くなるのはイイってことか!?

 心の中でそう思うアルヴィスだったが、口にした所でまた適当に言い負かされるのがオチだと悟ってるので言わない。
 大体、口でアルヴィスがファントムに勝てた試しなど無いのだ。



「じゃあ、ご希望のお祭りとやらを見物しようか!」


 たった今、更にアルヴィスの機嫌を悪くしたことなど全く気付かない機嫌の良さで、ファントムがアルヴィスを促してくる。


「・・・・・・・・・・・・・」


 当然だが、アルヴィスは返事などしない。


「アルヴィス君、そんなに眉間にシワばっか寄せてたら・・・」


 けれど、そんなのはファントムには毛ほども効果は無いのである。

 アルヴィスに、顔を近づけて来たと思ったら。
 つん、と眉間の辺りを指先で軽くつついて来て、嬉しそうに叫ぶ。


「・・・なんか機嫌の悪いにゃんこみたいだよ? 可愛いなあ!」

「!? 誰が猫だ! ていうか実際に俺は機嫌悪いんだよ今!!」


 その態度がまた、小馬鹿にされているようでアルヴィスは憤るのだが・・・・悲しいかな、相手の方が1枚も2枚も上手(うわて)なのだ。


「え、なんで?」

「・・・・・・・・・・・」


 自分のせいなどとは、欠片も思っていないだろう表情でキョトンと聞き返されてしまうと―――――――・・・アルヴィスももう、返す言葉を失ってしまう。
 すっかり脱力して、逆らう気力が無くなってしまうのだ。


「ほら行くよ? アルヴィス君、足元危なっかしいんだからちゃんと手を繋ごう?」


 そして、それをいいことに。
 ファントムはアルヴィスの葛藤をアッサリと受け流して、自分のペースに巻き込んでいくのである。

 今もすっかり、ファントムのペースだ。


「なっ、・・・だ・・大丈夫だ・・・歩ける!」

「駄目、下駄履くの慣れてないでしょ。転んだら大変だし・・・」


 差し出された手をはね除けようとするも、ファントムが強引にアルヴィスの手を掴んで繋いできた。

 そのままアルヴィスを自分の方へと引き寄せ、耳元で小さく囁いてくる。


「ふふっ、・・・捻(ひね)ったり擦り剥いたりするのも困るけど・・・
 浴衣はだけて、見えちゃったらアルヴィス君だって嫌でしょう?」

「・・・・・・・・・っ!!」


 甘い声に耳をくすぐられ、ゾクッと肌を粟(あわ)立てたアルヴィスは、言葉の内容にも反応して更に顔を赤くした。


「・・・・ぬ、脱がせたのお前じゃないか・・・!」


 浴衣を着る時には下着は着けないモノだと言って、さっきアルヴィスのパンツを脱がせてきたのは、他ならぬファントムだ。

 女の浴衣や着物の場合、それが決まりと言われても――――――やはり、ノーパンは足元がスースーとして落ち着かない。
 アルヴィスとしてもすごく気になっていた部分なだけに、わざわざ指摘されると余計気になってきて、何だか歩くのもままならない気分になってくる。


「まあね、とはいっても襦袢(じゅばん)着けさせてるから・・・丸出しとかの可能性は低いと思うんだけど」

「・・・・まるっ、・・・!?」


 脱がせた張本人は、しれっとそう言ってのけ。
 アルヴィスと、しっかり手を繋いだ。


「だから、ちゃんと手を繋ご? ボクもアルヴィス君のが見られちゃうのはヤダしねー」

「・・・・・・・・・・・」


 今度は、アルヴィスも逆らわず大人しく繋いだままでいた。

 もし転びでもしたら丸見え・・・・なんて怖ろしいことを言われたら、流石に1人で歩けるとは言えない。
 下駄を履くのが不慣れなのは事実だし、着慣れない女物の浴衣など着ているから、足裁(あしさば)きにだって自信は無かった。

 転んだ拍子に、見ず知らずの人間に自分のを披露する羽目にでもなったら。
 恥ずかし過ぎて、憤死してしまいそうである。



 ああ、・・・・こんな格好しなくちゃいけないんだったら、来たくなかった。

 ああ、・・・・パンツ脱がされて下半身スースー状態で来る羽目になるなら、行きたいなんて言わなかったのに。


 アルヴィスの頭の中では、そんな後悔する思いばかりがグルグル過ぎるが、全ては既に遅し・・・である。



「じゃ、行こっか。アルヴィス君がどんなの好きなのか、ボクも楽しみだよ」

「・・・・・・・・・・・・・」


 ものすごぉぉぉぉーーーく、色々と理不尽で、納得のいかないことだらけではあったが。
 それらに全部、反論することを封じられ・・・・仏頂面のまま。

 アルヴィスは、引きずられるようにしてファントムと共に賑やかに飾り付けられた入り口をくぐったのであった――――――――――。















 祭りが開催されている通りの中に入ってしまえば、辺りは一面、別世界のような賑わいようだった。


 ピンクや白の可愛らしい色合いでまとめられた吹き流しや、色とりどりの千羽鶴、そして大きな笹の枝に沢山揺れているカラフルな短冊たち。
 そして、通りの両脇にビッシリと立ち並ぶ沢山の露店が、アルヴィスの目を楽しませる。

 もうもうと煙を上げて焼かれ美味しそうな匂いで客を誘っている、焼き鳥や牛串。

 刻んだ山盛りキャベツやコーン、そしてタコなどが盛られたトレイの奥で、次々と舟形の皿に投げ入れられるように盛られ売られていくタコ焼き。

 串に刺さって並べられた、マシュマロやバナナやメロン。
 ・・・・そばに液状のチョコレートがある所を見ると、売られているのはチョコバナナだけやチョコマシュマロだけじゃなくて、チョコメロンも有りなのかも知れない。

 カットフルーツと書かれた看板の店には、スイカやパイナップルなどの他に、何故かキュウリや茄子なども置いてあり。

 美味しそうなタレを掛けて焼かれた串団子を売る屋台や、イカやホタテ、エビの串焼きに焼きトウモロコシ、餃子や冷や奴なんてモノまでが置く屋台もあった。

 もちろん定番のフランクフルトやかき氷、リンゴ飴やべっこう飴、綿菓子だって売っていて。


 ――――――――――それらは紛れもなく。
 行きたいと願っていた、アルヴィスが大好きな『祭り』の風景だった。



 女物の浴衣を着せられたことは不愉快極まりなかったが、それでも派手な七夕飾りが所狭しと飾られた通りの中へ入ってしまえば、自然とアルヴィスのテンションも上昇する。


「・・・・すごいな・・・!」


 不機嫌さも忘れ、アルヴィスは両側にひしめく露店たちに胸をときめかせた。


「うん、・・・・すごいね・・・」


 周囲を物珍しそうに見回していたファントムも、相づちを打つ。
 その声には少しだけ、いつもと違うウンザリとした響きが篭もっていた。


「こんなにウジャウジャ、どこから湧いてくるんだろ。
 人間は増え過ぎたよね・・・・淘汰(とうた)すべきだよ、これは!」

「・・・どこの神様だ、お前は」


 すごいという感想は、露店じゃなくて人混みへのモノだったようである。


「歩きにくいなー・・・ていうか、こんなくっつかれるのってスッゴイ気分良くないんだけど!」

「・・・・・・・混んでるんだから当たり前だろ」

「人混みのせいで空気悪いし、これだけ密集してたら、すれ違い様に誰か刺しても捕まらないねー」

「だから、そういう物騒なこと言うなっていつも言ってるだろ!?」

「色んな臭いが混ざってて、気持ち悪いなあ。アルヴィス君は平気?」


 秀麗な顔をしかめて、言いたい放題だ。


「・・・・・・・・いや、祭りってこういうもんだし」


 ファントムのワガママを窘(たしな)めつつも、仕方ないかとアルヴィスは内心で思う。

 大体が、ファントムとこういった場所自体が似合わないのだ。
 彼が、こういう所に居るのが想像出来ない。

 こんな・・・人でごった返した場所をそぞろ歩くイメージが湧かないし、肩がぶつかり合うような混雑の中に身を置くファントムなんて、有り得ない気がするのだ。


「・・・・・・・・だから俺、言ったのに」


 祭りに行きたいと主張した時だって、アルヴィスは彼と一緒に行こうとは思ってもいなかったのだ。




 『・・・お前ぜったい好きじゃないぞ、あんな場所。
 だから俺、ちょっと覗いて食べたいの買ってきたらすぐ帰ってくるし・・・・・ファントムはわざわざ来なくても・・・』


 『えぇー? やだよ、アルヴィス君が行くならボクも行く。
 ていうか、じゃないとアルヴィス君が行くのだって許可出来ないからね!!』


 『なんでそうなるんだよ!?
 ・・・だって絶対、お前はああいう場所が嫌いだと思うんだけどな・・・』




 それなのに。
 アルヴィスが祭りに行きたいと言った時、ファントムは自分も行くと言うのを頑として譲らなかった。

 行けば、ワガママな彼が必ず文句を言い出すだろうことが分かっていたからこそ、忠告をしたのだが聞き入れてくれなかったのである。



「うじゃうじゃ鬱陶しいなあ。・・・優先通路とか作ってくれればいいのにねー?」

「そんなのがあるか!」


 そして案の定、この有様だ。

 この4歳年上の恋人には、人混みの中を流れに沿って歩くという感覚が理解出来ないらしい。
 何処へ出掛けるにも車を使い、買い物も、基本は百貨店の外商員が自宅に訪問してくるような生活をしている身分の彼には、受け付けない状況なのだろう。





 ―――――――だから俺は、1人で来るって言ったのに・・・・。




「・・・・・・・・・・・・・・」


 言っても聞かなかったのはファントムだが、どうしてもっと強く主張しなかったのかとアルヴィスは後悔した。

 こういった場所に混雑は付きものだから、これから先、更にファントムの文句が増えるだろうことは容易に想像できる。
 そして、それを宥めながら祭り見物をしなければならないのかと思うと・・・・せっかく浮き立ってきたアルヴィスの気分がまた、下降していくのは必至だった。

 けれど、付いてきてしまったものは仕方がない。
 今更、帰れとは言えないし、言った所で聞くわけはないし・・・・ファントムが帰るときは、アルヴィスだって一緒に連れ帰られるだろうことは明白である。

 それでは、せっかくのお祭りが一切満喫できない。
 だったらもう、アルヴィスが取るべき行動は、たった1つだ。

 この際、ファントムの事は無視して―――――――自分の楽しみを追求する!

 人混みに辟易(へきえき)している様子のファントムを見れば、次回に許可して貰える確率は限りなく低い気がするし。
 この機会を逃せば、今度はいつこんな雰囲気を味わえるかも分からないのだ。

 そう思ったら、・・・・ファントムのことなど気にせず祭りを満喫すべきだと考えたのである。


「あ、・・・たこ焼き・・・」


 不満そうに周囲を見回すファントムを視界から除外して、人混みを掻き分けてアルヴィスは露店の1つへと近づいた。

 祭りと言ったら、まずは食べ物。
 リンゴ飴などの甘いものにも心惹かれるが、とりあえずは腹を満たす為の御飯モノが取りたくなる。

 紅ショウガと、たこ焼きやお好み焼き特有の出汁入りの生地が焼ける香ばしい匂いに釣られ、アルヴィスは店先を覗き込んだ。
 こんな雰囲気を味わうのも、久しぶりである。


「らっしゃい! ウチのたこ焼きは、タコがデカくてウマイよ〜!」


 鉄板前に陣取っているねじりはちまき姿の男が、すぐに愛想良く声を掛けてきた。


「ヒュー・・・お嬢ちゃんスッゴイ美人さんだねー!? おじさん、サービスしちゃうよー」

「・・・・・・」

「ホントなら1パック500円だけど、お嬢ちゃんなら300円にしちゃおっかなー!」


 お嬢ちゃん。

 お愛想のつもりで言ったのだろう男の言葉に、鉄板の上で丸く焼けているたこ焼きに上がっていたアルヴィスのテンションが、一瞬下がった。
 しかし自分の格好が格好なのだから、とアルヴィスは一生懸命気持ちを抑えつけて苦笑いを浮かべる。


「・・・ありがとう」


 お得なのは、いいことだ。
 サービスしてくれるというのなら、それに越したことはない。
 たこ焼きで200円もオマケしてくれるというなら、それはかなりの割引率だ。


「じゃあ、それを―――――・・・」

「ねえ、アレ絶対不味いよ?」


 だが注文しようとした途端、横からファントムの声が掛かる。


「・・・っ、・・!?」


 しかも、思い切り駄目出しの言葉だ。


「火の通りが均一じゃないし、中に入ってる具も質が悪そうだし、第一こんなとこに材料出しっぱにしてたら衛生上良く無いよ」

「・・・・!?」


 店主に聞こえてしまうだろうことなど一切構わない様子で、ズケズケと言い切る連れの姿に、アルヴィスも咄嗟に言葉が継げない。


「ファ・・・ファントム!!」


 焦って名前を呼び、制止するのが関の山である。

 こんな場所で、質だとか衛生面だとかを指摘されても・・・・と思うが、恐らくファントムにはそういう説明は通用しないに違いない。
 そもそも彼は、こういった場所に来るのは初めてなのだ。

 郷には入れば郷に従う――――――という言葉があるけれど、彼は究極の自己中。
 自分中心に世界が回っているからして・・・・その間違いを正すのは、もはや不可能に近いことをアルヴィスは熟知していた。

 なまじ、頭の回転も口の滑らかさも常人以上だから、言い聞かせるのも至難の業(わざ)だ。


「・・・・・・・・いや、だから・・・こういうのは、」


 アルヴィスの視界の端に、明らかに気分を害した様子の店主の顔が見えている。

 まだ怒鳴り付けて来ないのは、ひとえにファントムの美貌に度肝を抜かれているからに違いなかった。

 けれどそれも、時間の問題である。

 これ以上ファントムの暴言が続いたら、決して気の長い人種じゃないだろうこういった職種の方々は・・・・拳を振り上げて落とし前を付けろと言って来て下さる確率が大だ。
 それに何だか、たこ焼き店だけじゃなくて周囲の店の人たちも渋面になっている。
 辺りを憚(はばか)らない声で、ファントムが言ったせいだろう。

 それなのに、ファントムは全く空気を読まずにまだケチを付けている――――――流石、KING of AKY(敢えて空気読まない)だ。


「・・・・それにあの細切れなタコ、乾いちゃってるじゃない。あんなの買ったら駄目だよ、行こ?」

「えっ、・・いや、・・・・ちょ・・・待て・・・・!」


 結局。
 何て言えばいいのかとアルヴィスが悩んでいる間にファントムがぐいぐいと手を引っ張るから、露店からそのまま離れる羽目になってしまった。


「・・・ご、ごめんなさい・・・・!!」


 遠ざかりながら、謝るのがアルヴィスには精一杯だ。

 アルヴィスも口がたつ方では無いし、あそこまで店主の機嫌を損ねてしまったらもう、取りなせる自信は無いから逃げるしか無かった。
 あれだけ悪化した状況で、1つ下さいなんて言える勇気だってモチロン無い。


「なんでアルヴィス君が謝るの?
 あんな不味そうで問題あるメニュー出してるんだから、彼の方が非を謝罪するべきなんだよ」

「・・・・・・・・・・」




 ―――――――俺が謝ったのは、お前のせいだ・・・!!




 しかし、騒ぎを起こした張本人であるファントムは、まるで気にした風は無い。


「ああいうgreasy spoon(安っぽい飲食店)は、どうも好きじゃないなー」


 100%こっちが悪かったというのに・・・・その自覚は全くないようで、相変わらず先程の店の悪口らしきことを並べ立てている。
 こういった露店に、ハイクォリティを求める方が間違いだと彼に教えるには一体、どうすれば良いのだろうか。


「・・・・・・悪かったな、俺は大好きなんだよ!」

「ええ!? 嘘でしょ? ・・・駄目だよキミには似合わない!」

「・・・・・・・・・いい加減、その基準どうにかしてくれないかファントム・・・」


 こんな有様では、もしかして露店という露店、全部にケチつけられて何も買え無い羽目になるのでは・・・という不安が、アルヴィスの脳裏を過ぎる。
 どう考えても、ファントムが納得するような露店などは有りもしないだろうからだ。
 このまま駄目出しされ続けて、結局何も買えなかったりして―――――――という不安に駆られてしまう。

 しかし、まさか流石にそれは無いだろうと思い直す。

 それでは、何のために祭りへ出向いたのか分からなくなってしまうからだ。

 確かにキレイな飾り付けや、賑やかな雰囲気を味わうだけでも価値はあるけれど・・・・露店で何も買わなければ、楽しみだって半減する。
 ファントムだって、そこまで無粋なことはしないだろう。


 そう、・・・アルヴィスは高をくくっていたのだが。

 たこ焼き店でのやりとりなどは、まだ序の口で。
 事態はそんなに甘くなかったことを、これから嫌と言うほど思い知る羽目になるのだと、この時のアルヴィスはまだ知らなかったのである――――――――――。

 

 

 

 

 

 

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++++++++++++++++++++++++
言い訳。
アルヴィス、女の子が浴衣着るときは下着つけないとか言われて、信じちゃってます(笑)
ホントはそんなことないんですけどねー☆
ちなみに『greasy spoon』は、大衆食堂のことらしいです。
油がちゃんと洗い流されてないスプーンを出すような、あんまり清潔じゃないお店の意味。
なので、どっちかというと差別用語ですね・・・お店の人が聞いたら怒る言葉です(笑)
トム様は、敢えて使ってますけどもね☆