『Halloween&Birthday−side光−焔編9』





※『君ため』の番外編です。







 俺には、ファントムが喜べそうなモノはあげられない・・・・

 だから、・・・こんなんじゃ全然、駄目だって分かってるけど、・・・・・



  ―――――――・・・・俺を、・・・す・・好きにしていいから・・・・っ、・・!!!







「・・・・・・・・・・アルヴィス君・・・」


 眼前で潔くその白い肩を晒し、真っ赤になって俯いた青年の姿を。
 ファントムは暫し、呆気にとられながら見つめる。

 アルヴィスが取った行動は、彼の性格を充分に把握しているファントムでも予想外のものだったのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 突然に起き上がりベッドの上で正座をしたアルヴィスの顔は、寝そべったままのファントムよりも位置が高くなった為に俯いていても表情を伺う事は出来る。

 アルヴィスの、普段は人形のように取り澄ました印象を受ける、硬質な美しさを湛えた顔は・・・・・泣く寸前の子供みたいに引き歪んで。
 透き通るようなミルク色の肌は、顔どころか耳朶や首筋までが薄いサンゴ色に染まり。
 肉付きの薄い・・・触れずとも見ただけで骨の華奢さが想像出来てしまう細い肩は小刻みに震えていた。

 寝室は常に適温に保たれる設定にしているから、例え身に纏うのがバスローブのみでも、寒いせいではあり得ない。


 ――――――――目の前の青年は、酷く恥じらっているのである。


 いったい、何に?

 ・・・もちろん、先ほど自分で叫んだ言葉の内容に、・・・だろう。




 『I 'm given to you.(貴方に私をあげる)』


 ・・・・ある意味、シチュエーションとしては男の夢というか歓迎すべき申し出ではあるけれど。
 映画や小説などではありふれすぎて、もはや逆に使われなくなり始めたセリフかも知れない。

 今では冗談めかして、年端もいかない少女だって口にするようなフレーズという気がする。



「・・・・・・・・・・・・・」



 ―――――つまりは、こんな風に真っ赤になって。
 言ったはいいものの、恥ずかしすぎてどうしたら良いのか分からなくなってしまう程に狼狽えるような重い言葉では無い筈で。

 軽く照れながらジョーク混じりに口にして、そして聞いた相手も笑顔で聞き流す・・・というようなシチュエーションが、一般的じゃないだろうか。
 もしくは、ベッドで仲睦まじく触れ合いながらのリップサービス的に口にするようなモノだろう。

 何にしろ、そう格別には聞こえない・・・・口にした相手と状況によっては、逆に気分が酷くシラケる危険性すらある言葉だ。

 そして普段なら、そういった類の言葉を口にした相手に・・・・・・・・ファントムは、手厳しい態度を取る主義だった。



 それで?

 キミは僕に、何をしてくれるって言うの・・・・?

 キミ程度の全部で、僕が満足出来るって・・・本気でそう思ってるワケ?

 ――――――・・・分をわきまえなよ。



 この言葉を、アルヴィス以外の人間が言ったなら。
 ファントムはそう口にして、冷笑を浮かべた事だろう。



 此方が望んでいないのに、勝手に差し出されても興ざめだ。
 たとえそれが、好意からであろうと敵意からであろうと・・・・同等に疎ましく思う。

 欲していれば、自ら望み・・・・手に入れるだけ。
 欲していないモノを差し出されるのは―――――・・・・煩わしく、迷惑でしかない。

 自らの意志と無関係に押しつけられる事を、ファントムは何よりも厭(いと)うのだ。


 まして、自分でそんなことを言い出しておきながら。
 何をすれば良いのか分からず戸惑っているなど、問題外である。

 己を客観的に見られず、自分自身の能力を把握出来ないまま虚勢をはり、事態を収拾できずに困るなどというのは、愚の骨頂(こっちょう)だ。

 ファントムの中では、身の程をわきまえられない人間こそ、この世界で1番疎(うと)むべき存在に他ならない。




「・・・・・・・・・・・、」



 しかし。
 言った人物がアルヴィスであるという時点で、ファントムの中では、この言葉が180度別意味合いに早変わりだ。



 

 ――――――もう、アルヴィス君ってばホントに可愛いんだから!!




 余りにも彼にしては大胆に可愛いことを口にしてくれたから、自然と頬が弛み、口元に笑みを刻んでしまう。



 アルヴィスにとって、一大決心だった筈の言葉。
 普段は考えもしないし、言うなんて事はあり得ないだろうセリフだったに違いない。

 それこそ、清水の舞台から飛び降りる――――――・・・的な。






 ―――――いや、まな板の上に乗った恋・・・じゃない、鯉・・かな?






 恋愛面にとても疎く。
 純粋培養に育ったといっても過言では無いアルヴィスにはかなりの勇気が要った言葉だろうと思うと、可愛くて堪らない。

 ともすれば、そんなアルヴィスだからして。
 色っぽい意味合いなど皆無に、叫んだのでは無いかと疑いたくなるセリフではあったが・・・ここまで照れているなら、やっぱり、『そういう意味』で口走ってくれたのだろう。

 今日が、ファントムの誕生日だから。
 何も贈れない事を気にして、咄嗟に言ってくれたに違いない―――――――・・・羞恥に頬を染めつつ、本気で自分の身を献げる覚悟で。

 その気持ちを、ファントムはただ純粋に嬉しいと思った。


 ―――――・・・贈り物なんて要らない。
 アルヴィスが傍にいるだけで満足だ、と・・・・・そう告げたのは数時間前の事なのだが。

 その時はアルヴィスの具合が良くなくて、意識が希薄だったから、覚えていないのかも知れない。



「・・・・・・・・・・・・・」


 目の前には、息さえ詰めてしまうような必死さで、俯く青年が1人。
 白い肌を耳まで赤く染め、ただ黙ってファントムの行動を待っている。


「・・・・・・・・・・・・・」


 その様が、あんまりにも可愛らしすぎて。
 ファントムは、らしくもなく勝手に高鳴る鼓動と上昇傾向にある血圧を宥めようと大きく息を吸った。

 アルヴィスがキレイで可憐で、どの角度から見てもすっごく可愛らしい事など、ファントムの中ではもはや常識である。
 何をやっても、何を言ってもことごとくファントムの神経中枢を刺激しストライクゾーンど真ん中になるのは、日常茶飯事だ。




 ――――――・・・だけど、コレは・・・かなりキちゃったよ!!




 可愛くてかわいくて、堪らない。
 言ったはいいものの、どうしたら良いのか分からず固まったままのその初々しい拙(つたな)さごと、愛しくて堪らなかった。

 言ってしまったからには好きにしろ、とばかりに。
 本当は怖くて、逃げ出したくなっているだろうに・・・・動かずじっとファントムを待っている様子も可愛らしすぎる。

 脳と心臓を直撃・・・どころか、腰にまでキた。
 それくらい、今のアルヴィスはとんでもなく可愛らしい。


 虚勢を張ったアルヴィスは、全身の毛を逆立て怖がっているのが丸わかりなのに、必死に相手を睨み付け。

『オレ、強いんだぞ!? オマエが飛びかかってきたら後悔するんだからな!??』

 なんて感じで、威嚇(いかく)している子猫そっくりの愛らしさだ。

 恐らく、じゃあ・・・という感じで近づけば、途端に跳び上がって驚き。
 勝手に身体が逃げを打つだろう所まで、・・・・そっくりなのに違いない。



「・・・・・・・・・」


 すぐさま、その華奢な身体を引き寄せて。
 ぎゅーっと、抱き締めたくなる衝動を何とか堪えつつ。

 ファントムは苦笑を浮かべ、俯いたままのアルヴィスの頭に手を伸ばした。


「・・・・・!」


 瞬間。
 びくっと身体を跳ねさせた青年の髪を、伸ばした手でグシャグシャとかき混ぜ宥めるように撫でてやる。

 アルヴィスが思い詰めたようにファントムの方を見上げては、再びベッドの敷布の方へと落ち着き無く目線をさ迷わせているのを承知しつつ、撫で続けた。


「・・・・・・・、」


 暫く、そうして指通りが良くスルスルとした手触りを愉しみつつ、瑠璃色がかった黒髪を撫でていると。
 アルヴィスが、どんな時でもファントムを魅了せずにいられない深く鮮やかな青の双眸で此方を不安そうに見詰めてきた。

 大きな瞳を縁取る黒々とした長い睫毛の影から、瑕(キズ)ひとつ無く磨き上げられた見事なサファイア色の眼球が鏡のようにファントムの顔を映し出す。

 その目を覗き込み、ファントムは静かに笑いかけた。 


「・・・・・何されるんだろうって。・・・怖いなって、・・・思っている?」

「!? べ、・・・つにっ、・・」


 頭を撫でながら、穏やかにそう問えば。
 アルヴィスはまた身体を跳ねさせて、首がもげそうな勢いでブンブンと顔を横に振る。


「・・・怖いんだね」

「・・・・・・・こわくないっ!」


 言葉とは裏腹に、一瞬強張った表情や上擦った声、そして態度を見れば・・・・かなりアルヴィスが緊張状態なのは、手に取るように分かった。
 さぞかし、心臓が口から飛び出しそうな程にバクバクと脈打っている事だろう。

 ――――――あんまり興奮されるのは、発作を起こしたばかりだからファントムとしては避けたい所である。

 言い出したのは自分の癖に、これから何をされてしまうのかが不安で仕方がないというのがバレバレだ。
 別段、言葉どおりにアルヴィスがファントムの前で身体を開くとしても、今回が初めてなワケでは無いのだが。

 性的な行為には、未だに照れと躊躇(ためら)いが拭えないアルヴィスは、いつも行為前になると無意識に逃げを打つ行動に出る。
 アルヴィスのそれは条件反射のようなものだから、今回のように自分が言い出した事でも、やはり逃げ腰になってしまうのだろう。

 自分で頑張って、腹をくくっているつもりでも―――――――恋愛方面の精神はまだまだ幼いから、意志と感情の折り合いがまだ付けられないのだ。


「・・・・・・・・・・・」


 呼吸は、大丈夫かな。
 また乱れてきたり、苦しくなったりしてないかな?
 発作起こしたばかりだから、ストレス感じないで安静にしていて欲しいんだけど・・・・。

 思わず、恋人というより少し医師の目でアルヴィスの様子を見ていたファントムに、相変わらず真っ赤な顔で青年が言葉を発した。


「べ、べつに・・・怖く、ないって言ってる・・・・!!」


 黙って見つめられている事に、耐えられなくなったらしい。


「・・・・やればいいっ、・・・だろ!? ドーブツ、でもロボットでもっ・・・・!!」

「・・・・・・・・・・は?」


 だが、アルヴィスが怖くないと否定した後に口走った言葉は、ファントムには意味不明だった。

 アルヴィスは時折、パニックに陥ると順を追った会話が出来なくなり、ポンポンと話が飛んでしまう傾向がある。
 自分が予測し得ない事態に陥った時に、それを受け入れられるだけのキャパシティ(許容量)がアルヴィスの性格も手伝ってか、少ないのだろう。

 それは幼い頃から変わらない癖なので、ファントムも分かっている。
 けれども流石に、このアルヴィスの言葉は突拍子過ぎた。


「・・っだから、ドーブツ・・・とかロボット・・・とかだ!」

「・・・・・・えーと・・」


 アルヴィスは懸命に、ファントムに意味を伝えようと頑張ってくれているが、言っている内容は相変わらず同じ意味不明さだ。

 話に関連性が見出せない上に、主語も抜けているから全く意味が掴めない。
 アルヴィスの言うことなら、大抵把握出来るファントムだが、今回ばかりは反応が遅れた。


「・・・・・それは、何の事かなぁ・・・?」

「!? とぼけるなっ、・・・お、お前が良く言ってる事だろっ・・・・!!」


 話のヒントが、何処かに転がっていないかと。
 パチパチと瞬きを繰り返して、ファントムがアルヴィスのまだ幼さが残るキレイな顔立ちを見つめれば・・・・青年は、焦れた様子で言葉を続けた。

 どうやら、ファントムが分かってくれないのが非常に心外らしい。


「だから、その・・・っ! ・・・い・・・いつもお前が、言ってる事だっ!!」


 言いにくそうに、言葉に詰まりながらアルヴィスは怒鳴る。

 だが当然、ファントムには心当たりがない。

 動物とロボット・・・動物型のロボット?
 かといって、あの有名な『ド○えもん』では無いだろう。





 『やればいい』という言い方から推測して、・・・・ドラえ○んごっこするとか??

 ――――――いやでも、僕そんなのやりたくないし。


 どうせヤルんなら、お姫様ごっことかメイドさんごっことか。

 アルヴィス君が可愛くなる遊びを提案するに、決まっているしなあ・・・?






「・・・・僕がいつも言ってること?」

「いつもっ! 言ってるじゃないか・・・っ!!」


 頬をより紅潮させて、アルヴィスが叫んでくる。
 立ち上がっていれば、地団駄でも踏んでいそうな焦れぶりだ。


「ド、ドーブツみたいなの・・・とか、ロボットでも何でもっ!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 ――――――動物? ロボット??

 ねえアルヴィス君。
 流石に僕、キミの言わんとしてる事が良く分かんないんだけど・・・。

 そう言おうと、ファントムが口を開きかけたその時。
 アルヴィスがたたみ掛けるように、更に叫んできた。

 ファントムが分かってくれないことに、痺れを切らしたらしい。


「・・・・やりたいってオマエいっつも、俺を困らせてるくせにーーー!!!」

「・・・・・・・あ、ソレのこと?」


 アルヴィスの絶叫?に。
 ファントムはようやく合点がいって、声を漏らした。


「・・・・動物さんみたいに、『バック』から・・・・とか。玩具使ってエッチしてみよう?って。・・・僕が前に言ってた事だったんだね」


 アルヴィスの口から、予想外に露骨とも言えるセリフが飛び出てきたので、一瞬『そっち方面』には考えられなかったファントムである。


 まだ恋人同士のスキンシップに、全然慣れていないアルヴィスを怖がらせるのも何なので。
 ファントムは、アルヴィスと未だに正常位でしか行為に及んでいなかった。

 もちろん、エッチにも色々と他の愉しみ方が存在するワケで・・・・とりあえず、知識だけは持って貰おうと時折、説明だけはしていた。

 曰く、――――――後背位(バック)だの、玩具を用いるエッチだの・・・実行はしていないが予備知識だけは冗談めかして口にしていたのだ。
 その都度、ひどく驚いたり拒絶を示したアルヴィスに、ファントムはかなり端折った説明をして恋人の先入観をコントロールしていた。





 ―――――――違うよ。 四つん這いになってするのは、自然界で最もオーソドックスな体位なんだから。

 動物は皆そうだし、ホントは1番、無理がない体勢でラクなんだよ?




 ―――――――エッチはね・・・恋人同士の大切なコミュニケーションの一環で、恋人同士だけが出来る素敵な遊びの1つなんだよ。

 遊びには、より楽しさを求めたり刺激を得る為の、玩具だって時には必要でしょう?

 だから、エッチにだってたまにはそういうのを使うのも有りなのさ!





 顔が見えないのは不安だから嫌だとか、何だかそういう時に玩具を使うなんて想像出来ないから駄目だとか。
 時には恐がり、ゴネて嫌がるアルヴィスに、ファントムはそうやって言い聞かせていた。

 その為にアルヴィスの頭の中では、バック=動物&玩具=ロボットな図式が出来上がってしまったのだろう。
 実際には、まだそういった行為は流石に無理かと試していないから、勝手な間違った想像が出来上がってしまっているらしい。

 玩具で、ロボットを連想する辺りが、子供っぽくてまた何とも可愛らしいところである。
 機会があれば、是非その内に、その可愛らしい間違いは訂正したい所ではあるけれど。



「・・・そ、そういう・・・の、すればいいだろ・・・・っっ!!!」


 と、そこへ。
 アルヴィスを微笑ましく思い、つい笑みを浮かべていたファントムに、当の本人が火を噴くような烈しさで叫んできた。

 自分から口にしておきながら、恥ずかしくて堪らないのだ。

 散々、怒鳴りまくったから。
 発作のせいでアルヴィスの擦れていた声が、更に枯れ果て、もはや元の可愛い声と別物になってしまっている。

 少し吊り上がり気味の大きな瞳にも、ウルウルと涙が浮かんで・・・・今にも零れ落ちてきそうな状態だ。

 長い睫毛をゆっくりと引き下ろし、1度でも瞬きをしたら。
 表面張力のお陰で辛うじて目の表面で留まっている涙は、呆気なく決壊し頬を伝い落ちてしまうことだろう。

 それはまるで、情事の最中に解放を乞う時さながらの、艶(なま)めかしさだった。
 白磁の肌を火照らせて、耳まで赤く染めて涙を浮かべるアルヴィスの姿は、ファントムの理性が飛んでしまいそうな程、・・・可憐に美しい。

 本人の切実さを思えば不謹慎な話だが、アルヴィスのそんな様子は酷く加虐心を煽り、もっと啼かせてみたいという欲望をもたげさせる。


 ――――――――けれど、だからといって。
 ファントムは、アルヴィスの申し出を素直に受けるワケにはいかないのが切ない所だ。

 可愛らしいお言葉に甘えて、すぐにでもこのまま押し倒したくなる衝動を堪えなければならない。
 発作を起こしたばかりのアルヴィスを抱くのは、彼の身体に負担が掛かりすぎるからだ。

 アルヴィスが珍しく据え膳になってくれているのに、それに手を出さない事はファントムとしても・・・・すこぶる残念である。
 だが、アルヴィスの身体とそんな一時の欲望など、秤(はかり)に掛けるまでもなく優先順位は明らかだ。

 






 NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編10

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ホントは、この話で終わらせるつもりだったんですけど。
ていうか、最初は繋げて書いてたんですが・・・あんまりにも長いので、2つにぶった切ってみました(爆)
その結果、可愛い話目指してたけど、なんかこの回は下品なとこで終わってますね・・・!(汗)
しかも次回もあんまり可愛くないって言うかうんちくが長いよ!的な話なんですよね−。
でも、もう終わりです(笑)
書いちゃったから、もういいや気力無い・・・(殴)

久々の、2話同時アップな事だけ、ちょっと嬉しいです。
また終わりませんでしたって書かずに済んで、ホントに嬉しい・・・それだけg(爆)