『Halloween&Birthday−side光−焔編3』





※『君ため』の番外編です。







 

 ―――――――ホストクラブ『club−ARK(アーク)−』のフロア内にある、大きな壁掛けのアンティーク時計が『9』の数字を指し示す頃。
 店に、2人の男が訪れた。


「いらっしゃいませ、『club−ARK(アーク)−』へようこそ! ・・・ですがお客様、・・・・・っ?!」


 本日は、お入りになることは出来ません。
 入り口付近に控えていた店のスタッフが、頭を下げながらそう口にしようとして――――――――そのまま、押し黙った。

 青白い月明かりに照らされた水晶のような、銀糸の髪した青年の。
 蠱惑的な紫の瞳と、眼が合ってしまったからである。


「・・あ・・・・・・・、」


 良く光る、美しいアーモンド型をした双眸がスタッフをじっと見据えていて・・・・・目が離せない。

 高い鼻梁も、血の色がさぞかし似合いそうだと連想してしまう形良い唇も、彼の顔立ちを縁取る優雅な輪郭も。
 何もかもがとんでもなく美しく、彼の姿全てを眺めたいと願うのに――――――・・・アメシスト色の瞳から、目が逸らせなかった。

 不意に、目の前の薄い唇が動き、唐突に言葉を発する。


「ねえ、・・・アルヴィス君知らない?」

「・・・・・・・・え、」


 一瞬、その唇の動きの艶めかしさに気を取られ、スタッフは言葉が継げなかった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ネエ、・・・アルヴィスクンシラナイ?

 甘くてウットリするような声音だが、青年の顔に陶然としていたせいで、頭が言葉の意味を把握出来ずにいた。


「・・・・・・・・・え・・と、・・・」

「・・・そう。知らないならいいや」


 見つめていた視線を外し、青年は興味が失せたかのようにスタッフの前を通り過ぎようとする。
 連れらしい男も、黙ってその後ろに続く。


「・・・・・・・・・・・・・・あ、」


 その時になって、ようやくスタッフは彼らの服装に気がついた。

 サスペンダー付きの吊りズボンに、リボンタイをするときのようなドレスシャツ、そしてタキシードなんかを着た時に腰に巻く、あの布製ベルトのようなモノ。
 そんな洒落た高級そうな格好で、この店に訪れる客は早々居ない・・・というより、見たことが無い。

 一体、何者なのだろう?

 スタッフの胸中に、そんな疑念が広がった。
 だがとにかく確実に言える事は、このまま黙ってフロア内へ入れてしまえば、オーナーのアトモスにこっぴどく叱責されるという事である。


「お客様・・・・っ!!」


 我に返り。
 金縛りが解けたスタッフは、慌てて男達を引き留めに掛かった。


「・・・・・本日は、生憎(あいにく)と招待客専用となっておりまして・・・!!」


 今日は、10月最後の日。
 『ハロウィン』ということで、店の常連客達への感謝を込めてのパーティーを開いている真っ最中なのだ。
 その為、招待状を持たない者は通すわけにはいかない。

 顔見知りならば顔パスでも可能だが、青年と称すべきだろう顔立ちの男と、連れである年齢不詳の男はスタッフが知らない人間だ。

 絶対に知らない顔だと、確信を持って言える。
 ―――――――こんなに見目が良くて顔立ちが整った青年と、血色が悪く得体の知れぬ不気味さを感じさせる男ならば、忘れる筈がない。


「関係無いよ。邪魔だからそこ避けて?」

「ですからお客様・・・・・!!」

「・・・・・・・・うるさい、下がれ」


 だが、スタッフが入店お断りの言葉を発したにも関わらず、青年と男は足を止めなかった。
 ならば力尽くでもと、スタッフは彼らの前に立ちはだかろうとする。

 彼は、腕に自信があった。
 その腕を買われているからこその、門番役である。
 そこらのボクシング崩れくらいの人間であれば、軽くいなせるだけの自信があった。

 相手は複数だが、それくらい何ほどの事でもない。
 2人とも、身長はあるがかなり細身で、ウエイト的にも負ける気はしなかった。


 しかし。


 ゴシャッ。


 前に回り込もうと、青年の脇をすり抜けようとしたスタッフの顔面に何かが飛び込んできた――――――と、思った瞬間。
 顔付近から発する鈍い音と重い衝撃が、顔面部分同時に走り・・・・・・・・・気がついた時には、目の至近距離にフロアの床があった。


「・・・ぐ、があぁぁーーーーッッ!!!? ・・・・ヒイッ・・ひっ、・・・・・」


 痛みの余り、咆吼(ほうこう)を上げる。

 目の前がチカチカと点滅して、よく見えない。

 顔の前面全てにビリリとした激痛が走り、鼻と言わず額と言わず余すところ無く全部が熱くて痛くて、何かが溢れて喉を塞ぎ、呼吸が上手く出来なかった。
 手も顔も、何もかもがヌルヌルと熱い液体にまみれ、苦痛の中でスタッフの男は藻掻いて呻くことしか出来ない。

 何が起こったのか、さっぱり把握出来なかった。
 その彼の後頭部を、更なる重い衝撃が襲う。


「・・・・・ぎゃっ!?」

「汚いなあ。・・・・君の鼻血で、靴が汚れちゃったよ?」


 踏まれたカエルのような声を上げて、そのまま床に突っ伏した男を見下ろし。
 銀髪の青年―――――・・・ファントムは、冷たい声を出した。


「今日は僕、機嫌悪いんだ。・・・・今度邪魔したら鼻骨だけじゃなくて、ほお骨とかも砕くからね」


 踏みつけたままにしていた、男の服で靴先を拭いながらそう言い放つ。
 ファントムが、前に出て立ちはだかろうとしたスタッフの顔面を裏拳で殴りつけたのだ。


「・・・・・・・・・・・ぅ・・う・・」


 スタッフの男は、そのまま悶絶してしまったのか言葉も無い。
 ファントムはそれに構う事無く、男を踏みつけてフロア内へと足を向けた。


「・・・・・・・・・・・・・顔が売りのホストならば、速やかに治療を受けることだ。形成は難しいかも知れんが、そのまま潰れ鼻になるよりはマシだろう」


 抑揚のない声で、そう言い置いて。
 付き従っていたペタも、その後に続く。

 ずっと彼の傍で仕えているペタにとって、これくらいのことなどは日常茶飯事である。







「ねえ、この店のオーナーは、・・・・どれ?」


 だから、我慢の足りないファントムが、傍らを通ろうとしたスタッフの首をひっ掴まえて。


「早く言わないと、このまま君の首を握りつぶしちゃうよ・・・・・?」


 などと言いながら、首を本当にギリギリと締め上げていても。

 締め上げられたスタッフが苦しげに、それでも必死にある方向を指さして答えた途端に、壁に向かって放り投げたとしても。
 放り投げられた男が、壁にぶつかり赤い絵を描きながら崩れ落ちていったとしても・・・・・。









「・・・・・・・そこの、オマエ」


 ―――――――夥しい数のグラスやフルーツなどが並べられたガラステーブルの上に、それらに頓着する事無く、行儀悪く片足を乗せ。


「僕のアルヴィスは、どこ?」


 ガシャガシャとそれらが落ちて割れる音、客達の驚きの悲鳴をが木霊す中で。
 テーブルを挟んで目の前に座っている、長い金の髪をした男にファントムが詰め寄って見せたとしても――――――――――ペタは、少しも驚きはしない。

 全ては、ファントムの望むように。
 世界は、彼の意のままにこそ、動くのだから。



「知らない筈・・・無いよね? ここの責任者、・・・なんだから」


 驚きに顔を強張らせる男を見据えたまま、ファントムは静かに言葉を紡ぐ。


「青みがかった黒髪に、素晴らしくキレイな青い目の・・・・お人形さんみたいに可愛い子。・・・・・知ってるでしょう?」

「・・・・・・・・・お前は誰だ・・・・? 警察を呼ぶぞ」


 金髪の男は、質問には答えず掠れた声でそう口にした。

 突如現れたファントム達に内心かなり驚いているだろうが、それを見せないのは中々肝が据わっている。
 だがそれは、ファントムにとっては全く無意味な事だ。

 案の定、ファントム目に剣呑な光が宿る。
 機嫌を更に損ねた―――――――苛烈な行為に出る、前兆だ。

 ファントムは警察など、少しも怖がってはいない。
 彼が逮捕などされる筈はあり得ないし、何か証拠が挙がっていたとしても多々のコネを駆使してペタがもみ消すだけである。

 ファントムに聞かれたことを、素直に答えないのは―――――――・・・・より、手酷い羽目に陥ることになるだけなのだ。


「聞いてるのは、僕の方だよ。・・・・ねえ、アルヴィスはどこ?」

「・・・・・・・知らん」


 僅かに間があった事が、真実ではないと告げている。
 実際、アルヴィスの携帯電話に仕掛けてあるGPSが、ここの所在地を指し示しているのだから、嘘なのは明白だ。


「そう、・・・・知らないんだ。じゃあ・・・・ニューロン(神経細胞)が、信号伝達異常を起こしちゃってるみたいだから、」


 それを承知しているファントムが、ニッコリ笑ってまだテーブルの上に残っていたシャンパンの瓶を手で掴みあげる。
 ・・・・・機嫌が本当に良く無い時の、彼の顔で。


「――――――・・・僕が、思い出すの手伝ってあげようかな」


 そして、テーブルに瓶を叩き付け。
 パンッと何か硬いモノが張り詰め、弾けた時のような音を立てたそれを・・・・・・・・・・目の前の男へと突き付けた。

 もちろん、割れて尖った切っ先を向けて、である。


「ね。・・・これなら思い出す気になったでしょ? それとも直接、コレ脳に突き刺して刺激してあげようか」

「・・・・・・・・っ、・・・!!?」

「あーでも、それじゃあ喋れなくなっちゃうね。・・・なら、口だけは勘弁して・・・・鼻とか耳とか抉っちゃおうか?」

「ま、・・・・ま、待て!」


 さしもの男も、それには色を無くして狼狽えた表情を垣間見せた。
 それなりに整っているように見えた顔も、恐怖に醜く引き歪んでいる。

 フロアはもう、鏡を打ったか湖かのような静けさだ。
 客も従業員の目も、ファントム達に釘付けになり、誰もが微動だにしなかった。

 一声でも立てれば、オーナーに向けられている殺意が自分に向けられるのではと、怯えているのかも知れない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 この分ならば、警察を呼ばれての面倒事も気にしなくて良いかも知れん―――――――ファントムの行動を見守りながら、ペタはそう考えた。

 この店に起こった事、これから起こるであろう事・・・それらに箝口令(かんこうれい)を敷くのは勿論だが、出来るだけ憂いは無くしておきたい。
 ガロンは此方の実情を理解しており、彼が事態回収に乗り出す事だろう事は必至だから、ペタはさして手間暇を割く必要は無さそうであるが。

 機嫌を損ねているファントムが、何をしでかすかは計り知れない・・・・手は打てるだけ、打っておいた方が得策である。


「ふふっ、・・・目も要らないねえ? 口だけ利ければいいんだから」

「ま、・・待て、待てと言ってる・・・・!!」

「僕に命令するの? 言い方、間違ってるよ」

「うあっ、・・・・・・・・!!?」


 言いながら、ファントムが店のオーナーである男へと手を伸ばし。
 そのまま躊躇無く、がしっと頭頂部の金髪を鷲掴みにしてテーブルの方へと引き上げた。

 ファントムの表情だけを見ていれば、子供が多少気に入らない玩具を弄び、わざと壊す遊びをしているようにも見える様子だが―――――――その玩具は、生きた人間である。


「オーナーーーーーっっ!!!?」


 これには流石に堪りかねたのか、周りを取り囲んでいたスタッフ達が思わずといった様子で止めに入ろうとしてきた。


「来るな」


 短く、そう言い置いて。
 
 ファントムは金髪を掴んだまま、その面々に見せつけるように男の身体を少しだけ突き付け。
 割れた瓶で、男の顔を撫でた。


「鬱陶しいから、来ないでくれる? 僕は今、コレと大事な話し中なんだから」

「!!?」

「人間を解体するの、ナマで見たくないでしょ? 皮膚はぎ取って表情筋切り取って・・・楽しいけど、そういうの君たち嫌いだよね?」


 言いながらファントムが瓶でピタピタと、コレ呼ばわりした、オーナーである男のスッカリ血の気が失せた顔を叩く。
 時折、瓶の切っ先が頬肉を割いて、男の顔に爆ぜた様な傷を作り・・・・その都度、髪を鷲掴みにされ動くことも敵わぬ男は小さく悲鳴を上げた。


「言うこと聞かないと、コレも君たちも、・・・・・・バラバラにして殺すよ」


 身を震わせながら藻掻く男を、髪の毛のみで持ち上げるようにしながら。
 ファントムは、周囲の人間達へ目を向ける。

 完璧なほど整っている顔立ちゆえに、視線を和らげずに微笑む姿は、まるで悪魔のそれのように冷たく声音も毒液の如くに聴覚を麻痺させる。
 しかし、彼を見つめる者達は――――――恐怖と、その美しさゆえに目と耳と心を奪われ、逆らう気力を失ってしまうのだ。


「あと1度しか言わない・・・・・そのまま黙って、動くな。息さえも止めてしまうほど、静かにしていて」

「―――――――・・・・!!?」


 全員、例外なくその場で凍り付く羽目になる。
 彼の視線と、言葉に縛られて自由を奪われてしまうのだ。

 沈黙を守る羽目となったギャラリーは、そのままに。
 ファントムは、持ち上げている男へと視線を戻した。

 そして、少しだけ愉悦の笑みを浮かべ口を開く。


「さて。ニューロン刺激してあげなくちゃ・・・・」


 言いながら、ファントムは男の目の付近へと割れて尖った瓶先を突き付けた。


「・・・・・どこから刺そうかなァ・・・眼球とか柔らかそうで、タマゴに付き刺すみたいで感触が楽しいよねえ?」

「!!?」


 言った瞬間、男の身体がびくっと激しく跳ねる。
 恐怖が、身体の硬直を解いたのだ。


「まっ、・・・・待ってくれ・・・!!」

「ん・・・?」

「・・・待って、下さいっ!!・・・・言う、言うから・・・・・!!!」


 男が悲鳴のように叫んだ途端、その身体はテーブル向こうのソファへと叩き付けられた。


「早く言え。アルヴィスはどこ・・・・?」

「・・・・・・・・・・・地下の、・・・・・」

「ふぅん・・・嘘だったら、殺すからね?」

「ほ・・・本当だ、彼は・・・・」


 呻くように、男が言葉を口にし終えるのと。
 その男の身体をまたぐように、ソファごと飛び越してフロア奥へとファントムが駆け出すのは殆ど同時である。

 ファントムの行動は予測済みのペタにも、この早さには追いつけない。


「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・このままで、済むと思うなよ・・・!」


 仕方なく。
 ファントムの後を追って溜息つきつき歩き出したペタの背に、恨みがましい声が掛かった。

 ファントムが居なくなり、ようやく恐怖が薄れてきたらしいオーナーの、精一杯の罵声である。


「・・・・・・・・・・・・、」


 ペタは、物憂げな目で睨み付けて来る男を見た。
 緩くウエーブの掛かった、繊細な印象の長い金髪と、若葉色した切れ長の瞳が特徴的な男だ。

 これだけ顔立ちが整っていれば、そこそこ、この程度の店ならば客の心を掴んでやっていけるだろう。
 ファントム相手に、泣き叫ばなかっただけでも大したタマ(肝)といえば、タマである。


 ――――――・・・・だが、魔王の逆鱗に触れた以上、全て潰(つい)えた。



「いいか、ウチの店はパタータ様にご贔屓(ひいき)頂いている! パタータ様は、さる組織の片腕なのだ、お前らなど赤子の手を捻るより簡単に、・・・」

「パタータ・・? 知らんな」

「っ! ・・・・お前らは知らないだろうが、パタータ様は裏社会に通じた方だ!! お前らなど存在すら残らぬくらい、メチャメチャにしてやれるんだぞ!!?」


 啖呵を切りながらも、スタッフに支えられてる辺りが哀れだった。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 ペタはもう、構わずに足を進める。
 どのみち、あの男にはファントムからの制裁が待っているのだ。

 ―――――――あえて、貧相な鼻っ柱をくじいてやる事もあるまい。

 そのペタに、懲りずに男の声が掛かる。


「パタータ様は、お前らが探しに来た『アルヴィス』を気に入られている・・・・早々、あの方が手放すとは思えないなァ!?? ヒャハハハアざまぁみろ!!」

「・・・・・・・・お前は、ファントムに嘘を?」


 ぴたりと、ペタの足が止まった。
 それをどう思ったのか、男はますます耳障りな笑い声を立てる。


「当たり前だろう!? 誰がパタータ様の居場所を教えるものか!! わたしは時間さえ稼げれば良かったんだよ・・・・!!!」


 言いながらパチンと手を鳴らし、男は更に笑った。


「出てこいよお前達!??」


 合図と共に、何処から入ってきたのか。
 黒服姿の、いかにもソレ系と分かる集団がばらばらと男の傍へ寄る。

 その前に立ち、男は声高々に叫んだ。


「お前達のご主人様、パタータ様に刃向かう命知らずな奴らが居るぞ、片付けてしまえ・・・・・っ!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 命令と同時に、どっと押し寄せてきたボディガード達を見据え。
 ペタは、その土気色した顔に珍しく、笑みを乗せた。


「・・・・愚かな。命だけは、救われる道があったかも知れぬものを」



 ―――――――全ては、もう遅い。



「もう終わりだな・・・・・アトモス」


 ボソボソと、そう声にならないくらいの声で呟いて。

 ペタは、仲間内で死神の微笑と噂される、不吉な笑みを浮かべたまま―――・・・そっと。
 懐より死を呼ぶ道具を取り出し、前方へと翳して見せたのだった・・・・・。












 NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編4

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・・・何とか、ファントムは出せました!(笑)
しかし、トム様の単なる暴力沙汰描写っていうか・・・・『トム様暴れる!の巻』にしかなってませんね(爆)
次回こそ、終われる・・・かなあ?(殴)
きっと恐らく、あと数回続くと思われますが、皆様に呆れられませんように・・・!><(祈)