『−天上の花−前編』










 

 雨に濡れる、寺の境内。
 大人達に手を引かれ、連れて行かれた場所には・・・・夥しい数の赤い花が咲いていた。

 日の陰った、薄暗い墓地で。
 真っ直ぐに伸びた緑の茎と、その上にぽっかり咲いた真っ赤な花々が―――――――・・・酷く不気味で、目に焼き付いてしまった事を覚えている。

 地獄で燃えている、炎みたいな花だと思った。
 見るからに刺々しくて、少しも優しさのない・・・・触れれば痛みが走るのじゃないかと思うような・・・不安を煽る花。
 手を伸ばせば触れた箇所から、その鮮やかに毒々しい色と同じ・・・・血が吹き出すのでは無いかとさえ錯覚した。


 暗い空、雨、墓地、・・・・沢山の赤い花。


 思えばそれが、アルヴィスの『記憶』の始まりだったのだ――――――――――。












「ただいま」


 リビングのソファで、飼い猫よろしくに背を丸めて。
 クッションを抱き締めながら俯せて本を読んでいたアルヴィスに、機嫌の良さそうな声が掛かる。


「・・・おか、」


 少々眠気を催し始めていたアルヴィスは、億劫そうに声がしたドアの方へと視線だけを向け。
 『おかえり』、と声を掛けようとして。


「・・・・・・・・!?」


 視界に飛び込んできた光景に、驚きの目を見張った。


「・・・・・・・・・・・・」


 思わず、そのままの体勢で固まり、その対象を凝視してしまう。


「ん、どうしたのアルヴィス君?」


 視線の先の人物はアルヴィスの様子に軽く首を傾げただけで、つかつかと此方へ寄ってきた。

 プラチナで作られた細い糸のような、サラサラとした銀色の髪。
 豪奢な照明に照らされた、白皙(はくせき)の美貌と蠱惑的なアメシスト色の瞳。
 頭身が高く、均整の取れた細身の優美な姿は・・・・・・・・アルヴィスが、普段から見慣れている『ファントム』のものである。

 しかし、だ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 近寄ってきた美青年は、黒ずくめの格好をしていた。

 いかにも質の良さそうなベルベットのジャケットも、光沢のあるラインが入った側章(そくしょう)パンツも・・・・ネクタイも首に掛けられたお揃いのベルベット素材のストールも。
 果てはベルトも靴も、薄いグレーのストライプが入ったシャツ以外、全てが漆黒なのである。

 似合わない訳では、無い。
 むしろ銀髪と白い肌を持つファントムに、その色合いはいっそ不吉なほど良く似合っていた。

 そして、・・・・・・・・・・。

 此方こそが、アルヴィスの驚きの元凶であったのだが―――――――彼は、目にも鮮やかな花を片腕一杯に抱いていた。


 赤、朱、紅、緋、赫、あか、・・・・・・・真っ赤な、・・・・雪に落ちた鮮血の色としか形容が出来ないような、毒々しい色の花。
 光沢のある絹糸でリボンを造り、真っ赤な血で染め上げて花の形に編み上げたなら。
 ・・・・黄泉の国で燃えさかる炎のような、・・・あの花が出来上がるに違いない・・・そんな不気味な想像をしてしまう花だ。


 彼岸花(ヒガンバナ)。
 幼い頃は、ただ怖い花だと思ったアルヴィスも、今なら名前を知っている。

 良く、墓地に咲いている花だ。
 死人花(シビトバナ)、もしくは曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれているらしいが――――――・・・墓場に咲く花だから、彼岸花と呼ぶのが相応しいだろうとアルヴィスは思う。
 死人花だと不吉過ぎて怖いし、・・・曼珠沙華だと仏教的な印象が強くて・・・神々しい気がしてくるから、アルヴィスが抱くイメージと合わない。

 本当に不気味なのだ・・・・・真っ直ぐ伸びた緑の茎の上で、ポッカリと咲く大きな赤い花。
 緑と緋色のコントラストが鮮やか過ぎて、何処か見ている者の不安を煽る。
 放射状に伸びた、数本の長い花弁が鋭利なトゲか触手のようで・・・・・気味が悪い。
 真っ赤な、蜘蛛(くも)のような。
 幼い頃からの、そんな不吉なイメージが、アルヴィスはどうしても拭えなかった。



 喪服のように、黒ずくめの服装で彼岸花の花束を抱える。
 ・・・・それは、色合い的にも意味合い的にも、とても似合いな組み合わせと言えるだろうけれど。





 だが、――――――酷く悪趣味だ!





「・・・・・・・・・・それ、彼岸花だろ? なんでそんなの持ってきたんだ・・・・??」


 至近距離にある、目を刺すような毒々しい赤色に顔をしかめながら、アルヴィスは疑問を口にした。


「ん?」


 けれど、毒々しい花を腕いっぱいに抱えた本人は、アルヴィスの気も知らぬげに笑顔を返してくる。


「今が見頃でしょ。・・・部屋に生けたら、素敵かなと思ってね。 ほらほら、イイ色でしょう・・・?」


 そう言って、包装も何もされていない剥き出しになったままの茎を抱いた格好で、アルヴィスに花を近づけてきた。


「!?? ・・・・なっ、・・・」


 アルヴィスは慌てて、ソファから身を起こし花から遠ざかる。


「何する!? そんな不気味なモン、俺に近づけるな・・・・・!!!」

「・・・・・・」


 アルヴィスの反応に、ファントムは不思議そうな表情を浮かべた。


「不気味? なぜ?」

「不気味だろ!! だって、彼岸花だぞ!??」

「・・・・だから、・・・なんで・・・??」

「悪趣味だろうが!! ・・・・彼岸花なんて、普通、家で飾ったりなんか・・・・」

「え、・・・飾るよ?」


 ニンニクを突き付けられた、吸血鬼のように。
 自分が抱えた花から、身を捩って逃れようとするアルヴィスを掴まえながら。

 ファントムは、さも当然といった顔で言葉を続ける。


「リコリスは、色がキレイだから良く飾られる花じゃないか。まあ、ピンクとかが多いけど、ボクはこの赤が好きだなー・・・」

「・・・・・・・」

「だって、キレイでしょう? こんなに鮮やかな緋色で。見ていて、ワクワクする色でしょう・・・・?」


 喪に服したかのような、漆黒の服。
 その腕に抱かれた、沢山の死人花。


「・・・・・・・・・・・・・」


 鮮やかな血色の花が、ファントムの銀髪と白い肌に映え、それは息を呑むような美しさだった。
 キレイなアーモンド型の瞳にも花の色が映り込み、血に染まった紅玉(ルビー)のような色合いを見せている。


 ・・・・・まるで、銀髪の悪魔が。
 生け贄を抱き締め、その血を啜っているかのような。

 微笑んだ口の端には、啜ったばかりの血が付着した牙があるような。


 ―――――――そんな錯覚を見たような気がして。


 アルヴィスは怯えの含んだ瞳で、目の前の人物を見上げた・・・・・・・・。

 



 NEXT 後編

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言い訳。
明日に続きます(笑)
彼岸花って、日本人には不気味な印象が多い花ですが。
海外では観賞用で人気があったりします。
ほら、『君ため』設定だとトム様は帰国子女だから不気味なイメージ持ってないんですよね☆
そこら辺と、トム様が彼岸花抱えてる構図が書きたかっただけだったりします(笑)
ホントは絵で描きたいとこなんですけどね・・・描けないので!(笑)