『HAUYNE−アウィナイト− 後編』












※1の続きです・・・が、別に読まなくても大丈夫な話(爆)
ちょっとばかり?グロい表現入ります。
ついでにいうと、ある意味オマケ的な話なので、可愛いだけの『君ため』ファンアルがお好みでしたら。
あんまりオススメ出来ないかもデス・・・!(汗)









「見た? アルヴィス君の顔。
 言われた途端に真っ赤になっちゃって、可愛いったら無いよね・・・!」


 アルヴィスが、部屋を去った後。

 まだその場に残っていたペタに、ファントムがそう口を開いた。


「あの分じゃ、リングの裏に掘られた言葉にも気付いて無いよ。
 もう、・・・ボクがアルヴィス君と遊びで付き合ってるワケが無いのにさ?
 全然、これから先の事とかを分かってない辺りがニブいっていうか可愛いっていうか、可愛らしすぎるっていうか・・・・!!」


 可愛い可愛すぎると連呼して、鼻歌でも口ずさみそうな機嫌の良さである。


「やっぱりニブいんだよねー、アルヴィス君は。
 ボクが最初にリング見せた時、ちゃんと左手薬指に填めてあげたのに意味分かってなかったし。
 ああもう、ボクの天使は小さい時から今も変わらず純粋培養だよ可愛いなぁ〜!
 『貰えない』って、困った顔でボクを見上げた時なんて、あんまり可愛すぎてクラクラしちゃって、うっかりもう頷きそうになっちゃったよ」

「・・・・・使われている石が高額ですから。
 それで、気圧(けお)されていた様子でしたからね」


 先ほどのアルヴィスの状態を思い出しつつ、ペタがそう答えれば。
 ファントムは、更に愉快そうに笑い声を上げる。


「あはは。
 ・・・・あの石が、ホントは数億は下らないって知ったら・・・アルヴィス君、気絶しちゃいそうだよね!
 ショックで発作でも起こしたら目も当てられないから、ナイショだよ?」

「・・・・承知しております」


 本来、アウィナイトは原石でも2カラットが上限であり。
 ファントムがアルヴィスに贈った1カラットのモノは、存在自体が極めて稀(マレ)だ。

 まして、殆ど内包物が無く色合いも最高ランクのモノなどは、恐らくアレただ1つしか存在しないのでは無いだろうか。

 産出が余りにも少な過ぎて利益に見合わないことから、アウィナイト単体での発掘は現在されておらず。
 最近は、産出場所の環境保護の観点から、発掘作業自体が禁じられてしまった状態なので、アウィナイトのレアさは上がる一方だろう。

 良質のアウィナイトは、同じカラット数のダイヤよりも価値が高い。
 その上、この石は非常に脆く加工時に割れることが多くあり・・・その危険を冒してまでアクセサリーに加工されることは早々無いのだ。

 つまり、アウィナイトを装飾品として加工されていること自体がレアとなり、それだけで値段も破格のモノとなる。

 しかも、ファントムがアルヴィスに贈った指輪は、石の価値をさしおいたとしても、それなりに高価なものだった。

 純度の高い、最高級のプラチナを用い。
 蔦(ツタ)と蛇が絡み合い、石を抱いているという凝った意匠は、名のある彫金師に依頼して完成した逸品である。

 リングだけでも付加価値がつき、石との相乗効果を考えれば・・・・・その価値は更に跳ね上がるだろう。



「でも、アルヴィス君に良く似合ってたから。
 そう思えば、あれくらいの出費は惜しくないよ」

「・・・・・・・・・・・」


 手に入れるのに、少しばかり苦労したけど――――――そう言って笑う主を、ペタは黙って見つめた。

 目の前で笑っている、この玲瓏(れいろう)と白く冴え渡る美貌の青年が。
 ―――――――その為だけに、相当数の企業を潰したことをペタは知っている。

 巧妙に株と裏のデータ操作を駆使し、複数の企業から石を手に入れる為の資金を調達・・・というか、要するに搾り取ったのだ。

 もちろん、違法な手段である。
 だが証拠を残すような失敗は犯さず、表面上はあくまでも合法的な為、誰にも彼の尻尾は掴めない。

 そのせいで、多くの自殺者が出たり人生の破滅を迎えた者も少なくは無いのだが―――――――ペタの崇拝するこの青年が、それに心を痛めることなどは無いだろう。
 ファントムにとって、他者の命運などは宙に漂う塵(ちり)の如くで、アルヴィスを除けば・・・どうでも良い存在ばかりなのだから。

 事実、彼は今、とても楽しそうに笑っている。
 彼の愛する存在に、気に入りの品が贈れたことにご満悦なのだ。


「オークションで、あの石を見た時は流石に興奮したね。
 あれ程大きなアウィナイトが産出するなんて、奇跡だと思ったよ。
 落札できて、ホントにラッキーだった」

「そうですね」


 ファントムの言葉に、ペタも心から賛同した。


「まあ、落とせなかったら、落札主と直接交渉する気だったけど。
 手間が省けて、良かったよ」

「・・・・・はい」


 柔らかなニュアンスで、『交渉』などと言っているものの。
 ファントムが口にするソレは極めて強引な、半強制的の『脅し』の意味である。

 いや、ただの脅しであればまだマシかも知れない。
 何せペタの主は、欲しい物を手に入れる為ならば、何ら手段は選ばないのだ。
 他者の命などは、彼にとっては庭園に咲く花を無造作に摘み取ることと同程度。

 もし、相手が取引に応じなければ――――――・・・力尽くで奪い取っただろうことは、容易に想像出来る。
 そうなれば、ペタも証拠隠滅等の後始末に追われることとなり・・・・少なからず、労力を割かねばならない。


「おかげで、素敵なプレゼントをすることが出来た。
 出来れば、血で穢れた石なんか贈りたくなかったからね」

「しかし、アルヴィスに本物を贈るのは構いませんが・・・」


 自分の予想を肯定するような言葉を言うファントムに。
 ペタは、ずっと気にしていた疑問を口にした。


「普段使いにさせるのであれば、『ダミー』の方にしてあげた方がアルヴィスも気が楽なのでは・・・?」


 通常、ハイ・ジュエリーと呼ばれる類の高額のアクセサリーの場合、本物を身に付けることは滅多にない。

 精巧な偽物・・・『ダミー』を作らせて、それを普段は使用するのだ。
 本物は、大切に金庫で保管するのである。
 盗まれたり、何か間違いがあっては大変なので、そういう対処法を取っている人間が多いのだ。
 だから高額のジュエリーを扱う専門店などでは、購入時にダミーを作らせるかどうか聞かれることも多いし、最初から用意されている場合もある。

 まして、アウィナイトはとても脆い石だ。
 チェーンを付け、首に掛けるようにしたとは言っても・・・何かの拍子に石へ衝撃が伝わることは考えられる。
 曲がりなりにも数億単位で取引されるような石なのだから、常識から考えればダミーを普段使いするのが普通なのだ。
 しかも、それなりに石に対する造詣(ぞうけい)が深いのならまだしも・・・・アルヴィスには、そんな知識は皆無だろう。

 けれど今回、ファントムは指輪を作らせる時に、『ダミー』の作成を断ったのだ。


「そうかも知れないね。
 でもボク、アルヴィス君には本物を身に付けて欲しいから」


 やはり、今回もファントムの返答は同じである。
 彼は本当に、リングのダミーを作らせる気は無いらしい。


「ですが、あの石はとても脆いですから・・・もし割れることがあれば、」

「いいよ、割れたら割れたで。
 それがあの石の天命だったってことなんだろうし」


 割れたならそれでいい、とファントムはあくまで鷹揚(おうよう)に構えている。


「大体ね――――・・・ダミーでは、アルヴィスの眼にはとても釣り合わない!」


 飾って見劣りしてしまう石ならば、身に付けない方がマシでしょ?

 そう言葉を続け、ファントムは笑った。


「アウィナイトはボクも、もう随分と長いこと色々見てきたけれど・・・。
 本物が脆いからってダミー作らせても、やっぱり色合いが違い過ぎるんだよね・・・深みが無いんだ。
 だからね、たとえ壊れてしまうとしても本物がイイと思うんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「それにね。
 もうアルヴィス君にあげたのと、コレだけしかアウィナイトは要らないかなって思ってる。
 これ以上の質のはもう見つけられないと思うし・・・・他のは処分しちゃおうかなって。
 アルヴィス君の、生きた瞳見ちゃったらねぇ――――――そこらのアウィナイト眺めても興ざめするだけだし!」


 言いながらファントムは、銀糸の髪を掻き上げ。
 左の耳珠(じじゅ−耳穴の前方にある三角形の突起−)に穿たれている青い石をペタに見せた。

 大きさはさほどでもないが、アルヴィスに与えたのと同じ、最高品質のアウィナイト。
 もっとも、ファントムがコレを手に入れたのは随分と前・・・・そう、彼がまだ留学時代のことだ。
 当時はまだ、ピアスではなく指輪だったのだが。

 そして、ファントムが手に入れた最初の石でもある。
 ペタにとっても忘れられない・・・・ファントムも恐らくは記憶に残しているだろう、衝撃的な入手法だった。


「・・・・・・・・もう、コレクションはされないということですか?」


 ファントムが数ヶ月前から、コレクターとしての活動をストップさせていることはペタも知っていた。
 しかし、ファントムの口からハッキリと今後の動向を聞いたのは初めてである。


「うん、終わり。・・・アウィナイトは、もういいや」

「・・・・・・・・終わり、とは?」


 思わず、聞き返す。

 ファントムの、レアストーン『アウィナイト』への執着は相当で。
 その執心ぶりは、彼が留学していた頃からのモノ。

 彼の言葉の意味は分かっても、素直には受け取れない。
 ファントムの石に対する執念ぶりを知っているだけに、――――――信じられなくて、確認してしまう。


「だから、終わり。もうアウィナイトは要らない。
 そのケースも、『倉庫』にしまっておいて」

「・・・・・・・・・・・・」


 だが、ケロッとした様子でファントムは頷いた。
 思わず、ペタは信じられないものを見るような目で崇拝する美しき主を見てしまった。


「ですが、・・・・・・」


 ファントムが言う倉庫、とは文字通り郊外に買い取った、巨大倉庫のことを指す。
 そこは、一応保管はするものの、恐らく2度と日の目を見ないだろうという物が放り込まれる事実上の、彼にとっての捨て置き場だ。


「・・・・・・・・・よろしいのですか?」


 自分の主がこういった、執拗(しつよう)な確認の手間を嫌うと知っていながらも、ペタは問わずに居られなかった。

 ファントムのアウィナイトのコレクションは、かなりの希少価値があるグレードのものばかり。
 それもこの数ならば、総額はもう計算できない程だ。
 アルヴィスに贈った石を除いても、相当額の資産価値がある。

 コレクションに飽きたというのなら、売り払うのが定石(じょうせき)だろう。
 手元に、・・・いや倉庫に置きっぱなしで、埃(ホコリ)をただ被せるだけなどは・・・普通ならば考えられない行動だ。


「・・・・もう興味無いから、売ってもいいんだけれどね」


 重ねての質問に、てっきり機嫌を損ねるかと思ったファントムは、またも予想に反して苦笑いだった。


「でも、・・曲がりなりにも、アルヴィスの目の色を思わせる石たちだから。
 ――――――売るのも、ボクとしてはしたくないんだよね」


 何となく他の誰かの手に渡るのも、業腹(ごうはら)だから・・・・そうファントムは、言葉を続ける。


「・・・・なるほど」


 その言葉に納得して、ペタは頷いた。

 そもそもファントムが、このアウィナイトを集め出したのは、『アルヴィスの瞳を思わせるから』というのが理由である。






 その為に、どうしてもその石が欲しくて―――――――それを、奪いたくて。

 当時まだ14歳・・・・医学大学院に進んだばかりだったファントムは、・・・・・最初の『殺人』を犯した。

 超天才児と賞賛され、最年少での大学院合格を祝い、さる富豪が彼を招待した時の事である。
 その富豪が、良質の『アウィナイト』の指輪を身に付けていたのだ。


 人を殺してでも、手に入れたいと欲する強烈な執着。


 神に愛されたのだと称される、プラチナ色の髪も白皙の肌も、・・・まだ幼さが残る、隙無く整った顔も、全てが血に濡れていた。

 血まみれで床に倒れている男の上に、馬乗りになって――――――ナイフをその腹に突き立てているファントムの姿は。
 凄惨さを極めていたが・・・・とてもとても美しいものとして、ペタの眼に焼き付いた。




 ―――――コイツねえ、ボクにこの石をくれないんだよ。

 この石は、ボクの為に存在する筈なのに、・・・・・生意気だよね?

 だから指ごと切り取ってしまおうって思ったら・・・何考えたのか、コイツ指輪飲もうとしてさ。

 仕方ないから今、喉とお腹切り裂いて、指輪手に入れたとこなんだよ。

 ね、・・・もしかしたらコイツ、身体の中にまだ隠してるかもだよね? 探さなきゃ・・・!




 天使と見紛う美しさの少年が、湯気立つ内臓を掴みあげながら、血まみれの顔で妖艶に笑う。
 その姿はまさに、堕天した『明けの明星(ルシフェル)』の名を持つ魔王(ルシファー)そのものだった。


 傍に居合わせたペタが何とか上手く証拠を隠滅し、ファントムを連れ出そうとした時も。
 ・・・・犯罪が露見するキッカケになったらマズイと、手放すように諭しても、彼は頑として聞き入れなかった。

 どうなってもいいから、この石は手放せないと言い張った。
 無理に取り上げようとすれば、ペタすら殺そうとしかねない気迫だった。

 今思い返せば、あの当時のファントムにとって。
 石を取り上げられることは、アルヴィスを取り上げられることと同様だったのだろう。

 アルヴィスの行方が遅々として掴めないまま、帰国して彼を捜すことも出来ず。
 ファントムの心の拠り所が、アルヴィスの目を思わせる『アウィナイト』だったのだ。

 彼の激しい飢餓感を、唯一慰めることが出来たのが、この石だったのだろう。

 狂ったように、手段と金を惜しまずにアウィナイトを集めるファントムに・・・・ペタはずっと付き従ってきた。


 けれどもう、代わりは必要無い。
 他ならぬ、――――――アルヴィス本人が傍に居るのだから。






「集める気は、もう失せちゃったんだ。
 ・・・・やっぱり見比べると、見劣りしちゃうしね?」

「・・・・・・・・・・」


 無言で頷いたペタに、ファントムはそう言って苦く笑った。


「それなりに、キレイだなって思って。
 アルヴィス君の目の色みたいだな、って思って集めてた筈なんだけどね。
 ・・・・・・・・・・やっぱり、とてもじゃないけど敵わない!」


 アルヴィスの目の色には、・・・・・・・・・・・という事だろう。
 実際、アルヴィスの瞳の方が美しいというのは、ペタも同意見である。

 あれ程に、透明感のある深く鮮やかな青色は・・・・最高級のアウィナイトの中にも存在しないだろう。
 発色自体が、奇跡だ。

 自分の主が、魅せられ心奪われてしまうのも、致し方ないのかも知れない。


「しかし貴方が贈られた、あの石はかなり、近い色合いの素晴らしい物だったかと」

「うん、だから贈ったんだけどね。アルヴィス君に相応しいなと思ってさ。
 ・・・まあ、プレ・リングの意味合いだけじゃないけれど・・・・」


 ペタを見るファントムの顔に、悪戯っぽい表情が浮かぶ。

 ファントムがアルヴィスに贈ったリングは、単なる装飾品では無い。
 巧妙に内部に隠されているが、実は超小型の盗聴器が仕掛けられている逸品なのだ。

 だからこそファントムは、誕生日でも何か特別なイベントごとがあるでも無い、何でも無い日に指輪を贈ったのである。
 アルヴィスを守るためとはいえ、彼に内緒でプライバシーに酷く関わるような機能付きのプレゼントを、そういった特別な日に贈るのは流石に気が引けたらしい。

 更に、出来るだけ早く、アルヴィスに身に付けさせたかったという事もあるのだろう。

 リング付きのネックレスは、いかにも恋人から贈られたと言わんばかりの存在感を放ち。
 アルヴィスに懸想(けそう)する、身の程知らずな者達を牽制する役目も持っていることは間違いない。
 裏側に刻まれた文句を読めば、決定打を打ち込まれることになるだろう。


「・・・・伝説の彫金師と云われる『イフィー』が作りあげた名品ですから、気付かれることは無いでしょう」

「アルヴィス君には、ナイショでこっそりGPS型発信器を付けてるから、居場所は全部分かるんだけど。
 やっぱり、どういう状態でいるか音声で把握できないのは不便だから・・・」


 ペタの言葉に頷いて、ファントムがクスクスと嬉しそうに笑った。

 アルヴィスには、所持している携帯電話と本人の奥歯自体に、発信器が既に取り付け済みなのである。
 もちろん、アルヴィス本人は何も知らないのだが。


「これで、ボクも一安心だよ。
 ホントだったら、部屋に閉じ込めて一歩も外に出したくないくらいだし。
 ―――――――盗聴くらいは、せめてもの譲歩だよね!」


 さらっと、アルヴィス本人が聞けばギョッとしそうな言葉を口走り、ファントムはとても嬉しそうだ。


「・・・・では、あのケースを倉庫へ保管致します・・・」


 ペタが先ほどのファントムの指示通りに、ケースに近寄りその蓋を閉めようとした、刹那。


「Just a sec ! (あ、待って)」


 短く声を掛けられ、ペタは開け放たれたままのケースに手をかけて動きを止めた。


「・・・これはボクが持っておく」


 ファントムがペタに近寄ってきて、ケース傍に身を屈める。
 そして、中に陳列してある石たちに紛れ、埋まっていた小さな袋をつまみあげた。


「・・・・・・・・・・」


 その小さな布袋は、ファントムがアウィナイトをコレクションするこのケースに、自ら大切にしまっておいた物である。
 中身をファントムが出しているのを見かけたことは無いし、ペタも勝手に中を見たりはしなかったから、何が入っているのかは不明だ。

 ファントムは、おもむろにその袋を逆さにして・・・手の平の上に、銀色に光る何かを落とした。
 アメシスト色の瞳が、甘く細められる。


「・・・・それは?」


 思わず白い手の平の上を凝視して、ペタはファントムに問いかける。

 一目で、プラスチックを銀色に塗っただけの、ちゃちな作りと分かる『鍵』だった。

 見るからに質量が軽そうな、歪な鍵で・・・・持ち手になる部分が円く輪になっている。
 その輪の縁に、小さな青い石が付いていた。
 それもまた、プラスチックなことは間違いのない、安っぽい物である。


「オモチャの鍵・・・ですか?」


 ファントムが手にしているには、余りにもそぐわなすぎて、気付けばそう聞いてしまっていた。


「うん、そうだよ。
 昔ね、・・・・小さい頃のアルヴィス君がボクにくれたんだ」


 可愛かったなあ、とファントムはうっとり言う。











 ―――――――ファントム、これあげる! これね、まほーのカギなんだって。



 ―――――――魔法の鍵?



 ―――――――うん、よなかにね。

 だれもいないこうえんにいくと、とーめーなドアがあるんだって。

 ドアあけると、あいたいひとにあえるんだよ。

 そのカギは、ドアのカギなの!

 すごいでしょ、まほーのカギだよ?!



 ――――――――うん、スゴイねえ。

 でも、そんなスゴイのをボクが貰ってイイの?



 ――――――――いいの!

 おれファントムがだいすきだから、おれのたからものはぜんぶあげる。

 だからずっとおれのそばにいてね?

 ふぁんとむのほしいの、ぜんぶあげるからおれとずっとあそんでね?



 ――――――――・・・アルヴィス君・・・・。








「・・・すっごい必死な顔でお願いしてきてさ、可愛かったなあ!」


 昔を思い出したのか、ファントムがうっとりとした表情で呟く。


「単なるお菓子のオマケなのに、魔法の鍵って信じ込んでるのも。
 自分にとっての宝物を、ボクにあげようとしてくれるのも。
 も〜〜・・・可愛くて可愛くって!!」


 手の平の上で、オモチャの鍵を弄びながらファントムは幸せそうな笑みを浮かべた。


「もちろん、コレ自体に何の価値も無いんだけどさ。
 ・・・・それでもボクにとっては、そのケース全部の石とコレ、引き換えにしても惜しくない」

「・・・・・・・・」


 ペタは、ファントムの言葉に反論も賛成もせず、ただ頷いた。

 アルヴィスに関わる品ならば、そうなのだろうと納得するだけである。
 ファントムが、アルヴィスに関連する事柄にのみ、異常すぎる程の執着や拘(こだわ)りを見せることは今に始まったことではない。


 何せ、最初の殺人に手を染めた動機すらもがアルヴィス絡みだ。
 初めてアウィナイトを目にしたファントムが、その美しさに魅せられ、それを手中に収めたいと願う余りに起こした事件だが。
 ――――――発端は、アルヴィスの目の色に、アウィナイトの色合いが似ていたからである。

 始めにありきは、『アルヴィス』だ。




「あんまりコレ自体がちゃちいからさ、プラチナで同じ型のも作らせて。
 それで、石にアウィナイトも使ってみたんだけど―――――――やっぱり、このオモチャの鍵には敵わないんだよね!」

「・・・・アルヴィスがくれたものでは無いからでしょう」


 ペタがそう言えば、ファントムはご名答、とでも言うようにニヤッと唇の両端を吊り上げた。


「そう、ボクにとって最も価値のあるモノはアルヴィス本人と、・・・彼がボクにくれるもの全てだ」

「・・・・・・・」

「―――――・・・You Mean the World to Me ! (キミはボクの世界の全てです)・・・ってね。
 リングに彫ったメッセージそのものが、ボクの気持ちだから」


 他人が見たら、単なるガラクタだと思うとしても。
 ボクは、この鍵は手放せないな。
 ・・・・・だってコレは、ボクにとっては永遠に『魔法の鍵』だからさ・・・・・そう続けて。

 酷く壊れやすい繊細な物を扱うかのように、ファントムは手にしていた鍵を元の布袋へとしまう。


「アルヴィスは、その鍵を今だに貴方が持っていることを、知っているのですか?」

「うーん、知らないだろうね。というか、覚えてないと思うよ」


 彼が幼稚園の時だし、と答えてファントムは首を振った。


「・・・忘れているのですか」

「すっかり、忘れてるだろうね。
 彼も今や、すっかり現実主義っていうか・・・少しは情緒を学んだ方がいいくらいになっちゃったし。
 ボクとしては、魔法のカギ〜〜とか、そこら辺を口走っちゃうようなロマンが少しくらいは欲しい所なんだけど」


 ならば、残念に思っているだろうとペタは考えたが、話しているファントムの顔は変わらず晴れやかな笑顔である。
 決して、苦笑いでは無かった。


「でも、いいんだ。
 あの頃のアルヴィス君、すごく可愛かったし・・・・ボクがちゃんと覚えてるから、いいんだ。
 アルヴィス君は忘れてもいい・・・ボクがその分を全部覚えてるから、それでいいんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「『ボクが欲しいもの全部あげるから、俺の傍に居てね』って
 お願いしてきた時の可愛さとか、ボクがみんな覚えてるから・・・・アルヴィス君は忘れててもいいんだ」






 ―――――――・・・彼の記憶も、感情も、身体も行動も、彼を彼に成しているモノ全てを把握して。

 そうして、全てを理解してあげる。

 支配、・・・してあげるんだ。

 それが彼の幸せで、ボクの幸せ。

 2人が、1番幸せになれる、最良の方法なんだよ。

 その為なら、何だってスル。

 何だって、シテアゲル。






「――――・・・彼の為なら、ボクは世界だって壊し尽くせるよ―――」



 

 
 大切に布袋を握り、うっとりとそう語るファントムが、ペタにはとてもとても幸福そうに見えた。


「・・・・・・・ファントム」


 ならば、ペタのこれからの使命も自ずと決まる。
 ファントムの幸せの為、―――――――アルヴィスを永遠に籠に閉じ込めておかねばならない。

 嫌がっても、泣き叫んでも・・・・たとえ彼が狂ったとしても、けして逃がしはしない。

 ファントムの世界が、アルヴィスそのものなら。
 ・・・・彼の世界を存続させる為に、アルヴィスは彼の傍に存在し続けねばならないのだから。


 狂ってもいい。
 物言わぬ、人形のようになっていても構わない。
 手足の腱を切って、這いずり回るだけの存在になっててもいい。

 ただ、ファントムの為だけに生き続けてくれればそれで良い。


 自分にとっての神そのものである、ファントムさえが存在し続けてくれるなら。
 その神々しいばかりの美しさと、冷酷無比な残虐さ、そして子供のような無邪気さを持つ魔王が、燦然と世界に君臨してくれているのなら。

 世界を統べるだけの能力を持つ、彼の傍に仕えることが出来るのなら。

 ――――――その為であれば、ペタは何だってするのだ。



 アルヴィスの瞳(アウィナイト)を得たいが為に、最初の殺人を犯したファントムと同様に。

 ペタは、自らの神(ファントム)の為ならば――――――――・・・その身を全て擲(なげう)ち、手段を選ばず罪を犯すことすら厭わない。

 アルヴィスが泣こうと喚(わめ)こうと、身を捩り激しく抵抗したとしても・・・・必ずや生かしたままで、神の前へ差し出す。
 腕を折り、足を折り・・・叫ぶ喉を潰し、瞳の光を失わせてでも、必ずファントムの元へ献げる。
 決して、逃がしはしない。

 ファントムの望みならば、必ず叶えねばならないのだ。



 だから・・・今は、ひたすらに甘く優しく。

 ――――――彼に懐いたままのアルヴィスが、彼の内面に気付かぬように、柔らかく巧妙に。

 『昏(くら)い真実』は、オブラートで覆い隠さねばならない。

 全てが露見することを、神は望んでいないのだから。



「ねえ、ペタ」


 不意に、ファントムが口を開く。 


「ボクがこんなに愛してるんだから。
 アルヴィス君は、幸せだよね・・・・・・?」

「はい」

「彼の全ては、ボクだけのモノだよね?」

「もちろんです。
 アルヴィスの髪一筋、血の一滴、吐息の欠片までも――――――・・全てがファントムのモノです」

「そうだよね・・・!」


 眼前で、白く輝く天与の美貌が、柔らかに微笑した。

 いつもこうして肯定だけしていれば、ファントムはとても嬉しそうに笑う。
 幼い子供以上に純粋で、幼い子供以上に残酷な彼は、自分を肯定して貰うのが大好きだ。

 そして、それ以上にアルヴィスが自分のモノだと言って貰う事を喜ぶ。
 その満面の笑みを見るのが、ペタはとても好きだ。


 だから、そっとそうっと、大切に。

 ――――――美しいけれど脆く儚い、青石(アウィナイト)を扱うが如くに、『真実』は真綿にくるみ押し隠す。

 正しさなどは、求めない。

 主が幸せに過ごす為なら、ペタは何だってするのだ――――――――――。

 






 END >>オマケへ

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言い訳。
ペタさん視点の、1の続き。
補足的な話です。
アルヴィスは宝石関係は知識が疎いので、あんまり価値は分かってないんですよね。
でもそれなりに高額な石なので、そこら辺をペタさんに説明して貰いました(笑)
あと、トム様にとっての最初の殺人衝動は、アルヴィス絡みだったってことを書きたかったのです。
しかし今回の後半はほぼ、アウィナイト関係無いです、ね・・・!(爆)
すんません、また脱線してしまいました☆
気付いてはいたんですけど、なんか軌道修正が難しくて・・・・放置の方向n(殴)
ワケわからない話になりまして、申し訳ありません・・・(しょぼん)

ま、でも要はファントムはアルヴィスが大好きなんだよ!・・ってお話だということd(笑)