『Halloween&Birthday−side光−焔編5』





※『君ため』の番外編です。







 

「・・・・・・・・・・・、」


 一体、・・・・・・・目の前で何が起こっているというのか。

 アトモスは、その一部始終を目の当たりにしていたと言うのに―――――――・・・思考が麻痺して判断する事が出来ず、ただその場で固まっていた。


「・・・・・・・・・・・」


 瞬きすらも忘れ、ただ呆けたように眼前の光景を凝視する事しか出来ない。





 ――――――・・・これは、一体何なんだ・・・・・!!?


 ――――――夢だろう? そうだ、これは夢に違いない・・・・!!!




 何度も何度も、頭の中でそう否定する声だけが、空回りする。

 あり得ない・・・あり得るはずがない。
 そう思いたくて、目の前の光景を否定する言葉だけが、アトモスの中で繰り返されていた・・・・。
















 好機(チャンス)は、逃さず。
 迅速かつ、的確に―――――・・・・タイミングを過(あやま)たず、利用し尽くすこと。


 それが、アトモスの経験上から導き出された持論である。

 世の中を上手く渡っていく為に、それなりの運は必要だが・・・その幸運を利用する為にはまた、頭を使わねばならない。
 肝心の頭脳が無ければ、幾ら運が良くて好機と遭遇出来ようと何ら意味を為さないからだ。

 チャンスを好機だと察知し、それを活用できる能力が無ければ何ら意味は無い。

 馬鹿とハサミは使いよう・・・という言い回しでは無いが、逆に言うと、使える物も使用法を誤れば全く使い物にならなくなる。
 要は、如何に上手く立ち回り、甘い汁を吸えるかは―――――――本人の、才覚次第という訳なのだ。



 そして、アトモスは。
 自分が考え得る限り、もっとも得するだろう道ばかりを、今まで選択して生きてきた。

 人間はしょせん、生まれてくるのも死ぬのも1人。
 ならば、他人のことより自分のことが最優先。

 他人を思い遣り、自分が損をすることなど愚かでしかないと思うから。
 平気で他人のことはアッサリと見限り・・・・得にならないと判断した時点で、何の躊躇いも無く切り捨ててきた。


 自分の人生を振り返ったとき、アトモスは己の判断が正しかったのだといつも思う。
 そうでなければ到底、決して恵まれた環境に生まれた訳では無い自分が、この若さでそれなりの成功を収める事は出来なかっただろう。

 他人を偽り、騙し、巧妙に罠に掛け、強き存在に媚びへつらい気に入られる事で、・・・・・どうにか生き延び、その恩恵にあやかってきたのだから。

 情けなど、いざという時には何の役にも立たない。

 頼りになるのは、金と・・・権力だけ。
 だからアトモスが、金や手間暇を割いても惜しくないと考える対象は――――――・・・もっぱら、この界隈の権力者や取り入るだけの魅力を持ち、旨味をもたらしてくれる相手に限られた。

 眼に入る利用出来そうな価値ある存在、全てを貪欲(どんよく)に利用して。
 それらから、自分が欲するモノを、搾り取れるだけ搾り取る――――――・・・アトモスは、そういう主義だ。

 アトモスにしてみれば、目の前にいる者達など使い捨てのポイントカードと同じ存在なのである。
 利用出来るポイントを使い切り、点数を補填(ほてん)出来ないカードなんて、単なるゴミであり何の価値も無い。

 持ち続けた所で、・・・邪魔になるだけだ。


 そうやって、アトモスは今まで生き延びてきた。
 これからだって、そうやって成功し続けていくつもりである。

 所詮、人間社会だって弱肉強食・・・・・・・・・いくら綺麗事を並べ立てて見たところで、結局、強い者が弱い者を支配するのだ。
 弱者は、強者に従うしか無い。

 それを不服と思うのならば、自らが強者の立場にのし上がるしか術(すべ)は無い。

 ライオンや虎が、鋭い牙と圧倒的な力で獲物を襲うように。
 鷲などの猛禽類が、猛々しい嘴(クチバシ)で小鳥やウサギを引き裂くように。

 ―――――――持って生まれた『素質』を駆使して・・・・他者の上に立たねばならないのだ。


 アトモスにとっては、それが生きるという事への『証明』であったし・・・極々当然の、正しい行為だと思っている。
 自分よりも能力が劣る者達は、支配され・・・淘汰(とうた)されていくのが自然の摂理(せつり)なのだから。






 ――――――・・・私には、上に立てるだけの『素質』がある・・・・!!







 自分には、好機や先を見る『眼』が備わっているのだと・・・・アトモスは、密かに自負していた。
 その『眼』があるからこそ、これまでも決して好機を逃さずに、上に取り入り下には睨みを利かせて・・・・・成功してきたのである。





 ―――――――・・・そして。
 今日という日は、今までの自分の人生の中に置いて・・・・・・・・・もっとも好機(チャンス)が訪れた日だと、アトモスはそう思った。


 滅多に手に入らぬだろう、極上の『餌(アルヴィス)』。
 その『餌』を鼻先にちらつかせ、頂上に座す目当ての『宝(権力者)』に拝謁(はいえつ)する為の、『踏み台(パタータ)』を・・・・意のままに操る。






 アルヴィスを見つける事が出来たのは、アトモスにとって最大の幸運を引き寄せる前兆だったと言えるだろう。


 予想通り、完璧に『餌』の虜(とりこ)となった様子のパタータという上客は、・・・彼の為ならば、アトモスの願いを難なく聞き入れてくれるに違いない。
 今までは渋っていた、この界隈を牛耳る権力者である『ガロン』に、アトモスが目通りする事への算段を付けてくれる可能性が高くなったのだ。

 直にガロンへ目通りする事さえ叶えば、後はもうパタータの仲介など無くとも取り入れる自信がアトモスにはあった。

 噂によるとガロンという人物は中々に堅物で、パタータのように『色事』に眼がないタイプよりは取り入るのは難航するかも知れないが―――――――・・・それでも、取り入る術は幾らだってあるだろう。
 場合によっては、パタータを懐柔するのに使った極上餌の『アルヴィス』を、ガロンに進呈したっていいと思う。

 色事に関心を示すような噂は聞かないが、ガロンだって男だ・・・・あれほどの美形ならば手元に置きたくなるかも知れない。
 ガロンが所望を希望するようならば・・・・その時はパタータだとて、文句は言えまい。


 ・・・・本当に、飛んで火に入る夏の虫・・・では無いが、よくぞ自分の前に飛び出してきてくれたものだと。
 アトモスは、脳裏でアルヴィスのキレイな顔を浮かべながら、しみじみと思ったものだ。


 あの抜きん出て美しい容姿ならば、幾らでも利用価値がある。
 思わず自分の手に収め、いつまでもあの顔(かんばせ)を眺めていたいような衝動にも駆られる程だが―――――――・・アトモスには野心があるから、そんな勿体ない事は出来ない。

 自分の掌中に収めるよりも、あの青年は、自分が取り入りたい輩への『餌』として献上した方が・・・・余程、有効価値があるのだから。


 約束はしたものの、本当に今日、あの青年が指定した場所に現れるまではハラハラした。
 青年の顔立ちを見て、咄嗟に奸計(かんけい)を練り、ああいった提案をしたが―――――――・・・・あまりガッついた様子を示せば、怪しまれると思って連絡先を問うただけで、彼の居所までは聞かなかった。

 だから、あのまますっぽかされれば。
 アトモスには、アルヴィスを誘い出す手段は無くなってしまっていたのである。




 ――――――随分と、毛並みは良さそうだったからな。
 ・・・此方からのコンタクト(接触)は難しかっただろうし、ノコノコと約束通り出向いてくれて本当に良かった・・・。





 とはいえ、アルヴィスの言動から判断して。
 青年が約束はきっちりと絶対に守るべきもの・・・・そういった純粋で、悪く言えば極めて世間知らずの子供であると踏んでいたからこそ、アトモスは住所を聞かなかったのだが。

 自分の手に落ちてさえ、来てくれたら。
 後はもう、どうしようとアトモスの思い通りである。

 鳥籠に入れられた小鳥と同様、・・・扉さえ閉めて置けば逃げ出すことは敵わない。


 行く先を、誰にも言わず、こっそりと来るように。
 ――――――その約束を、青年はしっかり守って飛び込んできてくれた。

 だからもう、彼が家に戻らなくとも。
 どんなに、彼の家族が行方を捜して騒ぎ立てようとも。

 ・・・・・彼の行方は永遠に、身内に知られることなく・・・・・彼の身体はアトモスが利用し尽くす事になる筈だったのである。




 手に入れたばかりの大切な『極上餌』を初披露する今日は、アトモスの野望到達への記念すべき第一歩だ・・・・いや、だったというべきだろうか。

 だがともかく、――――――アルヴィスが迎えの車に大人しく乗り込んできてくれた、その瞬間には。
 今日が素晴らしい記念すべき1日になると・・・・アトモスは確信し、これから自らの前に開かれるだろう栄光への道標を思い浮かべ、笑い出したくなるほど愉快な気分になっていたのだ。










 しかし、このハロウィンの夜。

 ――――――この日ばかりは、アトモスの先読みに長けていた筈の眼も、全く意味を為さなかったのである・・・・。












「・・・・・・・・・・・・・・・」


 熟れて爆ぜた、トマトのように。
 頭部から赤黒い血液と肉片をまき散らし、倒れ伏している男達を前にして。

 その男達に目線を吸い付けられ、動かせないまま。
 アトモスは必死に、今の状態を把握しようと考えを巡らせていた。


 折り重なり、倒れたままの男達。
 いずれも頭から血を流し、ある者は壊れた玩具の様に額に亀裂が入り一部が欠け・・・・またある者は、こめかみに風穴が開いたまま虚ろな目をアトモスに向けている。
 だらしなく口から舌をはみ出させて倒れている者も居れば、半開きの眼(まなこ)で苦悶の表情を浮かべた者も居て、その様相は様々だ。
 だが、もはや息をしていないことと・・・・既に生命が失われている、という所だけは共通している。

 死体。
 死体の山が、アトモスの眼前に存在していた。

 信じがたい光景に、これは現実じゃないのだと、否定する言葉ばかりがアトモスの脳裏を過ぎる。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 だが。

 何度、瞬きをしようとも。
 気持ちを落ち着かせようと、深呼吸を繰り返しても。
 緊張と衝撃に渇きを訴える口内を潤そうと、嚥下(えんげ)してみても。


 ―――――――――眼前の状況は、何ひとつ変わらない。


 却って、自分の眼に映ったモノは幻覚でも何でも無い、『事実』であり。

 それをしっかり理解してしまった今、腰が抜けて座り込んでいる自分の立場が、極めて危険であると思い知って。
 気が落ち着くどころか、余計にアトモスの動悸は速まった。

 必死に口元を舐めて渇きを潤そうとしたところで、極度の緊迫感の為に唾液は少しも出ては来ず、喉元がヒリついただけだ。



「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 言葉を発することも出来ず、アトモスは倒れ伏した男達の向こう側に立つ人間を、ただじっと見つめる。


「・・・出来るだけ、穏便に事を運びたかったのだがな」


 アトモスの視線の先で、褪せた色合いの長い金髪を揺らし、男が物憂げに口を開いた。

 血色の悪い顔と、枯れた藁(わら)色の髪――――――沈んだ色合いの中で、両眼だけが血のように赤く光っている。
 身に纏うのは、タキシードの下に着用するような白のドレスシャツと吊りズボンなのに・・・・その佇む姿はまるで、死神の如くに不吉な印象を抱かせた。

 いや、実際にそうなのかも知れない・・・とアトモスは思う。

 男の足下には、累々(るいるい)たる屍体の山が築かれており・・・・それらは全て、その男の手による仕業なのだから。
 アトモスに命じられ男に襲いかかった者達全てが、彼の持つ拳銃によって頭を撃ち抜かれた結果である。

 とてもとても、・・・・静かで滑らかな動作だった。

 死神が、手にした『死神の鎌(デス・サイズ)』で・・・・・そっと、辺りをなぎ払うみたいに男達の魂を刈り取ったかのような静かさで。

 男の持つサイレンサー(消音装置)付きの銃は、十数人いた手練れのボディガード達の頭を、正確に撃ち抜いた。
 それを目撃し、悲鳴を上げて出口の方へ向かった人々にも、容赦なく死の鎌を振るった。


 ―――――――たった数分の内に、この死神は両手で足りないほどの命を、ためらいなく奪ったのだ。
 お陰で、店内にはまだ相当数の客と従業員・・・・人間が居るというのに、水を打ったかのような静けさで誰1人として物音を立てない。

 男は何も要求しては来ないが、おかしな真似をしたら即座に撃ち殺されてしまうに違いない――――――・・・そんな恐怖に囚われて、アトモスは勿論、誰もが動けなくなっているのだ。





「・・・・・・・・・っ」




 ―――――――・・・拳銃。


 男の手に握られた物体を見た、瞬間に。
 もしや自分は、途方もない判断違いをやらかしていたのでは無いか? ・・・そんな考えが、アトモスの脳裏を過ぎった。

 アトモスだって、本物の拳銃を全く見たことが無い訳では無いし、実際、無理をすれば手に入る環境にはある。
 だが、早々おいそれと使用出来るようなモノでは無いし、合法的に所持出来る武器ではないから、使ったら後々、面倒ごとに巻き込まれる恐れがあるからナイフなどの方が余程使い勝手は良いのだ。

 この国では、銃を許可無く持っているのが発覚するだけでも違法とされ逮捕されてしまうのだから―――――――・・・そんな武器を使って、死体などの証拠を残したら微に入り細に入り、綿密に警察によって調べられるのが眼に見えている。


 そんな武器を、目の前の男は躊躇いなく、ぶっ放した。

 それも、こんな沢山の人目がある店内で、・・・・だ。


 こんなに大量に殺害などして、後でどう言い逃れするつもりなのか。
 いや、人目を憚らない(はばからない)時点で、つまりはこの場の全員を始末するつもりなのか。
 ――――――考えれば考えるほど、恐ろしく悲愴な結末しか思い浮かばず・・・・アトモスは内心で、震えおののいた。

 単なる一般人ならば、絶対に手にすることなど無いだろう本物の拳銃。
 しかも、的確に相手の急所を狙える腕前といい・・・・どう考えても素人では無い。

 拳銃は、そんなに簡単に扱えるシロモノではないのだ。
 小さい口径の銃でも、撃てばそれなりに反動があるし、5メートル以上距離があれば当てる事すらままならないのが通常。

 それなのに、この顔色の悪い男は40口径(こうけい−銃の内側=弾丸=のサイズのことで約10ミリ−)はある拳銃を、片手で扱って、尚かつ対象全てに被弾させている。

 そんな芸当は、常日頃から銃を手にして・・・扱っている人間にしか出来る事では無いのだ。

 そして、こんなに躊躇いなく他人の命を奪える人間も、アトモスは見たことが無い。
 その事が余計に、男の得体の知れ無さと不気味さを感じさせ、アトモスの恐怖心を煽る。


「・・・・・・・・・・・・・」


 それなりに、汚いことにも手を染めてやってきたし、非合法な事だって自分の得になると思えば進んでやってきた。
 何の罪もない人間を奈落へ突き落としたり、薬漬けにして遠い国へ売り払う事も・・・直接手は下さないまでも、恐らく命を奪う結果となっただろう事だって、何でも。

 しかし、こんなにアッサリと・・・・眉1つ動かさずに大量に人間を殺す場面は、アトモスだって出くわしたことがない。

 ――――――殺人のリスクを負っても、構わないと思えるような。
 かなりオイシイ取引でも無ければ、絶対に取りかかる事はしたくないヤバイ仕事(ヤマ)でも無い限り、アトモスならば絶対に関わりたくない。
 それだって、対象の人間はせいぜい1人。
 多くても、片手で済ませたいとアトモスなら思う。

 ひょっとして、暗殺を生業(なりわい)としている人種なのだろうか・・・・そうも考えて、アトモスは即座に否定した。
 暗殺者(プロ)なら、余計に依頼以外の人間は極力殺さないものだ。

 男に襲いかかったボディガード達は、アトモスがパタータから預かった特殊な連絡装置で、隙を見て召喚した男達である。
 あくまで、あの死神にしてみればイレギュラーの存在の筈だったから、依頼対象ではあり得ない。

 あの男は、自分に襲いかかる人間達を、全く躊躇うことなく殺して見せたのである。

 護身のためであれば、腕や足、肩など急所を外して撃つ事は可能であったろうに。
 そして、的確に全員の頭を撃ち抜く腕までであれば、それは容易な事だったろうにも関わらず―――――――だ。



 まさに、・・・・死神。

 では、この死神を付き従えてきたあの銀髪の男は―――――――・・・地獄から来た、魔王だとでもいうのか?



「・・・・・・・・・・、」



 銃こそ取り出して見せなかったものの、あの美しい顔の男が醸し出す雰囲気は、この死神よりも数段凄みがあった事を思い出し。
 アトモスの胸は何か冷たいもので満たされ、身体中の血の気が引いていくような感覚に襲われた。




「・・・・・・・・・・・・」




 ――――――・・・何故、こんな事に・・・・・・・・!!!




 降って湧いた、突然の予測不可能な事態に。
 アトモスはただ、言葉も無く身を震わせた。


 今日は、滅多にない絶好の好機で。
 抜かりなく、手落ち無いように立ち回り――――――自分の立場を、盤石なモノとする為の大切な日だった筈なのに。

 一体、何処で計算が狂ってしまったのだろうか。
 目の前で鈍く光る銃身に怯えながら、アトモスは心中で天を仰いだ。


 ――――――今、アトモスが置かれているこの状況は、まさに青天の霹靂(へきれき)だった。


 そもそも、銀色の悪魔としか思えない、あの男が現れてから。
 アトモスの、全ての算段が狂ってしまったのである。

 いや、あの銀髪の悪魔が現れた時はまだ、体勢が立て直せるという自信があった。

 予想外の事態に多少狼狽え、あの悪魔に髪を引っ掴まれた時には僅かばかり殺されてしまいそうな危惧を感じはしたが―――――――・・・何とか言い逃れ出来て身体を解放された時点で、何とかなると気持ちを持ち直せた。

 1人残った顔色の悪い男は、あの銀髪悪魔ほどには厄介では無いと踏んだし、少しの時間さえあればパタータに付いてきた護衛の男達を呼び出せると思ったからである。
 パタータのボディガード達こそ拳銃を所持しているだろうし、またそれらを使う必要も無いほどに多勢に無勢・・・万が一にも、此方の形勢が不利になることは無いと思った。

 残った男を押さえ付け、手酷い目に遭わせた後で。

 偽りの場所を教えた為、手応え無く戻ってくるだろう銀髪悪魔をゆっくりと待ち伏せし。
 先ほどの報復に、地下室にでも引きずり込んでから、あのお綺麗な顔を存分に殴りつけ切り刻んでやろうと考えていたのに。


 今の状況は、・・・・・・・・・・・まるきり逆の展開だ。



 ―――――――・・・いったい、何故こんな・・・・・!!?



「・・・・・・・・・・」

「・・・・・愚かだな、貴様は・・・」


 呆然と、心の中でその疑問ばかりを繰り返していたアトモスに、暗く静かな声が掛かった。
 拳銃をアトモスに向けたまま、男が話しかけてきたのだ。


「・・・・・・・な、・・・?」


 何をだ? とは、声が震えて言葉にならない。

 だが、男には通じたらしく。
 大儀そうな溜息を付きながら、男は抑揚のない声で話を続けた。


「・・・・あれ程の容姿だ・・・誰かの『お手つき』とは、考えなかったのか?」

「・・・・・・。・・・・・!?」

「掌中の珠(たま)を、分不相応に奪おうとしたのだ――――――死は、免れまいな」


 『お手つき』という言葉に、一瞬何を言っているのかと眉を顰(ひそ)めたアトモスだが、それが誰を指しているのか思いついた瞬間に心臓が凍り付く。






 ―――――――僕のアルヴィスは、どこ?


 ―――――――青みがかった黒髪に、素晴らしくキレイな青い目の・・・・お人形さんみたいに可愛い子。・・・・・知ってるでしょう?







 あの美しき銀髪の悪魔は・・・・・・・・・、『アルヴィス』を探していた。
 つまり、この男達の目的はアルヴィスであり、―――――――彼を罠に掛けたアトモスを、殺すと言っているのだ。


「・・・・・・・・っ、」

「ようやく理解したようだな。まあ、・・・・今更遅いが」


 強張った面持ちのアトモスを見下ろし、死神のような男は感情を伺わせない声音で決定打を口にする。


「ファントムは、アルヴィスに手出しする存在を決して許さない。・・・・この店も貴様も、今宵あと僅かの命だな」

「わたしを、・・・・・ころすと・・・・?」


 かなり擦れた、小さな声だったがようやくアトモスは発することに成功した。
 それに対し、男はただ見下すように鼻で笑う。


「しないさ、・・・私はな」


 短く答えて、男はアトモスに向けていた銃口を下に向けた。


「貴様の命は、ファントムのもの。私が勝手に奪うのは、僭越(せんえつ)すぎるというものだ」

「・・・・・・・・?」


 意味を掴み損ね、アトモスは蒼白になりながらも怪訝な表情になる。

 あの、銀色の悪魔のお気に入りに手を出したというのなら。
 彼が自分の命を殺すなと命じる筈が無いだろう・・・・そう、思ったからだ。


「アルヴィスに手を出した存在は、ファントム自らが『制裁』する。・・・・私が殺しては、彼の楽しみを奪う事になるからな」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 やはり、自分は『処刑』の対象なのだと、アトモスは思い知る。

 それも・・・・単なる揶揄(やゆ)や抽象的な物言いの意味では無い・・・・言葉通りの意味での、殺し。
 先ほど躊躇いも無く、数十人の命を奪った男の言葉だからこそ、より現実味がある。


「・・・・・・・・・・・・・」


 背中が、緊張に吹き出した冷たい汗のせいで、びっしょりと濡れるのを感じながら。
 アトモスは懸命に、恐怖の余り飛び出しそうになる身体を抑えて――――――――・・・・動揺しきった気持ちを落ち着かせた。




 ――――――・・・落ち着け。落ち着くんだ・・・・・手は、まだある・・・・・・!!!




 もはや、アトモスの頼みの綱はたった1つだ。


 銀色の悪魔に、偽って教えた――――――アルヴィスの居場所。

 そこは、アルヴィスに着替えをさせた控え室であるが・・・・・・その部屋には、パタータが連れてきた警護の男達が居る。
 パタータがスペシャルルームでお楽しみの間、ドアの前で控えている以外の残りの男達が待っている部屋も兼ねているからだ。

 その男達が、あの銀色の悪魔を捉え―――――――・・・・危機を悟ったパタータが大ボスであるガロンにでも、報告してくれていたら。
 そうすれば、この緊急事態も何とか、回避出来る可能性は高いだろう。

 パタータだってガロンだって、それなりに後ろ暗い過去がある筈で。
 警察に色々と腹を探られたりしたくないだろうから・・・・アトモスや店の不利になるような事態は避けたいに違いないのである。

 今、この場さえ持ちこたえれば・・・・きっと、パタータの護衛があの悪魔を引っ捕らえ、助けに来てくれる筈―――――――アトモスは、そう期待した。

 残りの護衛の人数は、先ほどこの男に飛びかかっていった数より少ないが、その分パタータにくっついていったボディガード達は腕も選りすぐりの人間ばかりだ。
 さっきは不意を突かれたから、アトモスも油断していて危うく殺されそうになったが・・・・あの悪魔のような青年は、身長はあったけれどモデル体型でかなり細身だったし、手練れの彼らがやられる筈も無いだろう。

 それに、パタータに付き添うその護衛達が、いずれも間違いなく、銃を所持していることをアトモスは知っていた。

 店内では容易に持ち出さないだろうが、地下で隠蔽(いんぺい)された場所であれば、事は秘密裏に行える。
 だから、警護の人間達も危険と見なせば迷わず拳銃で、あの悪魔を撃ち殺す筈なのだ。

 後の事は、パタータや彼の上役であるガロンに任せれば事は済む。
 アトモスにとって、とんだ失態だが――――――ある意味、此処さえ切り抜けられれば、逆にガロン達との癒着は進展するだろう。
 後始末なりなんなり、・・・・つまりは彼らと、後ろ暗い秘密を共有出来る事となるのだから。



 その時、外の出入り口とホールを繋ぐ扉が、微かな音を立てた。


「・・・・・・・・・・!」


 反射的にアトモスが扉の方に視線を向ければ、複数の男を従えたスーツ姿の禿頭(とくとう)の大男が入ってくるのが見えた。
 異様に目つきが鋭く、一目で只者では無い雰囲気を漂わせた男である。


「・・・・・・・・・」


 キレイにそり上げた頭部と、顔に黒い入れ墨を入れた見上げるばかりに大きな男の、そのいかつい顔にアトモスは見覚えがあった。

 まだ直に紹介はされておらず、遠目にしか見たことは無かったが―――――――間違いなく、パタータの上に座すこの界隈のボス・・・・ガロンだ。


「・・・・・・・・・・!!」


 入ってきた男がガロンだと分かった瞬間、アトモスの表情が自然と歓喜にほころびた。

 何故、彼が唐突にこの場に現れたのかは分からないが、アトモスにとって九死に一生を得る、歓迎すべき状況なのは確かである。
 ある意味、パタータに頼るよりも心強い・・・・彼ならば、この死神だって何とかしてくれるに違いないからだ。


「・・・・、」

「・・・・・遅いぞ、ガロン。ファントムはお怒りだ」


 だが、アトモスがガロンに向かって叫ぼうとするより早く。
 死神が、大儀そうにガロンを見据え―――――――・・・声を発した。


「申し訳ない。・・・・これでも急いだんだが・・・」


 その言葉に対し、ガロンは大きな身体を縮めるようにして頭を下げる。


「お前の管轄エリアでの失態だ・・・・『制裁』は免れんかも知れんぞ」

「丁度この店に居た、部下には連絡しておいたのだが。・・・・・失態は失態だ・・・覚悟している」

「私も残念だよ、ガロン・・・お前の事は買っているのだがな」


 恐縮した態度を崩さないガロンに対し、死神は相変わらず抑揚のない声で淡々と言葉を返していた。


「それで、・・・・無事だったのだろうか・・・?」

「今、ファントムが向かっている。アルヴィス自身にも発信器は付いているから、程なく探し出せるだろう」

「・・・・・・・そうか」

「その状態如何(いかん)によっては―――――――・・・覚悟を決めておけ。私も恐らく、庇いきれん」

「・・・・分かっている」


 まるで、死神の部下のような、ガロンの態度に。
 アトモスは、自分が考えついた『信じたくない結論』を脳裏に描いて・・・・・内心、総毛立つ程の恐怖を覚えていた。


 ガロンの足下には、目を覆いたくなるような惨状が広がっているというのに、彼は一切関知していない様子だった。
 それはつまり、この状況を、・・・・・・・店内へ入る前から察していたということだ。

 死体を目にすることなどは、ガロン程の立場になれば珍しくはないのだろうが、それでもいきなりこんな状態に出くわせば普通は警戒するし少なくとも驚きはするだろう。
 それが一切見受けられないということは、ガロンが最初から分かっていたと言うことになる。
 分かるまではいかなくとも、そういう事態もあり得ると予期していたと言うことだ。

 それは、・・・・・要するに。
 死神とガロンが、――――――・・・・顔見知りで仲間だと言うことに他ならない。


 それも、言葉尻を捉えて判断するに・・・・恐ろしいことに、死神の方がガロンより立場は上だ。

 それは、アトモスが心頼みにしていたパタータよりも必然的に地位が高い事を示し―――――――同時に、死神の上に立つ存在こそが、あの悪魔のような美青年と言うことを指し示している。




 ―――――――・・・・アトモスは、決して触れてはならなかった・・・・『魔王が愛でる宝石』に、手を伸ばしてしまったのだ。





「恨むのなら、・・・・無能な部下と・・・・管轄エリアの店の、しつけの悪さを恨むのだな」

「・・・・・・・・・・・・ああ」


 死神とガロンが、揃って自分を見下ろしつつ放つ言葉を。


「・・・・・・・・・・っ、・・・・」


 アトモスは、半分気が遠くなり掛けながら耳にしたのだった――――――――。

 






 NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編6

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言い訳。
あと1回。
多分、あともう1回か2回(とか言いつつもちょっと続くかもですg/殴)で終わりです☆
今回ってば、もうペタさんとアトモスしか出てないですn(汗)
あ、あとガロンさん。
彼の名前と姿は、ウォーゲーム1回戦のロドキンファミリー、パノちゃんのパパから借りました(笑)
Ωではジャックのお嫁さんなんですよね、パノって☆
って、全然ファンアルになってなくて申し訳ないです><
でも話の展開上、どうしても出さないといけなかったので・・・スミマセン(汗)
次回は、ちゃんとトム様出します。
出ずっぱりに出ます(笑)
アルヴィスも・・・・出したいなあ(←)。
ていうか、さっさとトム様の報復措置書いちゃいたいんですが、アルヴィスの具合が改善されないと、トム様が報復そっちのけで治療始めちゃうので書きにくいんですよねー☆
いや、書いたのゆきのですが(笑)
ファントム的に報復したい気持ち満々だけど、アルヴィス最優先なので、アルヴィスの前じゃその気持ちも霞んじゃいます。
執念深いですから、絶対報復忘れたりはしないんですけどね・・・!!(笑)