『傲岸不遜(ごうがんふそん)なアルタイル-1-』








「それで、・・・コレは何だ?」


 自分の前に並べられた、『それらの品』を見て。
 アルヴィスは、声を低くして問いかけた。

 一般の感覚で言えばフツウに部屋として使いそうなほど広い、ウォークインクローゼットの・・・ほぼ真ん中に置かれた白い革張りのスツール。

 そこに、アルヴィスと・・・そしてここの主であるファントムにはおよそ縁がない筈のモノが広げられていた。
 着物・・・いや、恐らく浴衣と思われる和服や、それ用に使われるのだろう品々ひと揃いがスツールの上に所狭しと並べられている。

 浴衣は、薄紫色の布地に、同系色で大輪の百合が幾つも描かれた見事なモノだ。
 鮮やかに濃い紫や赤みがかった紫、白に近い色をした百合が、色を抑えで描かれた茎や葉・・・・そして淡い紫の布地に映えて、とても美しい。
 アルヴィスはそういった品に馴染みが無いから、この浴衣がどれほどのモノだとかそういうのは良く分からないのだが、・・・素人(しろうと)目にも、良い品なのだろうことは伺える。

 その隣に置かれているのは、真っ白な長い布。
 2枚在り、1枚は硬く張りのある布でもう1枚は、ふわふわと柔らかい・・・恐らく帯(おび)だ。

 そして、更にその横には白い鼻緒(はなお)が付いた黒い下駄と、様々な紐(ひも)やキラキラしたネックレスのようなモノ。
 それから小さな籐製の籠に巾着袋がドッキングしたような、変わったバッグも置いてある。

 どれも美しいが――――――・・・どう見たって、女物の浴衣セットだ。


「何って言われても。・・・見たとおりのモノだけど?」


 浴衣だよ、見たことないワケないよね? と。
 アルヴィスの機嫌の悪そうな声にも一切動じず、隣に立っている青年はしれっと答えてきた。

 その美しい顔には、いつも通りに楽しそうな笑みが浮かんでいる。


「・・・・・・・・・」


 嫌な予感がして、アルヴィスは元から寄せられ気味だった眉間のシワを、更に深くした。

 酷く厄介なことに、・・・・アルヴィスの幼なじみであり、恋人でもあるこの青年はとてもとても、・・・酔狂な人間だ。
 今までも散々に、『似合うから』という訳の分からない、彼の主張に振り回されて―――――――色々な格好をさせられてきた。

 自慢じゃないが、アルヴィスは女性でもあまり着ける機会は無いだろう本格的なコルセットで、ウエストを締め上げられた経験が何度かあるし。
 まるで、中世時代の少女が抱いていた人形みたいなビラビラした服装だって、回数を数えるのが嫌になるくらいさせられたことがある。

 普段の服装も殆どファントムが選んでいて、アルヴィスの着せ替えは、もはや彼のライフワークのようなモノだ。


「・・・・・・・・・・・」


 それらの経験を踏まえれば。
 このパターンは絶対に、毎度おなじみの強制着替えだろう。



 今日が七夕で。
 アルヴィス達が自宅代わりに借りているホテルに、割と近い場所の通りで七夕(たなばた)にちなんだお祭りイベントが開催されることが分かっていて。
 これからそこへ出向くことが決まっている以上、判断を間違えようもない。

 お祭りと言えば浴衣で、浴衣と言えばお祭り・・・か、花火大会というくらい、そういったイベントには浴衣が付きものだ。
 アルヴィスだって、そういう場所で浴衣姿を見かけるのは風情があっていいな、とは思う。

 思うけれども。



「・・・着ないからな!」

「え、どうして?」


 アルヴィスが言葉短く主張すれば、隣にいた青年が大袈裟(おおげさ)な態度で驚いてみせる。
 キレイなアーモンド型の瞳を丸くして、アルヴィスが渋る理由を分かっているだろうに、まさかというような顔をするのがムカついた。


「このカサブランカの柄、アルヴィス君に似合うと思ってデザインさせたんだよ?
 地の色だってピンクがかった薄紫にして、引き締め色に暗めのグリーンを配置させて。
 ・・・・全部アルヴィス君の肌と髪色、そしてイメージに合わせたんだからね!?」

「・・・・・・・・」


 いや、合わせたとか言われても――――――というのが、アルヴィスの本音である。

 確かにキレイな柄の浴衣だが、こんな華美なのを『似合う』と言われても複雑だ。
 しかも思いっきり、コレは女の子仕様である。

 いつも強引に着せられる羽目になる、ゴスロリだか何だかのビラビラファッションも御免だが、こういうのもやっぱり抵抗があった。
 アルヴィスの為に、わざわざ作らせたらしいけれども・・・残念ながら、袖を通す気には全くならない。


「アルヴィス君、こういう柄は気に入らない?」

「いや、だから俺が言ってるのは・・・・」


 けれども気に入らないのかと問われてしまうと、アルヴィスも何とはなしに文句が付けづらくなる。
 アルヴィスが渋っている理由は、そこじゃない。


「その、・・・柄がどうとかって問題じゃなくて、・・・」

「じゃあ、柄は気に入ってくれたんだよね?」

「え、や、・・・だから・・・!」


 答えに窮(きゅう)して、アルヴィスは口を噤んだ。

 柄は、文句なしにキレイである。
 ただし、見るだけなら・・・という限定であり、自分が着るということであれば話は別だ。





 ――――――・・・浴衣は、別に嫌いじゃないんだけどな・・・・。





「・・・・・・・・・・・」


 心の中だけでコッソリ、アルヴィスは本音を呟いた。

 浴衣は縁日などに出掛ける時、小さい頃は良く着せて貰ったし・・・・和装するのも、弓道をやっていたから慣れたモノだ。
 それに、養父であるダンナが浴衣を着ている姿は何とはなしに貫禄(かんろく)があって・・・ああいう風に着られるようになりたいと、憧れたりもしたアイテムである。
 浴衣を着ること自体に、抵抗は無い。
 着方によっては、とても男らしくなれるし風流で良いと思う。

 だが、それらと、今目の前にある浴衣には決定的な違いがあった。
 そう、男物と女物の違いである。

 しとやかで、可愛い女性が着るなら似合うだろうファントムがデザインさせたという浴衣も・・・・男であるアルヴィスが着た時点で、台無しだ。
 自分に似合うとは、とても思えない。

 それがどうして、この男には分かって貰えないのだろうか。
 いや、今に始まったことじゃないけれども。


「ファントム、その、・・・分かるだろ? 俺は男だ・・・」


 そう、力なく主張したところで。


「そんなの知ってるに決まってるでしょ。 で、それがなあに?」

「どうせなら俺、フツウに男物の着たい・・・」

「えー? だってアルヴィス君には絶対、こっちのが似合うんだよ!?」

「・・・・・・・それ嬉しくないんだけど・・・」

「男が着るような、黒っぽくて地味なのじゃ似合わないってば。
 こっちのが絶対可愛いし、似合ってるんだからコレにしよっ? ね?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「アルヴィス君にはどんなのが似合うかは、ボクが1番良く知ってるんだから!」

「・・・・・・・・・・・・・」


 隣の青年には、全く通じてくれないのが切ない。


「浴衣も可愛いけど、帯も可愛いのにしたんだよ。
 真っ白なので揃えて、フツウのヤツ締めてから兵児帯(へこおび)も巻こうね。
 帯を2種類締めることで質感に変化も出るし、後ろ姿も兵児帯がヒラヒラしてて可愛いと思うんだ!
 それでね、帯留めにも浴衣と同じ百合柄のモチーフ使って・・・・あと根付けにも・・・」

「・・・・・・・・・・・」


 挙げ句に、アルヴィスの意見などまるで無視して、ファントムは並べられた物の説明を始めた。

 ヘコオビやらネツケやら専門用語のオンパレードに、アルヴィスはさっぱり訳が分からなくなる。
 というか、帰国子女のくせに何故にファントムはこんなにも浴衣に詳しいのだろうか。

 もしかしたらまた、アルヴィスに着せたいが為に覚えたのかもしれないと思うと、それはそれで切ない。


「・・・・・・・・・」


 何となく・・・ココに並べられた全部を付けさせられるんだろうな・・・・という諦めに似た境地がアルヴィスの胸を過ぎって。




 ――――――・・・綿アメとか、食べたかっただけなんだけど・・・・。




 ウォークインクローゼットで立ち尽くしたまま、アルヴィスはぼんやりと白い天井を見上げた。
 説明を続けるファントムの言葉は、意味が分からないし名称なんて興味もないから、とっくに右から左である。












 1ヶ月ほど前、近くでお祭りがあることを偶然耳にした。


 アルヴィスは、お祭りが好きである。

 何とも言えない、あの雑多で賑やかな雰囲気が好きだ。
 風情が感じられて活気が溢れていて・・・・行き交う人々みんなが、楽しそうにしているから。

 露店を営む人たちも、客も楽しそうで――――――・・・・誰彼問わず寄っておいで!と誘っているような、あの独特の開かれた空気が堪らなくいい。

 大学に入るまで、ギンタや他の友人たちと、アルヴィスは毎年のように何処かしらの祭りには行っていた。


 流行のキャラクターがプリントされたカラフルなビニール袋に詰められて、揺れている綿菓子。

 露店の照明に、キラキラと表面をてからせた真っ赤なアメが割り箸まで滴っている、リンゴ飴。

 次々に焼かれ、クルクル紙に巻かれて客に渡されるクレープたち。

 美味しそうな匂いを漂わせながら、鉄板でこれ見よがしに焼かれている、焼きそばや姿焼きのイカ。

 ダイナミックな手つきでバラまかれ、ランダムに具が飛び込んだままひっくり返される、ちょっと生焼けなタコ焼き。

 
 お面やら音が鳴る笛やら、その他諸々のオモチャ、そして芸能人たちのナマ写真やらポスターがデカデカと飾られたくじ引きの店や。

 不可思議でちょっと怪しげな、子供達が夢中になるオモチャたちが売る店。

 色とりどりのスーパーボールやヨーヨー、そしてお馴染みの金魚をすくう店・・・などなど。


 興味を引くモノには、事欠かない。
 大体がちゃちで、『お祭り』という魔法が解けたら、味も質も値段には見合わないような価値のモノばかりが売られているのだが―――――――・・・それでも何故か、むしろそれが面白い。
 家に帰って食べたら、ただ脂っこくて味が濃いだけの焼きそばやお好み焼きも、その場で食べたらフルコースにも引けを取らない美味しさなのだ。
 大勢の人が繰り出していて、店を覗くのも歩くのにすら気を遣うのは閉口するが、それらを差し引いても楽しいお出かけスポットだった。

 今のアルヴィスには、とてもとても縁遠くなってしまっている雰囲気だからこそ、余計に憧れる気持ちが強くなる。

 だがファントムと暮らすようになってから、行く事は諦めていたアルヴィスだ。
 どう考えても、ファントムが許さないと思ったからである。

 ファントムは基本、混雑した人混みの中にアルヴィスが行くことは、免疫上の問題があるといって許可してくれない。
 今のアルヴィスは身体の免疫が著しく落ちているから、そういった場所へ行くと諸々の感染症にかかるリスクが高くなる・・・というのがその理由だ。

 実際に喘息持ちのアルヴィスは、風邪などを引くと命取りとなる。
 ・・・・というか、流石に風邪を引くのはアルヴィス本人だって怖い。

 だからそれを言われてしまうと、アルヴィスも反論が出来なかった。

 ただでさえ渋々といったスタンスで、ファントムから大学へ通うのを許されている立場なだけに――――――・・・医師としての立場から、彼に体調のことを口に出されるのには弱い。


 それなのに。

 遠慮がちにアルヴィスが、学校帰りに少しだけ寄ってもいいかと・・・・半ば諦めながらファントムに切り出したら。
 彼が、思いがけずOKしてくれたのである。





 ――――――お祭り? ああ、来月にあるってボクも聞いたよ。

 行きたいの? じゃあ、一緒に行こうか・・・・・・・・・・。




 サラッと、一切渋る様子も無くOKしてくれた。
 てっきり駄目と言われると決めつけていたのに、予想外の返事だった。


 しかし。



「―――――でね、ちゃんと浴衣に合う髪型もして貰わないとだから・・・・・専属美容師呼んであるんだよ。
 お団子と巻き髪垂らした付け毛して〜、耳横辺りに可愛いお花の飾り付けて貰ったら似合うと思うんだよね!
 付け毛の色合いも、しっかりオーダー済みで自然な仕上がりになるから心配要らないよvv」

「・・・・・・・」

「だから早く、浴衣着ちゃおうかアルヴィス君」

「・・・・・・・・」


 OKしてくれるとも思わなかったが、こんなのを着る羽目になるという予想もしていなかったアルヴィスである。

 ファントムのノリノリな様子に、もしかしてコレが目的で祭りに行くことをOKしたのかと今になって悟った。
 だとすれば、もうどんなにアルヴィスが嫌がっても、この用意された浴衣を着ないという選択肢は無いに違いない・・・・。


「・・・・お・・・お祭りだからって、べつにわざわざ浴衣着なくても・・・・!!」


 それでも、諦め悪くアルヴィスは叫んだ。

 この際もう、男物だとか女物と騒いだところでファントムに効き目がないのは分かっている。
 かくなる上は、浴衣自体を着ないと主張するしか手段は無かった。

 というか、元からTシャツにジーンズといったラフな格好で行くつもりだったのだ。

 あくまで祭りの雰囲気が味わいたかったかったから、行きたかったのであって。
 そういったオシャレ?なんて、全く考えてもいなかった。


「着たくないの?」

「そりゃあ、・・・・」


 穏やかな口調でファントムに確認され、アルヴィスはぎこちなく頷く。


「・・・・そっか、アルヴィス君は着たくないんだね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


 機嫌を損ねた風も無い、軽い口調だが、アルヴィスは緊張を緩めなかった。

 ファントムは、その隙無く整った美貌と同じく――――――・・・言動だって、少しも隙など作らない。
 今までも彼が折れて自分の意見を曲げたことなど殆ど無いし、大抵は何が何でも思い通りに相手を動かす性格なことを、アルヴィスは知っている。

 その神々しいばかりに美しい・・・甘さを帯びた表情と声に、騙されてはいけないのだ。


「そうかぁ・・・」


 ファントムが、残念そうな溜息を付いて。
 サラサラとした、水晶で出来た糸のような銀髪を掻き上げ・・・・・アルヴィスに向かって苦笑を浮かべた。


「・・・・・・・・・・・、」


 一瞬だけ、アルヴィスの中に後悔に似た気持ちが生まれる。

 女物とはいえ、ファントムがアルヴィスに着せたくて作らせたのだという、その気持ち自体は嫌じゃなかった。
 だから、それを無下(むげ)にしたようで・・・・罪悪感が生じてしまう。



「じゃあ、ボクが着せてあげるね!」



 けれど、次の瞬間言われた言葉に。
 アルヴィスは、マトモな返事が出来なかった。


「・・・・・え、・・・?」

「だって、アルヴィス君は着たくないんでしょう?」


 言いながら、ファントムがアルヴィスの肩をガシリと掴んでくる。
 痛くはないが、有無を言わせぬ強い力で逃げ出せそうもない。

 やられた。


「だったらボクが、君を脱がせて。
 ちゃんと浴衣を着せてあげるしか、方法は無いよね・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 いちいち確認を取るように言ってくる顔が、とても楽しそうである。
 まるで、ご馳走を捕まえた猫のように満足げだ。


「アルヴィス君は、浴衣を自分で(着るのが)嫌なんだから。
 それならボクが、着せてあげるしか方法は無いよ、ね・・・・!?」

「!? ま、待て・・・! 俺はそんなの一言もっ、・・・!!」


 アルヴィスが嫌だと言ったのは、浴衣を着ること自体。
 けれどファントムは言葉の綾(あや)を取って、それを自分の都合が良いように言い換えてしまった。

 ようやくアルヴィスは、ファントムが浴衣を着せることを全然諦めていなかったのだと理解したが・・・もう遅い。


「さ、脱いでアルヴィス君。大丈夫だよ、ボク着付け覚えたし。
 ・・・ああ、浴衣に線が出ちゃうから、下着も脱ごうね!」

「〜〜〜〜〜っ、・・・!???」


 にっこり、と擬態語が付きそうな晴れやかな笑みで。
 ファントムは、アルヴィスの着ているシャツのボタンへと手を掛けてきた――――――――――。

 

 

 

 

 

 

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言い訳。
1度で書き切ろうと思ったんですが、長くなりそうなので分けます☆
出来れば前後編にしたいとこなんですけどね・・・無理かなっ?(笑)