『Halloween&Birthday−side光−中編』





※『君ため』の番外編です。







 






 店先に飾られている、ガラスケースを物珍しそうな様子で眺めている青年を目にした時。
 アトモスは最初、店にホスト志願でやってきたのかと思った。

 客に一夜の夢と愛を売りその報酬を得る『ホスト』は、実際にはそうそう甘い汁が吸える訳では無いのだが・・・・容易に高給を得られるバイトとして、容姿に自信がある者には人気の職種だ。
 もちろん、成功するのはほんの一握りだから―――――――・・・半年後どころか2ヶ月後でも、そのまま勤めていられる者は少ないし、辛うじて働けていたとしてもウダツの上がらない成績で細々と生き残っているのが殆どだが。
 それでも、一攫千金を夢見てホストクラブの扉を叩く輩は多いのだ。

 そんな訳でホスト業界は、何かと商品(ホスト)の入れ替えが激しく。
 昨夜も2人、業績が思わしくないのを理由に辞めたばかりだったから早急に新しい子を入れなければ・・・・そう思っていた矢先の出来事だった。

 開店前のこの時間、店にやってくるのが客であろう筈は無い。
 そして見覚えのない姿であれば、従業員でも無い。
 となれば、確率的にホスト志望の若者という事になる。


「・・・・・・・・・・・、」


 ガラスケースを見つめている細身の青年を、査定するつもりで爪先から髪の毛先まで見やり。
 アトモスは思わずヒュウ、と口笛を吹きたくなった。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 ホストになる為には、必須の条件が一つだけある。
 それは、客に対して、『某か(なにがしか)のアピール要素』があること。

 生い立ちだとか、前科があるとか無いとか、今現在の生活態度がどうだとか・・・・そんなのは一切関係ない。
 要は、客に対して何らかの光るアピールポイントがあること。
 顔がキレイなのでもいい、話術が巧みなのでもいい、客を喜ばせ『イイ気分』にさせることが出来る能力があること・・・・それが条件である。

 そして、容姿が美しい者はそれだけで鑑賞対象となるから、客を惹き付けられるというメリットがあるのだ。
 話術が巧みなのは、実際に話してみなければ分からない。
 けれど、容姿の美しさは・・・・初回来店時に、ホスト達の姿をパネルで確認し・・・指名する客にとっては、最大のアピールとなる。

 店にとっても売り込みやすく、かつホストクラブとして1番自慢したいポイントだから、キレイな容姿の子は幾らでも欲しい。


 その点、ガラスケースの前にいた青年はかなりの合格ラインだった。
 いや、合格ラインなど突き抜け、上限にぶち当たったといっても良いだろう。


 青みがかった艶のある黒髪に、ミルク色の陶器みたいに滑らかな肌。
 両手に覆い隠せてしまいそうな、小さな顔。
 その華奢な輪郭の中の、少々吊り上がり気味の大きな瞳や高い鼻梁、小さめの唇は各パーツの美しさもさることながら、配置もまた完璧だ。

 ハッと人目を引く珍しい色合いの瞳が、更に青年の人形めいた顔立ちの美しさを強調しているのもガラスケース越しに確認出来る。
 発色が素晴らしく濃く美しく出た、ブルー・アゲート(青瑪瑙)のような青色の眼。
 あの瞳の色にだけでも、魅せられ虜(とりこ)となる人間は幾らでもいるに違いない。

 ケースにそっと触れている白い指先も、ほっそりと優美で・・・爪までもキレイな形をしていた。
 本当に、何から何まで、・・・・欠点の見当たらない美しい姿をしている。

 ガラスケースを眺める青年の、顎から首、肩への流れるようなラインの繊細さが着ている外套の上からでも容易に想像出来て。
 アトモスは、良くできた人形が動いているような錯覚をおぼえた。

 ゴクリ、と思わず唾を飲み込む。




 ――――――・・・これは、一儲け(ひともうけ)出来るかも知れない・・・・・・・・・・。




「・・・・シャンパンタワーに興味が?」


 すぐに採用だ、と叫びたくなる気持ちを抑え。
 とりあえずアトモスは、ケースに張り付いている青年にさりげなく声を掛ける。

 見たところ、服装から言って大学生だろうと思われるが・・・・もしかして興味はあるものの、まだ働きたいとまでは思っていないかも知れないからだ。

 多少興味を持って、ホストクラブがどんな所かと様子を見に来ただけなのなら、早急に勧誘すると尻込みさせてしまう恐れがある。
 アトモスが店の経営者とまでは分からないだろうが、店の関係者とは容易に悟れるだろう格好をしているし、下手な話しかけをしたら逃げられてしまうかも知れない。


 案の定、そっと話しかけたにも関わらず、青年はびくっと背中を跳ねさせてアトモスの方に振り返った。


 やはり、直に見ると本当に美しい顔だ。

 ホストクラブの従業員達は、顔立ちの整った者が殆どだが、大抵は『手直し』をしている。
 元から見目は整っていても、やはり毛穴だとか眉の形だとか・・・肌色のムラなどがあるから、それらをメイク等で巧妙に修正したり矯正しているのだ。
 見目が良ければ良いほど、稼げるのがホストの世界だから、彼らもその努力は欠かさない。
 薄暗いライトに照らされた店内や、そのことを知らない客などは、それで誤魔化されて彼らにウットリなのである。
 補修や加工も無しに、文句なく美しい人間というのは早々いない。

 だが振り返った青年は、恐らくファンデーションやその他の矯正を一切していないだろうにキレイだった。
 商売柄、色んな『矯正&補修美形』を見慣れているアトモスには分かる。

 毛穴の見当たらない滑らかな白い肌に、女が羨ましがるに違いない長く濃い睫毛。
 眉カットなどしていないだろうに、スッと一筆で描かれたが如くキレイなラインの眉。
 艶のある青みがかった黒髪は、少々コシが強くて無造作にツンツンと逆立ってはいるものの、丁寧にブローして撫で付ければ問題無く美しい髪だ。

 間違いなく、極上の逸材である。
 この逸材ならば、店のシンボルとして持ち上げるだけの価値がある。

 彼を餌に、幾らでも上客を引き寄せられる気さえした。


 だが、目の前の青年はアトモスの言葉に食いついては来なかった。
 不思議そうに首を傾げ、聞き返してきたのみだ。


「シャンパンタワー?」


 どうやら、聞き覚えのない言葉だったらしい。
 まあ、形は知っていても名前を知らないと言うのは良くあることだが。


「・・・こうして積み重ねたグラスに、シャンパンを注いで見せるイベントのことだ」


 アトモスが説明をしてやれば、青年は納得した様子も見せず緩く首を振り、ケースの中を指し示す。


「あ、・・・いえ。そうじゃなくてこの瓶が・・・」

「・・・・・・・・・」


 指し示されたのは、積み重ねられたグラスの横に置かれたドンペリのボトルだ。

 ホストになりたいと思う人間にとって、高額のシャンパンを客に入れて貰いそれでシャンパンタワーのイベントをこなすのは、一種のステータスというか・・・・絵に描いたような、ホストとして華々しい代表的な仕事だろう。
 そしてシャンパンの中でもドンペリは有名だし、ホストに憧れる者が飲んでみたいと思う酒なのかも知れない。
 まずはタワーを見るより、味見をしてみたい・・・そんな所だろうか。


「ドンペリ? 飲みたいのか」


 そう思ってアトモスが聞いてみると、また青年は首を横に振った。


「そうじゃなくて、・・・・買いたいんですけど・・・・コレ、お幾らくらいするんですか・・・?」

「買いたい?」


 今度は、アトモスも面食らう。
 買いたい、とはどういうことだろうか。

 単にシャンパンを飲みたいのなら、店へ飲みに行くか酒屋へ行って買えばいい。
 ホストクラブへやってきて、ボトルだけ買いたいというのは無いだろう。




 ――――――もしかして、働きたい訳じゃないのか・・・・・?




 アトモスの当惑を余所(よそ)に、青年は言葉を続ける。


「はい。・・・出来れば、このピンクっぽいラベルのじゃなくて・・・・真っ黒なのがあればいいんですけど」

「真っ黒? ・・・ピンドン(ピンクのドンペリ)じゃなくて・・・プラチナ・・・・!?」


 その言葉に、またまたアトモスは驚く羽目になった。

 ドンペリというシャンパンは、通常のものは黄色いラベルが貼られている。
 所謂(いわゆる)、それが普通『ドンペリ』と呼ばれている種類だ。
 店のガラスケースに飾られているのは、ピンクのラベルが貼られた『ロゼ』というもので、通常のドンペリの3倍以上の価格である。
 だが、青年が口にした『真っ黒のラベル』のものといえば、『エノ○ーク』という、・・・・ロゼよりそっちがいい、と言ってる以上はヴィンテージ物の『プラチナ』と呼ばれる最高品質のドンペリを指すのだろう。


「・・・・・・・・・・・」


 シャンパンタワーを知らず、言っている口調からしてシャンパンの知識は殆ど無いと思われる。
 それなのにドンペリに興味を示し、ロゼどころかプラチナの存在を知っているらしい青年。





 ――――――・・・いったい、何者だ・・・?





「・・・・・・・・・・・」

「・・・・あの、・・?」


 青年を凝視したまま口をつぐんでしまったアトモスに、戸惑いがちな声が掛かるが、意に介さず見つめ続けた。


「・・・・・・・・・・・・・」


 今まで顔にばかり視線が向いてしまっていたが、青年が着ている服装も相当上質な物だと気付く。
 ウール素材の黒のピーコートは、かなり仕立ての良い上等な物だし、中に着ているブルー系のストライプシャツと同系色でまとめたニットプルオーバー、そしてローライズの細身パンツも洗練されたデザインで、一目で高価な服だと分かる。
 黒皮のベルトや靴も上質だし、傍にある手提げバッグも、良く見ればEルメスの布トートだ。

 そして、青年が別に、それらの服装を気負って着ている訳じゃないのも分かる。
 ガラスケースに付いた埃が袖口に付着するのにも一切構わず張り付いていた様子や、無造作に下に投げ置かれたトートバッグを見れば歴然だ。
 彼にとっては、このレベルの服が普段着という事なのだろう。

 なまじ上客ばかり相手にして商売している訳じゃないから、そういった選別眼には自信がある。


「・・・・・・・・・・・・・」


 良く見れば、・・・・いやパッと見にもよく分かる良家のお坊ちゃまといった風情だ。
 だが、そう思って見ると、ますますアトモスは目の前の青年が良く分からなくなる。

 何故なら、そんな良家の子供であればドンペリなど苦もなく手に入れられるだろうから。
 こんな所で問わずとも、行きつけの店で聞けばアッサリと買えるし飲めるだろうに。



「えっと、・・その。知り合いが・・・そのシャンパン好きで、良く飲んでて。俺、プレゼントしたいんですけど、・・・・もしかしてすっごい高い・・・んでしょうか?」


 青年がキレイな顔を不安そうに歪ませて恐る恐る聞いてくるのが、アトモスには不思議でならなかった。
 だがとりあえず、聞かれたことには教えてやろうと口を開く。



「そうだな。・・・普通に購入してもコレで3万以上はするし・・・プラチナなら15万〜20万は下らないだろう。ウチの店は別に、ボトルだけ売る訳じゃないが」


 純粋にボトルだけを売っても、酒屋では無いのでホストクラブはたいして儲からない。
 店としては、サービス料(手数料)を加算して客にその金額ごと請求して、ようやく儲けられるのだ。

 だからアトモスの店でも、通常のドンペリ1本で5万円以上取るし、ロゼならば12万円。プラチナに到っては・・・・1本で30万円は搾り取る。
 もちろん、それなりのシャンパンコールなりリップサービスなり、ホスト達の余りある『癒し』は過剰なほどに献上するのだが。



「・・・・・・・・っ!!」


 アトモスがサラッと値段を口にした途端、青年が大きく目を見開いた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 そしてそのまま、青ざめた顔で俯いてしまう。
 どうやら、アトモスが口にした価格にショックを受けたらしい。

 その着ているコート1枚を買う時に出す金で、サービス料込みのプラチナだって注文出来るだろうに、不思議な青年である。


「・・・・コレ、欲しいのか?」


 余りの悄気っぷりに、ついアトモスが聞いてみれば、青年は力なく首を振った。


「・・・・真っ黒のじゃないと、駄目なんです。でも、そんな高いなら俺には無理ですから・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 上質な物しか身に付けていないお坊ちゃまなのに、まるで一般庶民のように奥ゆかしい回答だ。
 格好と認識が、咬み合っていない。




 ――――――良家の子だが、家が異常に厳しくて小遣いなどが貰えないとか、金銭面が自由にならないんだろうか・・・・・・・・?




 考えても考えても、青年の生活水準背景が思い浮かばない。
 だがまあ、とりあえず良家の子息だろうが、金に困っていてシャンパン1本の購入を躊躇っているというのなら・・・・アトモスが付け入る隙はあるだろう。

 一見、金持ちに見えても家の中が火の車だとか、外見は見栄を張って着飾っていても内情はそれに伴っていないとか――――――金回りは潤沢だが、それらの恩恵を一切子供達には与えない親だとか、親が再婚同士で子供を冷遇してるとか、等々。
 色々と金持ち達の事情も複雑な事が多い事を、アトモスは商売柄知っている。

 せっかく見つけた、極上の容姿を持つ逸材なのだ・・・・これを店の為に生かさない手は無い。
 アトモスはニヤリとして、目の前の青年に猫なで声を出した。


「じゃあ、・・・プラチナをあげると言ったら?」

「えっ、・・・!??」


 思った通り、青年は言われた内容に弾かれたように顔を上げて食いついてくる。

 上手くいきそうだ。
 心の中でほくそ笑みながら、アトモスは言葉を繰り返す。


「君に、プラチナをあげよう。ただし、・・・条件があるが」

「・・・・何ですか??」


 意気込んで青年は、アトモスを見つめてきた。

 これは、・・・・脈がある。
 プラチナを餌にすれば、簡単にバイトを承諾しそうだ。



「ウチの店で、バイトして欲しい。そうすれば、バイト料としてプラチナを君に与えよう」

「バイト・・・っ!?」


 だが、言った途端に青年は泣きそうな表情を浮かべる。


「俺、・・・バイト駄目なんです・・・・許して貰えなくて・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 やはり、良家の子息だからバイトは禁じられているのだろうか。

 これくらいの歳なら、親に反発してもおかしくないと思うのだが、そういった意気地は無いらしい。
 見た目はかなり気が強そうだが、そんなに逆らえない程恐ろしい親なのか。

 しかし、ここでアッサリ諦めるのはアトモスとしてもかなり惜しい気持ちで一杯だ。
 せっかく見つけた滅多にない素材なのに、このまま諦めるのは惜し過ぎた。



 ――――――・・・だが、何と言って懐柔すれば良いだろう?




 アトモスが内心で考えあぐねている時、青年が更に言い訳を口にした。


「それに、・・・俺、すぐ欲しいんです。ハロウィンにあげないと間に合わないから・・・・・」


 ハロウィン、と聞いて。
 アトモスの脳裏に、あるアイディアがひらめいた。


 年間イベントは、商売柄、大抵は客へのサービスとして店に取り入れている。

 ハロウィンだって、例外では無い。
 その日は、店を挙げて仮装パーティーを開き・・・・ファンサービスをすることになっている。

 そしてその時、店の上得意の客が来ることになっているのだが――――――・・・その客の好みがうるさすぎて、アトモスは少々手を焼いていた。
 その客の好みだったホストが、先日ある不祥事を起こした為に店を勝手に辞めてしまい・・・・客は未だにアトモスの店を訪れるものの、サービスを受け楽しみに来るというより、ほぼ嫌がらせに近い態度を取る。
 自分の好みだった従業員が勝手に辞めてしまった事も、辞める原因が同じ店内で働いていたバーテンと出来てしまった事も気に食わないのだ。
 けれども、上得意は上得意なので、来れば多額の金を落としては行く。
 だが幾ら商売とはいえ、毎回呼び出されてはチクチクネチネチと嫌みを言われるアトモスとしては、かなり神経が疲れる事でもあった。

 上得意だから、逃げられるには惜しい。
 だが、かといって毎回いびられるのは堪らない。

 あの丸顔でヒゲの馬鹿面を思い浮かべただけで、虫唾(むしず)が走る程アトモスは嫌な気分になる。
 一番良いのは、新たなるお気に入りをその客・・・パタータに見つけて貰う事だが、何せ好みがうるさくて目に敵うホストが居ないのだ。

 だが、この青年ならどうだろう?
 ―――――・・・自分の面を棚上げし、美少年好みのあの客ならば、絶対に気に入るに違いない。


「・・・・・・・・・・・」


 こうなったら、ハロウィンだけでもいいからこの青年を雇いたかった。

 連日のバイトは駄目でも、数時間のみなら可能かも知れない。
 というより、その客にさえ引き合わせて機嫌を取れればそれでいい。

 店に勧誘出来なかったとしても、とりあえずその客相手に数時間傍にいてくれたら、損は無い。
 後はもう、青年を餌にちらつかせて搾り取るだけ大金を搾り取ったら、いい加減面倒な客だし放り出しても良いだろう。
 1度しか相手して貰えなくても、あの好色親父は彼に会いたいが為に、餌をちらつかせただけで(実際逢わせなくとも)金をばらまくに違いないのだから。

 それに、この青年だって。
 自分の自由になる金が貰えるのであれば、禁じられていようとも、時たま甘い汁が吸いたくなってバイトを続けるかも知れない可能性がある。

 1度でもそういったオイシイ思いをしてしまえば、簡単に落ちる事なんて、ままあることだ。
 ――――――人間というものは、簡単にオイシイ罠には落ちるものなのだから。


 そしてそうなってくれれば、アトモスとしては願ってもない事である。


 目の前の青年は、それ程に、このまま逃してしまうには惜し過ぎる容姿をしていた。

 ・・・・・・出来ることなら。
 いや、何としても手に入れたい!




 ――――――何なら、ドラッグ漬けにしてやってもいいか。
 そうすれば、逃げようにも逃げられないよなァ・・・・・・!?




 悪辣(あくらつ)な事を考えながら、それをおくびにも出さず。
 アトモスは紳士的な態度で、交渉を開始した。


「では、こうしよう。・・・・ハロウィン当日は丁度週末で、ウチの店ではパーティーがある」

「?」

「そのパーティーに、午後6時から9時までで良いから出席するんだ。そうしてくれたら、君にプラチナを報酬として与えよう」

「・・・・・・・・・えっ、・・・・」


 アトモスの言葉に、青年が戸惑いの表情を見せた。
 拒絶では無い・・・迷っている顔だ。

 もう一押し、とアトモスは殊更に甘い声を出す。


「どうだろう? たった3時間だ。・・・・・君にとっては破格の条件じゃないか・・・・?」

「・・・・・・・・・・」


 見たところ、相手は世間知らずのお坊ちゃん育ち。
 自由になる金は無く、バイトも禁じられているけれど、何とかあの酒が欲しいらしい。
 たった3時間、パーティーに付き合うだけでそれが貰えるのなんて、普通なら疑う所なのだろうが・・・・・そこら辺の疑念は無いらしかった。

 青年は罠とも、何かあるとも考えついていないらしい。
 1度でも絡め取られたら、2度と離しては貰えない罠に引っかかったなどとは、想像もしていないのだ。

 やはりそこら辺は、周囲から守られて育ったお坊ちゃま故の性質か。


「お願いします・・・・!!」


 笑顔で、青年は頷いた。
 まるっきり、此方の言うことを疑っていない、無邪気な笑顔だ。


「ああ、よろしく」


 アトモスも、愛想の良い笑いを青年に浮かべる。
 大切な素材相手だから、作り笑いでは無く本気の笑みだ。


 最近、店の景気もイマイチで。
 客と従業員とのトラブルも耐えず、運が下降してきたと嘆いていたが・・・・これは運が向いてきた兆候かと心の中でほくそ笑む。

 何せ、極上の餌が手の中に飛び込んできたのだ。
 これは、とびっきりの獲物をおびき寄せる事が出来るだろう。

 絶対に、手放すものか。




 ―――――――・・・ハロウィンが楽しみだ・・・・・!!




 青年に名刺を渡しながら、アトモスはこの青年を餌に店をより発展させることを夢見て、込み上げる笑いを抑えることが出来なかった――――――。













 NEXT 後編

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言い訳。
更に長くなっちゃったので、後編を半分に分けてみたり(笑)
これは、Ωのアトモスさん視点です。
アトモスさんがどういう魂胆で、アルヴィスをバイトに引き入れたのか、そこら辺が説明不足だったかなと思ったので入れてみました。
次回がホントの後編です。
トム様が出張ります・・・(笑)