『Halloween&Birthday−side光−後編』
※『君ため』の番外編です。
ハロウィン当日の夜。
アルヴィスは、先日約束を取り交わしたアトモスの店に居た。
ハロウィンはアルヴィスの恋人、ファントムの誕生日でもある。
だから間違いなく祝いのパーティーが開かれ、アルヴィスも出席を余儀なくされるだろうから、どうやって抜け出そうかと頭を痛めていたのだが―――――――・・・・運良く、アッサリと出向くことが出来たのである。
「パーティーは昼間に変更するよ。・・・ちょっと夜、出掛ける事になったから」
ハロウィンの数日前に、ファントム自身がそうアルヴィスに伝えてきたことで、一切その心配が無くなったのだ。
ファントムの父方の祖父が、実家の方で彼のための誕生パーティーを開いてくれる事になったらしい。
何かと理由を付けて、実家に帰りたがらないファントムを知人達にお披露目したいらしいのだ。
「・・・・こっちに帰国してから2年以上経つけど、殆ど帰ってないからね・・・・流石に断れなくて」
そうアルヴィスに言うファントムは、美しい顔をとても嫌そうに顰(しか)めていて酷く行きたく無さそうだった。
しかし、アルヴィスにしてみれば降ってわいた幸運というモノである。
何かと勘が鋭いファントムの眼をかいくぐり、ナイショでバイトに向かうのは至難の業だ。
その彼が留守になるのなら、好都合。
「・・・本当は、アルヴィス君も連れて行きたいとこなんだけれど」
そうファントムが言った時には、ヒヤリとしたが。
「あんな所に行っても、楽しくも何とも無いだろうし。・・・・あの爺ィ・・・いや、お祖父様のイカツイ顔見たって不愉快になるだけだろうから」
ごめんね、連れて行けなくて―――――と続けられて、こっそり安堵する。
ファントムの祖父の事を、アルヴィスは殆ど覚えていない。
ファントムはアルヴィスが叔父夫婦に預けられていた折、近所に住んでいたが・・・・それは彼の母方の祖父母の家だった。
稀に、彼の父方の祖父の家で開かれるパーティーに一緒に連れて行って貰った記憶はあるが、幼かったから記憶は朧(おぼろ)だ。
ただ、ファントムがその祖父と顔を合わせた時に、酷く冷たい表情になったのだけを覚えている。
――――――ほんじつは、おまねきにあずかりまして、ありがとうございます・・・・。
ファントムだって、当時は小学校に上がったばかりだろうに。
あの時は、とても流暢(りゅうちょう)に難しい言葉で挨拶をしていた。
傍に居たアルヴィスなど、今なら分かるが当時はファントムが何か呪文を唱えたのかと思った程で、理解などまるで出来なかった。
ただ、今思い返すと自分のお祖父さんである筈なのに、酷く他人行儀な挨拶をしていた気がする。
――――――いまのおじさん、だれ?
――――――ああ、アレはね・・・オカネとセケンテイとミエの事ばかり気にしてる、単なるオロカな生き物だよ。
ボクにその血が流れてるなんて、ゾッとするけどね・・・一応ボクの、おじいさん、・・・でもあるかな。
誰かと聞いたアルヴィスに、ファントムはとても冷たい声でそう言ったのだ。
幼かったアルヴィスには、ファントムの言った説明の大部分が難しくて理解出来なかったのだが。
ファントムの言い方で、とりあえずその人物を酷く嫌っているらしいという事と、祖父なのだという事は分かった。
――――――アルヴィス君は、おぼえなくていいよ。どうせオイサキみじかいだろうし、おぼえるかちもないからね。
その時のファントムの印象が強すぎて、肝心の彼の祖父の記憶はぼやけており・・・アルヴィスは殆ど覚えていない。
けれども、何となくファントムが嫌っているから、アルヴィスもイイ印象は無いというのが率直な所だ。
まあ、とにかく。
幼い頃の不確かな記憶と、ファントムの祖父という事を考えれば、その開かれるだろうパーティーがかなり盛大なモノだろうという事はアルヴィスにも察することが出来る。
そんな仰々しい場所には参加したくないし、そもそも行けない理由が出来ているのだから、ファントムが連れて行かないと言ってきたのはアルヴィスとして大歓迎だった。
だからアルヴィスは笑顔で行ってくればとファントムに言い。
―――――――彼が出掛けた今、こうしてアトモスの店に姿を現すことが出来た訳なのだ。
後はもう、約束通りにパーティーに出て、『例の物』さえ手に入れられたら万事OKである。
アトモスがアルヴィスに要求したのは、三つの事だけだ。
パーティーに参加すること。
店が招待した客に、愛想良く接すること。
用意した衣装に着替えること。
たったそれだけだ。
破格の報酬を貰うのだから、てっきりバイトのようなモノで店で飲み物を運んだりとかそういう『働き』を言いつけられるのかと思ったのに、たったそれだけ。
最初に言われたとおり、パーティーに『出席』するだけで良く『働く』必要は無いらしい。
・・・・まあ、渡された衣装が昼間のパーティーのシスター服に引き続き、機能性は甚だ疑問な『メイド服』だったのは閉口したが。
ハロウィンだから、これは女装じゃなく仮装なんだと必死に自分に言い聞かせて、アルヴィスはその衣装を受け取った。
あのバカ高い酒を貰えるのだから、これくらいは我慢すべきだと思ったのである。
アルヴィスの服は、アトモス自らが着るのを手伝ってくれた。
渡されたメイド服なるものは、やたらとビラビラひらひらとして、更にどう結べばいいのか紐が沢山付いており、確かにアルヴィス1人では着方が分からない。
だからなのだろうが、アトモスはやたらに丁寧に着せてくれた。
それこそ、―――――・・・細部に至るまで。
「ほら、・・・脱いで」
言われたとおりにアルヴィスが下着姿になれば、アトモスは首を横に振ってビラビラな白いモノを突き付けてくる。
「Tシャツもだ。下も・・・まあ、コレ履いたら見えないからいいか・・・じゃあ下はいいから、そのままコレ履いて」
「・・・・・はあ・・・」
渡されたのは、白レースが何とも可愛らしいブラウスと、カボチャ型としか言い様の無いパンツらしきもの・・・確かズロース?とか言っただろうか。
どちらも負けず劣らずビラビラヒラヒラで、ブラウスは胸元にカボチャパンツは足を通す裾部分・・・太腿辺りだが・・・に黒いリボンが通してある。
「履けたら、次にコレだ」
アルヴィスが四苦八苦しながらブラウスのボタンを留めていると、今度は更にビラビラした真っ白な段々スカートが突き付けられた。
これはアルヴィスも見覚えがある・・・・パニエとかいう、スカートの下に履いてボリュームを出す為のスカートだ。
ファントムに無理矢理着せられて、何で何枚もスカートを履かなければならないんだと、嘆いた事がある。
どちらにしろ、女性モノの下着だが・・・・悲しいことに幼なじみのせいで、何度か試着経験があるアルヴィスだった。
今回は、あの死にそうに苦しい『コルセット』が無いだけでも感謝しなければならないのかも知れない。
「よし、じゃあ後ろ向け。ワンピースを着せてやるから」
ようやく、アトモスがミントグリーンのワンピースを手にしてアルヴィスに後ろを向くよう指示してくる。
「下着から付けるなんて・・・・随分本格的な仮装ですね・・・・」
雇い主であるから拒絶は出来ないが、それでもやはりこういう格好には抵抗があるアルヴィスは、言われるままに背を向けながら口を開いた。
これがファントム相手なら、絶対に散々文句を言っている所だ。
「ああ、手は抜けないな。こういうのがお好きな方がいらっしゃってな。手は抜けない・・・」
「・・・お好きな・・・?」
「ウチのような店は、お客に喜んで頂いてこそ存続が許される店だ。なればこそ、お客の趣味は完璧に理解しなければ・・・」
「・・・はあ・・」
アトモスは答えながらも、着々と手際よくアルヴィスの着替えを済ませていく。
ミントグリーンのワンピースを着せ、共布で出来た腰のリボンを結び、ブラウスの袖口に所々付いた黒リボンを形良く結んで・・・・・アルヴィスにひときわビラビラとした、レースがふんわりした真っ白なエプロンドレスを身につけさせる。
背中でまた、紐を結んでいるみたいだから、複雑な形態のエプロンのようだ。
これはもう、1人では脱げないレベルだろう。
袖の手首にまでリボンが結んであるのだから、アルヴィス1人ではどうにもならなさそうだ。
アトモスは、更に膝上まであるリボン付きのハイソックスを履かせ、真っ黒な先端が丸い厚底靴を履かせると、傍らの鏡台へ座るようにアルヴィスを手招いた。
「・・・・・・・・・・・・・」
流石に、鏡で自分を確認してしまうと恥ずかしくて。
アルヴィスは下を向いてしまう。
着せられる前に、コレを着ろと見せられたし実際着る時だって眼にしていたのだから・・・・自分が今、どんな格好をしているのかは分かっていたのだが。
それでもこうして、鏡の前に座り自分で姿を見てしまうと―――――――・・・顔から火が出そうになるほど、恥ずかしかった。
鏡の中にいるのは、中世時代のお姫様のような姿をした自分。
エプロンを着けるからてっきりメイド服だと思ったのだが、メイド(お手伝いさん)にしては華美すぎる格好だろう。
ファントムに色々着せ替えられて、免疫はかなり付いたと思っていたが、やはりこういった格好は恥ずかしい。
これなら、動物の着ぐるみだとかハゲ親父のカツラを被る仮装の方がまだマシだ。
「・・・・俺、こういうの似合わないと思うんですけど・・・・」
「いや、似合うぞ。俺の眼に狂いはない」
アトモスはアルヴィスの言葉を気にした風も無く、アッサリと言い切って。
後は黙々と、アルヴィスの癖の強い髪をブラシで撫で付け続ける。
「一目見て、コレが着せられると思ったんだ。予想通りだな」
「・・・・・・・・・」
余りにも淡々と言い切られ、しかも髪をブローする手や目つきが真剣そのものなので、アルヴィスは何も言い返せなくなり押し黙るしか無かった。
言われた台詞は不本意そのものなのだが、アトモスには何となく逆らえない雰囲気がある。
アトモスが決してふざけて言っているので無いことは、アルヴィスにも分かるからだ。
何のニーズがあるのかはよく分からないが、それでもまあ、商売的にこういう格好が必要なんだろう・・・・意味が理解出来ないままに、アルヴィスはそう結論づける。
自分はまだ未成年で、社会人になっていないから働く厳しさは分かっていないけれど。
きっと、働くようになればこういった分からない事でも全力を尽くさなければならない事態があるのだろう。
そう納得した。
「出来たぞ。・・・・ああ、これはいいデキだ」
「・・・・・・・、」
丁寧にツンツンと立ち上がっていたアルヴィスの髪を撫で付け、最後に大きなリボン付きのカチューシャを載せたアトモスが満足げに声を出す。
納得はしたものの、アルヴィスは流石に恥ずかしすぎて鏡で自分の姿を確認する事は出来なかった。
着替えが終わり、案内されるままに店内のフロアへ入ると。
店内には、仮装した従業員が大勢忙しそうに行き来していた。
あの時は店の外側しか見られなかったが、店内はそれなりに豪華だ。
ゴールドを基調に、赤や青、様々な色彩が取り入れられた幾何学模様の壁紙に、深いブルーの毛足の長いカーペット。
高い天井には小ぶりのシャンデリアが幾つもぶら下がり、優雅な曲線を描くそれなりに高そうな長椅子やテーブルのセットがフロアに点在している。
ファントムが住む部屋とはまた違った、派手派手しいキラキラしさだ。
何というか・・・このフロアの内飾は、何もかもが光りすぎている。
キラキラというより、ギラギラというか・・・・吊り下がったシャンデリアもガラステーブルも、上に乗ったグラスセットやキャンドルも全て、わざとらしい程に輝いているのだ。
壁紙の金色や、置かれた調度品の金具、壁に飾られた絵画の額縁までもがピカピカである。
――――――ファントムのとこもキラキラしてて落ち着かないけど、ここは何だかもっと落ち着かないな・・・・。
何となく居心地の悪さを感じたアルヴィスだが、たかが数時間居るだけなのだからと気を取り直す。
そう、・・・そんなことくらい気にしている場合では無いのだ。
たった数時間この場に居るだけで―――――・・・アルヴィスは、ファントムへの最高の贈り物が出来るのだから。
その為ならば、多少のことは譲歩しなければならないと割り切らねばならない。
ただ、気になったのは店の中を歩く従業員達の姿である。
アルヴィスのような仮装をしている人間はほんの一握りで、大多数は吸血鬼やら海賊やら・・・漆黒のマントや金の縁取り付きの上着を纏った男性的な仮装ばかりだからだ。
「・・・・俺もあっちが良かったんですけど」
「ああ、客の好みによって俺達は衣装を変える。彼らの顧客は、彼らのああいった姿がお好みだ」
「・・・・・・・・・・、」
「君がお相手する客は、そんな感じのが好みでね」
思わず憮然として傍のアトモスに言えば、やはり海賊の船長風の衣装に身を包んだ男は涼しい顔で答えた。
どうやら、客によって衣装を変える趣向らしい。
「・・・・・客・・・」
そういえば、そのお客さん相手に自分は何をすればいいのかを聞いていない事にアルヴィスは気付いた。
先ほどからアトモスが口にしている、『客』。
店なのだから、お客が来なければそりゃ商売にはならないだろう。
しかし一体、この店は何を商売にしているのだろう?
考えてみれば、アルヴィスはこの店がどういった店なのかを知らないのだ。
客の趣向に合わせて、衣装を・・・・とアトモスは言っていた。
パーティーに参加するのがメインの仕事だとも言っていたから、仕事はつまり、そのパーティーの来客の話し相手という事なのだろうか?
そこまで考えて、アルヴィスは段々気が滅入ってきた。
元々、そんなに口が滑らかなタイプでは無いし、・・・・どっちかと言えば口下手だ。
とてもではないが、そんな見ず知らずの初対面の相手と、和やかに話せる気がしない。
それに相手は客なのだから・・・・失礼があったら大変だし、もし機嫌を損ねてしまったら??
更に言えば、こういう格好・・・要は仮装だけどぶっちゃけ女装・・・が好みの客なんて、ロクでも無い気がする。
いや、絶対ロクなヤツじゃない。
一癖も二癖もあるようなヤツばっかりに決まってる・・・・!!
そんな奴らに俺は、ちゃんと話なんか出来るだろうか・・・??
今まで自分にこういう格好を勧めてきた輩を思い浮かべ、アルヴィスはさい先が思いやられる気がした。
「あの、・・・それで俺は一体パーティーでどうすれば・・・?」
俺は余り、初対面の人と話すのが得意では無いんですが・・・・そう困り顔で聞けば、アトモスはやはり涼しい表情を崩さずに口を開く。
「君は、それでいいよ。深窓の令嬢の如く、楚々(そそ)として佇んでいてくれれば」
「え、・・・でも」
「余計な事は口にしなくて良い。ただ、黙って相手の方の言葉に耳を傾けていればいい。・・・笑顔を忘れず」
「・・・・・・・・・・はあ・・・」
アトモスの説明によれば、別に此方から話題を提供したり、気の利いた言葉を言う必要は無さそうだった。
ただ、見知らぬ相手にそんな笑えるかというと、微妙に自信は無いアルヴィスである。
それでも、たった数時間耐えれば良いことだ。
それだけで、望みのモノが手に入るのだ。
だったら、多少のことには眼をつむらなければ。
ファントムの誕生日プレゼントの為だから、頑張らなければ―――――・・・そうアルヴィスは決意した。
そして、現在。
「いや、美人だね! アリスというのか、よし覚えたぞ−!」
「え、じゃなくて俺はアルヴィス・・・ってパタータさん、・・いや様、・・・・あのちょっと重っ・・・!!」
長椅子の上、ほろ酔い加減で抱き付いてくる太った男を、アルヴィスは引きつった笑顔で必死に引き剥がそうとしていた。
パーティーと聞いていたから、アルヴィスはてっきりファントムに連れて行かれるような立食形式のスタイルかと思っていたのだが。
フロアに点在するテーブルセットに各自座り、来た客を接待する・・・といったモノがこの店での形式らしい。
アトモスに言われるまま、指定されたソファに向かったアルヴィスは、そこでパタータと名乗る男を紹介された。
太った白いひげ面の男で、丸顔なのに眼鏡を掛けた細い眼がやたらに神経質そうで・・・何となく底意地が悪そうな印象を受ける男である。
愛想良く、笑顔で相づちを打つように―――――そうアトモスにそっと耳打ちされ、この男がアルヴィスの『お客』なのだと理解した。
だから、アルヴィスなりに頑張って笑顔を振りまいたのだが・・・・・・。
「いいだろう、いいだろう可愛い子猫ちゃん! 私のアリス!! ほら、頬ずりさせておくれーー!!!」
「!!? ぎゃああー! やめてくださいパタータ様っ、・・・ちょ、マジで重い・・・んですけどっ・・・・・!!」
その結果が、コレである。
デブ客、パタータはアルヴィスが現れた途端、至極ご満悦だった。
アルヴィスの格好がいたくお気に召したらしく、最初はうっとりと涎をたらさんばかりに眺め、手を取り、湿った手の平で散々なで回してきた挙げ句。
感極まったのか、アルヴィスをソファに押し倒す勢いで抱き付いてきたのだ。
これはバイトなんだからと、最初は耐えていたアルヴィスだが、流石に我慢しきれるものではない。
だが、逃げようとするものの、服が邪魔でなかなかパタータの腕から逃れられなかった。
この席には、アルヴィスとパタータ以外に飲み物を作る係らしい男が2人付いていたが、全然止めてくれる気配は無い。
アルヴィス自身はもう、パニックだ。
酔っぱらいの訳の分からない話を聞き流していれば良いだけかと思ったら、いきなり手は握られるしなで回されるし、最後には舐められる始末。
鳥肌が立ち、手を振り払って殴りつけたい衝動を必死に抑えて、どうにかこうにか手を丸ハゲ親父から引き抜く事に成功したと思ったら・・・・・・・・・今度は押し倒されてしまった。
ウエイトに差がありすぎるから、こうして押さえ付けられてしまうともう、どうにもならない。
叫んでも騒いでも、酒臭い息が顔に吹き付けられる距離からは逃れられそうも無かった。
「私の可愛いアリスちゃーん〜〜〜vv」
「やっ、・・・やめろ、バカ・・・いい加減にっ、・・・・・・・・・!!」
耐えかねて、アルヴィスがかたく拳を握った、その刹那。
「パタータ様、少々お戯れが過ぎますよ」
頭上から低い声が降ってきた。
「・・・・・・・・・・・」
声と同時に、アルヴィスにのし掛かっていた重力が軽くなる。
「この子はまだ新人でして。・・・それなりの手順が必要でございます」
反射的に顔を上げれば、いつの間に来たのかアトモスがアルヴィスにのし掛かっていた客の肩を掴んで、身体を引き起こしていた。
どうやら、見かねて助けに来てくれたらしい。
「アルヴィスもだ。パタータ様はお客様だよ? 丁寧な対応を心がけるように」
「でも、・・・」
流石にこんな事をさせられるとは思わなかった・・・・・と言おうとしたアルヴィスだが、耳打ちされた言葉に押し黙る羽目になる。
――――――ご褒美、欲しいんだろう?
確かに、ここで我慢出来ず帰ってしまったら、元の木阿弥(もくあみ)だ。
何のために抜け出して、ここへ来たのか分からない。
それに、今日あのプレゼントが駄目になってしまったら・・・アルヴィスはファントムに何もあげることは出来なくなってしまう。
「・・・・はい」
パタータが身を引いた隙に素早く椅子に座り直し、アルヴィスは渋々と言った様子で頷いた。
「ほら、パタータ様に飲み物お勧めしなさい。お強請りしたら喜んでくれるぞ」
「・・・・・・・・・・」
お強請りなど、どんな顔と声ですれば良いと言うのか。
けれど、褒美を貰う迄は言いなりにならなければならない。
報酬を貰うには、それなりの努力が不可欠なのだと、アルヴィスが身をもって知った瞬間だ。
「・・・・の、飲み物・・・如何でしょう? 頼んでくださったら、俺・・・うれしぃ・・・な?」
頭のリボンを揺らし、小首を傾げながら引きつった笑顔で飲み物を勧める。
かなりぎこちない言葉遣いだが、そこはもう目を瞑ってほしい。
元来、愛想良くなんてしたことないから、いきなりやろうとしても無理なのである。
「おぅおぅ、飲み物か。よしよし頼もうなっ!・・・ほれピンクのヤツ入れてくれ、・・・そうさなアリスちゃんの為に全テーブル席に振る舞っておくれ」
だがパタータのお気には召したようで、ドラ声で気前よくそう叫ぶ。
その途端同じ椅子に控えていた2人の男が立ち上がり、『ピンドン全席お振る舞いです!!』と声をあげ、それに反応しフロア中が震撼するように響(どよ)めいた。
―――――――アルヴィスにはよく分からないが、何だか凄い事らしい。
「これで満足かな? 私の可愛い小鳥」
「えっ、・・・」
「満足ですとも、パタータ様っ!!」
再び酒臭い顔を近づけてきた客に、アルヴィスがまた羽交い締めにされたら堪らないと身を引こうとした瞬間。
立ち上がり注文の声を張り上げた男が、アルヴィスの背後から近づきパタータの方へ、そう言いながら身体を押しつける。
「パタータ様にここまでして頂き、彼は感動して口が利けないそうです」
「なっ、・・ちょっ・・・・!!?」
何言ってる? と言い返したいのに、パタータの肉付きの良い胸板に顔を押しつけられ、アルヴィスは言葉も吐けずにただ藻掻いた。
「おお私の小鳥! 気に入ってくれたのだな〜〜〜〜!!」
酔っているせいか、それに一切疑問を持たずパタータはそのままアルヴィスを抱き締めてくる。
極太のハムのような腕がアルヴィスに押しつけられ、アルヴィスは肉に囲まれて窒息しそうになった。
「可愛いのー私の小鳥! ささ、アリスちゃんも飲もうでは無いか!!」
「あの、・・・でも俺、未成・・・年ですから、・・・・」
何度言っても、名前を覚えない酔っぱらいにゲンナリしながら、アルヴィスはやんわりと断ろうとした。
ようやく少しだけ腕を緩められグッタリした所に、グラスを突き付けられてアルヴィスは力なく苦笑するしかない。
もう、愛想笑いしている余裕は無かった。
早く、この湿った生暖かい肉塊から解放して欲しかった。
こう至近距離に顔を近づけられていては、酒臭さだけでも息が詰まりそうなのである。
―――――・・・ファントムへのプレゼントの事が無ければ、とっくに音を上げている所だ。
「そう硬いこと言わないで小鳥ちゃん! 私と飲もう、なっ?」
「だから俺、・・・・んぐっ!??・・・んっ・・・・!!!」
だが客は聞く耳を持たなかった。
アルヴィスの身体を、抱き締めたまま。
飲めないと言いかけたアルヴィスの口へと、強引にグラスの中身を流し込んできたのだ。
「いいじゃないか、小鳥ちゃんも飲みなさい!」
「・・・ごほっ、・・・!!」
咄嗟に顔を背けようとしたが、顎を掴まれていてままならない。
口を閉ざそうにも、両頬を左右から圧迫するように指で押さえ付けられているから、それも出来なかった。
刺激のある炭酸性アルコールの液体が、アルヴィスの喉から食道を伝って胃の腑へと流れていく。
冷たい液体の筈なのに、伝った部分から内臓がカアッと熱を帯びていくのが手に取るように分かった。
「・・・ゴホッ、ゴホゴホッ・・・・!!!」
当然、無理矢理飲まされたから、キレイに食道にばかり流れた訳ではなく。
酒はアルヴィスの気管の方へも、入り込む。
「ゴホゴホッ・・・・ぐ・・・・うっ、・・・・!!!」
アルヴィスは盛大に咽せて、激しく咳き込んだ。
肺を満たす苦しさに息が出来ず、アルヴィスは涙目で口を押さえエビのように身体を丸める。
もはや、お客の前だとかそんなことは構っていられない。
咳は喘息を誘発する――――――・・・早く咳を止めなければ、発作が起きかねない。
早く止めないと。
気ばかりが焦った。
けれども、携帯している薬は服のポケットの中であり、着替えてしまった今は持ち合わせがない。
「おや咽せてしまったのか小鳥ちゃん・・・ほれ水を飲みなさい・・」
物知り顔でパタータが水を勧めてくるが、無論飲めるような状況では無かった。
「ゴホッ・・・ゴホゴホッ・・・ゴホッ・・・」
「そういう時は息を止めてるといいぞ、息を吸おうとするとかえって苦しくなるんだ」
「ゴホッ・・・・、・・・・・!!・・・・・・・・・!!!!」
――――――バカ、誰のせいだと思ってる・・・・・!!!?
心の中でアルヴィスは叫んだが、もはや言葉に出来る状態には無い。
「ゴホゴホゴホッ、・・・・ゼェー・・・・、・・・・」
激しく咳き込みながら、アルヴィスは自分の肺が覚えのある悲鳴を上げるのを。
苦しさに霞み始めた意識の中で、耳にした――――――――――。
NEXT Halloween&Birthday−side光−焔編1
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言い訳。
・・・あれ、終わりませんでしたね後編(汗)
おかしいなー・・・・次回こそ、終わると思うんですが!!
一気に無理矢理アップでもいいかなと思ったんですけど、流石に長すぎなので。
・・・・短くまとめられず、ダラダラ書いちゃってスミマセン・・・。
そして、トム様が殆ど出て無くて申し訳ありません。
次回こそ、出ずっぱりです。
つか、視点はトム様です・・・・☆
きっと盛大に暴れて下さるかと(笑)
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