『Halloween&Birthday−side光−焔編1』





※『君ため』の番外編です。







 






「・・・・咳が止まらない・・・・?」


 スタッフからの耳打ちに、アトモスは接待していた客に挨拶してから席を立ち。
 一際(ひときわ)高い段にあるVIP席の方へと、視線を巡らせた。

 ツタ薔薇が絡む洒落た衝立(ついたて)の奥で、グリーンのワンピースを着た少女然とした姿が椅子の上で丸まり、それを数人の男が取り囲んでいるのが見える。
 遠目に良く分からないが、確かに苦しんでいる様子だ。


 だがそれは、程度の差はあれど―――――・・・こういった類の店では良く見る光景だ。
 夜の店に、酒と煙草は付きもの。
 まだ店に慣れない働き始めたばかりの従業員達が、それらに苦しんだりする羽目に陥るのは、一人前になる為の登竜門のようなモノである。

 この店で働いている多くのスタッフ達も、虚勢を張って飲めなかった酒を飲み干し、吸えなかった煙草を吸って見せ。
 やがては煙草も酒も克服し、客が望むままに嗜めるようになった者が大半だ。

 そうして客の機嫌を取り、ボトルを入れて貰って・・・かつ客以上に自分が酒を消費して日々、金を稼ぐ。
 もちろん、それまでに散々咽せてトイレに行って戻し・・・という苦しみを乗り越えて、・・・である。


 アルヴィスも大方、煙草の煙に咽せたか、パタータの手で強引に酒を飲まされて咽せたかのどちらかだろう。
 純粋培養で育ったに違いない、良すぎる毛並みを持った彼は。
 煙草の煙に咽せるような場所に居合わせる事や、無理に酒を勧められた事なども無いに違いない。
 まあ、酒にも煙草にも免疫が無い方がイメージに合うし、『彼らしい』とも言える気がするが。

 ともかく、こういった店では良くある事であり。
 取り立てて慌てふためく必要は無いと思ったから。

 スタッフからアルヴィスの様子がおかしいと聞かされても、アトモスは極めて冷静だった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 一端は立ち上がり、VIP席の方へと行きかけたアトモスだが途中で足を止め。
 アルヴィス達へと視線を固定しつつ報告に来たスタッフに、小声で囁く。


「・・・放っておけ、どうせ大したことないだろう。水でも飲ませてやれ」


 酒や煙草の煙にに咽せたくらい、何だというのだ。
 咳が止まらなければ死んでしまう、と言うものでも無いだろうに・・・・大袈裟(おおげさ)な!

 それらが、報告を聞いたときのアトモスの本音である。


「ですが、本人はかなり苦しそうでして。・・・もう帰りたいと」


 具合を悪くした仲間達を、今までだって散々見てるだろうに。
 狼狽えた様子でそう訴えてきたスタッフを、アトモスはただでさえ元からキツイ印象を与えている目で睨み付けた。


「それは駄目だ。・・・止まらないなら、市販の咳止めでも買ってきて飲ませろ」


 このスタッフには、店のことに不慣れで何も分かっていないアルヴィスのフォローを頼み、『ヘルプ』として席に付くよう言い渡してある。

 ヘルプとは、メインで客に付くホストの傍に控えて飲み物を作ったり、ホストが別の客に指名されて一端席を外すような時、その間代わりに相手を務めたりするホストの事だ。
 アルヴィスには到底、水割りを作ったり客の飲み物や煙草の火に気を配る余裕は無い(・・・というよりか、そういう事をしなくてはならないと想像もしていないだろう)と踏んで、アトモスが指示したのである。

 アルヴィスにそういったサービスが出来るなどという事には、アトモスだとてハナから期待していない。

 ――――――彼にはただひたすら美しく、可憐に。
 パタータ好みの、儚げな美人として存在していてくれたらそれで良いのだ。


「いいか、絶対に帰すなよ・・・」

「ですが単に酒に咽せただけにしては、変な咳で、・・・」

「黙れ。・・・いいからお前は、席に戻ってフォローを続けろ」


 アトモスとしては、アルヴィスが咳き込んでいようが飲み過ぎて戻そうが、どうでも良かった。

 どうせパタータに強引にでも飲まされて、多少酒が気管に入って咽せたとかそんな所だろうなのだろうから。
 人間というものは、案外と丈夫で早々簡単に死んだりはしないものである。
 殴ったり蹴ったりして、ボロ雑巾のように化したとしても――――――――意外としぶとく、生きていたりするものだ。

 殴る蹴るの暴行を受けた訳でもなく、単に咳き込んでいるだけで死んでしまうような、か弱い人間ならば。
 そんな人間、今まで生き延びられる筈も無い・・・・と、アトモスは思う。

 たかが咳くらい、何だというのだ。


「とにかく、何しても良いから咳を止めてやれ。・・・咽せてるのだろう? だったら、口でも何でも抑えて咳を止めてやれ。ああいうのは、一端呼吸を止めてやれば収まるだろう」


 だが、咳ばかりされて接客が出来ないのは困りものである。
 まして、早退などは絶対に認められなかった。

 アルヴィスには、パタータのご機嫌を取り続けるという大切な最優先の役目があるのだ。
 
 アトモスは何が何でも、せっかく自分の手に落ちてきたアルヴィスという『素材』全てを、・・・・搾り取り使い尽くす腹づもりなのである。




 ―――――――彼の身体には、まだまだ途方もない利用価値があるからな・・・・。




 アルヴィスには数時間のバイトと口にしたが、アトモスは彼を言葉通りに帰すつもりなど、初めから全く無かった。

 隙を見て、強い酒かあるいは昏睡作用のある薬を混ぜたドリンクを飲ませ。
 酩酊(めいてい)状態にさせた後で一晩、彼をパタータに『進呈』しようと計画している。

 もちろん、アルヴィスの全てを搾取(さくしゅ)して・・・・・・・・その恩恵を得る為だ。

 通常ホストクラブは、客に酒を飲ませ楽しく会話やゲームをしたりして、一時の『癒し』を提供する場所であり・・・それ以上でも、それ以下でもない。
 外で待ち合わせての同伴出勤や、客が特別料金を支払っての店外デートなどはあるが、基本的に客と寝たりすることは禁じられている店が殆どである。

 しかし。
 アトモスが経営するこの店『club−ARK(アーク)−』には、一部の上客のみを対象に、『特別プラン』なるものが存在する。
 ごく一部の常連である上客と、数人のスタッフしか知らない特殊サービスで、客は指名したホストを一晩借り切り好きにする事が出来るのだ。
 店の地下に、セキュリティ万全で様々な趣向が凝らされた『スペシャルルーム』なる部屋があり――――――・・・客はそこへ泊まって、お気に入りのスタッフから、数々の特殊なサービスを受ける事が可能なのである。
 もちろん客がその特典を受ける為には、法外な値段のサービス料を支払わねばならない。
 それでも、目当ての子と好き勝手に遊べるというシステムは上客には人気で、ほぼ毎晩部屋の予約が埋まっている状況だ。

 パタータも、その特殊サービスが大のお気に入りでで常連の1人だったのである。
 お目当てだったスタッフが辞めてしまうまでは、プランを頻繁に利用してくれる上客中の上客だった。
 そこら辺がまた、鬱陶しく面倒な客であるにも関わらず、アトモスがパタータを切れない大きな理由の一つだ。



 ともあれ。
 アルヴィスにはこの後も、まだ大切な『役目』が残っているのだから・・・・咳くらいで挫折して貰う訳にはいかない。


「・・・・・少々失礼致します」


 スタッフに指示しただけでは、心許ない気がして。
 アトモスは傍らの席の客達に会釈をし、再びVIP席の方へと向かった。












 アトモスが、VIP席へと駆けつけると。
 スタッフの言葉通り、ソファにはグッタリと目を閉じ、苦しそうな呼吸を繰り返すアルヴィスが凭れていた。

 その傍で、上客であるパタータが酔った調子外れな口調で、どうしたとか何だとか喚いている。
 アルヴィスの服装が服装なだけに、端から見れば太った初老の醜悪男が等身大の可憐な人形を抱き締めて話しかけている風にも映る、不気味な光景だ。

 顔立ちも格好もお人形そのものの姿であるアルヴィスは、パタータに背中から抱き抱えられつつもグッタリと頭を傾がせ、ソファに懐いて動かない。
 まるで本物の人形のように大人しく、為すがままである。


「・・・・なんだ・・・全然酷くないじゃないか?」


 アトモスはアルヴィスの様子を覗き込み、開口一番スタッフに問いかけた。

 確かに息づかいは苦しげだが、激しい咳き込み、という説明だったのに今その症状は見受けられない。
 ただ時折、力なく軽い咳をしているのみである。


「あ、いえ、さっきは確かに酷い咳をしてまして・・」

「さっきは凄かったのだ! 小鳥ちゃんが可哀想な位ゴホゴホ言っておってのー」


 スタッフの言葉に、パタータの声が重なる。


「わたしが機転を利かせて、アリスちゃんの口を押さえて水を飲ませたらな、咳が収まったのだ!」


 わたしの咄嗟の判断が良かったのだな! と、ガハガハ品悪く笑うパタータにアトモスは深々と頭を下げた。


「・・・さすがはパタータ様です。ありがとうございます」

「なに、小鳥ちゃんが苦しんでおるのはわたしも見ていて忍びないからのぉー」

「先ほど申し上げました通り、この子はまだ新人でして。何かと物慣れないモノですから、本当に失礼致しました」

「いやいや、これくらいは可愛いモノだ。わたしはすっかり、このアリスちゃんが気に入ってしまったよ! 咳が止まって良かったのーアリスちゃん!」


 グタリとして動かないアルヴィスを後ろから抱き締めたまま、パタータは機嫌良く応じる。
 今夜は本当に、かなり機嫌が良いようだとアトモスは感じた。


「それは、良うございました・・・」


 気に入りのスタッフが辞めてからのご機嫌斜めぶりが、嘘のようだ。
 いや、こんなに機嫌が良いのは初めてかも知れない。

 よほど、アルヴィスがお眼鏡に適ったのだろう。
 パタータが十代の、未成熟でまだ幼さが残るくらいの華奢な美少年に目がない事をアトモスは熟知していた。
 その点、アルヴィスは全ての面で合格だったのである。

 18歳という年齢から考えれば身長はそれ相応なものの、かなり細身で恐らく骨格自体が華奢だろう体つき。
 顔立ちはとても美しく整っているが、まだ充分に少年らしさを残したあどけなさがあり、彼を取り巻く空気というか雰囲気も、穢れがないというか酷く清浄で子供のような真っ直ぐさが感じられる。

 そんなキレイな存在だからこそ・・・そうでない者は手折りたくなるというか、加虐心が刺激され。
 滅茶苦茶にしてやりたい、などという爛れた(ただれた)欲情が生まれるのかも知れなかった。

 アルヴィスはまさに、パタータの好みのままに作りあげた、理想の存在と言えるだろう。
 彼の機嫌が最高に良いのは、当たり前だ。

 現にパタータは、今回初対面であるアルヴィスに対して破格の気前の良さを披露している。
 ピンドン(ピンクのドンペリ)を全席へ大判振る舞いなどという、金額の桁が大きく一つ跳ね上がるようなオーダーは、かつてのお気に入りのスタッフにもしたことが無い。

 まさに、金(カネ)を生む金の卵だ。
 アトモスは内心で、ますますアルヴィスを手放せないと強く思う。



「それから、パタータ様。・・・・先ほどは、格別のお振る舞いありがとうございました」

「ああ、なになに・・・大したことはないぞ。小鳥ちゃんが可愛いからなあ・・・つい、張り切ってしまうわガハハハハ・・・!!!」

「・・・・・・・・・・・、」


 上機嫌のパタータに恐縮した素振りを見せながら、アトモスはチラリと客の腕の中にいるアルヴィスへと視線を走らせた。
 アルヴィスがパタータにとって申し分のない『餌』なのは間違いないが、懸念するのはその餌の状態である。


「・・・・・・・・・・・・・」


 顔色が良くないと、真っ先に感じた。

 元々白い肌から血の気が引いて・・・まるで、まだ化粧を施されていない造り途中のビスクドールのような、生気を感じさせない顔色だ。
 気怠そうに瞼(まぶた)を伏せ、長い睫毛の隙間からうっすら覗く青い瞳も・・・本物の人形のように、どことなく焦点が合っていない。

 薄く開いた唇が、時折喘ぐみたいに震えて。
 酸素を求めるように、苦しげな吐息と弱々しい咳をしている事のみが、決して人形では無いことを示していた。




 ――――――・・・これは、・・・確かに接客どころじゃないかも知れない・・・・。




 流石に、そう判断せざるを得ず。
 アトモスはパタータに向かい、とびきり愛想の良い笑みを浮かべて口を開いた。

 こうなれば段階を飛び越して、計画を遂行するしかないと思ったのだ。




 ――――――なに、・・・・・喋れなくとも、ただ寝て足を開くだけは出来るからな。
 薬を盛る手間が省けたと思えば、まあそうそう計画に狂いは無いかも知れん・・・・。




「パタータ様、」

「ん・・?」


 アトモスは内心でそう計算しながら、素早くパタータの傍へ近寄り。
 その耳へ口を寄せ、静かに言葉を紡いだ。


「・・・・久々に、『特別プラン』は如何です・・・? お部屋は空いておりますし・・・勿論お相手は、お気に召して頂いたこの子で・・・」

「――――幾らだね?」


 散々このプランを利用し、遊んで勝手が分かっているパタータは、アッサリと提案に乗ってきた。


「パタータ様には、ヤクトの事でご迷惑をお掛けしましたので。今回は、僭越ながら私からのサービスに致しますよ・・・」

「何? 本当かね・・・それは素晴らしいのぅ・・・」

「ええ。・・・・その代わり、これからも当店を可愛がって下さいよ? パタータ様のご助力は、かなりアテにさせて頂いておりますから・・・」


 嬉しそうに、眼鏡の奥の細目を更に細くしたパタータに、アトモスは意味深な口調で囁く。
 この今、口にした言葉こそが――――――・・・アトモスにとって1番重要な事項であり、パタータという客を、切るに切れない最大の理由だった。


 通常、『特別プラン』には法外な金が掛かる。
 そのプランを良く利用してきたパタータだとて、その都度莫大な金を支払ってきた。
 だが今回、アトモスはそれをタダで、と持ちかけたのである。

 言葉通り、パタータが以前気に入っていたスタッフが辞めてしまった事への詫びというつもりもあるが・・・・そもそも、今回無料にしても採算が取れるから、というのがアトモスの本音だ。

 パタータは、表向きは単なる一部上場会社の社長だが。
 実際は、――――――この界隈を牛耳る組織の、ボスの腹心である。

 言わば、裏の世界でそれなりに名を馳せた存在だ。
 そういう相手とのコネは、大金を巻き上げる以上に価値があり、何かと都合がよい。
 店にとっての利益は、必ずしも金銭のみでは計れないのだ。

 パタータという男が持つ、裏社会への太いパイプ。
 それをみすみす捨ててしまうのは、余りに惜しい。

 だからこそ、面倒で厄介な客であるパタータだが、アトモスは切るに切れないでいたのだ。
 利用できるモノなら利用し尽くし、出来うるならば裏社会でもそれなりに頭角を現したいという野心があるアトモスにとって、大切なパイプなのである。
 パタータにせめて、真の裏社会のボスを紹介して貰う迄は、・・・放り出すには惜しかった。

 ―――――――そのボスに直接取り入れるようになるまでは、とりあえず何とか機嫌を取っておきたいというのが、アトモスの本音だ。


「おぅおぅ、分かっているとも。・・・では、小鳥ちゃんは好きにしていいのだな・・・?」

「もちろんですとも」


 鼻の下を伸ばして確認してきたパタータに、アトモスは恭しく(うやうやしく)頷いた。

 アルヴィス本人への確認は、当然だがしていない。
 まさか了承するとは思えないし、事前に知ればノコノコと店にやって来る筈も無いから、全ては彼には伏せたままの交渉である。

 だが、それでいいのだ。

 事実を伏せたままで、献上品として1度でも喰われてしまえば――――――後は、言いなりになるしか術は無いのだから。
 例え、訴えてやると騒がれようと、問題は無い。
 隠し撮りした画像をばらまくと脅したり、それでも屈しないようならば、・・・・ドラッグ等を使って、物理的に黙らせてしまえば良いのだ。
 被害者ぶって騒ごうとする輩を大人しくさせる方法など、幾らでもある。

 何なら、永久に沈黙させるという手だってあるのだ。
 ・・・極上品であるアルヴィスを処分するのは、かなり勿体ないし、愚かな手段である。
 そうするくらいならドラッグ漬けの廃人(はいじん)にして、海外へ高く売り飛ばす方が得策だろうから、そんな方法は彼には取らないつもりだが。

 まあ、とにかく。
 今までだってやってきたことだから、アルヴィスを騙すことに関して、アトモスは少しの良心も痛まなかった。

 そうやって泣き寝入りしながら言いなりになる存在を、今までも2桁では足りないくらい創り出してきているのだから、今更だ。
 今回だとて、少しの躊躇いも無い。
 アルヴィスがかなりの上物だから、慎重(しんちょう)に事は運んでいるものの・・・・やってることはいつもと大して変わらない。

 これまでだって、街で見かけた利用出来そうな『人材』に声を掛け・・・甘い言葉で上手く騙しては、『特別プラン』の生け贄(イケニエ)として仕立ててきたのだ。
 アルヴィスに関しては、今まで罠に掛けた者達と毛色が違いすぎる部分が多々あるが、これもまた極上品ゆえと思えば納得出来る。

 これだけ美しい容姿を持って生まれてきたのだ――――――・・・遅かれ早かれ、アルヴィスは、それに目を付けたヤツの毒牙に掛かる運命だっただろう。

 見つけた者勝ち、・・・指を咥えただ眺めていた者達がアホゥなのだ。



「――――――では、・・・・失礼」


 再び深く頭を下げ、アトモスはパタータに密着されたままだった青年の身体を抱えあげる。
 ドレスを着せた時も思ったが、本当に華奢で細い身体だ・・・・体重も、かなり軽い。


「さっそく準備を致しますので、少々お待ちくださいませ」


 慇懃にお辞儀をし、アトモスはアルヴィスを抱いたまま踵(きびす)を返した。
 無論、『特別サービス』の為の支度をさせる為である。

 パタータの好みに添って、この格好を選んで着せたが。
 寝所で事に及ぶには少々、脱がせるのに手間が掛かり過ぎるだろう。
 ましてパタータはかなり酔っているから、手元があやしい。

 それに、今は咳き込んだ直後で反抗する意識も失せているようだが、アルヴィスが気付いて暴れ。
 パタータにもしもの事があったら困るので、それなりの格好をさせ、四肢の自由を奪っておいた方が安全である。

 上玉だから、アルヴィスに傷が付くのも出来れば避けたい所だが。
 それより何より、パタータが怪我をしたり機嫌を損ねる羽目になるのだけはもっと避けたい。


「・・・・う・・・、」


 体勢が変わり多少意識が浮上したのか、アルヴィスが小さく呻いた。
 しかしアトモスは、抱き抱えた青年を僅かに見下ろしたのみで、声を掛ける事も無く足を早める。

 必要ならば多少ドラッグを使おうかと思ったが、この状態なら殆ど抵抗出来ないだろう。
 全くアルヴィスの容態を気にしていないアトモスにとって、青年のこの状態は、ある意味好都合だったのである。

 苦しげに目を閉じ、今の自分の状況も把握出来ていないだろうアルヴィスを抱え。
 アトモスは、店の奥へと足早に向かうのだった――――――――――。




























 




 ――――――・・・・つまんないし、飽きちゃったよ・・・・。




 今パーティーの主役という事で、ひっきりなしに話しかけてくる面白みのない客達に、そつなく言葉を返しながら。
 ファントムは内心で、こっそりと嘆息した。

 立て襟の美しいタック付きシャツに、黒の蝶ネクタイ。
 ブレイシーズ(サスペンダー)で吊ったズボンに、ベスト代わりのサッシュリボンのようなカマーベルトを締めて。
 仕立ての良い漆黒のタキシードを羽織った夜会の正装姿をしたファントムは、いかにも高雅でどこぞの皇太子かのような風格がある。

 青白く冴え渡る月明かりで作ったかのような、サラサラとした銀糸の髪を品良く後ろに撫で付け。
 珍しく前髪で隠さず、完全に露わにした美しい顔でにこやかに微笑むファントムの様子は、会場内で注目の的となっていた。

 だが、浮かべている笑みとは裏腹に、ファントムの心はささくれ立つ一方だ。


「・・・・・・・・・・・・・・・、」


 表面上は笑みを絶やさないまま、ファントムは周囲に悟られないように何度目かの溜息を小さく付く。

 話しかけられる内容も月並みだし、判を押したように殆ど同じ。
 返す言葉だって似たり寄ったりで面白みが無いから、・・・・・・・・・・・すっかり飽きてしまった。
 会話が、英語やその他の国の言葉に変わろうと、そんなのは少しも刺激にはならない。

 本音を言えば、さっさと帰ってしまいたい所である。
 この場所に、ファントムが興味を持てるようなモノなど何一つ無い。


 辺りに、視線を巡らせても。
 ―――――――セピア色の濃淡で統一された煉瓦様式の壁に、同系色の磨き上げられた床。
 吹き抜けになったホールの一方向全ての壁が、幾つもある巨大な窓で埋められ・・・・フロア中央には螺旋状になった白い階段と、飾り用のプールが配置されているというだけで。
 何ひとつ、ファントムにとっては目新しい物では無かった。

 シャンデリアと夥しい数の花と、タワー上に積み上げられたグラスの山。
 そして煌びやかに着飾った人々のせいで、会場内は華やか極まれり・・・といった様を呈してはいるが、ただそれだけだ。

 そんなもの、ファントムには見慣れた存在でしかない。
 在り来たりな、良くあるパーティー会場の内装、といった印象である。

 それらが、自分の祖父の財力によるもので。
 海外の貴族様式に傾倒しきっている祖父が、自宅に作らせた会場だという事も、ファントムには関心がないし。

 今夜が自慢の孫の為に祖父が開いた誕生パーティーという事も、当の本人である自分にしたら煩わしいだけである。
 そもそもパーティー自体が、多少それぞれ趣向が違ったとしても・・・似たり寄ったりで飽き飽きだ。

 気心の知れた、お気に入りの仲間達とのパーティーなら楽しめもするし出たいと思うが、そうでないのは単に面倒くさい。





 ―――――――許されるなら、この会場ごと燃やしちゃいたいな。
 そうしたらきっと、燃えさかる炎がとってもキレイだし・・・・鬱陶しい奴らまとめて死んじゃって、スッキリしそうだ。

 あーあ、・・・あそこにあるシャンパンタワーのお酒が全部、ガソリンとかで。
 上にあるシャンデリアが落ちてきて、漏電とかしちゃったりして。

 それで、激しく炎上! なぁーんてなったら楽しいのになあ・・・・。




 そんな剣呑な事を脳裏に思い浮かべ、ファントムは少しだけ愉快になった。

 此処に居る、気取った連中が丸焦げになりながら泣き叫んで息絶えていくのは、想像するとほんのちょっぴり、気分が浮き立つ。
 生き物の、断末魔の苦しみに足掻き、醜くピクピクと最期の痙攣(けいれん)をする様を眺めるのはとても面白くて、ファントムは大好きだ。

 天使のような、とか。
 神が祝福した美貌・・・などと、姿を目にした者達がウットリそう噂する彼が―――――――それと真逆の、悪魔としか思えないような思考の持ち主だとは。
 周囲の人間は、ファントムがそんなことを心の中で考えてほくそ笑んでいる事など、想像もしないだろう。

 もちろん。
 その間も、目にする者を陶然とさせる美しい顔には、隙なく笑顔を浮かべ、相手を魅了する美辞麗句は欠かさない。
 ファントムにとって、外面(そとづら)に内面(ないめん)の剣呑さをおくびにも出さず、取り繕う程度のことは――――――――呼吸をするよりも容易いことである。

 人間という生き物は。
 ニッコリ笑って、じっと相手の目を見つめ・・・・相手が言って欲しがりそうな言葉を言ってやれば、たったそれだけでファントムの言うことを何でも聞く便利なコマに早変わりしてくれる可愛い存在だ。
 言葉が通じる分、犬や猫など他の生物よりも命令が楽ちんである。
 愚かだし、どうしようもない程に醜く汚い生き物だが、それなりに利用価値は高い。
 少し笑いかけてやるだけで、意のままに動かす事の出来る手玉を増やせるのだから、まあ多少ならば労力だって割いてやろうというものだ。





 ―――――――それにしても、・・・・・ホントに飽きちゃったよ。

 誰かが、いきなり倒れて死ぬとかして、・・・パーティーお開きにならないかなー?

 ああでも、そうすると絶対、医学関係者の出番だよね。
 ていうか、あの爺ィが出しゃばってくるだけか・・・・それも、鬱陶しいなあ。

 あーもう、ホントに火事にでもなったらいいよ!





 祖父の厳命で、参加というか主賓となっているパーティーだが、流石に辟易(へきえき)として。
 ファントムは段々、苛々としてきた。

 元々、さして我慢など出来ない性格である。
 いくら祖父には逆らえないとはいえ、こうして耐えていられるのも限度があった。

 自分の意に添わない事柄を強要されるのは、ファントムにとってかなりのストレスだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 考えてみれば。
 今日は、他ならぬ自分の誕生日。

 一般的にはプレゼントを貰ったり、祝福をされたり・・・まあそれはどうでもいいとして、とにかく『祝われる者の意に添うべき、1日』、なのでは無いだろうか?
 少なくともファントムは、こうして祖父にパーティーを開かれたり見知らぬ人間達に祝われるのは、嬉しくも何とも無い。
 それどころか、はっきり言って迷惑以外の何物でも無かった。

 自分にとって唯一大切で、掛け替えのない存在であるアルヴィスと引き離され。
 こんな場所に居させられる事に――――――――・・・憤りこそ沸いてきても、感謝の気持ちなんて欠片さえ出てこない。



「・・・・・・・・・・・」


 昼間に開いたパーティーは、ハロウィン様式だったしお気に入りの仲間達を呼んでのモノだったから、それなりに楽しかった。
 色々と面白い仮装をするヤツが居たし、それらが似合っていたり、または似合わなすぎて、退屈せずに過ごすことが出来た。

 何より、アルヴィスと一緒に過ごすパーティーだったのだから、それだけでもうファントムに文句は無かったのだ。

 だが。
 この、祖父が開いたパーティーは格式ばっかりが重視され、堅苦しい年配の客ばかりが招待されているから、少しも面白みが無い。
 大体、招待客の殆どがファントムの知り合いではなくて、祖父の知り合いなのだから・・・・楽しめようも無いのだ。
 相応しい話題を提供し、それとなく話を合わせることは容易でも、望んでやりたいかと言えばそうじゃない。
 それに、招待されているのは祖父に媚びへつらう医療関係者とそのパートナーばかりで、ファントムに話しかけられる内容だっておべっかが殆どで。
 そうじゃなければ、海外から招待された初対面の親戚達からの、興味本位な質問責めだ。

 ファントムが知らない相手ばかりなのだから、あちら側も自分を知らないモノとして無視を決め込んでくれれば楽なのだが、本日の主賓でありこの屋敷の当主の孫である以上、それは叶わない。

 鬱陶しく纏わり付かれるのは大嫌いだから、本当に苛々としてくる。
 可能ならば、手酷い言葉を投げつけて相手の激昂を誘い―――――――・・・互いの命をチップにでもして、楽しくスリルあるゲームでも仕掛けたいところだ。
 しかし、祖父(+親戚)の手前、それも出来る訳が無く。

 ファントムは心の中で、今日何十回目かになる大仰な溜息を付いた。





 ――――――・・・あーあ。ホントにムカツクな・・・。





 今夜はハロウィンだというのに、仮装をしている人間が居るどころか、男など自分を含めてタキシード姿のヤツしか居ないし。
 女だって、皆一様に剥き出しの肩に毛皮のショールを掛け、色とりどりとはいえ似たり寄ったりのドレスを着てるだけだから、新鮮みも何も無い。

 別にタキシードやドレスが気に食わないという訳では無いが、見飽きた姿だから、気分は少しも盛り上がらず塞ぐ一方である。




 ――――――そもそも、あの爺ぃと同じ空間に居るってだけで、僕は気が滅入るんだけどね!




「・・・・・・・・・・・・・」



 ―――――――・・・・殺したく、なっちゃうよ。




 イライラついでに、本気で殺害計画でも立ててやろうか・・・そんな事を思いつつ、ファントムはそっと頭を振ってその考えを払拭した。

 今はまだ、その時期ではない。
 今、それを実行してしまうと、色々と後々面倒な事に巻き込まれるのはファントム自身だ。

 祖父には、余りある程の憎悪を抱いてはいるが、まだその時では無い。

 まだ小学生だったファントムに留学命令を出し、アルヴィスから引き離される元凶を作った人間こそ、祖父であり。
 両親の死後、二親のどちらにも似ていなかったファントムを孫と認知せず放置していた癖に、・・・・知能テストの結果を知るや否や即座に認知して、強引に引き取ったのも祖父で。
 ファントムの銀髪や目の色が隔世遺伝によるモノと判明するまでは、留学するまでの短い間、髪を染めさせたりコンタクトをさせて、そうじゃない時は部屋に閉じ込める――――――などという無体をやらかしてくれたのも、祖父であるけれども。

 この際、英国貴族の娘を娶った祖父が、自分の息子にも貴族の令嬢を嫁にさせようと画策していた為に、ファントムの両親達の結婚を認めようとしなかったらしい事とか。
 反対され、様々な妨害に追い詰められた2人が、生まれたばかりだったファントムを残して事故で死んでしまった事とか。
 今だにファントムの母親を、息子の嫁と認めていない事だとか・・・・そんな事はどうでもいいし恨むつもりは無い。

 そんなのは物心付く前の話だし、今更蒸し返したとしてもどうにもならないからだ。

 だが、アルヴィスと離ればなれになり、12年も逢えない羽目になったことだけは、―――――――――どうしても許し難い。

 だから、ファントムはいつか必ず、この爺ぃに天誅を下すつもりである。
 それも、出来るだけ苦しむやり方で。
 でなければ、気が収まらない。

 しかし、今はまだその時期では無いのだ。

 しっかり準備して、どうせならこの爺ぃの全てを奪い付くし根こそぎに殲滅させてやってから・・・・・・・・・・・絶望するのを見届けて、殺したい。
 そんなアッサリと、生命活動を止めてやる優しい気持ちなど、ファントムは毛頭無いのだ。




 ―――――――・・・すぐ殺しちゃうのはツマラナイから・・・・今は、殺さないであげる。





「It is so. I also think that it is a wonderful thing ・・・・・(そうですね、それは素敵だと思います・・・)」


 話しかけられた相手に、流暢な英語で当たり障りのない言葉を返しつつ。
 ファントムはさりげなく、懐から携帯電話を取りだした。

 こういった退屈な時は、憎たらしい爺ぃなんかの事を考えているよりも、アルヴィスの事を想っていた方が余程有意義だ。
 アルヴィスのキレイな顔を思い浮かべるだけで、何となく心の中に温かくて心地よいモノが生まれるから。

 笑っていても、怒っていても・・・・むくれていても。
 アルヴィスの表情は、どんな時でもファントムの心を鷲掴みにし、気持ちを癒してくれる。


「・・・・However, I do not like such thing so much.(・・・ですが、僕はあまりそう言ったモノは好みじゃないんですよ・・・)」

「Oh dear, is it so? (まあ、そうなんですの?)」


 器用に会話を続けながら、素早く目当ての画面を呼び出し、ファントムは情報を確認した。

 ファントムの携帯には、特殊なGPS機能が付いており―――――――これまた特殊な仕掛けが施されている、アルヴィスの携帯と繋がっている。
 いつでも、どこでも、アルヴィスの居場所が分かるようになっているのだ。

 ファントムは、アルヴィスと離れた場所にいる時は定期的にその居場所を確認することにしている。
 彼の全部を守ると決めている以上、それは必要な手段だと思うから、アルヴィスのプライヴェートを侵害しているとは考えない。
 もちろんこの事は、アルヴィスには内緒だ。
 バレても構わないような策は既に打ってあるが、出来うるなら発覚していない方が監視しやすい。


「・・・・・・・・・・・・・・、」


 今日、アルヴィスはファントムが自宅に残してきたから、携帯画面は当然、ファントムが借りているフロアを指し示す筈だった。

 ―――――――しかし。



「・・・・・・・・!」


 ファントムの、画面を映すアメシスト色の両眼が、僅かに見開かれた。
 一瞬、会話が不自然に途切れ――――――ファントムの顔から笑みが消える。


「・・・・・・・・・・・」

「Mr.Phantom?(ファントム?)」

「・・・・・・・・・・・」

「Are you okay?(どうかされたのですか?)」

「・・・・・・・・・・・」


 心配した相手客からそう問われても、ファントムは食い入るように携帯を見つめたまま動かなかった。


「・・・Why? ・・・・He should be in my room. Why isn't he there・・・・・?(どうして? なんで彼は居ない・・・? 僕の部屋に居るはずなのに・・・・)」


 やがて心ここにあらず、と言った様子でそう小さく呟いたかと思うと。
 ファントムはそのまま、話していた相手に背を向けて歩き出す。


「What? ・・・What did you say now? (え? 今、何と仰ったの・・・??)」


 今まで会話していた相手が、慌てた様子で声を掛けてきたが、ファントムは振り返りもしない。
 彼の周りを取り巻いていた他の客達のことも目に入らないかのように、ファントムは人垣を断ち割るようにして会場を後にした。

 話しかけようとしてくる年配の婦人も、トレイに載せたグラスを持つ給仕の者も無視して突き飛ばす勢いで足早に歩き去る。


「〜〜〜〜〜〜!!?」


 背後から自分を叱責するような、祖父の声がした気がしたが、構わずに足を早めた。
 恐らく、挨拶も無しに会場を去るファントムの非礼を咎めているのだろうが、そんなのはどうでも良い。

 ファントムにとって、今一番重要なのは・・・・・・・・・・・・・。



「・・・・・・・・・ファントム、どうされました・・・?」


 パーティーに付き添っていた、ペタがファントムに追いつきそっと問いかけてくる。
 ファントムのことを良く理解している彼は、決してファントムを会場へ引き留めようとはしない。


「ペタ、車出して。・・・・アルヴィスが、家に居ないんだ・・・・・・・!」


 ファントムは叫ぶようにそう言って、携帯をペタの方へと突き出した。


「今日、出掛けるなんて僕は聞いてないよ。それに・・・・こんな場所、アルヴィスの行動範囲じゃない・・・」


 携帯が指し示すmapの、アルヴィスの存在位置は、自宅とは全く離れた場所だった。


「詳細は分からないけど、・・・・とにかく車出して。パーティーなんか、出てる場合じゃないよ」


 鬱陶しそうに、ファントムは蝶ネクタイを外してシャツの前を寛げ。
 オールバックにしていた前髪を、グシャグシャとかき乱す。

 そして、いつもは柔和な笑みを浮かべている美しい顔に、氷のように冷たい・・・それでいてギラギラとした獲物を駆る寸前の、猫型肉食獣のような表情を覗かせた。

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で、相手を手玉に取る時の機嫌の良い顔では無く、本気になった時の報復を考える悪魔の顔だ。
 掌中にある、お気に入りを横取りされかけている時の・・・・・不機嫌極まりない、激昂一歩手前のような時の顔。


「K町なんかに、アルヴィスが行く用事なんてある筈が無い。・・・・あそこ付近は彼には関係無いような店しかないし、近づかせたくもないんだけど・・・・」


 いつもは隠されているファントムの右目が、銀色の長い前髪の隙間から覗き。
 屋敷の外灯に反射して、異様な光を帯びていた。

 完璧な左右対称の美貌だが、紫の両眼の色合いのみ、微妙に異なっている。
 左目は透きとおるように美しいアメシスト色をしているのに、右目はその色合いが若干濃く・・・良く見なければ気付かれない程度だが、少し不自然だ。
 ファントムの右目の紫色は、カラーコンタクトによる人工の物だからである。
 この事は、ペタ始め極々少数の者しか知らない。

 普段は前髪に隠れているのでコンタクトもはめていなかったりするが、今日は正式なパーティーと言うことで前髪を全てあげていたから装着していたのだろう。
 ※オッドアイ(※左右異なる色合いの目のこと)は、猫なら珍しくないが人間の中ではかなり人目を引いてしまう。
 派手好きで、人からの注目を浴びることに全く抵抗のないファントムだが、珍獣扱いで奇異の目を向けられるのは流石に好まないらしい。


「・・・・理由はどうあれ。アルヴィス君がそんな場所に居るなんて、許せないから連れ戻すよ? アルヴィス君を連れ出したヤツが居るなら、そいつは殺す・・・」


 言いながら、ファントムが指を組んでバキバキと関節を鳴らした。
 優美で白く染み1つ無くほっそりとした・・・・けれど男の物でしかあり得ない、骨張った手に血管が浮き上がる。

 月明かりに照らされながら、唇の両端を吊り上げて笑うファントムは、神々しい程の美貌なのに酷く禍々(まがまが)しい。

 今にも、その薄く形良い唇から白く尖った牙が覗き、真っ赤な血に濡れた舌先が垣間見えそうな。
 引き込まれるように深く、1度目を合わせたら逸らすことは敵わない魔性の紫眼が、赤光(しゃっこう)を放ちそうな。

 ――――――――天与の美貌を持つ、銀髪の悪魔は笑いながら激しく怒っているのだ。



「・・・・・・・・・分かりました」


 ペタは黙って、頭を下げた。

 こんな表情を浮かべている時のファントムは、下手に刺激すると手が付けられなくなる。
 何をするか分からないし、犯罪行為に走ることだって少しの躊躇いも持たないに違いない。

 アルヴィスの事となると、ファントムは本当に見境がないのだ。
 ただでさえ今日は気の進まないパーティーに出席して、機嫌がすこぶる悪かったというのに。
 ・・・・・・・・こんな事態が起きたら、何をしでかすか本当に予測が付かない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 それが分かっているペタは、アルヴィスに何事も無ければ良いが―――――――そう、心の中で祈らずには居られなかった・・・・。









 NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編2

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加筆修正した方の、テキストをアップして貰ったと思ったら。
間違って、その前のデータ送っちゃったゆきのでs(迷惑だから!)
で、その翌日に慌てて同名ファイルで送り直してたりします(笑)
1度読んだ筈なのに、アレ内容変わってない??って思った方スミマセン。
ファイル差し替えです・・・!(汗)
↓のからは、前回と同じ後書きです><

トム様暴れるの巻・・・と思ったら。
その直前、で終わっちゃいましたね今回(爆)
あれー??
ってまだ長引いててスンマセン。
アルヴィスなんて、一言も喋ってないしアトモス出ばり過ぎでスンマセ・・・(殴)
伏線が長引いちゃってます><
でも次回こそ、トム様が暴れてくれる予定です☆
今回でやっと、暴れるフラグが立てられましたんで!(笑)

ちなみに、タキシードはベルトが締められない形式(ベルト通しが無い)ので、ブレイシーズで吊るのが正式です。
サスペンダーの呼び名の方が一般的ですが、英語ではブレイシーズ。
イギリスで「サスペンダー」というと、女性のガーターベルトを指すそうで・・・!(笑)