『君の隣に−後編−』 ハッキリと目が覚めたら、もうとっくに夕方で。 アルヴィスは自分が朝食どころか、昼食もすっ飛ばしてぐっすり眠り込んでいた事を知り恥ずかしさに居たたまれなくなった。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 あんなに、昼間に寝るのはどうのこうのと反対していたというのに、爆睡してしまったらしい。 慌てて隣をうかがえば。 昼寝というか朝寝を誘ってきた張本人のファントムはもう、とっくに起きていたらしく・・・・・隣で寝転んだまま、横文字で書かれた分厚い本を片手に読んでいた。 面白そうに細められた紫色の瞳が、アルヴィスの方へと向けられる。 「おはよう、アルヴィス君。随分気持ちよさそうに眠ってたよ・・・・調子はどう?」 言いながら、ファントムがアルヴィスの額に手を伸ばし。 スッカリ乾燥し張り付いていた冷却シートを、ぺりっと剥がしてきた。 その剥がした手の指で、首筋に触れてきたファントムのされるがままになりながら―――――――アルヴィスは、自分の身体の調子を顧(かえり)みて・・・素直に答える。 「ああ、・・・うん。もう怠くないかも・・・・」 「・・・熱は下がったみたいだ。・・・・食欲は?」 「・・・・・・・・・へった・・・・・」 「どうぞ召し上がれ」 言われた途端に空腹を覚え、思わず困った顔をしてしまったら。 ファントムがクスリと笑って、アルヴィス側にある大きめなサイドテーブル・・・・ベッドの上で食事が出来る造りになっているものだ・・・・を、手を伸ばし引き寄せてきた。 テーブル上には、トレイに乗って銀色の丸い蓋がされた皿とミニの電気ポット、空のマグカップが置かれている。 蓋を取れば、いろんな種類のサンドイッチが現れた。 「運ばせてから3時間くらい経ってるんだけど。・・・まあ、まだ食べられる筈だから」 そんなことを言いながらファントムがミニポットを手にして、まだ充分に熱い紅茶をカップに注いでくれる。 「早く食べて、一緒にごろごろしようね。アルヴィス君の可愛い寝顔見つめてるのも素敵なんだけど、そろそろ楽しくお喋りしたいし」 「・・・・・・・・確かに俺寝てたけど。お前だって、もう充分ゴロゴロしたんじゃないのか・・・・?」 先ほどまで読んでいた洋書をベッドに放り投げ、その隣に俯せに寝転びながら言ってくるファントムを見つつ。 アルヴィスは少々、呆れた口調で質問した。 ファントムがそうやって、ベッドに寝転んでいると。 何となく、真っ白で毛足の長い猫――――・・・要は金持ちが買っていそうな高級猫だ―――――が、怠惰に高そうなソファに長く伸びて寝そべっている様子にとても似ている。 アンティークゴールドと白を基調としたこの豪奢な寝室で、そうやっている様はとてもとても絵になるというか、ハマってはいるのだが。 アルヴィスが3時間も眠っていたというのなら、・・・・いい加減ごろごろ寝ているのも飽きるだろうに。 「うーん、アルヴィス君抱き締めてのゴロゴロは満喫したけどねー。でもまだ、お喋りしながらイチャイチャしてゴロゴロするのはしてないし〜〜」 だが、アルヴィスの恋人である怠惰なデカイ猫は、全然飽きていなかったらしい。 俯せたまま、上目遣いにアルヴィスへと視線を固定し。 その蠱惑的な光を宿すアメシスト色の瞳を、嬉しそうに細めた。 ―――――――何だかとっても、何かを企んでいそうな、ワクワクぶりだ。 「・・・話すのはいいけど、イチャイチャはしないからな!」 「えぇー? それ、楽しさ半減じゃないか! 反対! それ絶対反対だよ!!? アルヴィス君たら照れ屋さんなんだから〜〜〜」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 恋人の破天荒な思いつきに、散々振り回されているアルヴィスが危険を察知して念を押せば。 ファントムは、小さな子供のように駄々をこねてきた。 これで自分より4歳も年上だなんて、詐欺だとアルヴィスは時折思う。 知識や頭の回転は悪魔みたいに良いくせに、この幼なじみは時々だが、酷く子供っぽい。 「照れてるんじゃなくて呆れてるんだ! ・・・・・頼むから、静かに食べさせてくれ・・・・」 「あー、そんな可愛くないこと言うなら僕だって食べたいモノ食べちゃうよ?」 「食べればいいだろ、勝手に!」 もう構っていられない、とアルヴィスは会話を切り上げ、サンドイッチをパクついた。 くだらない話が続いたせいで紅茶が冷め、すっかり飲みやすくなり猫舌のアルヴィスに丁度良くなっている。 せっかく美味しい食事があるのだから、アルヴィスとしてはそれに専念したいのだ。 「じゃあ遠慮無く・・・・」 けれども、ファントムのその一言と共に、アルヴィスの食事は中断する羽目となった。 「!!? ・・・っ、なんで俺を押し倒す!!? 食べるのはサンドイッチだろうがーーーー!!!」 「えぇー・・僕が食べるのはアルヴィス君だよ! さっきアルヴィス君だって期待してたんだし・・・やっぱりソコは彼氏として応えないとねぇvv」 アルヴィスは思わず、至近距離にある顔をサンドイッチを持ったままの手で押しのけようとしたが、抱きついてきた男はくっついて離れない。 ――――――しかも、サラッと眠る前にアルヴィスが勘違いした内容を指摘してくる。 どうやら、先ほど赤面したのが熱とは別物であることを、ファントムはちゃんと分かっていたようだ。 「!!? ・・・っ、おま・・っ、・・・気付いて・・・・、・・・・・」 動揺で舌が絡まり、上手く言葉が紡げないアルヴィスに。 組み敷く体勢でそれを見下ろしている男は、その玲瓏(れいろう)とした美貌にとても楽しそうな笑みを浮かべた。 魂が奪われそうな錯覚を伴う、キレイなキレイな微笑み。 けれど、危険な闇の香り漂う――――――・・・悪魔の微笑だ。 「フフ・・・この僕が気付かない筈は無いでしょ・・?」 「違うっ、・・・違う今は思ってないしっ、・・・・駄目だ駄目だーーーー!!」 うっかり『今は、』と限定して、ファントムが思っていた通りなのだと白状しつつ。 アルヴィスは懸命に首を横に振り、自由になろうと藻掻いた。 そんなアルヴィスを押し倒したままで、ファントムが笑みを苦笑に変えつつ口元へと手を伸ばしてくる。 そして完全に、大きな手の平でアルヴィスの口を覆ってしまった。 「・・・ああもう、叫ばないの。興奮したら肺に負担掛かっちゃう、・・・ほらいい子。大人しくして・・・・?」 確かに、大きな声で騒いだりするのは喘息持ちのアルヴィスには良く無い・・・・のだが。 「誰のせいだーーー・・・もがっ、・・んーーんんーーーー!!!」 その原因となったのは、間違いなく今、医者面(づら)で自分の口を押さえている男である。 納得できないアルヴィスは、口を塞がれつつも抗議を続けた。 ここで大人しくしたら、それこそ食事代わりに食べられるのは自分だろう。 そう思えば、もう必死だ。 「・・・・・冗談だよ、えっちなんてしないから。叫ぶのやめようね・・・よしよし」 「んーーんんっ、んーーーーー!!!」 だがそう言いつつ、自分の上からファントムが退かないのは何故だろう。 絶対、アヤシイ。 なんせ、舌先三寸にアルヴィスを言いくるめることなど、この年上の幼なじみには造作もないことなのだろうから。 見た目はそれこそ、天使みたいにキレイで優しそうで、話す声まで甘くって・・・・・この世界の善なるモノ全てをかき集めて作られたかのような外見なのに。 中身はとっても腹黒・・・とまでは行かないかもしれないが、それなりに企(たくら)み系なお兄さんであることを、アルヴィスは知っている。 今も、少し困った風にこちらを見て。 キレイな顔に苦笑を浮かべているその様は、とてもとても―――――アルヴィスの良心を痛ませ、言うこと聞かないと!・・・なんて心境になり掛けそうになる、威力なのだが。 ここで絆されると、アルヴィス的に負けだろう。 きっとサンドイッチを食べて油断している間に、自分がファントムに食べられる。 「ほらアルヴィス君、サンドイッチ残ってるよ? 食べないと。ねっ?」 「んっんー、んーんっ、んんんんんん、んうーーーーっ、!!!(だったら、早く、口から手を離せーーー!!!)」 先に仕掛けてきたのはファントムの筈なのに、しれっとそんなことを勧めてくる恋人が憎たらしい。 「あはは、ごめんごめん。ほら、手を離したから・・・どうぞ召し上がれ?」 「身体ごと退けよ!」 「はい、どーぞ? このままでも食べられるじゃない、・・・多少お行儀悪いけど」 「やだ。・・・退けと、言ってる・・・!!」 退けと言っているのに、ファントムは一向に身体を起こす気配は無く。 更にはこの体勢のままで食べればとばかりに、サンドイッチを鼻先にちらつかされ。 アルヴィスは眉間に、深いシワを作った。 「だってアルヴィス君、抱き心地イイんだもんvv」 挙げ句にそんな戯言(たわごと)を口走って、ますます抱きついてくる始末だ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・、」 アルヴィスは元より吊り上がり気味の瞳を更に吊り上げ、その希有な色合いを持つ青い両眼に好戦的な光を燃え上がらせた。 元から、アルヴィスの気は決して長い方では無い。 どちらかと言えば口より先に手が出てしまう性格だし、まして相手のファントムが言うだけで引き下がるような可愛い性格じゃないから、尚更である。 「・・・いいから放せっ、・・・!!」 となればもう、実力行使だ。 力で敵わなくても、引っ掻くか噛み付くか、隙を突いて膝蹴りするか――――――・・・多分避けられるに決まっているが、当たるようなら殴ったって!! ・・・・そんな剣呑な事まで考えながら、アルヴィスは自分の上にいる男を押しのけようと、躍起になる。 だが、そんなのはとっくにお見通しらしかった年上の幼なじみは、手にしていたサンドイッチを自分の口に咥え。 器用に顔を逸らして殴りかかるアルヴィスの拳を躱し、どうやったのか素早くアルヴィスの両手首を捉えて左右に押さえ付けてしまった。 あっという間に、典型的な襲われ体勢の出来上がりである。 「・・・は、・・・放せよっ!」 こうなればもう、情けないがアルヴィスには、のし掛かっている幼なじみを睨み付け・・・・叫ぶことしか出来なかった。 反抗する手立てが封じられた以上は、まな板の鯉として大人しくするのが潔(いさぎよ)いとアルヴィスも思う。 けれど全く敵わない辺りが悔しすぎて、―――――――そこら辺は往生際が悪いと分かりつつ、反抗心が抑えられない。 「放せって!! ・・・重いっ! 放せよっ・・・・!!」 だが、ファントムは余裕の表情でアルヴィスの顔を見下ろすだけだった。 サンドイッチを咥えてるから喋らないのは分かるが、アルヴィスが渾身の力ではね除けようとしているのに、全くそれを意に介さず笑みを浮かべているのが腹立たしい。 「重くないでしょ? 僕、アルヴィス君に体重掛けてないもん」 逃げられないように押さえてるだけだよ、と手首の拘束を外しつつ。 それでいて器用に、両肘(ひじ)をベッドに付いてアルヴィスの手を封じたまま―――――――ファントムはサンドイッチ片手に、のんびりと言ってくる。 「はい、もう観念して・・・サンドイッチ食べて早く僕とイチャイチャゴロゴロしよう?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そう言われたって、アルヴィスとしては素直に頷ける筈が無かった。 「しない。・・・いいから早く退けよっ!! イチャイチャなんて恥ずかしいことするもんかーーー!!」 真っ赤になり興奮気味に叫んで、無理と分かっていつつも自分の上に乗っている男を押しのけようと藻掻く。 その仕草は、本人は関知していないがじゃれついてる子猫そのもので、端から見れば酷く愛らしいものだった。 相手をしているファントムが苦笑しながらアルヴィスの攻撃?をいなし、アルヴィスの表情が真剣そのものだから、余計にそんな印象を受ける。 飼い主にじゃれ、段々本気になって飛びかかってくる子猫にそっくりなのだ・・・・・・・・アルヴィス本人は全く、気付いていないのだけれど。 そして、そういった2人の状況こそ、まさにイチャイチャゴロゴロ。 ・・・・・・・・端から見れば充分に仲睦まじいバカップルと称されるだろう様子である事には、全く気がついていないアルヴィスなのだった――――――――――。 +++++++++++++++++++++ 言い訳。 なんか、ものっそい長い話になっちゃいましたね!(爆) これで、全部です(笑) 単にベッドの上で、ファンアルな2人がイチャイチャごろごろするだけの話の筈が・・・・何故こんな事態に!!(爆笑) ま、・・・いつものことですn(遠い目) 終わりを決めないままに書き出すと、こんな訳の分からない話になるという反面教師的な素敵見本となりました(泣笑) 前半は、それだけで終わらせようと足掻いたので何とか形になっていますが。 こっちの後半は途中でぶった切って、そのまんま繕ってないのでメタメタな出来ですね>< |