『君の隣に−前編−』



『君ため』の番外編です☆













 ―――――――・・・今日は1日、何もしないで。
 ダラダラとこうやって、寝ていようか・・・・。




 とある、週末の朝。

 寝室のベッドに腰掛けたアルヴィスから、ほ乳瓶に似たボトル・・・気管支の状態を計ることの出来るピークフローメーターという計測器だ・・・・を、いつもの如く取り上げて。
 ファントムはそのメーターが示す目盛りを見ながら、のんびりとそう言った。


「お天気は良いみたいだけど、こう眩しくちゃ外あるくの嫌になっちゃうしね・・・・今日は映画行くのはやめにしよ?」


 サラッと何でもない事のように今日これからの予定を翻してくるが、聞いているアルヴィスとしては、『そうだな』とアッサリ頷く気にはなれない。


「・・・・だけど、お前が絶対行きたいとかって昨日まで散々・・・・」


 あの態度は何だったんだ? と、アルヴィスは顔をしかめる。

 すっごくスリルがあって、先が読めない展開で面白そうだから見に行こうね!!

 ―――――――・・・などとしつこく言って来て、あんまり興味がなかったアルヴィスを強引に連れて行こうとしていたのに。
 今朝はもう行かないだなんて、・・・・とても同じ人間が口にしたとは思えない、酷く自分勝手な物言いだ。

 ファントムのことだから。
 どうせ、思いついた時にもう指定席は、予約してしまったんだろうに。

 それを無駄にすることなど、毛ほども気になんかしないのだ。


「んー・・気が変わったんだよね。今日は、イイお天気だし・・・眩しいのは嫌いだし」

「普通、天気が良い方が出掛けたくなるだろ! ・・・吸血鬼か、お前は」


 ファントムの気分は、酷く変わりやすい。
 まるで猫の目の如く、瞬時にコロッと言動を変更するのはいつものことだし、呆れてはいるが流石に慣れてもいる。

 しかし、別段その映画が見たかった訳では無いけれど。
 アルヴィスは、予定を急に変えられるのが好きではない・・・・計画したり、決まった予定があるのなら、きちんとそれを実行したいタイプなのだ。

 だから、当然の如く機嫌を損ね――――――――無駄と分かっているのについ、悪態を付いてしまう。


「ふふっ、・・・それもいいかもね?」


 いつ見ても溜息が出るような美貌に、甘い笑みを乗せて。
 ファントムは、そのアメシスト色の瞳を嬉しそうに細める。

 予想通り、アルヴィスの悪態などまるで堪えていない満面の笑みだ。


「アルヴィス君と一緒なら、薄暗くてカビ臭い地下室だろうと棺桶の中だろうと・・・・僕にとっては最良のベッドだよ」


 彼が身に付けているのは、アルヴィスと揃いの濃い青色の縁取りがされたシンプルなデザインの白いパジャマだが。
 これで中世の貴族が着るような、黒のスーツにドレスシャツなんかを纏っていたら――――――――本当に吸血鬼のように見えるだろう。

 連れて行かれた仮装パーティーで、そんな格好を披露するのを間近で見てそう錯覚しかけた覚えがあるのだから、素材の適合具合は実証済みだ。


「・・・よしてくれ、ホントに誤解されて胸に杭を打たれるぞ?」


 何なら、棺桶型のベッドでもオーダーしようか? などと悪ふざけを続ける相手に、アルヴィスは渋い顔で首を横に振った。


「それは嫌だなあー・・・」


 間延びした声で言いながら、アルヴィスの隣に腰を下ろしたまま。
 ファントムは、動こうとしない。


「僕はまだ、アルヴィス君との幸せを満喫していたいしね・・・・・こうやって!」

「!?? ちょっ、・・・おい!」


 それどころか、隣のアルヴィスを抱き込んでそのままベッドに倒れ込む始末である。

 ―――――――どうやら、本当に出掛ける気が失せているようだ。


「・・・こら! ・・・・お前が自堕落に寝ているのは勝手だけど、俺まで付き合わせることないだろ・・・?」


 ファントムに押し倒された体勢で、アルヴィスは藻掻きながら苦情を言った。


 せっかくの、休みなのだ。
 ファントムが出掛けないというのなら、・・・それはそれで時間を使う用事はいくらでもある。

 本を読んだっていいし、提出まで随分余裕はあるけれど出されている課題をやるのもいい。
 久々にのんびりと、散歩するのもいいし。
 ファントムと暮らすようになってから、全然足を向けていない以前住んでいた家の近くへ行ってみるのだって・・・・・。

 ――――――まあ、今日は何だか身体が怠い気がするから、あんまり気は進まないのだが。
 それでも、せっかくの休日・・・・有意義には過ごしたいと思う。



「え、駄目だよ? 僕が今日1日ゴロゴロするって決めたんだから! アルヴィス君も一緒じゃないとヤダもん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 しかし、予想通り。
 いつもながらに閉口する、ファントムの言い分が炸裂した。

 勝手に思いついて勝手に計画し、勝手に行動して、勝手気ままに周囲を振り回す。
 そして自分ルールで、常に自分の思い通りに他人を付き合わせ気ままに扱うのが大得意なのだ――――――・・・・この男は。

 しかも、いくら逆らっても嫌がっても・・・・・聞く耳がそもそも備わっていない。
 従うのが当然とばかりな、ジャイ○ン気質なんである。

 ――――――そう、えらく美形で無限大のポテンシャル(潜在能力/可能性)を秘めたジャ○アン・・・・・というのが、ファントムを形容するには一番相応しいかも知れない。
 さしずめアルヴィスは、そのジャ○アンにいつも餌食とされている、の○太といった所だろうか。
 彼に例えられるにしては、何でも願いを叶えてくれる救いの神様な猫型ロボットは、アルヴィスの側に存在していないのだけれど。


「ね。今日は1日、ごろごろする日なの! だからアルヴィス君も僕と一緒に、ずうっとココでごろごろ寝そべっていようよ。一緒じゃないとヤダからね?」

「・・・・・・・・・・・何処のワガママ幼稚園児だ、お前は・・・っ!!」

「―――――――かつて1つだった魂が分かたれた事を知り、孤独を理解した者は常にBetter halfを求め、愛する人の温もりを求めるモノなんだよアルヴィス君・・・」

「・・・・・・・・俺には全然、お前が何を口走ってるのかさっぱり分からないんだが・・・??」


 再び、悪態を付いてみるものの。
 アルヴィスの身体に巻き付いたファントムの腕は、全く離れようとしない。

 それどころか、ゴソゴソと手際よく上掛けをめくり。
 自分とアルヴィスの身体を、器用にベッドの中へと戻してしまう。

 こうなったらもう、―――――――どんなことがあったって状況は覆(くつがえ)らないだろう。
 口の達者さはアルヴィスなど比では無いし、力だって敵わない。

 思考はワガママ放題の幼稚園児レベルなのに、頭の造りがすこぶるハイスペックだから始末が悪い事この上ないのだ。


「アルヴィス君って、抱き心地いいんだよね〜〜〜イイ匂いだし、柔らかいし・・・・vv」

「・・・・・同じシャンプーなんだから、匂いなんか一緒だろうが・・・・あんまりくっつくな、暑苦しいだろっ・・・・!」


 感触を楽しむようにゴロゴロと懐いてくるファントムの、自分より大きな身体を仕方なく抱き返しながら。
 アルヴィスは、低くぼやいた。


「・・・・・全く、・・・お前はもう、・・・」


 知らず、諦めが滲んだ溜息が漏れる。

 何だかんだ言って、―――――――ファントムのこういった甘えるような態度が、実のところアルヴィスは嫌いじゃ無かった。

 ファントムは、他人に触れられるのを極度に嫌う傾向があって。
 他者からの接触は勿論のこと、自分からも他人には極力触れたがらない。

 抱きついてきて頬ずりをするような甘える態度は、アルヴィスにしかしないのだと・・・・今はもう、知っているから。


 寒気がする程の美貌・・・とは、過大評価では無くこういう顔のことを言うのだと思うくらいの、美形で。
 ちょっと気取った風に笑った時の顔なんて、そこらのモデルが裸足で逃げ出しそうな程、キレイな顔だと思うのに。
 優雅な仕草や立ち居振る舞い、圧倒的な程の存在感――――――・・・ファントムには、隙というモノが一切存在していないような気さえしてしまうのに。

 うっとりと気持ちよさそうに眼を細め、アルヴィスに頬ずりを繰り返してくるファントムはまるで・・・・・ただひたすら飼い主に甘えたがる、大きな銀色の猫のよう。

 とても穏やかな表情で、今にもゴロゴロと喉を鳴らしかねないような猫っぷりだ。
 彼の気性を考えればジャガーなど、猫科の大型肉食獣を連想してもおかしくない筈なのに・・・・アルヴィスには機嫌良く擦り寄って甘えてくる、大きな猫にしか見えない。

 キレイなのだけれど、キレイと形容するよりは―――――――・・・何だか可愛らしいと感じてしまう。


「・・・・・・・・・・はぁー・・・」


 もう一度大きく、溜息を付いた。




 ―――――――・・・こんなのが可愛いと思ってしまうなんて・・・俺も相当ヤキが回ってるかも知れない・・・・・・・・・・。




 『かも知れない』どころか、ヤキが『回り切ってる』んだろう。
 だって、こんな場所で日がな1日ゴロゴロなんてしていたら。


 ・・・・・・・・・それはもう、することなんて分かりきっているというか!


 今日はちょっと、怠いんだけど。
 出来れば何となく・・・・したくないっていうか、遠慮したいところなんだけど。


 でもファントムがその気ならもう、・・・・・決定事項だ(と思う)。

 そう思って諦めが付いてしまう辺りがもう、―――――――駄目ダメだろ俺・・・・!!





「・・・・・・・で。1日ここで寝てて・・・・何するんだよ暇だろ・・・・?」


 そんなことを口にしたら、得意満面な笑みを浮かべて今日のプランを言ってくるだろう恋人を予測しながら。
 アルヴィスはふて腐れた口調で、言葉を切り出した。

 どうせ、いつもの軽口で。
 今日はゆっくり、君と素敵なことを味わいたいと思ってね―――――――なんて、言うんだろう。
 それで、どうせその素敵料理のメインは、もちろん君だよ! 君を食べたい・・・・・・・・・・なんて、フザけた事を言ってくるに決まっているのだろうけれど。

 いつ仕掛けられるのかとドキドキしながら構えているより、アルヴィスとしては、せめて先に心の準備くらいしておきたいと思うのだ。



 しかし意外にも、ファントムはキレイなアーモンド型の瞳を丸くすると。
 キョトンとした様子で、アルヴィスを見返した。


「え? ・・・そうだなァ・・・ただこうやって、アルヴィス君抱き締めながらお喋りでもいいし。それが暇だっていうなら・・・・寝ながら何か、映画でも見る?」


 腕枕をし、アルヴィスの髪を指で弄びながら、のんびりそんなことを言ってくる。


「チェックはしてないけど、検索したら何か面白い映画とかの配信、してるかもだし・・・・・・・・・・それとも小さい頃みたいに、久しぶりにヴァイオリンでも弾いてあげようか?」

「・・・・・・・・・・・・・・、」


 てっきり、・・・・恋人同士の親密なお付き合いが目的なんだろうと思っていたアルヴィスは、予想が外れて呆然とファントムの端正な顔を凝視してしまった。


「・・・どうかした? 僕の顔に、何か付いている・・・?」

「そうじゃ、・・・ないけど・・・」


 キレイなアーモンド型を描く、透き通るような紫色の瞳に至近距離から覗き込まれ。
 アルヴィスは慌てて、首を横に振った。

 何となく、そんなことを思ってしまった自分の方が不純な気がして―――――――・・・顔が知らず赤くなってくる。

 マズイな、と思う。

 こんな態度を取れば、聡い彼のこと。
 浅はかなアルヴィスの思考などすぐに見破り、からかってくるに決まっているのに。
 だが、・・・・・そうと分かっていても、顔色なんてコントロール出来る器用さはアルヴィスには無い。


「・・・・・・・顔、赤いな・・・・頭痛い?」


 しかし、ほら指摘される――――――・・・と覚悟したアルヴィスの耳に届いたのは、ファントムの少し心配そうな声だった。


「・・・・・え、・・」


 熱出てきたかな、と小さく呟き。
 咄嗟に返事が出来なかったアルヴィスの首筋に、手を宛がってくる。


「・・・微熱・・・あるかも。冷えピタしとく?」

「・・・・・・・・・・・・・」


 言いながらファントムは一端、腕枕を外して身体を反転させ。
 ベッド横のサイドテーブルの引き出しから、熱がある時などに使用する冷却シートを持ち出してきた。


「・・・・ファントム、・・・・」

「はい、おでこ出して」


 呆然と固まっていたアルヴィスの前髪を掻き上げ、手際よくぺたりとシートを貼り付けてくる。


「・・・・・・・・・・・・・・・、」


 ひんやりと額の熱を奪う、ジェル状のシートが思いの外心地よくて。
 咄嗟に剥がそうとした手を止め、アルヴィスは思わずウットリとした溜息を付いた。


「微熱もあることだし。・・・今日は1日ここで、僕とおとなしくゴロゴロしていようね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ファントムの言葉に、熱なんかじゃなくてこれは―――――――と言いかけ、アルヴィスは口をつぐんだ。

 どうして顔を火照らせたのかなんて言いたくないし、相手は医師で、体調面に関しては自分より詳しいのだから・・・・言っても信用して貰えないだろう。 
 大学の授業を休んでいることが気になって、具合が悪いのに散々もう平気だ治ったと言い張り、ことごとく看破された時の事を考えれば、想像に難くない。

 それに。
 ファントムが微熱と言うからには、・・・・・・・・・・実際に多少あるような気もしてきてしまう辺りがとても、微妙な所である。

 どのみち、微熱まであるとなれば今日の予定は全てキャンセルで、ベッドで1日過ごすのは決定だろう。
 起き上がり、いろいろな行動をするのは――――――――・・・恋人であり主治医である、この抱きついて離れない男が許すまい。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 再びぎゅっと抱き締めてきた恋人に、アルヴィスは観念し、仕方がないなという風に身体の力を抜いた。


「べつに具合なんか悪くない。・・・けど、付き合ってやることにする・・・・・」

「・・・そう? ありがとう」


 ファントムがアルヴィスの鼻の頭にキスをしながら、お礼の言葉を口にする。
 かなり尊大な口調での承諾だったにも関わらず、とても嬉しそうで満足そうな笑顔だ。

 まあ、アルヴィスの言動でファントムが完全に笑みを消すことなどはまず、あり得ないのだけれど。


「フフ・・・・こうやって。カーテン越しに、良く晴れた青い空を見ながら・・・お布団にくるまってウトウトするのは気持ちがいいよね」


 ゴソゴソと、再び片腕をアルヴィスの頭の下に通してきて。
 ファントムが、アルヴィスに寝やすい体勢を取る――――――・・・どうやら、先ほど提案されたお喋りや映画はお預けで、本気で自分を寝かしつけるつもりらしい。


「出掛けないんだから、ブランチでいい? ・・・それとも、朝ご飯食べられる?」


 アルヴィスが、首を横に振ると。
 ファントムは腕枕をしたまま、もう片方の手で頭を撫でてきて、機嫌良く言う。


「じゃあ、ブランチでいいよね。お昼過ぎに、こっちまで運ばせよう。・・・・それまでは、もう一度寝ちゃおうね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・なんか随分と怠惰で、・・・・駄目な事してる気分なんだけど・・・・」


 豪奢な刺繍の入った、金色を基調とする分厚くたっぷりとした量の布が使われたカーテンが、巨大な1枚ガラスがはめ込まれたベランダの左右できっちりと結ばれ。
 今は繊細なレースで編まれた薄いカーテン越しに、澄んだ青空とガラス一面に広がる見事な薔薇が咲き誇る庭、そして柔らかく室内に差し込んでくる陽の光―――――――――を目にして、アルヴィスは少し戸惑い気味に口を開いた。


 確かに、ファントムがさきほど言ったように。
 春の麗らかな日が差し込む中、惰眠を柔らかなベッドで貪るのは至福の時間だろうとは思う。
 付き合うと言ったのだから、今更またそんなこと言うのはどうかとも思う。

 けれど、まだ明るい昼間から病気でもないのに眠るのはやっぱり、・・・・・気が引ける。

 いや、微熱があるかも知れないのだから、あながち病気じゃないとは言えないのかも知れないが――――――けれど、ちょっと怠い程度だし。
 それに短い午睡ならまだしも今の時間では、まだ朝寝というか単なる二度寝と言った方が近い気がする。

 ・・・・だらだらしていて、とっても自堕落だという感覚がぬぐえない。


「え、・・・いいじゃない怠惰で」


 だが、腕枕をしたまま器用にサイドテーブル上にある電話の子機を取り。
 朝食は要らないから、ブランチを2時少し前までに持ってきて―――――――・・・などと指示をしていたファントムは、軽い口調でそんな言葉を返してきた。


「・・・ていうか、怠惰でもないよ。だって、『怠惰』って『為すべき事をしないで怠けてること』でしょ? ・・・・今日はとくに予定も無いんだしアルヴィス君、微熱あるし・・・寝てたって何ら怠けてることにならないよ」


 まあ僕は、怠惰でも自堕落でも、したいと思ったらするんだけどね・・・・そう付け加えつつ。
 ファントムは、アルヴィスを抱き締めながら眠る、元の位置へと戻って来た。


「・・・・そうだけど・・・」

「まだ休日の午前中なんだし。・・・もう少し惰眠を貪ったって、罰なんて当たらないと思うけどな?」


 浮かない顔のアルヴィスに頬ずりし所構わずキスを繰り返しながら、ファントムは睦言(むつごと)のように耳元へと唇を寄せてくる。


「・・・・こうしてると、アルヴィス君があったかくて柔らかくて気持ちいい。すっごく幸せな気分になれるから――――――・・・僕の幸せの為に、このまま僕に抱かれていて?」

「! ・・・っ、」


 耳朶に流し込まれる低くて優しい・・・・けれど卑猥さを感じさせる囁きが、まるで甘い毒薬のようで。
 アルヴィスは一瞬、びくりと身体を竦ませた。


「・・・っ、俺をお前の抱き枕にするっていうのか・・・・?」


 耳が弱いのを知っていて、そんな不埒(ふらち)な悪戯を仕掛ける恋人を、アルヴィスは声を尖らせて睨んだつもりだった。


「そうだよ、アルヴィス君は僕専用の抱き枕なんだ。・・・だから僕が寝るときは、アルヴィス君だって寝ないとね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 しかし、頬を赤くしたままで動揺したのが丸わかりに潤んだ目では全く、効果が無かったらしい。
 ファントムは悪びれずにアッサリと肯定し、嬉しそうにますます抱きついて、幼子をあやすように頭を撫でてくる。


「・・・・・・・・・・・・・・、」


 抱きつかれたまま為す術もなく、目を閉じて横になっている内に。
 アルヴィスは何だか、色々考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 起きようにも、恋人がしっかりアルヴィスを抱き締めているから、抜け出すことは不可能だし。
 ファントムが言うように、確かにこの状態は温かくて・・・包まれている安心感があって、・・・自分の頬に触れている恋人の柔らかい銀髪から香るシャンプーの匂いが鼻を擽り――――――――とてもイイ気分だ。

 幼い頃にされたように、横になりながら頭まで撫でられ続けるともう・・・・なんとなく条件反射で眠りたくなってしまう。
 これは抗いがたい、強烈な睡眠作用だ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 薄目を開ければ、恋人の端正な顔が間近にあって。
 総レースのカーテン越しには、青く澄んだ空が見える。

 確かに、・・・惰眠を貪るには最適の環境だろう。




 ―――――――・・・眠い。

 ・・・・・ほんとに眠くなってきた・・・・・・・。





 眠気で本格的に霞み始めた意識の中、アルヴィスはアレコレ考えるのを放棄して、・・・・自分からファントムへとくっついた。
 そして本能のままに、自分が一番安らげる場所と体勢を作る。

 アルヴィスは、恋人に顔を擦り寄せて・・・・・・・それから至近距離で笑みを浮かべているファントムを、覚束無(おぼつかな)い様子で見つめた。
 ファントムがそんなアルヴィスに、優しく触れるだけのキスをしてくる。


「おやすみ。・・・・イイ夢を見てねアルヴィス君・・・」

「・・・・・・・・うん・・・」


 睡魔が襲ってきて、何も考えられず。
 ファントムの言葉に、こくっと幼い子供がするような仕草で頷いたのが、アルヴィスが覚えている眠りに落ちる前の最後の記憶だ。

 あとはただ、夢か現(うつつ)か―――――――・・・優しく頭を撫でられる感触と、鼻腔を擽る甘く柔らかな香りと温かく抱き締められる安心感。
 額に感じるスウッとした冷たい心地よさに、アルヴィスはウトウトと眠り続けた。



 時折、意識が覚醒して目を開けたら、必ずファントムが気がついてくれて――――――・・・二言三言、他愛のない会話をした。
 半分寝ぼけて、きっとマトモな話は出来なかっただろうに、ファントムは怪訝な顔ひとつせずにちゃんと言葉を返してくれていた・・・・ような気がする。






 ――――――ファントム・・・・。




 ――――――ここにいるよ。




 ――――――気持ちいー・・・。




 ――――――僕も、アルヴィス君の髪をこうやって撫でるの好きだよ・・・気持ちよくて。




 ――――――うん、・・・こうされるの、好きだ・・・。




 ――――――じゃあずっと撫でてるから・・・・眠ってていいよ・・・




 
 朧(おぼろ)な意識の中、とてもとても優しくて――――――・・・・幸せな感覚だった。

 例えるのなら、あったかくて柔らかで・・・とても落ち着く、まあるい『たまご』の中にいるような。
 外側が堅い殻に覆われて、何者からも脅かされることなく――――――心地よい空間で微睡んでいるような。

 いつまでも、いつまでも・・・・そこにいたいと思うような、気持ちの良さ。


 こんなに気持ちがいいのなら、このままずっと眠っていたいな・・・・・・・・・・・・・漠然と、そう思う。





 感じる思いのまま、自然と湧き上がってくる微笑みを浮かべながら。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは、隣にいる青年へと幸せそうに顔を擦り寄せた――――――――――。



 NEXT 後編

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言い訳。
この後、アルヴィスが起きたあとの話も、まだあるんですが(笑)
あんまりココまでで長いので、容赦なくぶった切ってみました☆
(いえ、ここから後の展開はくだらなさに拍車掛かってますんで全然惜しくも何とも無いんですけど・・・/笑)
ちなみに、伝わらなかったかもですけれど、初っぱなでファントムが映画を取りやめにした理由は、アルヴィスのピークフローメーターの数値が思わしくなかったからです(笑)
アルヴィスに自覚は無かったんですけど、医師としての目で見て、出かけない方が良いと踏んだからなんですよね。
アルヴィス全く、気付かないでファントムのこと散々勝手な男呼ばわりしてましたが・・・・!(爆)

こんな長ったらしい話を最後までお読み頂き、ありがとうございました☆
アルヴィスが起きた後の話は、忘れなければその内にまた載せるかもしれません・・(笑)