『Halloween&Birthday−side光−焔編10』





※『君ため』の番外編です。







「ねえアルヴィス君。・・・・月にウサギさんが住む事になった理由、知っている?」


 可愛くて堪らなくなり、ついに辛抱がきかなくなって―――――――・・・抱き締めるだけ、と自分に言い聞かせつつ。
 ファントムは腕の中に、アルヴィスを閉じ込めた。


「・・・・・月に、ウサギ・・・?」


 腕の中で、アルヴィスが顔を上げる。
 見開いた青い瞳から、その拍子に大粒の涙がポロリと頬を伝った。

 その雫を手で受け止めたなら、水晶か真珠に変わるに違いない・・・・そんな錯覚を抱かせるキレイな涙。


「ほら、月の影がウサギの形に見えるのは・・・・って、お話。知らないかな?」

「・・・・・月見団子食べる時に、月にはウサギが居るって話だけしか知らないけど・・・」


 ファントムの問いかけに、アルヴィスが怪訝そうな顔で知らないと首を横に振る。
 何故いきなり月とウサギの話になったのか・・・・不思議そうな顔付きなのは、そのせいかも知れないが。


「昔々・・・・森に、飢えて死にそうなお爺さんが居てね。3匹の動物たちが、何とかそのお爺さんを助けようとしたんだ・・・」


 月の逸話を知らないアルヴィスの為に、ファントムは幼い子供に言い聞かせるような口調で説明を始めた。


「―――――――サルとキツネとウサギ・・・・クマとタヌキとウサギって説もあるけど、まあどっちにしろメインはウサギだからどうでもいいよね!
 とにかく、その3匹はお腹を空かせたお爺さんの為に、食料を用意しようとした。
 サルは、木に登って木の実を取って。
 キツネは川から、魚を捕ってお爺さんに差し出したんだって。
 だけど、ウサギだけは木に登る爪も、魚を捕る為の牙も無いから何も取ってくる事が出来なかった」

「・・・・・・・・・・」

「でもね、ウサギはどうしてもお爺さんに自分も何かしてあげたかったんだよ。それで・・・どうしたと思う?」

「・・・・・・・・・・」


 そこで言葉を切って、ファントムは腕の中の恋人を見つめたが、アルヴィスはただジッと大きな瞳で此方を見上げてくるのみだった。
 けれど真剣に話を聞いているのが、表情から伺える。


「・・・・ウサギはね、火の中に飛び込んで、自分の身を差し出したんだ」

「!?」


 瞬間、アルヴィスの目が零れ落ちんばかりに見開かれた。
 まさか、自分の身を焼く手段に出るとは思わなかったのだろうか。

 その驚きの表情を見守りながら、ファントムは静かに言葉を続ける。


「お腹を空かせてるお爺さんに、私の肉を食べて飢えを満たして下さい・・・ってね。
 まあ、尊い・・・のかどうかはさておいて、自己犠牲の例として良く上げられるお話なんだけど」

「・・・・・・・・・・」

「さて、此処で問題。 ――――火に飛び込む時ウサギさんは、どんな気持ちだったでしょう?」


 黙って話を聞いている青年から少しだけ身を離して、ファントムはにっこりと笑みを浮かべ質問した。

 本題にしたい話はまだこの後だが、ついでに聞いてみたくなったのである。
 ・・・・もちろん、アルヴィスが何と答えるかなどは、しっかり予測が付いていたけれど。


 誰だって、死にたくないよね。生きていたいに決まってる。

 じゃあ渋々、火に飛び込んだんだろうか?
 熱いしね・・・すっごく痛いだろうし、何より死んじゃうし!

 嬉々として、じゃあ無い気がするよねえ?

 そう言いながらアルヴィスを見つめれば、目の前の青年は何とも複雑そうな表情を浮かべていた。


「・・・・でもウサギは、それで良かったんだと思う」


 そしてボソッと、短く答えてくる。


「死んじゃうのに?」

「・・・・・・」


 意地悪な物言いかな、と思いながら言葉を紡げば。
 案の定アルヴィスは困った顔で、それでも訥々(とつとつ)と口を開いた。


「・・・・どうしても、助けたくて。相手のために・・・・何かしてあげたいって思って」

「・・・・・・・・・・」

「それで、そうやって自分の身を焼く以外に方法が見つからなかったら・・・・・」

「・・・・・・・・・・」


 そして、大切な恋人は――――――ファントムの予想通りの言葉を吐く。


「・・・・俺がウサギならやっぱり、そうすると思う。そしてそれは・・・・・絶対、仕方なくなんかじゃない」


 それでお爺さんが助かるのなら、それで構わなかった筈だ――――――そう言い切るアルヴィスに、ファントムは深い溜息をついた。


「・・・・言うと思ったよ」


 苦笑しながら、目の前にある青みがかった黒髪をかき混ぜるようにして撫でる。


「アルヴィス君って、いつもは猫っぽいのに・・・たまに月のウサギさんなんだよねー・・・」


 潔いと言おうか、何と言おうか・・・・心がキレイで純粋であるこの青年は、他人のために我が身が犠牲になることを躊躇おうとはしないのだ。
 救わなければならない、と直感してしまった存在に対して――――――迷わずその身を差し出してしまいかねない傾向が、アルヴィスには幼い頃からある。

 そしてそれが、――――――――・・・ファントムには何より怖い。

 我が身を厭わず、他人のためにその全てを投げ出せる純真な心はキレイだと思う。
 だが、そのアッサリと投げ出されてしまう『彼』をこそ、大切に愛おしく思う立場からしてみれば―――――――・・・・そんなの、到底受け入れられない行動に他ならないのだ。

 ファントムは、アルヴィスがそういった危険行為に及ぶ恐れのある対象など、全てが消滅してしまえばいいと思う。
 アルヴィスが命を賭さなければならない存在など、この世界に存在しないのだから。


「俺はニンゲンだ、猫でもウサギでも無い。そもそも実際は、月にウサギなんて居ないだろ」

「・・・・喩えだってば。単なる比喩表現だよ」


 ブスッとして真面目に答えてきたアルヴィスに、ファントムは浮かべていた苦笑を更に深いモノにした。
 彼が愛して止まない恋人は、想像力・・・イマジネーションが少々欠乏気味である。


「それでね、このお話の続きなんだけど・・・・」


 逸れ掛けた話を、ファントムは元に引き戻した。
 ここからが、アルヴィスの想いを無にせず気持ちを傷つけないように、彼の申し出を断る為のポイントなのだ。


「・・・・・そういえばまだ、月が話に出てこないな・・・?」


 自分の決死の申し出から話題が逸らされているとも気づかないで、アルヴィスは暢気(のんき)に話に聞き入っている。

「ここから(話に)出てくるんだよ。
 実はね、そのお腹を空かせたお爺さんっていうのが、神様で。
 その3匹が、飢えた旅人を見つけた時にどうするか・・・っていうのを、試してたんだよね。
 それで、ウサギさんの身を挺した善行に感動して、ウサギさんを月に住まわせる事にしたんだって」


 だから、今でも月を見れば、その表面にウサギさんの姿を見ることが出来るとさ――――――という締めくくりで、ファントムが話を終えれば。
 アルヴィスがまた何とも、浮かない顔つきになった。

 当然だろう。
 これだけでは、ファントムが何を言わんとして月のウサギ話をし始めたのか、意図が分からないだろうから。


「・・・・・話は分かったけど。でもそれが・・・?」


 何なんだ、と戸惑った様子で問うてくる。


「だから、このお話のポイントはねアルヴィス君。その3匹を騙してた爺ぃは神様とやらで、・・・結局ウサギさんは食べてないって事だよ」

「?」

「お腹が空いているっていうのは、単なる演技で。ホントは空腹じゃなかったから、食べなかったのかも知れないけどね」

「・・・・・・・・・・・」

「だけど、・・・そうじゃなかったとしたら・・・・なんで食べなかったと思う?」

「・・・・・・・・・・・」

「キツネもサルも、食べ物を調達してくるのに苦労はしたかもだけど、自分の身は削ってない。
 けれど、ウサギは死んじゃう覚悟で身を献げたんだから―――――――その想いは段違いで、ダントツだよね?」

「・・・・まあ、そう・・かもな・・・」


 ファントムの言わんとしてる意味が掴めないのだろう、アルヴィスの表情は変わらず怪訝なままである。

 だがそれは、ファントムとしても予測している状況だ。


「・・・・・だからね、やっぱりさ・・・・」


 そんなアルヴィスを見つめながら、ファントムは更に口を開く。


「・・・・神様も食べられなかったんだと思うんだよね、僕は!」


 そしてサラリと、コレが正解―――――・・・と言わんばかりに鮮やかに言い切った。


「?」

「お腹を空かせた自分の為に、心から自分を想いやってその身体を犠牲にして与えようとしてくれた・・・・ウサギさんの心意気が可愛過ぎてね?」

「・・・・・・・・・・・」

「もし、ホントにお腹空かせていたとしても。胸がいっぱいになって、その愛しさで満たされて・・・とても食べられなかったと思うんだ」


 お話的には死んじゃう話なのだから、もっと深刻でこんな軽い言い分ではあり得ない。
 アルヴィスとウサギでは、自分の身を差し出す・・・という状況は同じでも、ニュアンスはまるで違う。



「だから、アルヴィス君って月に住んでるウサギさんだよねって話なんだけど」


 けれど、それを承知でファントムはアルヴィスをウサギに喩えた。


「・・・・・・・俺が???」


 ここまで言っても、ファントムを見上げるアルヴィスの顔には、まだ?マークが一杯浮かんだ状態だ。
 その様子もまた可愛くて、ファントムの唇から思わず笑みが零れる。


「まだ、分かんないかな・・・?」


 言いながら再び腕を伸ばし、ファントムは目の前の華奢な身体を引き寄せて頬ずりした。
 そして、まだ熱を持ち火照った耳朶へと口を寄せ・・・甘く囁く。


「さっきの、アルヴィス君の言葉だけで・・・僕はお腹が一杯だってこと」

「・・・・・・・・、」

「―――――可愛過ぎて。とてもじゃないけど食べられないな・・・今はね」

「・・・・っ、・・・!?」


 ようやく意味が通じたのか、腕の中でアルヴィスの身体が軽く跳ねた。
 戸惑うように、抱き締められながらその繊細な美貌でファントムを見上げてくる。

 急に自分の大胆発言を思い出したのか、赤い顔で表情を強張らせたり崩したり・・・・無理に引きつりながら笑みを浮かべてみたりと、忙しない。


「・・・・・・あ・・」

「アルヴィス君が、あんな可愛いこと言ってくれて。 ・・・・アレ、最高に嬉しかったよ」

「・・・・・・・・ファントム・・・」


 恥ずかしそうに、けれど少しだけホッとしたような表情が垣間見え始めたアルヴィスの、柔らかな頬に何度も口づけて。
 ファントムは、最愛の恋人に甘い声音で言葉を続けた。


「最高に素敵で、すっごく興奮した。 ・・・・・僕にとって何よりの、バースデープレゼントだね」


 ――――――絶対に、神様だって胸一杯で食べられなくなる、最高に素敵な言葉だったよ。

 そう言いながら目線を合わせ、互いの睫毛が触れ合い吐息が混ざり合う程の距離で・・・・・何度も唇を合わせて、濃厚なキスを繰り返す。


「・・・・本当に? ガッカリ・・してないのか・・・?」

「可愛いアルヴィス君を堪能出来るのが、僕には1番素敵な事だけど?」


 キスの合間に。
 不安そうに幾度も確かめてくるアルヴィスに、ファントムは笑って答えた。

 大好きな恋人だから。
 いつだって抱きたいし、その魅惑的な身体を愛でたいとは思うけれど・・・・別に、それだけを欲しているワケでも無い。

 こうして隙間無く、くっついて。
 触れ合いながら見つめ合い、時折キスを繰り返して――――――・・・甘い恋人同士の言葉を交わし合うだけでも、充分に満たされるから。

 誕生日だからって、スペシャルな事は何も必要無いのだ。
 アルヴィスが傍に居て、此方を見つめて笑ってくれて―――――――手を伸ばせば触れ合える、近さに存在する。

 ファントムにとって、それが何より特別で大切で・・・・・・世界でたった1つ信じられる奇跡だ。


「でも、・・・」


 それなのに。
 傍に居てくれるだけで幸せに思う存在である、ファントムのたった1つの宝物は・・・・何だかまだ、申し訳無さそうな顔をしている。


「じゃあ月のウサギさん。・・・お腹いっぱいで食べられない僕に、もう1つだけプレゼントして貰えるかな?」


 鼻先が触れ合うほどの近さで、ファントムは抱き締めた恋人に甘く微笑んだ。


「誕生日おめでとうって、・・・・言ってくれる? まだアルヴィス君から、言って貰ってないし」

「・・・・・・・・!」


 アルヴィスの、人形みたいに繊細に整った可憐な顔の中で、2つの大きな青い瞳が一杯に見開かれる。

 そして、次の瞬間。
 腕の中の華奢な身体が、ぎゅーっとファントムに押しつけられてきた。

 アルヴィスがファントムの首の後ろに両手を回し、自分からも抱き付いてきたのである。


「・・・・おめでとう。・・・誕生日、・・・おめでと・・・・」


 恥ずかしそうな声が、ボソボソと耳元で聞こえた。

 そして、小さなちいさな声で、おめでとうの後にも言葉が続けられる。


「・・・・・・・・俺も、だから」


 消え入りそうに小さな声だったが、ファントムは聞き逃さなかった。

 アルヴィスの飾らぬ可愛らしい本心からの言葉は、何よりの贈り物だ。





 ――――――・・・ファントムが俺に、生まれてきてくれてありがとうって言ってくれたけど・・・・。

 ・・・それは、俺も同じ。

 ・・・俺も、だから。





 照れて顔を見せたくないのか、より一層身体をくっつけて来たアルヴィスを抱き締めて。
 ファントムは愛しげにアルヴィスの髪に顎を埋め、甘えるように目を閉じた。


「うん、・・・・ありがとね。アルヴィス君にそういって貰えるのが、僕は1番嬉しいや・・・」




 ―――――――だから、僕の幸せの為にずっと傍に居てね。

 毎年、誕生日におめでとうって言って、僕を嬉しくさせて。

 生まれてきて良かった・・・って。
 この世界に生まれて良かったんだって、僕に思わせて。

 君は僕の夢で、光そのものだから。

 ずっとずっと、僕の傍で。
 キレイなまま輝いていてね・・・・・・・・・・。



 腕の中の存在に、呪文のように、何度もなんども繰り返し囁く。




「・・・・さっきの、ウサギの話だけど・・・」


 ファントムに抱き付いたまま、アルヴィスが小さい声で先ほどの話題を口に出した。


「お腹空かせてるのが、ファントムだったら・・・・・・・飛び込める」

「・・・・・・・・・・」

「俺、お前のためなら・・・・火に飛び込めるよ」

「・・・・アルヴィス君・・・」


 ファントムがアルヴィスの表情を伺おうと、少しだけ抱き締めた身体を離そうとしたが、青年は首に回して腕に力を入れて、それを阻止する。

 どれだけ、アルヴィスがファントムを想い・・・慕ってくれているか。
 それをファントムは、良く分かっている。

 けれど、実際にその想いを口にするのはアルヴィスにとってはとても照れくさいに違いない。
 照れて再び赤く鳴ってしまっただろう顔を、ファントムに見られたくないのだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ファントムは諦めて、そんなアルヴィスを宥めるように青年の後頭部を優しく撫でた。
 そして撫でながら、静かに首を横に振る。


「・・・・・・・・・させないよ」

「!?」


 瞬間、アルヴィスが驚いて身体を跳ねさせるのを感じたが、構わず言葉を続けた。


「だって、僕が神様だったら。可愛いアルヴィス君に、そんなことさせたりしないもの」

「・・・・・・・・・・」

「気持ちを試すようなこと、絶対にしない。・・・・する必要、無いからね」







 ―――――月のウサギのお話で。

 ウサギが本当に食べられなかったのかどうかは、定かでは無い。
 ついでに言うと、神様のせいでウサギは火に飛び込む羽目になったのに、生き返らせて貰えるワケでも無い。


 お腹が空いてもいないのに、飢えていると動物たちを騙す神様も意地が悪い話だと、ファントムは思う。
 その心意気を讃えて、月に住まわせる・・・それが果たして褒美(ほうび)になるのかというのも、疑問な所だ。

 だって別に、ウサギは森でそのまま他の動物たちと住んでいたかったかも知れないでは無いか。
 ひとりぼっちで月に住まうのが幸せだとは、―――――――ファントムには思えない。


 更に言えば、キツネやサル、そしてウサギは罪を犯した為に動物に姿を変えられたニンゲンで。
 徳を積み来世にニンゲンに戻れるように『良い事をしたがっていた』から、神様(帝釈天)が化けた老人に対してあれほど親切にした・・・・という内情が、話の元となった原典にはある。

 それを踏まえると余計に、微妙な気もしてくるのだ。

 見返りを考えずに自らを犠牲にする―――――――・・・そう言われているからこそ、ウサギの行為は美しく見えるのだろう。
 けれど、生まれ変わった後にニンゲンにして貰う・・・それを期待しての行為であれば、見返りを期待していなかったと言えない。



 ――――――結構、台無しな気がするよね・・・・。




 まあ、徳を積む為には、持っているモノで他人に望まれるモノがあったなら全て差し出しなさい・・・・なんて仏教話で、目玉や耳までを差し出した菩薩(ぼさつ)の話もある事だし。
 自らの命を差し出し、他者の命を救おうとしたウサギは最高の徳を積んだのだ―――――――という事、なのかも知れないが。

 要は、神様はウサギたちの、自分への愛情を試したのだ。

 意地の悪い神様が、どれだけ他者の為を想う行動が出来るかと、飢えた旅人に化けてウサギたちの思い遣りを試しただけ。

 ―――――――自己犠牲を美しいと奨励する、趣味の悪い神様の悪戯話だ。

 ソレを口にしたら、アルヴィスが機嫌を損ねそうな気がするから、この部分を言うつもりは無かったが。




 キレイな心。

 キレイな顔。
 キレイな身体。

 ファントムを惹き付けて止まない、アルヴィスの清浄で穢れない美しさは、やはりそのキレイな思考でなければ宿らないモノなのかも知れない。
 自分の身を顧みず、他人のために差し出そうするような健気さが無ければ・・・・その美しさは半減してしまうのかも知れない。


 けれど、それでも。
 ファントムはアルヴィスを・・・・・・・月のウサギにはしたくないし、させるつもりも無い。




「アルヴィス君が、どれだけ僕を想ってくれてるか・・・それを僕は知っているよ」


 大切に、腕の中の存在を抱き締めて。
 ファントムは、静かに言葉を続ける。


「だから、その気持ちを試すような・・・・そんな酷いこと、するはずが無い」

「・・・・ファントム・・・」

「月になんて昇らせないよ・・・・君の居場所は、僕の傍だけだから」


 ウサギになんて、ならなくていい――――――そう言って、ファントムはアルヴィスに口づけた。


 アルヴィスは、ファントムだけの為に手の中で輝く、希有な宝石で有り続ければいいのだ。
 他の誰かにその身を献げる、補食対象のウサギになどならなくていい。


 ―――――――・・・そんな役目、他の誰かに課せばいいさと、ファントムは心中で呟いた。


 ウサギがアルヴィスでさえ無ければ、どうなろうと構わない。

 ウサギが焼かれようが煮込まれようが、どうだっていい。
 誰かの飢えを満たすために、食用となる定めに生まれたのなら、それを全うするのも良しと思う。

 この世の生きとし生けるものには、それ相応の能力に殉じた、『分』というものがあるのだから。





 ――――――だからね。

 身の程をわきまえず、僕のアルヴィスに手を出したアイツらは・・・・・・死をもって贖(あがな)って貰わないと。




「・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスを優しく抱き締めたまま、ファントムはその神秘的にも見える左右色違いの瞳をゆっくりと細めた。

 蠱惑的な色合いの紫と、危険な香りを醸し出す金の双眸が冷たい光を帯び。
 見る者の背筋を凍らせるような人間離れした美貌が、酷薄な笑みを浮かべた。


 けれどそれは、抱き締められているアルヴィスには分からない。
 恐らく永遠に、アルヴィスには悟られることの無い―――――――・・・ファントムの暗黒面である。








「アルヴィス君、・・・大好きだよ」


 血も凍るような制裁を考えているとは、おくびにも出さない態度で。
 ファントムは、抱き締めたアルヴィスに甘く囁く。

 ファントムの、たった1つの大切なもの。
 アルヴィスだけは、そんな血生臭い無粋な事柄からは無縁で居て欲しいと心から思う。
 アルヴィスの心を満たすのは、穢れなく清浄で、・・・甘く優しい砂糖菓子のようなモノだけであって欲しい。

 全てが闇に塗りつぶされた、真っ暗な中。
 光を灯し、ファントムに世界を見せてくれたのはアルヴィスだから。


「本当はさ、・・・・僕はもう、とっくに1番欲しかったプレゼント貰ってるんだ」


 アルヴィスを抱いたまま、そう切り出す。


「1番欲しくて堪らなくて。・・・・それ以外要らないって思うくらい素敵なモノだったから、もう今年のプレゼントは申し訳なさ過ぎて貰えないなって思ってた」

「・・・・・・・・・・」


 一体何が、そんなに欲しかったのかと考えているらしく、此方を凝視しているアルヴィスに、ファントムは破顔した。


「・・・君と、再会出来た事だよアルヴィス君。ずっとずっと逢いたくて、色々手を尽くして探してたけど・・・・逢えて本当に嬉しい」

「・・・・・・・・・ファントム」

「結構ね・・・挫けそうになってたんだ」


 初めて、自棄になり荒れていた事をほんの少しだけ暴露する。


「もう逢えないのかなって。こんなに逢いたくて堪らないのに、運命は逢わせてくれないのかなって・・・・・ちょっとだけ神様恨みそうになってた」


 ――――――本当は、アルヴィスを見つけられないままの年月が経過するにつれ、ファントムの中の破壊衝動も大きくなり、周囲から血の臭いが絶えることが無くなっていったのだが。
 それはまあ、アルヴィスには言う必要が無いことである。


「でも、・・・こうしてアルヴィス君に逢えた。それだけで、僕はもう今年ぜんぶのイベントごとのプレゼント貰えた気分なんだよ」

「ファントム・・」


 吐息が混ざり合う程の近さで、アルヴィスが嬉しそうな笑みを浮かべた。


「だから、僕のためなら火なんかに飛び込まないでね。・・・・ずっと一生、僕の傍から離れないで」

「・・・・・・・・・・わかった」


 可愛く頷いてくれた恋人を、ファントムは更に引き寄せる。


「・・・・最高の誕生日プレゼント、ありがとね。僕はこうやって、アルヴィス君をぎゅっとしてる時が1番HAPPYだよ」


 そう言って、今度はアルヴィスの頭をかき抱くようにして、唇に深いキスを贈った。


「・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスもうっとりと、身体の力を抜いて優しいキスに酔いしれる。



 闇を統べる魔王の足元には、夥(おびただ)しい数の屍(しかばね)が積み重ねられ、その怨嗟(えんさ)の呻きが途絶えることは無い。
 しかしそれらを踏みつけ、弄び、時には無いもののように扱い・・・・それら犠牲者の苦悶を悦楽とする悪魔の本性がアルヴィスに知れることは無いのだ。

 死者を積み上げた山の頂きで。
 黄金の玉座に腰掛けた魔王は、穢れなき天使を膝に乗せて慈しむ。

 天使の白い頬を両手で包み、自分にのみ視線を固定させてその耳をも覆い―――――――・・・・自らの足元など決して見せず、呻き声など聞かせはしない。

 だから天使には、美しい魔王の顔(かんばせ)にのみ見惚れ・・・・彼の尖った耳や頭上のねじくれた角、そして背に生えた黒き翼も見えはしないのである。
 自分を膝に乗せた彼を、天使は神と信じて疑わず、その場から飛び立とうともしない。


 もし、ねじくれた角や黒き翼が見えたとしても。
 それは造り物で、目に見えた姿が違っていると思うのだろう――――――・・・そういう風に、アルヴィスには幾重にも保険が掛けてある。

 角も羽も造り物で、本物ではあり得ない・・・・アルヴィスはそう考える。
 それこそ、ハロウィンの仮装であるかのように、ファントムは巧妙に角と羽を隠すのだ。


 アルヴィスを、永遠に自分のモノにしておくためならば、ファントムは何でもするだろう。



「・・・・愛してるよ、アルヴィス・・・」


 大切に、恋人を腕の中に閉じ込めて。
 ファントムはその耳元へ、先ほどから何度目かになる愛の囁きをそっと繰り返すのだった――――――――――。

 






 END

++++++++++++++++++++
言い訳。
終わりましたー!!
そしてホントに長くなっちゃってスミマセンでした。
中身がすかすかなのに、長いって苦痛ですよね読む側からしてみると==;
ホント反省してます・・・脱線しすぎでしたスミマセン。
アトモス達の制裁部分は、ホントにグロくなりそうなのでやめときました。
いずれ、『君ため』本編でアルヴィスが、ホストクラブの爆破事故については回想として語りそうですけどね(笑)
ちなみに、作中でファントムが言ってる話はインドのジャータカ神話(・・・だったかな?)の、実話です。
神様は帝釈天で、ウサギたちはそもそも元はニンゲンで、罪のために動物に姿を変えられてるって話らしいです。
ファントムが感じたように見返りが欲しくて・・・とは、考えたくないですけどね、尊い自己犠牲話が台無しになるから(笑)