『Halloween&Birthday−side光−焔編4』





※『君ため』の番外編です。







 

 ―――――――・・・頭が痛くて、身体が酷く重怠い。

 幾ら酸素を取り込もうと、必死に息を吸っても吸っても・・・・・それらは肺を満たしてくれず、ただひたすら息苦しかった。
 吸うどころか、息を吐き出すこともままならない。

 喉奥の気管がキュッと締め付けられていて、空気の通り道が塞がれているのだ。


 発作だ・・・と、アルヴィスは頭の片隅でぼんやりと認識する。

 それも、咳き込むことさえ出来なくなる位。
 気管が腫れ上がり―――――窒息する恐れがある、重度のヤツだ。


「・・・っ、う・・・」


 苦しさに、アルヴィスは呻き声を上げた。

 息が、上手く吸えず。
 酸欠に身体の四肢が強ばり、痺れ始める。

 こうなってしまったら、手持ちのMDI(スプレー式吸入薬剤)でも、余り効き目は無い気がした。
 酸素なり点滴なりを投与して貰わなければ、収まらない状態だ。



 ――――――・・・こんな酷くなる前に、使えば良かった・・・・。



「・・・・・・・・」


 そんな後悔が、頭を過ぎり。
 そこでようやく・・・アルヴィスは、霞んだ意識の中で首を傾げる。



 ――――――・・・・だけど。

 ・・・どうして俺は、薬を使わなかったんだっけ・・・・?




「・・・・・・・・・・」


 それに、いつもなら。
 こんなに苦しくなる前に・・・・助けて貰えていた筈だ。

 アルヴィスが己の体調を自覚するよりも早く、・・・・・・・自分を気遣い、差し伸べてくれる優しい手。
 いっそ過保護過ぎる程に、アルヴィスの身を案じ、的確な処置を行ってくれる頼もしい存在。



 ――――――大丈夫だよ、すぐ楽になるからね・・・・。



 そう言って、優しく頭を撫で。
 言葉通りに、アルヴィスの身体から苦しさを取り除いてくれる手が、傍らにあってくれる筈。





 ――――――・・・ファントム、・・・・・・・?





「・・・・・・・・っ、・・・」


 うっすらと眼を開き、アルヴィスは目前にある筈の彼の姿を探して、視線をさ迷わせた。

 しかし酸欠に霞んだ眼には、周囲は薄ボンヤリとした灰色にしか見えず、網膜は何一つ確かな画像を結んではくれない。


「・・・・・・・・?」


 けれど。
 息苦しさに霞む視界に、――――――何かが蠢いている気がして。


「・・・・・・・・・・、」


 アルヴィスは眼を凝らして、必死にその『何か』を把握しようとした。


「・・・・ファ・・・・、・・・、・・・・」


 ファントム? と呼びかけようとしたが、唇が微かに動いただけで声に出来ない。
 耳障りな喘鳴(ぜいめい)が、喉元から僅かに漏れ出たのみである。

 そのアルヴィスの肩に、誰かの手が掛かった。


「・・・・・・・・、・・・・?」


 剥き出しの肩を滑る、ジットリと汗ばんだ肉厚の手の感触に違和感を覚え。
 アルヴィスは、焦点の定まらない瞳で必死に前方を見た。


「・・・・・・・っ、・・・?」



 ――――――・・・誰だ?



 薄ぼけた景色の中、誰かが自分の顔を覗き込んでいる。
 いや、覗き込むだけじゃなく――――――・・・アルヴィスの身体の上に、覆い被さっている。

 だが、・・・・どうして?

 誰が、何のために??


 ―――――――・・・苦しいから、退いて欲しいのに。



「・・・・・・・う、・・・っ・・」


 考えようとしても、頭が上手く働かなかった。
 ここが一体どこで、自分が今、どうなっているのかが把握出来ない。

 自分は、一体、どうなっている・・・・?
 アルヴィスは混乱したまま、闇雲に藻掻こうとした。

 そして身を捩ろうとして、――――――手首に僅かな痛みを感じ、動きを止める。


 ・・・・・動けない。
 いや、・・・・動かせない。

 身体自体、誰かにのし掛かられている状態だから向きを変えることすら出来ないが、両手が何かで拘束されている。
 両手首が、アルヴィスの顔の左右で固定されてしまっていて、腕を下ろすことさえ出来ない。


「・・・・・・・??」


 今度こそ激しく混乱して、アルヴィスは戸惑った。



 ――――――・・・なんで。

 どうして、俺は・・・・・・・??!!



 回らない頭で、必死に今置かれている事態を考える。


「・・・・・・・・・・、」

「――――――さあさあ、アリス! わたしの可愛いお人形さん! これからたっぷり可愛がってあげような・・・」


 だが、何も考えつかない内に、アルヴィスの耳に覚えのある声が届いた。


「・・・・・・・・・」


 一見優しげだが、油断ならない狡猾さを感じさせる猫なで声と、この呼び方には聞き覚えがある。

 そう、・・・酔っぱらっていたせいで、何度訂正しても『アルヴィス』の名を覚えず、・・・・『アリス』と女名で呼びかけてきた男。
 中に大きなスイカか何かを仕込んでいるのかと思う程、ぱんぱんに膨らんだ大きな腹をした・・・・あの、太った中年男の声だ。

 ―――――――そういえば、命令であのデブ男の相手をさせられていたのだったと、アルヴィスはようやく思い出す。

 だが、それと今の状況が結びつかない。
 なぜ、自分がその客に・・・・・・・覆い被さられているのだろうか?


「・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 趣味の悪い服を着させられて、店に出て客の話にただ、相づちを打っていただけの筈なのに。
 いつの間にか、状況が一変している。


 此処はどこで、・・・自分は一体、何故こんな状況に置かれているのだろう?

 少しの間、頑張れば。
 そうしたら、・・・・・・・・・ファントムにプレゼントが出来る筈だったのに。

 その為に、頑張っていた筈なのに・・・・・・・・何故こんな事になっているのだろうか?


 アルヴィスは今、・・・・どこかで寝かされていて。
 しかも、何故か両手が拘束されている状態だ。

 そして、もっと不可解な事に・・・・相手をしていた筈の客に、のし掛かられている。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは段々、今の自分の状況が現実なのかそうでないのか、分からなくなってきた。

 相変わらず息が苦しくて、呼吸もままならないのだが。
 ――――――それが、喘息の発作による苦しさなのか、それとも胸と腹に重みを掛かられているせいなのか、判断が付かなくなっている。

 発作の時は身体の上半身を起こした体勢にして貰うと少し息が楽になるのだが、・・・・今のような仰向けに寝かされている状態だから、余計に辛く感じているのだろうか。
 しかし自力で起き上がろうにも、身体の感覚が既に失せ掛けている状態の為、腕が重怠くて動かせない。

 けれどそれも、単にアルヴィスが酸欠のせいで幻覚を見ているだけなのか。
 本当に上に乗られたり手首を拘束されていて動かせないのか、・・・・・・・・分からなくなりかけていた。

 今となっては、アルヴィスは本当にそんな客の相手をしていたのか。
 それどころか、本当にバイトをしていたのかすらも、アヤフヤになってしまっている。

 夢だ、と言われたら――――――・・・それはそれで、納得してしまえそうな程、現実感覚が無い。


 けれど、とにかく・・・・・・・・・・苦しくて。
 アルヴィスは無意識に頭を振り、少しでも肺に酸素を取り入れようと喉元を反らせた。


「・・・・ほんに、どこもかしこも綺麗だねえアリス・・・・!」


 そのアルヴィスの首筋を、肩からの曲線を確かめるように、誰かの脂ぎった手が撫でさする。

 湿った生暖かい手の平の感触が、気持ち悪くて。
 アルヴィスは知らず、逃れるように首を左右に振った。




 ―――――・・・・触らないで。




「・・・・・・・・・うぅ、・・・」



 その手は、アルヴィスに遠い日の夏を思い起こさせた。

 ジメジメと湿った・・・・暑苦しい、夏の日。

 薄暗く陰気な室内に、ベランダの窓ガラス越し。
 不釣り合いな程、眩しい太陽光が差し込んでいた――――――あの、夏の日。

 窓を背にし、やはりこうして覆い被さられる体勢で。
 ・・・・・身体に触れられた時の記憶が、蘇る。


 逆光のせいで、のし掛かる顔は至近距離にあるのに黒くぼやけ、何ひとつ明確な像は結ばない。
 けれどその分、酒臭く生暖かい吐息や自分に向かって伸ばされる、手の感触が余計リアルに伝わってきて。

 今にも――――――あの、極度に小さい瞳孔をした両眼が、アルヴィスの前に現れるような気がして。




「―――――・・・・っ、・・・・!!?」


 アルヴィスは、声に出せないまま心の中で絶叫した。




 こんなのは、嫌だ!

 ・・・・・・・・・・怖い、・・・・・・・嫌だ!!




「――――――――・・・!!!」


 余りの恐怖に、精神のタガが外れた瞬間。
 アルヴィスの全身が大きく跳ね、今の体勢から逃れようと、無意識の状態で身体を激しく捩らせた。

 耳障りな金属と金属が擦れ合う、嫌な音が辺りに響き。
 ガチャガチャと鎖が鳴るような音を、すぐ耳傍で聞こえた。

 それと同時に、鋭い痛みが左右の肩と手首に走る。

 だが、・・・・状態は少しも変わらない。
 相変わらず身体は自由にならなくて、身体の上にのし掛かかっている感覚も消えてくれない。


「・・・・っ、・・はぁ・・・は・・・っ、・・・・・・、・・・ゴホッ!!!」


 手首や肩の痛みも構わず、アルヴィスは必死に手足を藻掻かせた。

 もはや、すっかりパニック状態に陥ってしまったアルヴィスには何をすれば有効になり、何が無効であるのかも判断出来ない。
 故に、身体の上にのし掛かられ、両手首を拘束された状態で幾ら暴れても、結果的に自分の身体を傷つける羽目になるだけという事も、把握出来ていなかった。

 動けば、ますます酸欠状態になり息が苦しくなるだけというのも理解出来ないまま、アルヴィスはただ弱々しく手足を藻掻かせた。


 とにかく、・・・逃げ出したかった。
 ここから逃げ出せるのなら、肩の関節が外れようと手首が折れようと―――――――腕が千切れてしまっても構わないと、その時は本気で思った。

 怖くて、・・・恐ろしくて。
 今から自分に襲いかかってくるだろう恐怖を思うと、それだけで全身が総毛立ち、息絶えてしまいそうなくらいの嫌悪を感じた。



 それなのに、―――――――・・・逃げられない。
 コルクボードにピンで縫い止められた、蝶のように・・・・・アルヴィスの身体はしっかり固定されていて、逃れることは叶わないのだ。



「おお、おお、小鳥ちゃん大丈夫だぞ? ・・・わたしは優しい男じゃからな! 怖がるようなことは何もせんぞ・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「ほれ、そのように暴れては・・・せっかくの綺麗な肌に傷が付いてしまうじゃないか・・・」

「・・・・・・・・っ・・・!!?」


 肺が必要分の酸素を取り込めず、薄れ掛けている意識の中でも。
 ヌメった感触の・・・何か柔らかな物体が左手首に触れてきたのを感じて。

 アルヴィスは再び声にならない悲鳴を上げ、身体を強張らせる。


 ――――――・・・強烈な恐怖と嫌悪感、そして息苦しさに。
 アルヴィスは絶望し、ただ身を震わせる事しか出来なかった。


「・・・・・・・・・・・っ」


 知らず、―――――・・・涙が頬を伝う。
 怖いのに・・・苦しいのに、ここから逃げ出してしまいたいのに・・・・・・・・・・どうにもならない。

 息が苦しくて、心臓が酸素を欲しがり口から飛び出してきそうな程・・・・バクバクと、激しく打ち鳴らされているというのに。
 気管が腫れ上がって僅かな空気しか取り込めず、疲弊しきった肺が、痛みを訴えているのに。

 元から、決して丈夫ではない――――――負担ばかりを掛けてきた、ボロボロの肺だから。
 もしかしたら、もうそんなに長い間は頑張ってくれないかも知れない。




 ―――――――このまま俺は、・・・・・・・死ぬのか・・・・?




 漠然と、そんな考えが過ぎり。
 アルヴィスは酸欠にぼやける意識を必死に繋ぎ止め、薄闇の中で瞳を凝らす。



「・・・・・・・・・・・・・」


 何も見えない・・・判別出来ない世界に取り残され、そのまま全てが終わるのは嫌だった。
 真っ暗な中に置き去りにされる記憶が最後だなんて、・・・・・絶対に嫌だ。


「・・・・・・・・・・・」





 ――――――・・・怖い、・・・・・・・・・・助けて。

 このままじゃ、・・・・嫌だ。

 死にたくない・・・・・・・・・・まだやりたいこと、沢山あるのに。


 ・・・・・死にたくないよ。

 ―――――――・・・・ファントム。


 助けて。


 ――――――・・・俺・・・・・・・・・・ファントムに逢えないまま死ぬの、・・・・・・・・・やだ。





 感覚が覚束無くなり、自分の眼球すら上手く動かせない状態で。
 アルヴィスは懸命に、薄闇の中で視線をさ迷わせた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 眼を凝らせば、・・・・・・・・見えてくれないだろうか。


 白々と青褪めた、月の光で作ったような銀色の髪。
 大理石の彫刻を思わせる、整った白い顔。
 甘く蕩けるような色合いをした、アメシストの瞳。

 闇夜に降り立ち、その輝けるばかりの傲然とした美しさで魔を退ける天使のような。
 それでいて、地獄の最下層から虎視眈々と地上支配を狙っている堕天使のような禍々しい妖しさに満ちた。

 ・・・・・・・・彼の、キレイな姿が。


 そうしたら。
 それだったら、・・・・少しは。

 ほんのちょっぴりは、―――――・・・・諦めが付くのに。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 けれど、願った姿は何処にも無い。
 もしあったとしても、既にアルヴィスの視界は、それを認識出来る状態になかった。


「・・・・・・・・・・・・、」


 時折、耳に何かブワブワと。
 ぼやけたラッパみたいな重低音が響いてきたが、――――――アルヴィスにはもう、それが自分へと話しかけられている言葉なのだと理解出来ない。

 アルヴィスの視覚が、まだ確かなら。
 言葉が聞き取れずとも、上に乗ったパタータが彼に向かって話しかけているのだと分かったかも知れないが、・・・・極度の酸欠で意識が失われ掛けているアルヴィスにはもう、それは不可能だった。











「・・・おうおう、小鳥ちゃん。泣かなくていいんじゃぞ?」


 多少藻掻いたものの、すっかりと大人しくなった少年に。
 組み敷いた体勢のまま、パタータは悦に入った声で囁いた。

 そして、力なく眼を閉じ為すがまま状態の少年の細い顎を、太い指で持ち上げる。


「わたしがちゃあんと、天国にいかせてやるからの・・・?」


 優しく話しかけ、顔を近づけたついでに。
 少年の滑らかな肌を味わおうと・・・・・・・・・・・たっぷり脂肪を蓄えた体躯に相応しい、肉厚の舌をアルヴィスの頬へと伸ばす。

 パタータの舌先が、今まさにアルヴィスの顔に触れようとしたその刹那。




 ―――――――・・・触れるな。



「っ!!!?」


 背後から低い声が聞こえたのと同時にパタータの頭全体をが、まるで鉄の万力にギリギリ締め付けられるかのような凄まじい圧迫感が襲った。



 何者かの手が、自分の後頭部を掴んでいる!?

 ――――――――そう理解するかしないかの内に、今度は頭皮が何かで切り裂かれるような激痛を感じ、次の瞬間に彼は激しい勢いで横になぎ倒され。
 パタータは、ブチブチと自らの髪の毛が引き抜かれる音を聞きながら、寝台下の硬い床へと叩き付けられた。


「ぐひゃっ!!?」


 蛙が潰れた時のような声を上げ、パタータは分厚い脂肪に包まれた身体で短い手足をばたつかせて藻掻く。
 その姿は甲羅を下にしてひっくり返された、ゾウガメのようで・・・・そして引き合いに出される亀が気の毒になるくらい、醜悪だ。


「う・・・うぅ・・・・・???」


 自分自身に何が起きたのか分からないのか、パタータは呻きながら身体を起こす。
 かなり手酷く床へと叩き付けられたが、分厚い肉のお陰で衝撃が吸収されたらしい。

 パタータは自分の顔や首筋に、何か生温い液体が伝っているのを感じ、怖々とそれに触れ。


「・・・・・ひいっ!!?」


 手が真っ赤な血で染まっているのを見て、改めて腰を抜かした。

 後頭部に感じる、尋常じゃない激痛。
 それが、やはり現実の物であり・・・・・・・・気のせいでは無く、大出血する程に酷いのだと自覚できたからである。


「・・・・ひっ、・・・ひいぃぃぃーーーー・・・!!!」



 一体何が起こったのだ・・・・?

 ――――――ただ事じゃない!!

 警備の者は・・・・アトモスは、一体何をしておるのだ!!??




 床に尻餅をつき、パタータは突然わき起こった判断不可能な事態に、マトモな言葉も吐けなかった。

 早く大声を出して、ドア前に立たせている筈の部下を呼び。
 事態を収拾せねばならないというのに、・・・・恐怖に喉が詰まって、声が出ない。

 ほろ酔い気分も、一気に覚めてしまった。




「――――――・・・・あの世には、オマエが逝け」


 そのパタータの頭上から、地を這うような低い声が降ってくる。


「!!?」


 反射的にベッドの上を振り仰ぎ・・・・パタータはそこで、息を呑んだ。

 パタータが気に入りの、これから楽しむ筈であった少年の頭を抱き抱え。
 銀髪の男が、いつの間にか・・・・・・・先ほどまで、パタータが居たベッドに上がっていた。

 バーテンダーのように上着を脱いだ正装スーツ姿で、パタータをじっと見下ろしている。


「・・・・・・・・」


 その眼が余りに冷たくて――――――・・・・パタータは頭の傷の痛みも忘れ、身体を強張らせた。

 夢を見ているのかと思う程、整っていて美しい顔立ちの青年なのに・・・・いや、それだからこそなのか、異様な凄みがある。
 これから楽しもうと思っていた少年も相当にキレイな顔をしているが、この青年とは、明らかに質が違った。

 目の前の青年には、何とも言えない禍々(まがまが)しさがあるのだ。

 天使と言うよりは、・・・堕天使。
 神々しい程の見目麗しさだが、何処か酷薄で退廃的で、闇の気配が濃厚に薫っている。


「その許されざる言葉を吐いた醜い舌も・・・その濁った眼球も、・・・・・何もかも全部、僕がゆっくり後で切り刻んであげるから」


 美しい唇から吐き出される声も、滑らかに甘く耳に心地よく響くのに―――――――骨の芯を凍らせる、氷のような冷たさだ。


「だから今は、その醜悪な姿を恥じて床に這い蹲って(はいつくばって)いろ。・・・・・・・・僕の視界に、入らないように」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 自分を見据える、紫の双眸の迫力に。
 パタータはもう、言葉も無い。

 蛇に睨まれた蛙の如く、ただ微動だにせず身体を硬直させ続けるしか無かった。
 僅かでも動けば、本当に殺される――――――・・・そう直感したからだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 追い詰められ、脂汗を流して身体を強張らせたパタータを余所に。
 青年は、上体を抱き抱えた少年へと顔を向けた。

 丁寧な手つきで両手首を拘束していたベルトを外し、抱き抱えたままで少年の指先を眺める。
 それから、医師がするような仕草で少年の首筋に触れ、・・・・胸に耳を近づけて鼓動を確かめる仕草をした。


「・・・大丈夫だよ、アルヴィス君。すぐ、楽にしてあげるからね・・・」


 パタータに掛けた声質とはまるで違う、酷く優しい声音でそう話しかけ。
 青年は、ズボンから何か小型のスプレー容器のような物を取り出し・・・・器用に片手で蓋を開けて、抱えている少年の口元へと押し当てる。











「・・・・・・・・・・・・・・、」


 不意に、自分の身体がフワリと優しく抱き上げられた気がして。
 アルヴィスは、ボンヤリとしか焦点を結ばぬ眼を、うっすらと見開いた。


「・・・・・・・・・・ぁ・・」


 優しい指先がそっと顎を掴み、・・・アルヴィスの口を開けさせる。



 ―――――・・・ゆっくりでいいから、いきをすって。



 優しい声がしたのと同時に、シュッと何かスプレーの噴射音と、アルヴィスの口の中に覚えのある味と匂いが広がった。



 ――――――・・・もう大丈夫だよ、アルヴィス君・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・」


 優しい声がして、優しく頭を撫でられているのを感じる。
 手つきも、声も・・・・感じる物全てが、優しい。

 心なしか、息が楽になった気さえした。


「・・・・・・・・・・・・・」


 その感触に縋りたくて、アルヴィスは痺れて自由に動かない手を必死に伸ばす。

 眼も耳も、よく見えないし聞こえない―――――――けれど、分かる。
 この手は、アルヴィスを守ってくれるもの。


 とてもとても、・・・・怖かったから。
 怖くて怖くて、堪らなかったから。

 縋りたかった。
 縋って、・・・・安心したかった。

 この怖い場所から、連れ出して欲しい。


 この手だけが、―――――――・・・・それを叶えてくれる。



「・・・・・・・・・・・、」




 ――――――・・・・ファントム。




 アルヴィスは、自分を抱き締めてくれている青年の胸に、縋り付くように頬を寄せた――――――――――。











 NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編5

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言い訳。
ようやく、アルヴィス救出編が終わりました(?)
なのでようやく、ラストに向けてこぎ出せますね!!(殴)
まだ終わらんのかい!・・・と思われてる方も多いですよね、・・・済みませ・・・><
次回こそ、恐らくファントムの血で血を洗うような制裁シーンがバリバリかと思います。
毎回、不穏に血なまぐさくてスミマセン・・。
最近、謝ってばかりですねわたし(汗)
反省はしてるんですよ・・・っ!?(ホントです!/涙)