『Halloween&Birthday−side光−焔編7』





※『君ため』の番外編です。







「・・・落ち着いた・・・・かな」


 アルヴィスの手首を掴み、脈を計りながら呼吸数を見ていたファントムがそう1人ごちる。


「・・・・・・・・・・」


 腕に点滴チューブを繋がれた青年は、苦悶の表情から解放され、穏やかな顔で眠っていた。

 この分ならば、あと小一時間ほどで酸素の供給を止めても大丈夫だろう。
 点滴が良く効いてくれたから―――――・・・・気管内挿管という、大事(おおごと)にもならないで済んだようだ。


「・・・・・・・良かった」


 青年の寝顔を見守るファントムの唇から、思わず安堵の溜息が漏れる。

 アルヴィスは肺に、重篤な2つの病を患っており。
 片方の発作が長引けば、もう片方の発作をも引き起こしかねない身体だ。

 どちらの病も、肺に著しく負担を掛け――――――・・・重度の発作を起こせば即、命に関わってくる厄介な病気である。

 完治させられるものでは無いから、患者は一生、その病と付き合っていかなければならず。
 繰り返される発作も、ほぼ避けようがない・・・・・・・天から与えられた、宿命のようなものと言えるだろう。

 ※病変(※病気が原因となって起こる生体の変化)が、あるのだから。
 安定期に落ち着き、増悪期に発作が頻繁に引き起こされるのは、当たり前だし不思議でも何でも無い事だ。

 アルヴィスはそういう身体なのだし、そこはもう変えようが無い。
 治療する側としては、その病変リズムを的確に見極め、予防し、・・・・発作を出来るだけ軽く抑えてやる事くらいしか、出来る事は無いのである。

 それ以上の事は現代医学で足掻きようも無い事だと、医師としての頭では割り切っているつもりだ。




 けれど。



「・・・・・・・・・・・・・・、」


 海外で、既に医師免許を取得し。
 20代前半という若さで、4桁を越す症例を診て、3桁を越す手術をこなし・・・・・患者の生死なんて、見尽くしてきたのに。

 医学と全く関連無く訪れた、遠い異国の地では面白半分に生を与えるどころか―――――命を奪う行為だって数限り無くしてきたのに。

 人間の身体など、所詮は内臓の詰まった肉袋・・・・個々が持つ運次第で、幾らでも生き死にの条件など変わってくる。
 だから、手を尽くしても助かる場合と助からない場合があり、――――――それはもう仕方のない事だと理解しているのに。


 ――――――・・・発作を起こしたアルヴィスへの処置を施す時。
 ファントムの指先は、ほんの僅かな間・・・・・・・・・震えが止まらなくなる。

 今度こそ、アルヴィスを失うのでは無いか―――――・・・そんな喪失への畏れが頭をもたげ、ファントムを動揺させるのだ。


 失いたくないから。
 絶対に・・・・なくしたくない、大切なモノだから。
 アルヴィスは、ファントムが欲しいと思う、たった1つのモノだから。

 それが失われるかも知れない事態に直面すると、・・・・・・・・怖くて堪らなくなる。

 医師として、適切な治療を施す事が重要なのだと頭では理解しながら。
 不安の余りアルヴィスに抱き付き、縋って・・・・自分を置いていかないで、と。

 ともすれば、・・・・子供みたいに泣きじゃくりたい衝動に駆られる。

 医師としての、冷静な仮面など被っていられない。
 患者に接するように、落ち着いて症状などを観察なんてしていられない。
 死んだら死んだで、運が無かっただなどと・・・・・アルヴィス相手には、絶対に思えない。

 アルヴィスが発作を起こす事態ほど、ファントムの神経を張り詰めさせ、負荷を掛ける事柄は他にないだろう。
 世界が終わってしまう程の恐怖をファントムが味わうのは、・・・・アルヴィスに関わる事のみである。


「・・・・・・・・・・・・・」


 今、ファントムのすぐ傍で眠っている青年は・・・・安らかな表情で、気持ちよさそうに胸を上下させていた。

 呼吸も安定し、あの喘息患者特有の喘鳴・・・・ヒュウヒュウゼロゼロと喉や胸から異音がする症状だが・・・・も、聞こえない。
 顔色も悪くないし、唇や指先にも血の気が戻って、キレイな桜色を呈していた。

 アルヴィスの、今の格好が格好だから。
 無粋な点滴やら、酸素マスクさえ無ければ――――――可憐な、眠れるアンティークドールのような趣(おもむき)ですら、ある。

 落ち着いたのだ。
 もう、発作は心配ない。


「・・・・・・・・・・・・・」


 はあ、ともう一度深く息を吐いて。
 ファントムは、眠る青年の頬に掛かる髪を、優しく払いのけてやった。

 触れた指先から感じる、アルヴィスの頬の温かさ。

 これが、もしかしたら失われていたのかも知れない・・・・そんなヒヤリとした想いが頭を過ぎり。
 ファントムは、髪の毛先を払った後も尚、アルヴィスの頬に片手を触れさせていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 ふと。
 アルヴィスを見つめていたファントムの眼が、不機嫌そうに眇められる。


 ――――――状態回復が最優先だったから、敢えて気付かないようにしていたし。
 見ないように、視界の端にも映らないようにわざと視線を逸らしていたけれども。

 どうしたって、・・・・・・・アルヴィスの今の服装が気に食わないのだ。


 ファントムは徐(おもむろ)に運転席がある前方を振り向き、低く言葉を発する。


「ペタ、・・・僕の上着取って」


 そして、先ほど会場で着ていたタキシードの上着を受け取ると、ブランケットのようにしてアルヴィスの身体に掛けてやった。

 車内は快適な温度に設定されており、少しも寒さなどは感じない室温だったが、ファントムはアルヴィスの格好が気に入らない。
 似合うとか似合わないの問題ではなく、・・・・アルヴィスを自分以外の誰かがこんな姿にした、というのが酷く不快なのだ。

 中世時代の少女達が身に付けていたような、フリルとレースの飾りが付いた真っ白なナイトウェア。

 それを、いつ、誰が、どんな状態でアルヴィスに身に付けさせたのか?
 ・・・・・そう考えただけで、ファントムはその人間をブチ殺したくて堪らなくなる。

 アルヴィスの身体に触れて良いのは自分だけだし、着替えさせた目的も明確に察することが出来るから尚更だ。


 だが、やっと落ち着いたアルヴィスを起こして、その経緯を問いただすワケに今はいかない。
 だからせめて、自分の視界にアルヴィスの今の姿が眼に入らないよう・・・上着で覆うくらいしか今のファントムには手段が無いのである。
 幾ら腹に据えかねる事態だとしても、体調を崩しているアルヴィスに問いかけるのは愚挙だ。

 生憎(あいにく)と、アルヴィスの着替えまでは車内に用意していないから。
 可能ならば行きつけの店に寄って、アルヴィスの着替えを用意させたい所だが――――――・・・それも今の状態では難しいし、第一それより自宅に戻ってしまった方が遙かに手っ取り早い。

 けれど今、何もかもを放って自宅に戻るワケにも行かない為。
 タキシードの上着で、アルヴィスを覆ってやるくらいしか、方法は無いのだった。


 大体、なぜにアルヴィスが、こんな場所(ホストクラブ)なんかに居たのか?
 こんな所とアルヴィスに、接点などあろう筈が無いというのに。


「・・・・・・・・・・・」


 それを考え始めると、ファントムは益々不機嫌になってくる。

 ファントムの誕生日プレゼントの事ででも悩み、アルヴィスがファントムに内緒で、バイト紛いのことをしたのだろうという予測は容易に付くけれど。

 ・・・・問題はその発端と、経緯(いきさつ)だ。
 アルヴィスが単独でこんな場所でのバイトを思いつく筈は無いし、そうなると別の誰かがアルヴィスに吹き込んだということになる。

 ――――――性善説を頭から信じ込み、他人を疑わないアルヴィスを上手く丸め込んで。



「・・・・・・・・・・・」




 僕の誕生日なのに、今日は気に食わない事ばかり起こるなぁ・・・・内心でファントムは、何度目かの深い溜息を付いた。




 顔を見るだけで不快になる、祖父が主催のパーティーへの強制参加。

 アルヴィスが無断で外出した挙げ句に、拉致(らち)されて発作。

 しかも勝手に着替えさせられていて、喰われる寸前状態。


 誕生日で、祝福されるべき日なのに、何という仕打ちだろう?
 普段だって、こんなに我慢を強いられる状態になど滅多になった事は無い。

 神など信じてはいないけれど、運命の女神とやらが嫌がらせでもしてきているのだろうか。
 ・・・それならば、その女神の首をへし折ってやりたい所なのだが。




 ――――――・・・誕生日っていうか、厄日だよね思いっきり!




「・・・・・・・・・・」


 ファントムはそう決めつけて、肩をすくめる。

 ファントムにとって、自分がコントロール出来ない状態のアルヴィスは、不安材料でしかなかった。
 失いたくない唯一無二の存在だからこそ、・・・それが損なわれる恐れがある状態など許されない。

 可能なら、ガラスケースに入れて大切に飾り、閉じ込めて。
 自由を全て奪い、キズ1つ、空気感染すらしないようにして。

 そう、例えるなら金の鳥籠で飼われる小鳥の如く。
 ・・・・ただひたすら、自分の手だけで守り愛でていたいと思う。


 だが、アルヴィスには意志があって。
 その負けん気の強い・・・面倒ごとでも躊躇せず傲然と立ち向かおうとする鼻っ柱の強さもまるごと、ファントムは気に入っているから。
 なかなかそうも出来ないまま、――――――――無防備にノコノコと危険な外へ出ようとするアルヴィスを止められないでいる。

 アルヴィスの、あの美しい青の双眸から。
 強い意志の光が失われてしまうのは、・・・・・・・とてもとても、惜しむべき事だから。



 今だって、もしアルヴィスが、会話が可能なくらいに回復していたとしても。
 ・・・・・・・ファントムはきっと、怒れない。

 禁止していたバイトをしようとした事や、勝手に外出した事は明らかにアルヴィス側のルール違反で、叱るべき所だとは分かっているけれど。
 アルヴィスが、ファントムの為にと思ってしたという事は・・・分かっている。
 アルヴィスの性格なら、そういった事をいかにも考えそうであり。
 それにつけ込もうとする、小賢しい輩もあり得るだろう――――――そこを予測し、防止策を練らなかったファントムの落ち度でもあるからだ。



 アルヴィスには、誕生日の贈り物をしてくれようとした・・・・その可愛い心遣いのみへの、礼を言おうとファントムは思う。

 アルヴィスの事であればファントムは可能な限り、その気持ちを汲んでやりたいのだ。


 






 ―――――――・・・・ぷれ、ぜんと・・・


 ―――――――・・・おめでと、・・う言って。・・・・あげた・・かった・・・


 ―――――――・・・いつも・・・飲んでる、から・・・あげ・・・たい、・・な・・って・・・・・・・、・・・・・・・・・







「・・・・・・・・・・・」


 苦しい息の下、途切れ途切れに訴えていたアルヴィスの言葉を思い出す。


「・・・・あげたい・・・いつも・・・飲んでる・・・・あひる・・・・・だっけ?」


 アルヴィスの頭を撫でながら、さきほど耳にした言葉を並べて。
 ファントムは、その意味を考え始めた。



「・・・・・・・・・・・・・」


 あげたい、は誕生日のプレゼントの事だろう。
 いつも、飲んでる・・・は、ファントムの気に入りの紅茶かコーヒー辺りの事か。

 けれど。


「・・・・・アヒル・・?」


 アヒルだけが、・・・・微妙によく分からない。
 アヒル、と口にした時は譫言(うわごと)状態で、殆ど聞き取る事が出来なかったのだ。

 アヒル。・・・アヒル料理?

 だが、中華料理を食べる時に、別段そればかりを好んで食べていた記憶も無いし、第一プレゼントには不適切だろう。
 そもそも1度アヒルの水かき料理を頼んだら、アルヴィスが気持ち悪がった為に結局下げさせたような記憶もある。


「アルヴィス君が一緒の時に主に飲んでるのは、ミルクティーだから・・・・アッサムが多いけど・・・・」


 しかし中華料理を食している時に飲んでいるのなら、中国茶だろうか? ・・・わからない。


「アヒル料理食べた時に飲んでたかは、記憶無いけど・・・白茶・・・??」

「・・・・・・・・・・」


 今、正体もない程に眠りこけている青年は、一体何をファントムに贈ろうとしてくれていたのだろう。
 ファントムが紅茶の種類を口にしてみても、もちろんアルヴィスからの反応は無かった。

 長い睫毛に縁取られた大きな瞳を閉ざし、心地よさそうな寝息を立てているのみである。




 ――――――・・・けど、こんな店でアヒル料理や茶葉を手に入れるっていうのも、不自然だよね・・・?






「・・・・・・・・・・」

「・・・ファントム」


 その時。
 眠るアルヴィスを見つめるファントムに、そっと運転席の方から声が掛かった。


「ガロンが指示を待っております」


 ファントムからの指示で先に車に戻り、器具の準備をしてアルヴィスの処置を手伝っていたペタである。
 治療がひと区切り付いたのを見計らって、ファントムからの指示を仰ぎ、声を掛けてきたのだ。


「・・・・・・・・」


 恋人の意志を汲むべく、アレコレと考えていた推測を中断し。
 視線をアルヴィスに向けたまま、ファントムは少し考えるような表情を浮かべた。

 本来なら、発作を起こしたアルヴィスにこのまま付き添い・・・・自宅に戻りたい所ではある。
 だが流石に、あの惨状をほったらかして帰るのが自殺行為である事も分かりきっていた。






 ――――――・・・別に全部、ガロンなり他の誰かなりに責任丸投げして・・・帰っちゃうってのも有りなんだけどー・・・・。





「・・・・・・・・・・」


 物憂げな表情で、そんな事を考えつつ。
 ファントムは、苦笑を浮かべた。


「僕もペタも、・・・・随分とヤッちゃったからねえ」



 加減すること無く、気の赴くままに殺してしまったから、あのまま放置するワケにはいかない。

 あのまま放置して山積みの死体が発見されたら、間違いなくテレビも新聞も雑誌も、ここぞとばかりに騒ぎ立て・・・・収拾が付かない程の大報道合戦が繰り広げられるだろう。
 そうなってしまえば、警察も威信に賭けて調査を開始する事になり、かなり鬱陶しい事態になりかねない。

 別に、ファントム自身は逮捕されようがされまいが、結構どうでもいいような心境ではあるのだけれど。

 警察関係者にも、精神鑑定関連の人間にも知り合いは沢山いるし・・・彼の言うなりになる人間なら幾らでも居るから、身代わりを立てるのも造作もない。
 ちょっと逮捕されたくらいでは、何も困らないからである。
 しかし、1度でも逮捕されれば祖父がアレコレ五月蠅くなるだろうし、変に正義感に凝り固まった警察官などから眼を付けられる羽目になったりするのは面倒だった。

 それに以前、アルヴィスと『犯罪者』にはならないと、そう約束をしている。

 だから、ファントムはどんなことをしようと・・・・逮捕されて『犯罪者』にだけは、なるわけにいかない。
 幾ら面倒臭くても、きちんと証拠を隠しファントムが怪しまれないように尽力してくれるペタに協力して・・・・行為を隠蔽(いんぺい)する道を選ばなければならないのだ。


 更に、ファントムとしてはこれこそ1番避けたい事態なのだが、大事件として発展してしまった場合・・・・アルヴィスが、勝手に気に病む恐れがあった。

 自分が居た場所で、大量殺人が行われたなどと知れば、アルヴィスが衝撃を受けてしまう可能性が高い。
 アルヴィス自身に全く覚えがないとしても、その事件があった当日にその場に居たという記憶がある限り、何らかの暗示が彼に掛かる可能性は否定できないのだ。

 警察がアルヴィスに辿り着く事は絶対あり得ないし、ファントムが幾らでも情報操作をしてみせるが、・・・アルヴィス自身の思い込みだけはどうにも出来ない。

 人間の脳というのは、極めてアヤフヤな構造なのである。
 不確かな情報でも、勝手に想像し作りあげた偽の情報で補って・・・・・欠落した部分の記憶を埋めてしまう現象−False Memory−は、大なり小なり良くある脳のシステムだ。
 その、抜けた記憶を埋めた『偽情報』が、自分が殺ったなどと――――――・・そういう危険な記憶にならないとも限らない。
 

 アルヴィスの事なら、その身体ごと心も何もかも全て守り通したいファントムとしては、彼の脳だって記憶だって守りたい。
 だからそんな事態は、何としても避けたいのだ。

 もちろん、今の物騒極まりないペタとの会話だって、アルヴィスに聞かれるワケにはいかないので。
 ―――――――常に、彼の目元への注意は怠たっていなかった。
 眠った状態だからといって、一切外部の事を関知出来ないワケでは無いからだ。

 眠った人間の瞼(まぶた)の下で、眼球が激しく動いている状態−Rapid Eye Movement−略してREM睡眠時は、脳が起きている状態なので、外部の声が聞こえる可能性が充分にある。
 言葉の内容が理解出来なかったとしても、イメージ映像やその他に影響を与える恐れがあるのだ。

 ファントムは、アルヴィスが聞いていないと確信しているからこそ、今の会話を続けている。



「何か手を打たないと・・・色々と面倒だよね、きっと!」


 何処か遠い場所を見つめるように、虚ろな目をしながらファントムは呟いた。

 1人や2人ならどうにでもなるだろうが、人数が多すぎるから・・・・・それなりの策を練らなければ、事は簡単に露呈してしまう事だろう。
 別段、大量に死んでるのが発見されるのは構わないが、問題はその死因である。

 『悲惨』だったり『不幸』な事故として発表されるのは許せるが、『無残』だとか『猟奇的殺人』などという物騒な見出しが付けられるような報道のされ方は避けたい。
 ファントムとしては、アルヴィスが出来るだけ衝撃を受けない『事故』というスタンスにカモフラージュしたいのだ。


「このまんまじゃ、見つかったら大騒ぎっていうか大事件確定か。 ・・・・それは、困るなあ」

「はい。今はガロンに命じて、店全体の人間を足止めしておりますが・・・・何か策が必要かと」

「そっか、まだ生きてるニンゲン居たもんねそういえば。・・・面倒くさいなー! もう全部殺しちゃおうよ」


 これが南米の、とある小さな辺境の村だったりするのなら・・・・そのまんま、全部殺し尽くして無かった事に出来るのに。
 そんな血も凍る悪魔のような思考をしながら、ファントムは大儀そうに不平を口にした。

 実際、ファントムが大切に思うのはごく僅かの人間だし、アルヴィス以外の存在は必要というより居るとまあまあ便利だから、といった認識でしかない。
 つまり、それ以外の存在ともなれば――――――ゴミ以下である。


「・・・・あ、そうだ!」


 不満を漏らしかけ、突如(とつじょ)ファントムは眼を輝かせた。


「今日はハロウィンで、僕の誕生日だから・・・・・・お祝い兼ねて盛大に燃やしちゃおうか?」


 ダイナマイトくらい、ガロンなら持ってるよね。
 それで店ごと木っ端微塵にしちゃおう? ・・・・きっと夜空に炎が映えて、凄くキレイだよ・・・・!!

 そう言ってファントムは、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 今夜はとてもムシャクシャしていて、祖父の屋敷も燃やしたくて仕方がなかった。
 1度生じた破壊衝動は、やはり解消しなくては精神的に良く無いだろう。
 対象物は違えど、それなりにスッキリ出来るに違いない。


「素敵なアイディアでしょ。もしガロンが持ってないっていうなら、僕が以前に水分抜いて加工した、治療用の濃ニト○グリセリン使わせてあげてもいいし・・・」

「ファントム、・・・・」


 ファントムの言葉に、運転席から顔を向けているペタが渋い表情になる。

 ペタの性格を考えれば、出来るだけ目立たなくファントムに危険が及ばないように――――――などと考え、恐らく自分たちの身代わりを立て、警察に逮捕させるという手段を選びたかったのだろう。
 そうすれば、証拠(死体)を隠滅する手間も省けるし、身代わりが立つ以上はこちら側に余計な詮索が来る事もあり得ない。

 しかしそれではファントムが面白くないし、事故を装えないから却下である。


「だってどうせ、目撃者全員殺すなら、吹き飛ばして跡形もなく粉砕しちゃうのが楽じゃないか」


 死体を、手分けして搬出するほうが人目に付きやすいだろうし、発覚されがちだよね。
 だったら他殺と認定される死体だけ運び出して・・・・後の残りは生存反応ありで、爆発による事故死・・・が妥当だし工作しやすいと思うんだけどな。

 手っ取り早いでしょ?
 それに僕、事故で処理したいんだよねコレ。
 じゃないとアルヴィス君が気にするかも知れないでしょう・・・・?


 そう言って笑うファントムに、ペタが溜息を付きながら頷いた。
 アルヴィスに関わるとなれば、ファントムが絶対に折れない事を彼は良く知っているのだ。


「・・・・・分かりました。ガロンに、指示致します」

「あ、でもねペタ・・・・」


 頭を下げ、運転席のドアを開けようとしたペタに、ファントムが声を掛ける。


「僕がさっき問い詰めたキンパツと、・・・地下に転がってるデブは、生かしたままで確保して」

「・・・・・・・・・・・・・」

「僕のアルヴィスに、手を出した罰を与えなくちゃいけないから」


 軽い物言いだったが、その眼も声も、少しも笑ってはいなかった。

 当然である。
 奴らは、ファントムの宝物に手を触れた。
 一瞬で身を焦がし尽くす、爆死などという楽な死に方などさせてやる気は毛頭無い。


「・・・・アルヴィスに触れていいのは、僕だけなのに。・・・可哀想に、傍に居るのが僕じゃなくてあんな奴らだったなんて・・・さぞかし怖い想いをしたに違いないよ」


 ファントムの伏せられた両眼が、苛烈な色を帯びた。
 相変わらずアルヴィスの髪を撫でる手は優しく丁寧だが、顔つきには剣呑さが滲み出ている。


「アルヴィスに抱き付いてたあの肉団子は、見た目通りにミンチにしてやろうかな。両手足を指から順に切り取っていってすり潰して・・・本人に喰わせてやったら楽しいかもね」


 想像して、少し気分が高揚し・・・ファントムの美しい顔に笑みが浮かんだ。

 あどけない子供がする、それのような・・・・無邪気な微笑み。
 だがそれは、人骨や内臓を玩具とし、虫を弄び殺すかのように人間の手足をもぎ取って遊ぶ悪魔の子供の微笑みだ。

 その外見は良く天使にも例えられる美しさなのに、彼の心は堕天使である。


「キンパツは・・・どうしようかな。すっごく苦しめてあげたいから、死に方は汚らしいけど串刺しにしてやろうか。長く生き存えるように、杭の先は丸くしておかなくちゃね・・・」


 突き刺す杭の先端が丸いと、杭は内臓を避けてジワジワと体内を刺し貫く。
 だから串刺しにされた者は息絶える事も許されず、常に苦悶しながら数日間にわたって絶命していくことになるのである。

 古来よりもっとも残酷で、凄惨な処刑法だ。


「だから、ペタ。・・・・そいつらだけは、殺しちゃ駄目だよ?」


 そう命じて、ファントムは機嫌良さそうにクスクスと笑い声を立てた。


「・・・・・・・爆破は、ご覧になりますか?」


 しかし、既にそういった主人の性癖は心得ているのだろう。
 ペタは黙って頷いてみせただけで、咎める様子は少しも見せなかった。


「キレイだろうから、見たい所だけれどね。・・・・でもやめとくよ、帰ることにする」


 ファントムは頭(かぶり)を振って、ペタの申し出を辞退する。

 アルヴィスを早くベッドに寝かせてやりたいし、着替えもさせたい。
 店が爆発炎上する様は、さぞかし夜空に映えて見物だろうが、ファントムにとってはソレより何より、アルヴィスだ。


「わかりました。では、指示を伝えて参りますので、暫しお待ち下さい・・・」

「あ、それからねペタ・・・・ガロンに伝言だよ」


 頭を下げ、今度こそ車から降りようとしたペタに、再びファントムは声を掛ける。


「『良い子にして、ちゃんと言うとおり出来たら・・・・今回だけは許してあげるね』って。そう伝えてくれる?」


 要は、好き放題考え無しに殺し散らかした証拠を、きちんとファントムの希望通りの方法で処分してくれたら。
 ガロンの管轄内での不始末とはいえ、不問にしようという事である。


「寛大なご処置ですね・・・・?」


 少しだけ、ペタが驚いた顔をした。
 ファントムの性格を考えれば、当事者でなくとも『制裁』を科すのが普通である。


「まあね。・・・今回は結構殺しちゃったから、後始末が手間取るだろうし。ここは部下のモチベーションあげといた方が得策かなと思って」


 少しの不手際が大きな火種になることは、ままあることだしね。
 部下の『やる気』が結果に及ぼす影響は甚大(じんだい)だよ?・・・・涼しい顔をして、そうファントムは諭す。

 アルヴィスの精神が傷付かない為なら、ファントムも多少のことは大目に見られるのだ。


「余計な事をする駒(コマ)は要らないけど、指示以外に全く頭が働かない無能な駒はもっと要らないし・・・・僕は、優秀な駒だけ使いたいんだ」


 だから、ガロンには貸し1つ。――――――・・・・次は、無いからね。

 にっこり笑って言い切ったファントムに、ペタは黙って頭を下げる。


「・・・・伝えておきます。では、・・・」

「早くね。すぐ帰りたいから」


 相変わらずアルヴィスの頭を撫でながら、ファントムはペタが外で出て行くのを鷹揚に見送った。



























 これで、全ては上手く行く筈だ。

 明らかに他殺体・・・要はファントムとペタが撃ち殺したり斬り殺した奴らだが・・・・は運び出して、証拠(死体)隠滅。
 後の残りは、生きたまま爆死。
 上手く工作するように指示したから、地下に設置してあった複数のガスボンベ辺りに引火した爆破事故・・・という事にでもなるだろう。

 多くの人間が亡くなった悲惨極まりない大事故・・・という風に、報道がされる筈だから、アルヴィスも知ったところで驚きはしても変な衝撃は受けずに済む。


「・・・・ああ、爆破前に1本だけプラチナ持ってきて貰えば良かったかな・・」


 スルスルとした、手触りの良いアルヴィスの髪の感触を愉しみつつファントムは1人ごちた。

 ホストクラブといえば、シャンパンだし、シャンパンといえばドンペリである。
 アルヴィスが禁じられたバイトに応じたのは、差し詰め・・・・それをあげる、とモノで釣られたのでは無いかという考えに至ったのだ。

 紅茶もアヒルも、流石にこの店で手に入れるというのは流石に不自然過ぎる。

 シャンパンならば、確かにアルヴィスの前でも良く飲んでいたし、妥当な品でもあるだろう。
 ファントムは、アルヴィスの前でドンペリ以外のシャンパンを口にした記憶は無かったし、ドンペリでもプラチナ以外は飲んでいない。
 だからつまり、酒の知識など乏しいだろうアルヴィスが知っている唯一のシャンパンは・・・プラチナ以外ではあり得ない。

 アルヴィスは、それをファントムにくれようとしていたのでは無いだろうか。

 アルヴィスが口走っていた、アヒル・・・という言葉。
 アレも、見ようによってはラベルがその足形と形容出来なくもない気がする。

 しかし、プラチナは・・・・プラチナの通称を頂く程には、一般的に値段も高額で、それなりに稀少だ。
 多少バイトした程度では手に入れられる筈も無い―――――――だから、あんな低俗な輩の毒牙に掛かったのだろうか。


「・・・・・・・・・もう、ホントに可愛いんだからアルヴィス君は!」


 そこまで推測して、アルヴィスの頭を撫でるファントムの顔に苦笑いが浮かんだ。

 シャンパンでもブランデーでも何だろうと・・・・ファントムが好む酒などは、幾らでも自宅にキープしてある。
 それはプラチナだって例外では無いし、実際、売れるほどにあるのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 可愛くて可愛すぎて、その行動がいじらしすぎて。
 思わず抱き締めてしまいたくなるほど、アルヴィスが愛しくなって。
 ファントムは、その衝動を必死に堪えた。

 ファントムは、アルヴィスがくれるモノだったら・・・・それこそタダの水を詰めたボトルだって喜べる。
 アルヴィスにはかなり高額だったろう、シャンパンなんかじゃなくて良かったのだ。

 気持ち自体が嬉しいから、贈ってくれる物は何だって構わない。
 月並みな言い様だが、本心である。

 ―――――――アルヴィスには敢えて言ってはいないが、幼い頃に小さいアルヴィスがファントムにくれた物だって。
 ファントムは未だ、大切に保管していた。



 ファントムを描いてくれたという、極めて抽象的なクレヨン画やら。

 どう見たって単に丸めてくしゃくしゃにしただけなのだが、本人曰くカニを作ったらしい折り紙(何故にカニだったのかは、不明だ)。

 何の変哲もない丸い石コロや、紙粘土で作った得体の知れない物体(本人はケーキだと言っていた)・・・・その他諸々。


 それらの、想いだけはたっぷり詰まった可愛らしい贈り物は全て、大切にしまってある。
 そのどれもが、どんな高価な物とだって引き換えに出来ないくらいファントムには大切な品だ。




 等価交換。
 この世の、あらゆる『物体』には。
 購入した代金、もしくはその普遍的価値に相当する評価しか無いと思っていたけれど。
 ファントムはアルヴィスと出会い、初めて――――――・・・それが覆る事があるのだと、知ったのだ。

 アルヴィスがファントムにくれた品々は、普遍的な価値からいえば、取るに足らない物ばかりだろう。
 場合によっては単なるガラクタだと、評価されるかも知れない。
 けれど、ファントムにとってアルヴィスが自分にくれた物は―――――――とても貴重で掛け替えのない、素晴らしい価値を持っていた。

 アルヴィスが、くれたから。
 アルヴィスが、ファントムの事を想って、あげたいと考えて・・・プレゼントしてくれた物だから。

 その気持ちが、堪らなく嬉しい。
 何物にも代え難い、大切な贈り物だ。

 プレゼントされる事が、・・・・嬉しい。
 その感情は、アルヴィスが初めて教えてくれたものである。


 だから。
 ファントムは・・・・アルヴィスがくれる物ならば、言葉のアヤでなく、何だって嬉しい。


「・・・・・・・・・・・・・」


 他ならぬ、そのアルヴィスの気持ちを汲む為に。
 ファントムは、アルヴィスが望んでいたと思われるプラチナを店から爆破前に持ってきて貰おうかと思った。

 その為に、アルヴィスなりに頑張ろうと思ったのだろうから。
 最近は調子が良かったのに、発作を起こすほど・・・彼にしては頑張ったのだろうから。
 その心意気を汲んで、せっかくだから記念に取ってくるのも良いだろう。
 どうせ、爆破で粉々になってしまうのだし、その前に1本貰ってくるくらい構わない。

 そう思い立ち、携帯を手に取ったファントムだったが呼び出しボタンを押す前に手を止めた。


「あー・・・でも、やっぱ要らない。保管の仕方良く無さそうだし、味落ちてそうだし。第一、・・・」


 携帯電話を握ったまま、唇の両端を吊り上げて首を横に振る。


「―――――・・・アルヴィスからのプレゼントにしては、血に塗(まみ)れ過ぎている」



 視界を奪う、深紅の花・極彩色に染まる血の海・両手を浸す生暖かく滑る液体の感触・・・・・そのどれもが、ファントムを魅了して止まないモノだけれど。
 軟らかな肉を引き裂き、まだ湯気の立つ内臓を引き摺り出す、その官能の悦びは、何物にも代え難いと思うけれど。

 同時に、アルヴィスにだけはキレイで無垢なまま居て欲しいと切に願う。
 穢れることなく、彼だけは清浄なまま、美しく生きていて欲しいと希(こいねが)う。
 ―――――――アルヴィスは、ファントムの美しい『夢』そのものだから。

 ファントムは血塗られた修羅の道を選びつつ、美しく穢れないアルヴィスを想い続ける。
 彼(アルヴィス)は、これまでも・・・そしてこれからも、永遠にキレイなままの存在で居なければならない。


 ―――――――だから、この店の酒ではアルヴィスからの贈り物には、相応しくないのだ。



「ねえアルヴィス。・・・・僕は、アルヴィス君以外なんて、欲しい物は無いんだよ?」


 眠る青年に顔を近づけ、ファントムはそっと囁く。


「アルヴィスさえ居てくれたら、他は何にも要らない。・・・・君と僕以外、みんな死んじゃえばいいのにって思うくらいだ」

「・・・・・・・・・・・・・」


 いつもであれば、何てことを言うんだと騒ぐだろう年下の恋人だが、今は深い眠りに就いている為に話しかけていても一向に起きる様子は無かった。
 だからこそ、ファントムも本音で話しかけているのだが。


「だから、ね・・・・アルヴィス君」


 眠るアルヴィスの額に掛かる前髪を、サラリと掻き上げてやりながら。
 ファントムは、彼の前では決して見せない不安げで沈鬱な表情を浮かべ、アルヴィスに話しかける。


「・・・・何処にも行かないで。・・・・僕を置いて、何処にも行かないで」


 祈るように、願うように――――――自分の額とアルヴィスの額をコツンと合わせ、眼を閉じて。
 呪文のように、ファントムは繰り返した。


「君の魂は、僕のものだよ。・・・・勝手になんて、何処へも行かせない。・・・・僕が絶対、繋ぎ止めて見せるから」



 ――――――・・・何処かへ行く時は、僕も一緒じゃないと嫌だよ・・・・?



「・・・・・僕が1番欲しいのは、アルヴィス君。だから、アルヴィス君の時間全部を、僕だけに頂戴・・・・」







 ――――――・・・その為なら、僕は何でもする。

 それこそ、君の為なら、世界だって壊してあげる。

 だから僕にくれるのは、君だけがいい――――――――――。

 






 NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編8

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言い訳。
なんかものっっっっそい長くなりましt(爆)
でも、次回でラスト行けます。
ていうか、終わらせます流石に!(笑)
長々お付き合いさせてしまいまして、ホントすみません。
次回こそで終わりっす!!(笑)
ホントにこれ、ハロウィンでもバースデーネタでもなくなってるよ・・・(嘆)