『Halloween&Birthday−side光−焔編2』





※『君ため』の番外編です。







 






 ――――――――自発的に行くとは、考えられない場所だし。
 そうかといって、こんな店に彼が誰かと誘い合わせて行くのも不自然。



「・・・・・・・・・・という事は、何らかのアクシデントに巻き込まれている・・・と思うのが妥当だよね」


 車の後部座席で、自分の携帯電話と膝に載せたノート型パソコンの画面を交互に見つつ。
 銀髪の青年がそう言って、溜息を付いた。


「・・・・・・・・・・・」


 運転席に座ったペタは無言のまま、運転を続けている。

 ファントムが、自分に意見を求めたわけではないと知っているからだ。
 彼はいつだって、自分のしたい様に――――――やりたい様にしか、動かないしする気もない。
 何故なら、ファントムの思考は他者より全てにおいて、崇高であり次元すら違う高みにある。
 それ故に、他者の言葉になど耳を傾ける必要がないからだ。

 ペタはただ黙って、ファントムが命じた通りにアルヴィスが居ると思われる場所へ、車を走らせれば良いのである。


「・・・・・『club−ARK(アーク)−』、・・・かあ」


 長い前髪の隙間からアメシスト色の両眼を覗かせたファントムが、低い声で呟いた。


「ねえペタ。誰が経営してたかはどうでもイイけど・・・・確かここら辺は、ガロンが管理していたよね・・・?」

「はい」


 ファントムの質問を受け、ペタが正面を見据えたまま短く答える。

 ガロンとは、今向かっているK町界隈のビルやテナントの多くを所有し、表側からも裏側からも支配している男の名だ。
 表向きは単なるやり手の実業家だが、裏では非合法な取引や商売で甘い汁を吸っている、闇社会での幹部的存在である。
 年齢ではファントムの遙か上で、ペタよりも年上の男だが。
 力のヒエラルキー(階層)的にはずっと下に座しており、ファントムとガロンでは魔王と下級悪魔ほどの隔たりがあった。

 裏社会にどっぷり浸かっている人間の割には、狡猾な部分が殆ど無く。
 ファントムによって、1度屈服させられてしまった後は、愚直なほどの忠義を誓っている男だ。
 ペタにとっても従順で、扱いやすいタイプである。


「そう」

「あの店付近でしたら、間違いなくガロンの管轄内かと」


 ガロンという男の、禿頭と顔面を余すところ無く入れ墨した厳つい風貌を思い浮かべつつ、ペタは頷いた。


「・・・・・・ガロンは、良い子だからねえ。僕も随分と期待してたんだけれど・・・・・」


 ルームミラー越しに見える、ファントムの両眼が酷薄そうな光を帯びる。

 自分よりも遙かに年上であるガロンを『良い子』呼ばわりだが、堂に入った言い方だ。
 実際ガロン程度は会話、あるいは力であったとしてもねじ伏せる事が容易なファントムだからこその言葉だろう。

 事実ファントムは、彼を己の権力に取り込む際は、周囲を狡猾に抵抗出来ない様に封じただけでなく―――――――・・・将であったガロンを力尽くで、完膚無きまでに腕1本で打ちのめしたのである。


「・・・・管理不行き届きってことで。場合によったら、お仕置きが必要かも知れないなー」


 軽い物言いだが、この場合の『お仕置き』は当然、処分―――――――存在消去、の意味だ。

 今度は、どんな『消去法』を思い浮かべているのか。
 ファントムの美しい顔に、僅かだが笑みが浮かぶ。


「・・・・・・・・・ファントム」


 ペタは、ファントムを世界の王ともなれる器だと拝し。
 彼のためならば世界を統べるべく準備しなければならない、様々な事柄・・・・彼を頂点とする彼の意のままに動く組織を構築する事・・・・に対する労力は、少しも惜しまないが。
 ファントム自身は、それらにさして興味がないと言うことを悟っている。

 ファントムは、現時点での自分の心境でのみ、行動する存在だ。
 秩序も常識も何も存在しない、全くの無秩序。

 せっかく、丹念に準備し積み重ねてきたモノを。
 アッサリと、取り崩す事も躊躇わず・・・・むしろ嬉々として、壊し尽くしてしまうような一面がある。

 ファントムは、ようやく手なずけた使い勝手の良い駒(コマ)だろうが何だろうが、その時々の気分で平然とポイ捨て出来てしまうのだ。
 今まで随分と従順にファントムに付き従ってきたガロンですら、彼にとってはさして惜しくは無いのだろう。

 利用したら何かと都合が良さそうだ・・・それ程度の軽い理由で、ファントムは周囲へと愛想を振りまく。
 大体、見目が良すぎる程に良い上に、更に弁舌にも長けるのだから、・・・・周囲の烏合の衆などは簡単にファントムの虜(とりこ)である。

 周囲の関心や意志などが、容易に望むままに手に入るから。
 失う事など少しも惜しくないし気分のまま、使い捨てる事が出来る。

 ファントムがその存在を惜しむのは、恐らく――――――――世界上でアルヴィス、ただ1人だ。


「ファントム、・・・・後釜を据えるのにも色々と、手間が掛かります」


 それでも、ペタは彼の為に。
 ファントムの為を思って、忠言をする。

 自分で創り出した玩具を、衝動のままに壊し。
 後で何かの拍子にそれを思い出した時、無いじゃないかと駄々をこねて。
 ―――――――機嫌を損ねるのも、ファントム自身であるから。

 殆ど効果は無いと知りつつも、こうして諫める(いさめる)のはペタの役目だ。


「ああ、選ぶのは面倒だよね。・・・でもアルヴィス君に何かあったら、そんなの関係無いよ」

「・・・・・・・・・・」

「僕のアルヴィスに手を出すヤツは、容赦しない」


 片手にはまだ填めたままだった白手袋を、唇で指先を噛んで手から抜き取り。
 ファントムはその優美な顔に、酷薄な笑みを浮かべる。

 悪魔が餌食を前にして、舌なめずりするかのような冷たい笑みだ。


「・・・・・それに関わるモノ全て、僕は許す気無いから」


 ミラー越しに映るペタをじっと見据えて、言い放つ。
 紫の双眸が銀髪の隙間から爛々(らんらん)と光り輝き、彼の言葉が本気である事を物語っていた。


「・・・・・・・・・・・わかりました」


 こうなればもう、ペタにはファントムの破壊衝動を止める術(すべ)がない。
 後は、ファントムが犯罪行為に手を染めた時、どうそれを対処するか・・・・証拠を隠滅するべきか。
 ペタは、後手へと回るしかない。

 ファントムが、気を取り直したようにルームミラーから目を逸らし。
 手で弄んでいた携帯の方へと視線を向けて・・・・耳に押し当てる。


「――――――ああ、もしもし。ガロン? 実はね・・・・・・・・・・」


 やがて相手が電話に出たらしく、ファントムが世間話でもするかのような涼しい口調で言葉を切り出す。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 その声を、ペタはじっと前を見つめハンドルを握ったまま、耳にしていた――――――――――。







































 ―――――――『club−ARK(アーク)−』には、一部の上客のみを対象に、『特別プラン』なるものが存在する。
 ごく一部の常連である上客と数人のスタッフしか知らない特殊サービスで、客は指名したホストを一晩借り切り、好きにする事が出来るというモノだ。


 その特別サービスを客が享受出来る空間こそ、店の地下に設けられた『スペシャルルーム』である。

 部屋には、トップグレードを誇るホテルのスイートルームににも引けを取らない豪華さと設備、そして客の欲望を満たす趣向が凝らされており。
 様々な客の欲求に、応えることが出来る仕組みになっているのだ。
 即ち。
 スイッチ1つで、寝室の壁・天上が総鏡張りになったり・・・・・また別のスイッチを押せば、ベッドの上から拘束具が降りてきたり・・・バスルームで事が行いたい客用にエアベッドが設えてあったりと。
 通常の高級ホテルでは味わえないサービスが、満点の部屋。
 見た目には単なる贅をこらしたスイートルームだが、高機能システムを搭載した特別室。

 それが、『club−ARK(アーク)−』の誇るスペシャルルームである。






 アルヴィスを横抱きにして、地下へ降りてきたアトモスはそのまま、そのスペシャルルームへと足を運んだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 アトモスと、ごく一部のスタッフ及び客以外は出入りが禁止されている扉を抜け、地下に設けられた廊下の突き当たり。
 重厚で豪華な飾り付きの扉を抜け、華美な造りの鳥籠を思わせる、鍵付きの格子をくぐり抜ければ、そこはもう分厚い絨毯と天蓋付のベッドが置かれた寝室である。

 要は、囚われのお姫様よろしく―――――――・・・客の接待をする者が逃げ出さないように、監禁システムが付いた部屋なのだ。
 スタッフが客の相手をする時は、金銭ずくめで納得済みである為さほど役には立たないものの、客の好みによっては外部から調達せねばならぬ事もあるし。
 余りにも苦痛が伴うようなプレイだと、スタッフでも承諾しかねる場合がある。
 そう言う場合に、逃亡を図ったり出来ないよう、閉じ込める為に仕掛けられているシステムだ。
 客はボタンひとつで、檻(ケージ)の開閉が出来るようになっている。

 今回のアルヴィスの様子では使う必要も無さそうだが、一応抵抗された場合を考え、設置しておいた。
 檻は上下から自動で隠したり出現させたり出来るもので、必要のない時は隠しておける仕組みになっている。

 アトモスはその部屋でようやくアルヴィスをベッドに下ろし、・・・おもむろにグッタリしたままの彼の衣服を脱がしに掛かった。

 むろん、数刻経たずにこの場を訪れるだろう上客、パタータの為だ。
 パタータは、あの暑苦しい顔に似合わずアンティークドールの収集家であり、相手の子には中世時代の姫君のような、極めて可憐で愛らしい格好を好む。
 だからこそ、アトモスはアルヴィスにこんな可愛らしい姿をさせたのだが・・・・・・なにぶん、こういった服装はとても着脱が面倒なのは否めない。
 パタータは大分酔っぱらっており、手元がアヤシイから脱がせにくいだろうという、アトモスなりの配慮だ。

 アルヴィスの頭に付けたリボンはそのままに、アトモスは着せたワンピースやエプロン、靴下の類・・・それから下着以外は全てを脱がせてしまう。
 細部まで拘って着せたから、下着もデザイン的に多少ヒモなどで結ばれている箇所はあるが、ゆったりとした造りなので酔っている人間でも着脱は可能である。


「・・・・・う、・・・」


 ベッドに横たえられ。
 アルヴィスはは時折苦しそうな呻きを上げるものの、今の自分がどういった状況下に置かれているのか認識も出来ず、ただ大人しくされるがままになっていた。

 まるで、薬で朦朧(もうろう)状態にした時のような、抵抗の無さ。
 アトモスとしては、酔わされた訳でもなく、単に咳き込んでいただけでこんな状態になるのは考えられなかった。
 自分が盛る前に、誰かに薬でも盛られたのかと疑いたくなる程だ。

 しかし、まあ、抵抗されないのは願ったり叶ったりである。
 もちろん、アトモスはアルヴィスの体調など全く気にもしていない。
 暴れて押さえ付けるのに手を焼くよりは、今のようになっていてくれた方が数倍マシである。

 それでも、いきなり暴れてパタータに何かあっては大変と、用心のためベッドに固定出来る手枷でアルヴィスを縛めておいた。
 弱っている様子なのでまさか抵抗は出来ないだろうが、行為中にアルヴィスが彼の顔などを引っ掻いて、パタータの不興を買ってはマズイからだ。

 提供物(アルヴィス)には多少被害があっても構わないが、客(パタータ)に何らかの危害が加えられることとなってはサービス料にケチが付いてしまう。
 パタータは、これからアトモスが裏社会で台頭していく為にも、必要不可欠の大切な存在なのである。


「そのまま、大人しくしていろよ・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・、」

「次期にお客様がお見えになる。・・・ただひたすら従順に、身を任せるんだ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 長い睫毛の合間から、うっすらと青い瞳を覗かせたアルヴィスはアトモスの言葉を聞いているのか、いないのか。
 相変わらず苦しそうな吐息をついて、ただぼんやりとアトモスの顔を見上げている。

 顔色は依然、血の気が失せたままで唇も青ざめ、アルヴィスの具合が良くないことを如実に物語っていたが――――――――そこら辺に関しては、そう問題にする程の事も無い。
 要は、パタータの要求通りにアルヴィスが受け入れられるなら、それで構わないのである。

 人形収集家であり、可憐なドールタイプの美少年や美少女好みなパタータが望む、可憐な顔と肢体でありさえすれば・・・そしてもう彼に満足さえして貰えるなら、どうなっても構わない。

 むしろ人形愛好家である彼のことだから、反応が無い位の方がお好みかも知れなかった。
 ひょっとすればネクロフィリア(屍体愛好症)の気さえあるかもしれないと、過去のパタータの楽しみ方を振り返れば思えなくもない。

 何にしろ。
 このアルヴィスならばパタータの趣向を満足させられるだろうから、アトモスとしては何も文句は無いのである。


 レースとフリルがあしらわれた純白の下着だけを身に付けさせられ。
 枕元の両端で手首を拘束されているという、酷く倒錯的な姿で横たわるアルヴィスを見下ろし。

 アトモスは、静かにほくそ笑んだ。


「上出来だ・・・・・・とても美しい。これなら満足頂けるだろう」


 アルヴィスの頬に掛かる前髪を、そっと払いのけてやりながら。
 アトモスは、口調だけは優しげに囁いた。


「くれぐれも、失礼のないように」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・ではな、アルヴィス。パタータ様を丁重に出迎えてくれよ・・・・・・・?」


 アルヴィスが応えられる状態じゃないのを知りつつ、そう言い置いて。
 アトモスはこの場に、待ちかねているだろうパタータを案内すべく部屋を後にしたのだった――――――――――。















 ―――――――アトモスが、パタータの為にアルヴィスの支度を済ませている頃。

 当のパタータは、まだ店内のフロアで他のホスト達の手厚い接待を受けながら、ソファの上でほろ酔い加減だった。


「今日はホンに楽しい日じゃ! うん、気分が良いっ! ガハハハハ・・・・」


 酒も、笑いも止まらない状態である。

 実際、最近まれに見る気分の良さだった。
 このクラブでお気に入りだった青年が店のバーテンダーとデキてしまい、先月あっさりと辞めてしまってから、初めてと言っても良い気分の高揚ぶりだ。

 それなりの制裁は下したが、辞めてしまったスタッフに未練たらたらで、腹の虫が治まらず。
 腹いせに、嫌がらせついでに通っていた店だが――――――――・・・見限らず通い続けて良かった。

 あれほどの上玉を見たのは、眼が肥えている筈のパタータでも初めてである。




 ――――――可憐じゃったの〜〜初々しいかったよのぅ〜〜〜!

 あの身体を好きに出来て、しかも今晩はタダだなんてホンに役得だ・・・・!!




 今夜の事を思い浮かべ、パタータは肉の分厚い唇を吊り上げてほくそ笑んだ。
 ほくそ笑むだけでは足らず、鼻に掛かった下品な笑い声を立て、終いには大声を上げ豪快に笑った。


「・・・・・・・・・うくくっ、・・・ガハハハハ・・・・・!!」


 愉快で愉快で、堪らない。
 あれほどに理想的な子が見つかろうとは、流石にパタータも想像すら出来ていなかった。
 それを今夜、好きに抱けるのである・・・。

 チカラ一杯抱き締めたら、骨が折れてしまいそうな華奢な体躯(たいく)。
 抜けるように白い、血管の静脈が透けて見えそうな肌。
 何より人形のような、繊細に整った可憐な顔立ちがパタータの欲情を刺激した。
 今まで手に入れた、どんなビスクドールよりも美しい。

 叶うなら、どんな手を使ってでもまるごと買い取って。
 どうにかこうにか加工を施し、人形として金庫にでも仕舞っておきたい程である。

 薬を使って、手足の自由や身体の動きを封じ。
 やっぱり薬で、声も出せないようにして。
 それで毎日、綺麗で可憐な服を着せ替えし、化粧を施してやって・・・・生きた人形として部屋に飾りたい。

 あの瑠璃色の髪を伸ばさせて、可愛らしく巻き毛にしてやればどんなにかまた更に可憐になるだろう。
 毎日、違う服を着せれば、その度ごとに様々な愛らしさを見せてくれるに違いない。

 白磁の肌に透ける、薔薇色の頬・・・・長い睫毛、小さめの唇。
 そして、希有な色合いを見せる素晴らしい青の瞳。
 繊細で可憐に、美しく整った彼の顔立ちはまさに、―――――――人形にするために生まれてきたような造形美だ。

 本当に、どんなに高額な値を表示されても買い取りたくなってしまう。



 ――――――そうだ、・・・それも悪くないのう?



 ふと頭に過ぎった考えを、パタータは肯定してみた。



 ――――――タダなのは今回だけで、アトモスも後からは良いだけ吹っ掛けてくるんだろうからな。
 高値でも、買い取って飼ってしまった方が、いちいちサービスを頼むより安上がりかも知れん・・・・。



 アトモスは、パタータに絶対服従の姿勢を取ってはいるものの、彼が見据えているのは自分では無く更に上。
 隙あらば、自分の上役であるガロンへと取り入ろうとしている事を知っていた。
 つまり、その目的さえ果たしてしまえば自分へのおべっかは一切無くなるだろう事はパタータだとて、お見通しである。

 そうなれば、こんな風にサービスしてくれる事も無いに違いない。

 まあ、そういったアトモスの野心を知っていても。
 こういったパタータの趣向に合わせてくれる店を、また見つけるのは面倒であるからして・・・・・パタータも、彼の動向をある程度は放置しているのだが。
 そう間を置かずにアトモスが行動しそうな気配は感じているから、そろそろこの店との癒着も考えた方が良いのかも知れない。
 ならば、・・・・・・・それまでに『欲しい物』は、手に入れておかなくては。




 ――――――・・・とはいえ。とりあえず今日は、その前のお楽しみだわい!




 パタータにとって今夜のお楽しみへの期待度は、それ程に大きい。
 極めて理想的な、アンティークドールのような少年がこの腕に抱けるのだ。

 小鳥のように華奢で、繊細な美しさに溢れた少年。
 彼は、どんな魅惑的な表情で自分を誘い、どのような声で行為をせがんでくれるのか?
 か弱い小鳥のように身を震わせ、切なさに可憐な涙を流してくれるのか・・・・考えただけで、気分が更に高揚してくる。

 パタータが、アトモスが呼びに来るのを今か今かと待ちわびていた、その時。
 上着に入れていた携帯電話が、無粋な振動音を伝えて着信を知らせた。


「・・・・・・・・・・こんな時間に何だというんだ・・・・・・、?」


 不機嫌そうに懐へと手をやり、パタータはそのまま電源を切ろうしたが、画面に通知された名前に顔色を変える。

 相手はパタータの上に君臨し、この界隈を支配する権限を掌握した男だ。
 パタータの立場としては、何を置いても、この男の命令を最優先せねばならない。
 でなければ、時と場合によっては自分の立場が危うくなる。

 パタータは慌てて携帯を掲げるように持つと、酔って呂律(ろれつ)の回らぬ舌で必死に言葉を発した。


「これはこれは、・・・Mr.ガロン。・・・・はい、はい・・・ええ、今ちょうど『ARK(アーク)』へ来ておりますが。・・・・・はい?」


 パタータの上役、ガロンからの電話内容は『とある人物』の保護を求めるモノだった。
 店内に居る筈だから、手早く探し出し、速やかに安全な場所へと隔離せよ、という命令だ。


「えぇ・・・、あお・・青みがかったクロで、・・・メ・・アオ・・・と、・・・はあ、・・・〜〜〜ぃえぃえ、そう酔っておる訳では・・・!」


 だが、急いでいるのか電話先でガロンが早口に怒鳴っている為、酔ったパタータの耳で内容をしっかり聞き取るのは至難の業(わざ)である。


「え、? いぃえ! そんなに飲んでおる訳じゃありません・・・えぇえぇー大丈夫、ですともっ、・・・!!」


 しかも会話が不成立になりかける程に酒を喰らった状態なのに、それを知られて不興を買ってはマズイという意識だけは働くから、聞き返す事もしない。



 ―――――――その為。
 パタータは自分の命に関わるような重大事項であったにも関わらず、ガロンの言葉をきちんと把握出来なかった。




「・・・そ、それでMr.ガロン。・・・その人間が、いったいどうしたと・・・?? ええ、ええ。もちろん探してはみますが、・・・」



 ―――――――いいから、早く探し出して速やかに保護をしろ俺もそっちへ行く。

 パタータの、何処か不明瞭な物言いに何かを感じたのか、電話は最後にそれだけ言って切れてしまった。



「全く、・・・・何だって言うんだ・・・・せっかく良い気持ちだったってのに!」


 パタータは電話口では言えなかった不満を、ブチブチと零す。

 すっかり気分を損ねてしまったが、上役の命には逆らえない。
 所々電話の内容が把握出来なかったが、要は誰かを捜して隔離すればいいのだろうと思い直し。

 パタータは仕方なく、アヤフヤな口調で傍のスタッフへと声を掛けた。


「おい、お前達! この店に、アル・・・アルなんだっけな・・・・? まあいい、黒・・・青、ん、どっちだったか?? あ〜〜〜・・っと、・・・」


 青で、黒で。
 更に青とか白とか、やたらに色味ばかりを言っていたような気がするが、それすらも何を指していたのかすらウロ覚えのパタータである。


「んぅ〜〜〜・・・、もうどっちでも良いわ、青とか黒とかの髪で眼のヤツはおるか!?」

「・・・・ええと、パタータ様。青髪ですか黒髪ですか? それとも眼の色が青なんですか黒ですか?」

 聞かれるスタッフも、困惑顔だ。
 それもそうだろう・・・パタータの言葉にはまるで確かな部分が無い。

 だが、そもそもガロンとの会話をハッキリ覚えていないから、パタータも問い返された所で明確には言い直せないのが実情だ。
 面倒になったパタータは、投げやりな口調で決めつけて叫ぶ。

「いちいち細かいのーお前は! じゃあもう黒髪黒目っ! おるのか、おらんのか!?」

「スタッフででしょうか?」

「あん? ・・・・まあ、ああやって聞いてくるってことはスタッフだろうか・・・・?」


 聞いてきたスタッフに、また逆に問いかけるように言いながらパタータは頭を振って先ほどの電話内容を思い出そうとする。

 だが酔いに霞んだ頭では、ガロンが青みがかった・・・とにかく黒で青で白・・・、と言っていた事しか覚えていないし把握出来てない。
 もしかしたら白髪(しらが)で、黒か青い目の人間の事かも知れないが、もはや確認出来る訳も無く。
 名前も言われた気がするが、酷くうろ覚えでスッとは出てこなかった。
 『アル』から始まる名前だった気がする・・・・その程度しか、記憶にない。

 果たして、スタッフと言われたのだったか、そうじゃなかったか?
 それすらも・・・・まるきり、覚えていない。


「あー・・うん、、もう何でも良いわっ!・・・・そう、今ここにいる全員を見回して黒眼と黒髪のヤツがおるか、探せ!!」


 パタータは、いい加減に頷いた。
 内心、こっそりとそんな対象に引っかかるヤツが居なければいいと願いながら。

 ある意味、居ないと答えてくれた方がパタータには面倒がなくて好都合なのである。

 これからお楽しみなのだし、保護とか何だとかしていたら、その後に当然発生するだろうガロンへの報告等、色々と面倒くさい。
 もし実際は居たとしても、それは答えたスタッフの手落ちなのだからして、何らパタータのせいにもならない。

 どっちにしろガロンはこの言った以上、店へ顔を出すのだろうが。
 探している子が見つかったのと見つかっていないのとでは、対応にかなり差が出てくる。

 前者ならばガロンが出向いてくるまで、パタータはお楽しみをお預けにして待っていなければならず。
 後者ならば、居なかったのだからお楽しみを味わっていようとも、何らお咎めは無い筈であるから。

 ガロンは手を抜く者には手厳しい一面を見せるが、分をわきまえ勤勉に任務をこなす身内には寛大な処遇をしてくれる。

 パタータは決して実直で筋の通った性格では無いし、それなりにガロンの上前をこっそり刎ねて私腹を肥やしてはいるものの。
 巧妙にそれを隠して勤勉さをアピールし、取り入る事に成功していた。
 まだまだ、アトモスのような青二才に引けを取る気は無い。


「・・・・・フロア内には、黒髪や黒眼の者はスタッフ・お客様を問わず、いらっしゃらないようですが」


 ――――――かくして、スタッフは居ないと首を振ってくれた。
 ならばもう、パタータが此処に居なければならない用事は無い。


「そうかそうか! ならいい」


 喜色満面に頷いた、ちょうどその時。
 タイミング良くアトモスが現れたのを眼にして、パタータはいそいそと立ち上がった。


「おおアトモス、・・・・準備は出来たかのー?」

「はい、パタータ様。彼が、貴方の訪れを今か今かとお待ちしておりますよ・・・・」


 緩くウエーブが掛かった長い金髪を肩から滑らせ、形良く整ってはいるが、見ようによってはとても酷薄そうに見える顔に笑みを浮かべて。
 アトモスが恭(うやうや)しく、パタータに頭を下げる。


「では、パタータ様を特別な夜へとご案内致します―――――――」

「待ちかねたぞ、アトモス・・・・」


 これから始まる享宴に心躍らせ、パタータは案内のために先に立つアトモスの後へと続いた。
 頭の片隅に、先に目的の存在が居なかったことをガロンに報告しなければ・・・・という意識が頭をもたげたが、すぐに払拭してしまう。




 ―――――――なあに、・・・小鳥ちゃんを可愛がりながらでも、ササッと報告は済ませるさ・・・・。




 どのみち見つからなかったのだから、報告は後でもいいだろうと高をくくったのだ。
 ・・・・・それが、自らを危険に晒す事となるとも知らずに。

 この時のパタータは、一切の事情を関知できずに居たのである・・・・。










 NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編3

++++++++++++++++++++
あーあ、また終わらなかったですね><
つか、殆どアルヴィスが出せずじまいで申し訳ありません(滝汗)
ちょっと話を膨らませすぎて、説明が長くなってスミマセンです^^;
次回こそ、アルヴィス出せればいいんですけど・・・自信無いんですよねー(殴)