『Halloween&Birthday−side光−前編』
※『君ため』の番外編です。
『ハロウィン』という日は、10月末日に行われ。
仮装やら、お菓子を配ったり貰ったり、それからパーティーをやったりする日だというのが、この国での主な認識だろう。
元々がその翌日にある、万聖節(All Hallows Day)の前夜(Eve)という意味でHallow Eve(ハローイヴ)が訛ってハロウィン(Halloween)となった事だとか。
本来は異教の民の祭事で、その日は死者が生者の元を訪れたり魔物が徘徊すると畏れられていたから、それらに襲われないように仮面などを被って身を守っていたのが起源なのだとか。
そこら辺まで知っている者は、余り居ないに違いない。
『ハロウィン』は、仮装して、お菓子をあげたり貰ったり、そして騒げる楽しい海外の行事。
―――――――・・・そんな認識が、アルヴィスの生まれた国では一般的だと思う。
「・・・・ハロウィンか・・・・」
ナナシと別れ、手に持っていた菓子包みを布製手提げバッグの中へ入れながら、アルヴィスはそっと独りごちた。
「・・・・ハロウィンってだけなら、・・・お菓子で済むんだろうけど・・・」
はあー・・、と重い溜息を付く。
「誕生日、・・・なんだし。菓子だけってワケにも・・・・いかないよな・・・?」
トートバッグに入った教科書やノートの間から覗く、菓子包みを見つつ肩を落とした。
単なるイベント日ならば、それで事足りるのだがアルヴィスにしてみれば、そういう訳にはいかない。
10月末日はハロウィンだけれど、同時にアルヴィスの恋人・ファントムの誕生日でもあるからだ。
そして誕生日といえば、ちゃんとした心のこもったお祝いをしなければならない日。
つまり、・・・ハロウィンだからと言って、お菓子を渡してハイ終わり!・・・と済ませる訳にいかないのである。
親しい間柄、まして恋人同士ならば、きちんとお祝いをして。
ちゃんとしたプレゼントをあげるのが普通だろう。
アルヴィスだって、もちろんファントムには何かあげたいと思ってはいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
しかし。
そのことを考えると、アルヴィスは酷く気が重かった。
「・・・・・・・・・・はー・・・」
考え始めると、溜息しか出てこない。
幼い頃は、何にも考えていなかったから、ただ無邪気に自分がファントムにあげたいと思うものをプレゼントしていた気がする。
ファントムを描いた絵だの、道端で拾って大事にしていた石ころだの、お菓子のオマケで大切に取っておいたシールだの・・・・今から考えたらガラクタでしか無いだろう物を、平気で押しつけていた。
それで喜んで貰えるのだと、都合良く思い込んでいたのだ。
「・・・・・・・・・・・」
けれどあの頃は、まだとても幼くて。
お金で物を買う事だとか、物の価値だとか。
そこら辺もあまり、理解出来ていなくて。
だからこそ、許されていただろう拙い行為だ。
しかしもう、アルヴィスは幼い子供ではない。
ちゃんと分別の付く大人なのだから、・・・・・価値のない物を押しつけるという愚行は、もうする訳にはいかない。
「・・・・・・とは言っても・・・」
アルヴィスは再び溜息を付き、ガックリと肩を落とす。
ファントムの誕生日の事は、実を言えばアルヴィスは1ヶ月以上前から悩んでいた。
幼い頃、兄のように慕い憧れ・・・アルヴィスにとって絶対的な存在であったファントム。
彼の留学により長い間音信不通となってはいたが、先日、奇跡的な再会を果たし―――――・・・そして今、兄から恋人へとポジションは変更されたものの、未だ変わらずアルヴィスにとって絶対的な存在で有り続ける彼の記念すべき祝う日を、忘れる筈も無い。
ファントムは、アルヴィスにとって。
幼なじみであり、誰より近しい兄のようであり、そして恋人という大切な存在だ。
それらどれ1つだけの関係であったとしても、その存在の誕生日は特別であって・・・・一緒に祝ったり、何か贈ったりするのが当たり前だろう。
そして今、アルヴィスはファントムの元から大学へ通っている。
家賃も食事代も学費も、その他の雑費全ても――――――・・・全てをファントムに面倒看て貰っている状況だ。
つまり、ファントムには多大な恩恵を与えて貰っている訳で・・・・・ここは誕生日プレゼントくらいは何かあげないと、恩知らず以外の何物でもない。
しかし、だ。
「・・・・何をあげたらいいのか、サッパリ分からないんだよな、俺・・・」
1ヶ月以上前から悩んでるのに、何を贈ればいいのか思いつかない。
アルヴィスだって、養い親のダンナや兄弟同然に育ったギンタに、誕生日のお祝いくらいはしたことがある。
けれどそれは彼らが好きなカツカレーを作ってあげたり、その当時夢中になっていたマンガ本を買ってやるくらいで・・・・今回のケースとはまるで違うのだ。
だって世話になってる恩人で、恋人で、しかも正式にちゃんと付き合って初めての誕生日である。
しかも、アルヴィスはファントムに何かとプレゼントを貰いっぱなしの状態だ。
この誕生日に何をセレクトして贈るかで、アルヴィスが恩知らずとなるか、ちゃんと感謝の意や情を示せるかが試される気さえする。
けれども。
相手が他ならぬファントムだからして、―――――――何を贈ればいいのかがサッパリ見当が付かないのだった。
ぶっちゃけて、ファントムは何だって持っていて、何だって欲しい物は手にしているようにアルヴィスには見える。
ファントムに付き合って何処かへ出掛けた折に、彼が
『コレ欲しいなあ。・・・でも欲しいけど、高くて今は買えないよ・・・』
なんて殊勝な事を口にしたり、欲しい物を諦めるのを目にした機会など、タダの1度だって無い。
洋服を買う時だって、どうしてそんな飲食店では無い店でわざわざ、毎回ソファに腰掛けて紅茶飲みながら選ばねばならないのかアルヴィスは不思議でならないのだが・・・・椅子にゆったり座りながら、持ってこさせた衣装ハンガーに掛かった服を、全部その場で試着もせずに購入してしまうし。
アルヴィスが目を疑うような、桁数の値段表示がしてある調度品だって
『じゃあコレ、僕のトコに運んで』
と、あっさり迷わず買ってしまう。
しかも例え他に買い手が付いていても、倍額出すからとか何とかゴネて、結局は自分のモノにしてしまう強引さだ。
結論的に、ファントムが欲しい物は無いと言えるのでは無いだろうか。
何故なら、彼が欲しいと思った物は、彼自身が即座に手に入れてしまうのだから。
そうなると、これはもう見せれば必ず彼が欲しがるに違いない、彼の好みに添った物を贈るべきだ―――――――・・・そう、アルヴィスは考えついたのだが。
ここからが、また問題だった。
そもそも、アルヴィスはよくよく考えてみたら・・・・ファントムの好みを良く知らないのである。
「すごくセンスが良いようで、・・・悪いっていうか。・・・・良くわかんない趣味なんだよなアイツ・・・・」
ホテルの1フロア全てを借り切って使っている、今の自宅はとても趣味の良いアンティークな雰囲気で統一された豪華なモノだ。
内装に合わせ、白と落ち着いたゴールドと茶色でまとめられた調度品の数々も、非常に上品だし落ち着いた空間を演出している。
けれど、ファントムが書斎代わりに使っている一室だけは、はっきり言ってカオスだ。
どっしりとしたマホガニー製の大きなデスクと、重厚な造りの本棚はアンティーク調でセットだが。
デスクチェアは最新の機能性重視なハイテク椅子だし、机の上にノートパソコンと一緒に載せられた書籍の類も、海外の分厚い医学書や稀覯本(きこうぼん−滅多に手に入らないような珍しい本−)だったり万葉集だったり、何故かクロスワードの雑誌だったり、マンガ週刊雑誌だったり・・・・その間に薄っぺらい携帯ゲーム機やらiPodが挟まっていたりする乱雑さだ。
英文でびっしり打たれたレポート用紙数枚が、壁にピン代わりの食事用肉切りナイフで突き刺され留まっていたりもする。
更には、部屋中に。
貰い物なのか、はたまた自分で購入したのかは不明だが、リアル過ぎて夜に出歩きそうで怖い古ぼけたアンティークドールだとかアフリカの土着民族が祭っているようなアヤシイ木彫りの面だとか・・・拳大で不気味な革製の、人間の頭部を象ったような置物まであるし。
壁には無造作に、妙に本物ちっくな錆び付いた槍や剣が立てかけられ、その傍には何に使うか使途不明な、鉄製の歪な靴や頭部用の矯正具?らしきモノまで転がっている。
信じがたいほどにきちんと整頓され、掃除も行き届いている部屋だが、置いてある物自体は酷くまとまりのない、凄まじくカオス(混沌)な部屋だ。
アルヴィスにはあの部屋で落ち着けて、勉強が出来るファントムの気が知れない。
―――――こうなったら、ここはファントムが好みそうなモノを行きつけのお店で聞くべきか。
贔屓(ひいき)にしている各ショップからファントムの所に送られてくる、カタログで選んで買うのがベストかも知れない・・・・そんな風にもアルヴィスは考えたのだが。
ここでまた、問題が発生した。
彼が行く店や、見るカタログの全部がとにかく、―――――――どうにもこうにも、あり得ないような値段ばかりの品しか載っていないのだ!!
なぜに、たかがペラペラなレインコート(それもコンビニで売っているよーなヤツだ)で、5万円近くするのか。
どうして何の変哲も無さそうなベルト1本で、8万円もするのか。
文字が書けて、書きづらいと言うのでなければそれでいいだろうに、何ゆえにたかがシャープペンシル1本が15万??
・・・・・カジュアルに似合いそうな靴が、20万で。
ファントムが良く服装に合わせて付け替えている腕時計が、1本・・・・・・・・・・・・・380万円・・・・!!
カタログの中ある1000万円を超える時計にも見覚えがある事に気付いてしまい、アルヴィスは本当に気が遠くなった。
驚愕の余り思わず力が入って、見ていたカタログ冊子を両手で2つに引き裂きそうになった程だ。
今まであんまり気にしていなかった・・・というか、具体的な想像は何一つしていなかったアルヴィスだが、自分の幼なじみ兼恋人は本当に『セレブ』といった存在らしい。
住む世界が、違いすぎる。
(・・・いや今、実際に一緒に住んではいるんだけど)
これでは――――――いくら考え、足掻いたところで、アルヴィスが彼の気に入るような贈り物が出来るとは思えなかった。
「・・・・どっちみちバイトも駄目だしな・・・」
はあ〜、・・・と深く溜息をまた1つ。
アルヴィス自身の全財産は今現在、ある意味かなり微妙だ。
一応小学生の頃から貰った小遣いやお年玉は、殆ど使わずコツコツ貯めてはあったが、大学進学の時に借りたアパートの関係で殆どが消えてしまっている。
今はファントムから、昼食代その他として月に2万程貰っているのがアルヴィスの持ち金全てだった。
最初、ファントムは昼食代に今貰っている額の10倍以上を提示しようとしてきたのだが、アルヴィスが固辞したのである。
どこの世界に、昼飯代だけで1日1万近く使うアホが居るというのか・・・そう訴えたのだがファントムが聞き入れず、どうにかこうにか2万円で手を打って貰った。
アルヴィスとしては更にその半額だって充分だったけれど、ファントムが納得しなかったのだ。
そういう訳で、昼飯代として貰ったお金の余りと、僅かに口座に残ったアルヴィス自身の貯金・・・それが今現在の持ち金全てである。
暮らし始めた当初、一緒にコレも使ったらいいよと黒いクレジットカードを渡されたが、流石にそれは使う気にはなれない。
カードはファントムの口座から使用金額が引き落とされるのだろうし、いつも現金でしか物など購入したことのないアルヴィスにカード使用は、かなり敷居高い事だった。
「・・・・・どうしようか」
かといって、所持金が乏しいからとバイトに走る訳にいかないのがまた、苦しいところだ。
バイトは、―――――ファントムから、絶対許さないとキツク言い渡されている。
アルヴィスの体調を考えればとんでもないと言うのと、そもそもする必要が無いじゃないかというのが、ファントムの意見だ。
『欲しい物があるなら何でも買ってあげるんだし、必要な経費は全てこっちで出すんだから、何も自分でお金なんて稼ぐ必要は無いでしょ?』
・・・・と、とりつく島もない。
だが、アルヴィスだってハイそうですか、と納得出来るかというと――――――やっぱりそうもいかないのだ。
いくら幼なじみで恋人だからといって、全部をおんぶに抱っこでは、まるっきりヒモ状態というか囲われ者では無いか。
確かにファントムはアルヴィスより4歳上で、実質未成年であるアルヴィスの保護者という立場になっているが・・・・・それでは余りに、情けない気がする。
しかし学校に行くのがやっとの状態で、今もようやく何とか通えているといった体調のアルヴィスでは、納得していようとしていなかろうとそれが現状だ。
気力があっても、身体が付いていってくれない。
頑張ろうと思っても、思った矢先に激しく咳き込んで喘息発作を起こしていては、大丈夫だといくら言い張った所でまるっきり信用なんかされる訳も無かった。
それに、ナイショでバイトをしようと思っても・・・学校が終わる時間になれば、迎えの車が来てしまうのだから実質、不可能なのである。
今日だってもう、迎えの車が来ている筈だ。
いい加減に正門の方へ向かわなければ、迎えに来ているだろうファントムの運転手が心配するだろう。
それでなくとも今日は、ナナシに呼び止められて帰り時間をそこそこ過ぎているのだ。
定刻通りに姿を現さないと、ファントムに連絡されて彼が何らかのアクションを起こしてしまう。
「・・・・・・・・帰ろう」
足取り重く、アルヴィスはのろのろと正門の方へ足を向けた。
ここでファントムへのプレゼントのことを思い悩んでいても、ラチが明かないだろう。
仮にバイトが出来て辛うじて金を多少なりと稼ぐことが出来ても、焼け石に水というか・・・・ファントムに贈れるような品が買えないのだから、そういう意味では少し気が楽になる。
「・・・・・・・・・・・」
歩きながら、アルヴィスは鞄の中にある菓子の包みの事を思い浮かべた。
ナナシがくれた、飴。
アルヴィスが小さい頃から良く舐めていて、大好きだった物だ。
いつからかスーパーで見かけなくなり、アルヴィスも最近はそういった店に行く機会が無い為、食べることも無くなっていた種類の。
きっと、値段的にはたいしたことは無い筈だ。
300円もあれば、お釣りが来るような・・・・いや、ハロウィン用にキレイに包まれたタイプだからその倍くらいはしたのかも知れないが。
でも値段じゃなく、アルヴィスは嬉しかった。
欲しかった物という理由もあるが、1番はナナシがくれたことだ。
ナナシが、いつかアルヴィスが言った言葉を覚えていてくれて・・・そしてこの飴を選んでくれたことが嬉しい。
―――――・・・ナナシなら、・・・・俺が選べるような物でもちゃんと、喜んでくれるんだろうな・・・・。
ふと、そう思う。
そして・・・・そういえば彼は一体、何が好きなのかという疑問が頭を過ぎった。
甘い物は、あんまり好きそうな気がしない。
焼き魚が美味しいだの、コロッケは安くて味が良くて素晴らしい存在だの、そういった晩ご飯のおかずネタは以前一緒に盛り上がった気がするが・・・・そういうのは、プレゼント対象にしては駄目だろうし。
では、贈ってもいいようなナナシの好きなモノとは一体何だろう。
――――――・・・煙草とか、そこら辺かな? ・・・・アイツも未成年だけど、絶対吸ってるっぽいし。
アルヴィスの前で吸っていた事は無いが、ナナシの服からは時折、煙草とコロンが混じった匂いがする。
まあ、法律違反だとか身体に良くないとか、色々お小言を言いたい気はするけれど、煙草ならとりあえずアルヴィスでもプレゼント出来るレベルな事は間違いなかった。
俺の付き合ってるのが、ナナシだったら良かったのに・・・・。
ファントムが聞いたら目を吊り上げそうな事をこっそり思いながら、アルヴィスは迎えの車に乗り込んだ。
「アルヴィス様、今日はお帰りが少し遅うございましたね・・・?」
「ああ、・・・うん」
帰路の車内で、運転手がそう声を掛けてくるがアルヴィスは上の空だった。
いつもなら、『様付けで呼ばなくて良い!』と過剰反応してしまう事にも、無反応だ。
生返事を繰り返しながら、車の窓から外をボンヤリと眺める。
「・・・・・・・・・・・」
あれこれ悩んできたものの、ファントムの誕生日はもうすぐ。
―――――何も贈れないのは、流石に気が引けた。
きっとファントムは、アルヴィスに特に要求はしないだろうし、あげなければそれはそれで、そのまま終わるような気はするのだけれど。
でも、・・・・内心はガッカリするに違いないと思うのだ。
だってアルヴィスが何かをあげたり、してやったりすると・・・それがどんなに些細な事だって、とても嬉しそうな顔をする彼だから。
誕生日なんて特別な日は、・・・・ぜったい何かしてあげるべきだ。
何とかしなければと思いつつ・・・・けれどもう、そう考え始めてから1ヶ月近く経っている。
なのに何も、思いつけない。
お金を掛ければ良いという物でもないだろうが、けれどファントムが喜びそうな物は軒並み全部高額な品ばかりで、アルヴィスには到底手が出せなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
何か、無いだろうか。
ファントムが喜びそうで、・・・・自分でも贈れるような・・・何か。
アルヴィスでも手が届く範囲で、ファントムが欲しがりそうな・・・・何か。
車窓から外を眺めつつ、アルヴィスは真剣に考えていた。
窓の外を流れる景色などは、目に映っていない。
いや映ってはいるが、ただ瞳に映し視神経が脳に情報を伝えているだけで、それをアルヴィス自身は感知していない状態だった。
「―――――・・!?」
だが、ふとアルヴィスの目に映った『何か』が彼の神経を刺激する。
「・・・・止めてくれ!」
視界の端に映った『何か』を見た途端、アルヴィスは声を上げていた。
慌てて急ブレーキを掛けた車が完全に止まるのを待たずに、アルヴィスはドアを開けて『何か』めがけて走り出す。
「アルヴィス様・・・・っ!?」
背後で運転手が叫んでいたが、構わずに振り切って走り続けた。
そして、車通りの多い対向車線を渡りきり、大通りに立ち並ぶビルの隙間から見えていた裏通りの店前まで、一気に走りきる。
「・・・・はぁ・・・はっ、・・・は・・・・・!」
久方ぶりに走ったので、流石に息が切れた。
少しだけ喉と、肺の奥が痛む。
「・・・・っ、・・・・はぁ・・・っ・・・・」
激しく息をつき、苦しさに少々背を丸めながら。
アルヴィスはそれでも、目的の物をじっと見つめた。
まだ夕刻なのに、派手派手しい電飾が施された外装の店先だ。
白壁に所々、バラ模様が彫刻されロマンチックな雰囲気を醸し出した・・・・どこのお城か?という店構え。
どう考えても普通の飲食店では無いし、店先にある、やっぱりド派手な看板にも『セット料金』だの『使命料金』だの、『イベント別料金』やら『初回特典』、『ボトルキープ料金』だの・・・・・所謂(いわゆる)そっち系のいかがわしそうなタイプの店だと知れる場所だ。
要は、気に入った子を金で買い、一時の様々な『癒し』という名の快楽を得る店・・・・ホストクラブ、というヤツである。
だが、そんな事にアルヴィスは気付いていなかったし、アルヴィスが見つめていたのはただ、一点のみだった。
「・・・・・・・・・・・・・これ・・・」
アルヴィスが食い入るように見つめていたのは、店先にガラスケースで飾られた一本の瓶。
ピラミッド型に器用に積み重ねられた沢山のグラスの横に置かれた、濃いオリーブ色のシャンパンである。
独特な、アヒルの足形みたいなラベルが貼られたこのシャンパンは確か、ファントムが気に入って良く飲んでいた物だとアルヴィスは覚えていた。
彼が飲んでいた瓶のラベルは大抵真っ黒のもので、このうっすらピンクがかったラベルとは色が違っていたが・・・形は同じだ。
「・・・・・シャンパンなら、・・・買えるか・・?」
時計とかベルトとか、そんな身の回りの物では無いし、飲食物なら法外な値段はしないのでは無いか。
そんな風に思い、アルヴィスはこれなら買えるかも知れないという希望を持った。
シャンパンの値段がどれほどなのか検討も付かないが、何となくワインよりはマシなような気が根拠無くしていた。
アルヴィスだって、ワインの最高峰と言われるロマネコンティという種類が、何百万円もしたりするのは知っている。
「・・・・シャンパンタワーに興味が?」
アルヴィスがケースに張り付くようにして眺めていると、低い声が背中に掛かった。
驚いて振り向くと、スーツを着た長髪の男がアルヴィスを見つめている。
緩いウエーブが掛かった金髪に、緑の吊り上がった目をした・・・・キツイ印象だが、まあそれなりに整った顔立ちの男だ。背も高い。
「シャンパンタワー?」
「・・・こうして積み重ねたグラスに、シャンパンを注いで見せるイベントのことだ」
聞き慣れない言葉にアルヴィスが首を傾げると、男はそう言って説明をしてくれた。
店から出てきたらしい所を見ると、店の人間だろうか。
「あ、・・・いえ。そうじゃなくてこの瓶が・・・」
そういえば、ファントムに連れて行かれたパーティーで何度か、このグラスで作ったピラミッドを見たことがあった。
グラスに上手く入らず、沢山零していて、キレイだがとても勿体ないと思った記憶がある。
シャンペンタワーになど興味が無く眼中にも入れていなかったから、アルヴィスは緩く首を振った。
「ドンペリ? 飲みたいのか」
「そうじゃなくて、・・・・買いたいんですけど・・・・コレ、お幾らくらいするんですか・・・?」
「買いたい?」
アルヴィスが言った途端、目の前の男は怪訝そうな顔をする。
何か変なことを言ってしまったのかと、気が引けながらもアルヴィスは更に問うた。
せっかく、ファントムが喜びそうで自分でも買えるかも知れない物を見つけたのだ・・・・そうアッサリとは引き下がれない。
「はい。・・・出来れば、このピンクっぽいラベルのじゃなくて・・・・真っ黒なのがあればいいんですけど」
「真っ黒? ・・・ピンドン(ピンクのドンペリ)じゃなくて・・・プラチナ・・・・!?」
アルヴィスの言葉に、男は更に驚いた様子を見せた。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・あの、・・?」
そして、そのまま黙り込んでしげしげとアルヴィスを見つめる。
聞いているのに、値段も返事もしてくれない。
もしかして、ものすごく値段が高いんだろうか・・・・・アルヴィスは今更ながらに不安になってきた。
ファントムの好きな物なのだ――――――すっごい値段でもあり得る気がする。
「えっと、・・その。知り合いが・・・そのシャンパン好きで、良く飲んでて。俺、プレゼントしたいんですけど、・・・・もしかしてすっごい高い・・・んでしょうか?」
恐る恐る聞けば、目の前の男はようやく口を開いてくれた。
「そうだな。・・・普通に購入してもコレで3万以上はするし・・・プラチナなら15万〜20万は下らないだろう。ウチの店は別に、ボトルだけ売る訳じゃないが」
「・・・・・・・・っ!!」
さらっと言われた言葉に、今度はアルヴィスが押し黙ってしまう。
無理だ。
買えない、・・・・絶対無理だ。
ファントムがいつも飲んでた真っ黒ラベルのどころか、この飾られているピンクラベルのにだって手が出せない。
いや、・・・ピンクのだったら無理すれば買えるかもしれないが・・・・いつも飲んでいるヤツの5分の1以下の値段の物などあげても、嬉しくないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・コレ、欲しいのか?」
しょんぼりと俯いたアルヴィスに、男が声を掛ける。
アルヴィスは力なく、また首を横に振った。
「・・・・真っ黒のじゃないと、駄目なんです。でも、そんな高いなら俺には無理ですから・・・・」
「じゃあ、・・・プラチナをあげると言ったら?」
「えっ、・・・!??」
言われた内容に、アルヴィスは弾かれたように顔を上げた。
聞き間違いだろうか?
そんな都合の良い話なんて、そうそう転がっている筈も無い。
けれど、目の前の男は笑って、先ほどの言葉をもう1度繰り返した。
「君に、プラチナをあげよう。ただし、・・・条件があるが」
「・・・・何ですか??」
意気込んでアルヴィスは、男に食いつく。
せっかく思いついた、ファントムへのプレゼント。
諦めずに済むなら、何とか頑張って手にしたい。
「ウチの店で、バイトして欲しい。そうすれば、バイト料としてプラチナを君に与えよう」
「バイト・・・っ!?」
だが、言われた条件が到底クリア出来そうもなくて、アルヴィスは思わず泣きそうな顔をしてしまった。
「俺、・・・バイト駄目なんです・・・・許して貰えなくて・・・・」
それにバイト代という事ならば、暫く働かなければシャンパンは貰えないだろう。
ファントムの誕生日はもうすぐなのだ・・・・それでは、間に合わない。
意味がないのだ。
「それに、・・・俺、すぐ欲しいんです。ハロウィンにあげないと間に合わないから・・・・・」
せっかくの男の申し出だったが、どうしようもなかった。
諦めるしか無いだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・」
男は再び項垂れたアルヴィスを、暫しじっと眺めていたが・・・・やがてまた口を開く。
「では、こうしよう。・・・・ハロウィン当日は丁度週末で、ウチの店ではパーティーがある」
「?」
「そのパーティーに、午後6時から9時までで良いから出席するんだ。そうしてくれたら、君にプラチナを報酬として与えよう」
「・・・・・・・・・えっ、・・・・」
「どうだろう? たった3時間だ。・・・・・君にとっては破格の条件じゃないか・・・・?」
思ってもみない男の申し出に、アルヴィスは相手を凝視した。
「・・・・・・・・・・」
確かに、男の言うとおり願っても居ない好条件だ。
そんな十何万円もする高額のシャンパンを、たった3時間働くだけで手に出来るのである。
それにそんな短時間ならば、バイトとも言えない程度だ。
9時で終わるのなら、上手く立ち回ればファントムが出席するだろうパーティから抜け出して行くのも可能な気がする。
それでシャンパンを手に出来たなら、ファントムにちゃんと誕生日プレゼントとして渡す事も出来るのだ。
「お願いします・・・・!!」
笑顔で、アルヴィスは頷いた。
嬉しさの余り、どういった店なのか、その3時間をどう過ごすのかも問わないまま数時間だけのバイトを了承する。
男はアルヴィスにアトモスという名を名乗り、当日ここに電話してくれと名刺をくれた。
約束の時間の1時間ほど前に連絡をくれたら、迎えの車を寄越すからそれに乗って会場へ来ればいいらしい。
衣装も全部用意してくれるから、アルヴィスは身ひとつで参加すればいいという。
これで、ちゃんとしたプレゼントが出来る・・・・!
アルヴィスは当日にファントムが喜んでくれるだろうことを確信し、安堵の笑みを浮かべたのだった―――――――。
NEXT 中編
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言い訳。
ハロウィンネタっていうか、バースデーネタなのにトム様が1行たりとも出てきませんn(殴)
しかもなんか、アヤシイ方向行ってますし(笑)
ウマイ話には裏があるんだよアルヴィス・・・!(爆)
後編は、トム様が出ずっぱりかと思われます☆
ていうか、バースデーネタなんて甘い話展開が多いだろうに、微妙にお仕置き展開になりそうなんですが!(爆笑)
ちなみに作中で出てきたドンペリ値段は大体本当です☆
ピンドンは割と有名ですよねー・・・味はあんま普通のと変わらない気がしますけど。
色はキレイですよね。
プラチナと言われる75年もののエノ○ークは、飲んだこと無いですが15万↑くらいします・・・高っ!
でも色は一般的な白とほぼ同じなんですよね〜・・・見た目じゃ区別つかないよラベル見ないと(笑)
正式名称ドンペリニヨン。1本2万程度する、美味しいシャンパンですvv
ゆきのなんか、クリスマスくらいしか飲んだことないですよ・・・。
そして全然、ハロウィンが関係無くなっててスンマセン・・・(汗)
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